【2042】 間奏曲きっと  (オキ&ハル 2006-12-11 09:45:47)


もちもちぽんぽんしりーず。
【No:1878】ー【No:1868】ー【No:1875】ー【No:1883】ー【No:1892】ー【No:1901】ー【No:1915】ー【No:1930】ー【No:2011】ー【No:2015】ー【No:2023】ーこれ









多少寒いと感じる空気の中、香りの良い湯気がゆっくり立ち上がる。
濃さが同じになるように少しずつ人数分のカップに回し入れると、お盆に載せてくるりと振り向くと。

「あの蓉子がね〜。」
「あら、意外と真面目な方が深くはまるものなのよ。」
「そうなの?じゃあ、祐巳ちゃんがちょっと心配だわ。」
「そうね、祐巳ちゃんってねだられると、うなずいちゃいそうだし。」

楽しげな紅薔薇さま、白薔薇さま。
そして、その前で忌々しそうな顔で黙々と書類に書き込んでいる蓉子さま。
他に、聖さまと志摩子さんもいるけど、こちらは深く関わらないように目の前の仕事をこなしている。
今の状況を説明すると、

昨日の帰り道、私と蓉子さまが手をつないでいるのを見られちゃいました。

に尽きると思う。
勿論、見せつけたとかそんなんじゃなくて、ただ存在を忘れてしまっていただけなんだけど、二人の薔薇さまは、『面白い!』とばかりに先ほどからこの話題を繰り返している。
「ありがとう。」
そして私がカップを配り終え蓉子さまの席の隣に座っても、更に話を続けようとする。
「お姉さま方、さっさと仕事を始めないと終わりませんよ。
後が詰まってると仰ったのは、お姉さま方でしょう?」
もう我慢できないと言うように、蓉子さまが声をあげた。
「はーい。」
渋々といった様子で薔薇さま方が書類を眺め始める。
まだ少し不機嫌な顔の蓉子さまが気になって、小声で話しかけた。
「そういえば、江利子さまってどうなされたのでしょうか?」
最近、館に姿を見せない黄薔薇ファミリーの名前を挙げた。
黄薔薇さまは薔薇さま方から、「来なくて良い」と言われているし、由乃さんは体調を崩したらしいと噂で聞いた。
「ああ、江利子なら風邪をこじらせたって、担任の先生から聞いたわ。」
細くため息を吐きながら、小声で教えてくれた。
「そうなんですか。」
やっぱり黄薔薇の蕾といえども風邪ってひくんだな。
私が変な風に感心していると、
「祐巳ちゃん。」
さっきとは打って変わって真面目な声の紅薔薇さま。
「あ、はい、すいません。ちゃんと仕事します。」
止めていた手をあわてて動かしだす。
「違うわ。」
「は?」
うっすら笑いを浮かべるとカップを掲げた。
「もう少し時間をかけて蒸らしたほうが良いわ。」
「あ、すいません。お口に合いませんでしたか?」
入れ直そうと席を立ちかけた。
「その方が、蓉子の好みよ。」
「うぁ〜。」
白薔薇さまがくすくすと笑っている。




同時刻

パコンパコンと音がする。
ここはテニスコートだからそれが普通のこと。
鵜沢美冬も他の部員に混じって、ボールを打ち返しているのも普通のこと。
「休憩。」
顧問の言葉で、桂を目で探すのも普通のこと。
そうして、見つけた桂もこっちを見ているのも普通のこと。
あった目をふっと逸らされるのが最近の普通のこと。
・・・私は自分で用意したタオルを取りにいった。

「まったく自分勝手よね。」
たまたま隣にいたチームメイトに話しかけられた。
何回も言われた言葉。
だから、それが誰の何を指しているのかも分かる。
「いろいろ事情があるのよ。」
敢えて、誰の何は言わない。
「どうせ黄薔薇ファミリーの真似でしょう?」
断言にも近い発言に、何も言わずボトルに入れてきたドリンクを手にすると飲んだ。
「ふー。」
しゃがむと、ボールが外に出ないように張り巡らせてあるフェンスに背中を預ける。
視界に入る桂は一人だった。
テニス部内には、他にもロザリオを返した人はいる。
その子は、他の同級生に囲まれているのに桂は一人だった。
視線を転じると、同級生が立ったまま囲まれている子を眺めていた。
こちらも入れ替わり立ち代り、他の同級生に話しかけられている。
初めのうちには私のほうにも来たけど、特に何も返さないものだから頻度は落ちていった。
代わり映えのしないシーンから、今度は空を見上げた。
秋特有の高いところを吹く風が、雲をちぎったりくっつけたり。
春の面影は微塵も感じられなかった。

