【2049】 カボチャの馬車  (砂森 月 2006-12-13 07:07:14)


※【No:1499】の続編です
 時期はあれから約1年数ヶ月後の稔が中等部3年生で
 花寺学院高等部の学園祭より少し前になります
 今作は「こぼれ落ちた〜」の方に投稿した作品の改訂版です



「うーっす」
「おはようございます」
 元気な朝の挨拶が、澄み切った青空に響き渡る。
 お釈迦様の庭園に集う青少年達が、今日も太陽のような明るい笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
 学ランの裾ははためかせないように、ゆっくりと歩くのが彼のたしなみ。もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない行為などしようはずもない。
 私立花寺学院。
 同じ丘に立つリリアン女学園同様、伝統ある仏教系男子校である。
 時代は移り変わり、元号が何度か改まった平成の今日でさえ、一部では女子はリリアン男子は花寺と言われるくらいの名門校。

 綾瀬稔(アヤセミノル)はそんな花寺の中等部に通う生徒の一人だった。


「待ちたまえ」
 とある月曜日。
 中等部に向かう通学路の途中で、稔は背後から呼び止められた。
 比較的早い時間帯、先生方もちらほらと見かけるので一瞬先生に呼ばれたのかとも思ったけれど。声はもっと若くて、多分10代後半か20代前半って感じ。
 普通の男子生徒なら元気よく振り返って返事をするのだろうけれど、それは似合わないから。リリアンのお嬢様のように立ち止まって「はい」と返事をしながら、体全体で振り返る。
 あくまで優雅に、そして美しく。二つ名に恥じぬよう、少しでも乙女らしく振る舞えるように。
 だから振り返って相手の顔を真っ直ぐとらえたら、まずは何を置いても笑顔で挨拶……。
「おはようございます……!?」
 しかしながら、稔の表情は笑顔ではなくて驚きの顔。なぜならその声の主を認識したとたん頭の中がパニックに陥ってしまったから。
 かろうじて挨拶が出来たのは日頃の鍛錬のたまもの。でも大声を出さなかったのはきっと驚きの度合いが大きすぎて逆に声が出なかったから。
「あの……私に何かご用でしょうか?」
 どうにか落ち着きを取り戻して、稔は半信半疑で尋ねてみた。もちろん、彼の視線の先に自分がいることと、その延長線上に人がいないことは既に確認済み。ついでに自分がそれなりに有名人であることも分かってはいるけれど。それでもやっぱり、疑わずには居られない。
「ああ、今日の放課後は空いているかな?」
「今日ですか。合唱部の練習がありますけれど」
「そうか、なら僕から部長に伝えておくから、放課後高等部の生徒会室まで来て欲しい」
「はい?」
 なのに目の前の人はお構いなしに話を進める。しかも高等部の生徒会室に来いなんて。もう何がなんだか分からない。
「どうしても君の力が借りたくてね。じゃ、そういうことだから」
 そういうことだから、って。私にも都合というものがあるのですけど。
 でも、この人には逆らえない。この学校であの人に逆らえる人なんていないから。
「あ、あのっ」
 だから、その後ろ姿に声をかける。
「ん、なんだい?」
「私、高等部の生徒会室の場所なんて知らないんですけど……」
「あ、そういえばそうか。じゃあ来客用玄関なら分かるね?」
「はい、おそらく」
「ならそこで待っていてくれたらいい。こちらから迎えを出すから」
「分かりました」
「じゃあ、待っているよ。花寺の歌姫」
 そう言ってその人は高等部の建物へと去っていった。
(あ、あの方は……)
 後に残された稔は、頭の中で状況を整理していくに従って徐々に頭に血が上っていった。
 間違いない。
 花寺学院高等部生徒会長、柏木優先輩。通称「光の君」。
 容姿端麗、文武両道、おまけにカリスマ性まで備えた、高等部だけじゃなく中等部まで含めた全校生徒の尊敬の的。
(どうしよう)
 時間が早いとはいえ通学してきている生徒ももういるわけで。光の君と花寺の歌姫が会っていたなんて、どんな噂が流れることやら。それに。
(この時期に高等部の生徒会室……ま、まさか)
 稔は早くも予想がついてしまった。柏木先輩が稔を呼びだした、その理由を。


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