目の前に白い影が浮んでいた、人のような、人じゃないような・・・ なぜか、私はその影に質問していた。
『ねえ? 私、がんばってるかな?』
ええ、すごくがんばってるわ。
『ねえ? 私、忘れられていないよね?』
当たり前じゃない、みんな、あなたのこと大好きなのよ。
『ねえ? 私、ここに居てもいいの?』
馬鹿なこと言わないの、あなたはここに居る、否定する要素が何処にあるの?
『ねえ? 私、ここに、ほんとに、いて、いいの?』
当たり前よ、ここはあなたにとっても、私にとっても、ここは、ごくごく自然な世界なのだから。
『ねえ? もう一度聞いていい? ホントに・ほんと?』
・・・ほんとよ、ほら、みんなが迎えに来たわよ。
ユサユサと揺すられ、目を開けた、どうやら私は掃除中に居眠りをしていたようだ。
起こしてくれたのは、志摩子さん
「あ、志摩子さん、ごめんなさい、なんか、ベンチに座ってたら居眠りしてたみたい。」
「いいのよ、とても気持ちよさそうにしていたものだったから、つい、起こすタイミングを逸してしまったの。」
「お気遣いありがとうございます。」 ペコリ
「いいえ、どういたしまして。」 ペコリ
二人で軽く笑いあっていると。
「あ〜〜いたいた、もーーー、志摩子さんも、桂さんも、こんなところで! 姿が見えないから、ホントに心配したんですのよ!!」
プリプリと怒るクラスメート。
「ごめんなさい、余計な心配を掛けてしまったようで。」深々と頭を下げる志摩子さん。
「まあ、何かあった、ってなことでもないようですし、ともあれ、掃除も終わりましたので、片付けて帰りましょう?」
「ええ、そうですわね。」
志摩子さんと歩きながら、私は聞いた。
「ところで、志摩子さん、」
「なにかしら?」
「私、なんか、寝言とか言ってなかった?」
「さあ、聞いてないけど。」
「ホントに?」
「ええ、ホントに。」
私は部活、志摩子さんは薔薇の館、なのでここでお別れだった。が、分かれるとき、私には志摩子さんの口がこう動いたように見えた。
見えたような気がした・・・
『 が・ん・ば・れ・ 』
なんだか、不思議と力が湧いてくる気がした。
数週間後
「桂ちゃん! 次はいよいよ決勝ね、悔いの無い試合をしてらっしゃい!!」 「はい!おねえさま!!」
今日は学区内対抗の交流試合、私は何を間違ったのか、なんと!!シングルスの部で決勝まで勝ちあがっていた。 しかも、優勝しちゃった・・・
自分でもなんとも、びっくりで、次の日の放課後、祐巳さんに招待された薔薇の館でのささやかな祝賀会まで、なんか実感がわかなかった。
「ほんと、桂さんすごかったね〜〜、すごくかっこよかったよ!!」 にこにこしながら、祐巳さんは私にお茶を入れてくれる。
「そ、そんなことないわよ、祐巳さん。」正直、すごく恥ずかしかった。
「本当よ桂さん、すごくかっこよかった、聞こえなかったの? あの黄色い声援が? 特に1年生を中心に。 こりゃあ、『妹にしてください、桂さま〜〜ん』 な〜んて子が、大挙して押し寄せるかもよ。」 ふふっ とかわいらしく微笑む由乃さん。
「そ、そんな、由乃さんまで・・・ 冗談言うのやめてよ。」
「全然、冗談じゃありませんよ、桂さん。」と、いいながら入ってきたのは蔦子さん。
「今日、写真部の部室に結構1年生が来たのよ、『試合中の桂様の写真を焼き増ししてください』って、おかけで我が部は大繁盛、じゃ無く、大盛況、みんな焼き増しした写真を後生大事に持っていたんだから。」 とても信じがたいことだ。
「そうね、確かに今日のお昼に乃梨子から聞いたのだけれど、クラスの子が桂さんの写真を見て何かとおしゃべりしていたそうよ。」
「う、うそ、でしょ、志摩子さん・・・」
「あら、私の乃梨子はうそなんて言わないわ。」にっこりと天使のようなスマイルで返されてしまった。
簡単ではあったが、祝賀会というお茶会は、とても楽しく進んだ、由乃さんが、スマッシュのまねをしようとしたが、足をもつらせてこけたり、祐巳さんの「なんで、1点、2点じゃないの?」の質問に答えたり、色々あったが、今日は2年生しか居なかったこともあり、気兼ねなく楽しめた。
未だに、狐につままれた感があったが、心の中はとても満たされていた、そう、みんなの暖かい心で。
楽しい時間が終わり、私は家に帰り、お風呂に入り、夕食を食べた、その後、私は今日の幸せを胸に抱きながら眠りに付いた。
目の前に白い影が浮んでいた、今度ははっきりと分かる、とてもきれいな女性だ。
ねえ、あなた、とてもがんばったじゃない。
『ええ、私、すごくがんばった』
ねえ、あなた、ここがあなたの場所なのに気づいたじゃない。
『ええ、ここは、私の場所、ごくごく自然な場所、私の居ていい場所』
ねえ、あなた、全然忘れられてなんて無いじゃない。
『ええ、忘れられてなんか無い、私は、みんなが、みんなが大好き』
ねえ、あなた、今、幸せ?
『もちろん』
ねえ、もう一度聞いてもいい? あなた、今、幸せ?
『 超、最っ高〜〜 に幸せ!! 』 私はVサインをビシっとだした。
良かったわね。わたしも本当にうれしいわ・・・
微笑みながら、徐々に消え行くとても美しい顔をした白い人は、どこか、志摩子さんに似ていた。