「休憩終わり。コート入って。」

私と桂が会ったのは、コートの中。
中等部と高等部の間で、部活同士の交流があった。
元々一年生のときから真面目さを買われていた私は、雑用を言いつけられることが多かった。
そして、桂も高等部とのこまごまとした打ち合わせに出る機会が多かった。
自然、私たちは何度も顔を合わせた。
始まる前の準備、終わった後の片付け、話をする機会は度々あった。
「大変よね。」とか、「暑いわね。」とか、そんな他愛もないこと。
だから、なんとなく名前は知っていた。
その子がに入学式の日に言ったのだ。
―――「私を妹にしてください。」―――
まずあったのは、なんだったっけ?
驚き?だった気がする。
引っ込み思案で、自分から前に出ない私。
桂は反対だった。
明るくて、気が利いて、テニス部内ですぐ名前を覚えてもらっていた。
「羨ましいわね。」
よく言われた。
少しだけ、胸を張った気がする。




桂と一緒に帰ると、同じ名前が何度か話に出た。
「福沢祐巳」と「武嶋蔦子」
2人とも何度か会ったけど、失礼ながら蔦子ちゃんの方は知っていたけど、祐巳さんの方はまったくと言って良いほど知らなかった。
悪いけど、そう前置きをして素直に言うと
「仕方ないですよ。」
桂は笑顔で言った。
「でも、すごく好きなんですよ。」
と、付け加えて。
あんまりにも良い人のように言うものだから
「嫌いなところはないの?」
悪戯半分で尋ねてみると、苦笑いを浮かべた。
「私のほうが多いのに、言えませんよ。」
その答えを聞いたとき、妹に出来たことを自慢に思った。

思い返せば、桂はそういう子だった。
私は、他の運動部に所属していてテニスは高等部から始めた。
まだまだ下手くそだった私にも、桂は他の部員、例え小学校位から始めた子でも、同じように接してくれた。
だから、すぐロザリオを渡したのかもしれない。


祐巳さんの言葉。

―――私のほうが悪いところが多いですから―――

―――わくわくしていました。―――


きっと、祐巳さんの影響だったのかもしれないけど。


一番大切なことは何だろう?




「今日はここまで。」

先と同じように桂を見れば、こっちを見ていた。
私は、知らないうちに笑いがこぼれた。

きっと一番大切なことは・・・

ラケットのガットのほうを下にして、試合でサーブとコートを決めるときみたいに回した。

もし表が出たら、桂に会いに行こう。

くるくると回る。

もし裏が出たら?


重心がずれ始めた。



やっぱり、会いに行きたい。












暗雲立ち込めるとでも言うのだろうか?
身をどこにおけば良いか分からないとでも言うのだろうか?
そんな一週間も終わる金曜日。
―――チャーンチャーチャーンチャー―――
「はい?」
「あ、リリアン女学園の島津由乃と申しますけど、祐巳さんは・・・。」
「由乃さん?」
「あ、祐巳さん?」
声のトーンが少し変わった。
「どうしたの?」
今、体調を崩していると噂の由乃さんが何の用か尋ねると
「今ね、公衆電話からかけてるの。悪いんだけど小銭があんまり無いから手短に話すわね。」
(公衆電話?)
「うん、何?」
急いでいるようなので、とりあえず用件を聞いた。
「明日大丈夫?」
「明日?うん、大丈夫。」
「良かった。それじゃあね・・・。」
その時、電話の向こうからマイク放送のような声が聞こえた。
―――・・・先生、至急ナースステーションまでお願いします。―――
「病院?」
声が聞こえなくなることを心配をした由乃さんは言うのを止めていて、再開するより早く私のほうが早く口を開いた。
「そ。」
まるで、クイズの「正解。」とでも言うように答えてくれた。



