ぴんぽ〜ん。
ごく普通の呼び鈴が鳴り響く、一軒の家。
本日、宅配が届くので留守番を任されていた島津由乃は、窓から配送車のコンテナが見えるのを確認すると、慌てて階下に駆け出した。
扉を開けると、業者さんらしい人影が向こうに見える。
ハンコを片手につっかけを履いて、「はーい」と言いながら、門まで移動すれば。
「オニモツ、オトドケニアガリマシータ」
「ご苦労様です……って、ジョーンズさん!?」
相手の顔を見て驚いた由乃は、かつて出会ったことのある宇宙人、自称ジョーンズ氏の名を呼んだ。
「ドウシテワタシノナヲ……、オヤ、アナタハタシカヨシーノサン」
ジョーンズ氏は、由乃の顔を見て、同じく驚いた。
「あなた、確かどこかの工場で働いていたんじゃなかったっけ?」
「イゼンハソウデシタガ、イマハウンソウギョウニイソシンデオリマース」
見れば分かる。
「それはイイことね。でも、この就職不況で宇宙人のあなたがよくもまぁ」
「ソコハソレ、ワタシニハ、チキュウジンニワミチノノーリョクヲモッテイマースノデ」
流石は宇宙人、侮れない。
「ソレハソート、シマーヅサンニ、オニモツオトドケデース。ガ……」
「はいはい。聞いてるわ」
そう言いながら、両手を差し出す由乃。
だが、
「ドーシテアナータガウケトールノデスカ?」
ジョーンズ氏は、困惑の表情をしている。
「いや私、島津だから。ウチへの荷物なんでしょ」
「イイエアナタハヨシーノサン。ワタシ、シマーヅサンニニモツワタース」
「だから、ワターシがシマーヅさん家のヨシーノさんなのよ」
影響を受けてしまったのか、口調が移っている。
「ハイ?」
「前に言わなかったかしら? 私の名前は島津由乃、って」
「ウームム、タシカニキイタヨウナキオクガ……。ホカニモ『ロサフェチ』トカナントカ」
「フェチって言うな! まだだけどフェティダよフェティダ」
「ムズカシーコトハヌキーニシテ、ヨーハアナタモシマーヅサンナノデスネ?」
「さっきからそう言ってる」
「シツレイシマーシタ。オニモツドーゾデハンコクダサーイ」
あからさまに不機嫌眉で由乃は、黙ったまま「ペッ」とハンコを捺した。
「ソレデハシツレーシマース」
「へいへいご苦労様。せいぜい駐車監視委員に捕まらないよう、気を付けることね」
その言葉にジョーンズ氏は、冷や汗を流しながら、慌てて去っていくのだった。
「まったく、またあの宇宙人に会うなんてねぇ」
呆れた口調で由乃は、カラオケ屋の一室で、友人たちにボツリとこぼした。
「まだそんなこと言ってるの?」
同じぐらいに呆れた口調で応じる、武嶋蔦子と山口真美。
「だって、本当のことなんだモン。どうせあなたたちは信じていないんでしょうけど」
「まぁまぁ、由乃さんがそこまでシツコク言うぐらいなんだから、夢だろうと幻覚だろうと妄想だろうと、とりあえずは一応信じてあげようよ」
慌ててとりなす福沢祐巳だが、とりなしになってない。
「フン、だ。めい一杯歌って、忘れてやるわよ」
「そうそう、ストレスが溜まってるのよ。ここで全部吐き出してしまいなさいな」
「おうよ。一番手行かせてもらうわ、『遠山の金さん』入れて貰える?」
早速マイクを持った由乃は、ステージに上がった。
「その前に注文するわよ。ドリンクは何がいい?」
真美がカウンターに注文を伝え終わると同時に、イントロが流れ始めた。
それぞれが適当に何曲か歌ったところで、それぞれのドリンクとつまみが無くなった。
「追加しないとダメだね。何がいい?」
祐巳がメニューを開いて、皆に問いかける。
注文を伝え終え、少し休憩になるも、せっかく盛り上がった雰囲気を冷ましたくなかったのか、由乃がコードを打ち込んでいたその時、部屋の扉がノックされた。
「どうぞー」
「シツレイシマース」
盆を手に入ってきたのは、結構いい年の外国人男性で、映画俳優のトミー・リー・ジョーンズにそっくりな人物。
彼の姿を見て、蔦子、真美、祐巳は絶句した。
由乃はコントローラーを見ているので、気付いていない。
思わず目を合わせる三人。
(まさか……とは思うんだけど)
(でも、本物が居るわけないし)
(と言う事はやっぱり、由乃さんは……)
素早く目だけで会話する三人、素晴らしい連携だ。
「あ、来たのね。私の……って、ジョーンズさん!?」
本日二回目のサプライズ。
「オヤ、ヨシーノサン。キグーデース」
「あなた、運送業やってたんじゃ」
「ヨルハ、ココデアルバイトシテマース」
「手広いのねぇ。でもどうしてそこまで働くの?」
「ソレハモチロン、ホシニカエルタメデース。National Aeronautics and Space Administrationカラウチュウニイクニハ、バクダイナシキンガヒツヨウデースノデ」
ちなみにシャトル一回の打ち上げ費用は、およそ300億円かかる(らしい)。
「……そうですか。いつまでかかるか分からないけど、頑張ってね」
「エエ、ガンバリマース。デスガ、コノソウオンニハヘキエキシマースネ」
「騒音? 失礼ね、芸術よゲージュツ」
「ソコハ、シュカンノソーイデース」
「仲良く喋ってるのはいいんだけどね」
間に蔦子が、割って入った。
「どちらさん?」
ジョーンズ氏を示しながら、由乃に問う。
「あ、ゴメン。こちら宇宙人のジョーンズさん。前から言ってた例の人」
「……そう。どっから見ても、某俳優に良く似た普通の外人さんっぽいけど」
「本物を前にして疑うのは、プロのカメラマンやジャーナリストを目指す人がやっていいことなのかしらね」
流石の蔦子や真美も、言葉が続かない。
まだ本気で信じているワケではないのだが、正論ゆえに言い返せなかったのだ。
「まぁまぁ。あ、由乃さん、曲始まるよ」
「おっと」
慌ててマイクを片手に、ステージに上がる由乃。
「シツレイシマース」
彼が言うところの騒音を聞きたくないのか、ジョーンズ氏は立ち去ろうとしたが、スピーカーから流れ出したのは、静かなイントロのある演歌。
思わず、ジョーンズ氏の足が止まる。
「お酒は温めの〜♪」
振り返った彼の前には、片手を握り締めて熱唱する由乃の姿。
「しみじみ飲めば〜♪」
ジョーンズ氏の目から、一滴の雫が零れ落ちた。
「思い出すのさ〜♪」
くるりと背を向けて、静かにジョーンズ氏は立ち去った。
「コノワクセイノヤシ○アキハナケル」
このろくでもない、すばらしき世界。
ジョーンズ氏は一人、「○歌」を口ずさみながら、そう思うのだった……。