次の日、昼食を食べると身支度を整えて家を出た。
途中、お見舞いとしてお母さんに言われて匂いの強くない花と、最新の少女漫画、それも読みきりのもの、を選んで病院に向かう。
相変わらず、この消毒薬の匂いには慣れない。
もっとも、慣れるほど来ていないのだけど。
「よしっ。」
気合を入れて受付に行くと、思ったよりあっさり教えてくれた。
ちょっと拍子抜けしながら、教えられた病室に向かう。
「・・・おじゃましまーす。」
壁にかけてあるプレートに名前がひとつしかないのを確認しても、目的の人の他に誰がいるか分からないので、恐々スライド式のドアを開いた。
「あ、いらっしゃーい。」
由乃さんは上半身を起こして本を読んでいた。
そして、BGMとでも言うように、オルゴールが流れていて
―――♪〜♪〜♪〜―――
(エリーゼのために?)
本に栞を挟むと、オルゴールの箱を閉じた。
「きれいな音楽だね。」
「そう?ありがとう。大切なものなの。そこに座って。」
勧められた椅子に座ると
「大丈夫なの?」
いろんな意味を含めて
「ええ、大丈夫よ。調子は良いの。」
「よかった。」
一瞬間が空いて、目が合った。
「「ごきげんよう。」」
くすくすくすくす
「これお見舞い。」
「ありがとう、綺麗。」
籠みたいなものに、3種類くらいの花が入れられていて、花瓶を必要にしないタイプ。
「全部お店の人任せ。」
「そんなものよ、貰い慣れてる私だって指定は出来ないもの。」
「あははは・・・。」
リアリティがあって、苦笑いを浮かべた。
「それとこれ。」
がさがさと紙袋から漫画を取り出して見せた。
「?」
何故かピンと来ないご様子。
「え?少女漫画が好きなんじゃないの?」
「?・・・ああ。」
何か閃いた顔をすると笑い出した。
「くすくす、祐巳さんリリアンかわら版情報でしょ?」
「うん、そうだけど?」
なにか問題あった?
一応行く前に確認したんだけども、そんなこと言われると自信が無くなる。
「あれ、間違ってるの。帰ったら見てみて、私と令ちゃんの入れ替わってるから。」
目尻に浮かんだ涙を指でこすりながら、先ほどまで見ていた本のブックカバーを外して見せてくれた。
「鬼平犯科帳?」
「そう、他にも藤枝梅安も好きよ。」
絵にすれば『キラリ』とでも効果音が付きそうなポーズをとった。
「え?じゃあ・・・。」
「良いわ。これはこれで読んでみたいし。」
「ごめんね。」
ぺこりと頭を下げた。
「今日は来てもらったんだもの。手ぶらでも良いくらいよ。」
「そう言えば用件って?」
「ああ、うん。」
手にしていた本をまた置くと、背筋を伸ばし手を重ねて膝の上において私を正面から見た。
「実は、明日手術なの。」
「え?」
手術っていうと、あの体を開くあれでしょうか?
「そんなに大げさじゃないの。ほぼ成功するのよ。
でも、・・・握ってみて。」
組んでいた手を伸ばしてきた。
意図が良く分からないまま、言われたとおりに握ると
「・・・。」
「ねっ、震えているでしょう。だから、祐巳さんに会いたかったの。」
「何で、私?」
力付けられるほどの経験も言葉も無い。
「私ね、祐巳さんと蓉子さまが羨ましかったの。
正確に言うなら、祐巳さんが羨ましかった。
以前言ったでしょ?「ありがとう。」って。」
「うん。」
頷いた。
「祐巳さんが、「蓉子さまに会いにきました。」って言ったとき、すごいかっこ良かった。」
由乃さんは、俯いて手をぎゅっと握って並べて膝に押し付けた。
「今の私は、あんな風に胸を張って言えない。」
「・・・。」
美冬さまにも言ったけど、そんな風に思われていたなんて知らなかった。



「・・・そんなの悔しいじゃない。
私だってって、思うでしょ。」


「私は、そんな特別な人間じゃないよ。
私は、臆病なくせに少しだけ我侭なの。
あの時だってね、他の人にとられるのが嫌だっただけだもの。」



春から、あのときまでのことを簡単に話すと
由乃さんは、ゆっくりとこっちを見た。
「祐巳さんって、不思議な人かもね。」
それは、笑っているような変なものを見るかのような変な顔だった。
「そう?本人は至って普通のつもりなんだけど?」
「あはは。ねえ、私たちの関係って何?」
今まで由乃さんの口から聞いたことも無い笑い方をした後、そう尋ねてきた。
「そりゃあ、友達だよ。」
それ以外の言葉は浮かばなかった。
「良かった。薔薇仲間って言われなくて。ねえ、握手してもらえない?」
「良いよ。」
由乃さんがベッドから降りようとしたから、椅子から立って手を貸した。



椅子をどけて、開いたスペースに向かい合って立つ。

「ずっと友達でいたいね。」
「いたいじゃないわ、いるのよ。」
由乃さんの強気の言葉に、あははと笑ってしまった。
由乃さんもあははと笑った。
「「これからよろしく。」」
きゅっと握手した。


本当なら、『これからも』なのかも知れないけど、
こんな風に笑う由乃さんを初めて見た。
だからかな?
自然と、そういう言葉になった。

そして、そんな由乃さんを自然と受け入れられた。



基本的に、人と人が仲良くなるのって時間が必要だと思う。


でも、たまに二言三言交わしただけで仲良くなれたりするかもしれない。


そういう人に会えることは、


ずっと仲良くできる人と出会えるのと



同じくらい幸せなことだと思う。















こういう友人って滅多にいない気がします。なれても、すぐ合わないところが見つかったり。いたら、本当に幸せですよね。そう言えば、子羊たちの休暇見ました。綾小路菊代ちゃん、とてもツボです。いつか出したいです。(オキ)
忙しいですね。流石師走。おちおち本も読めません。おかげで、少しスランプです。解消法募集です。泣。あと2話です。今週中には終わらせたいです。(ハル)


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