【2055】 さようなら、昨日の私変わりゆく想い  (杏鴉 2006-12-16 09:40:11)


『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズ

これは『ひぐらしのなく頃に』とのクロスオーバーとなっております。惨劇は起こらない予定ですが、どうぞご注意を。

【No:2006】→【No:2025】→【No:2032】→【No:2038】→コレ






――戻れない――


昨日、お昼頃に迎えに来るとおっしゃった蓉子さまは、ぴったり12時に福沢家のチャイムを鳴らした。
相変らずきっちりしたお方だ……。

「そういえば祐巳ちゃんとデートするの、これが初めてね」

二人で車に乗り込んだ後、いきなり蓉子さまが言った。

「……へっ!? デ、デート!?」

予想外のセリフに声がひっくり返ってしまった。

「日曜に二人っきりでドライブして、食事するのよ? これをデートと言わずして何をデートと呼ぶのかしら?」

イタズラっぽく私に笑いかけながらエンジンをかける蓉子さま。
はぅ……動作がいちいち格好いいなぁ……。

車が走り出した後も蓉子さまは私をからかうような事を言い、私は真っ赤になって慌てる。そんな私を見て楽しそうに笑う蓉子さま。
いつしか車の中は、蓉子さまが在学中だった頃の薔薇の館みたいな雰囲気になっていた。

実は、昨日の思わせぶりなセリフの事もあり、なんとなく蓉子さまを警戒していた私だったが……。
どうやら顔をあわせた瞬間にそれを見抜かれていたようである。
……やっぱり敵わないなぁ、この方には。

それにしても……美人さんは何を着ても様になるなぁ。
今日の蓉子さまはちょっぴりラフな服装で、昨日とは違いパンツスタイルだった。
私が、昨日のスーツ姿(社長秘書スタイル)も素敵でしたよと言うと、ありがとうと麗しく微笑まれた。

「スーツは気持ちが引き締まるから好きなんだけれど、運転し辛いのがちょっとね……まぁ、慣れの問題なんでしょうけど」

そんな事をおっしゃる蓉子さまの横顔は、なんだかとっても大人に見えた。
私も蓉子さまと同じ歳になったら、こんな風になれるかなぁ……?
…………絶対無理だよ。

「祐〜巳ちゃん」
「――え? 何でしょう? 蓉子さま」

勝手に自爆してうつむきがちになっていた私は、蓉子さまの声で顔を上げる。
だが蓉子さまはそれ以上何も言おうとはせず、にこにこしながら左手でご自分の頬っぺたをつんつんしていた。

えっと……頬っぺたがどうかしたのかな……?いや、顔……かな?

私が蓉子さまの真意をはかりかねていると、にこにこしていた蓉子さまは、しだいに堪えきれないといった様子でクックッと笑いだした。
そこで私はハッとなった。

「――わ、私また百面相してましたかっ!?」
「アハッ! さすが祐巳ちゃん! やっぱり私が見込んだだけの事はあるわー」

さすがって……それって、ぜんぜん褒められてる気がしないですよ……蓉子さま。
いつまでも楽しそうに笑う蓉子さまに、私は唇を尖らして無言の抗議をする。
そんな私のリアクションも、蓉子さまにとっては笑いの材料にしかならないらしい、なんだかさっきよりも楽しそうだ。

「……むぅ」

つい、不満の声がでてしまう。言った後で、しまった! と思ったがもう遅い。
蓉子さまが聖さまみたいにからかってくるから、つい聖さまに対するような態度をとってしまったが……どうしよう……怒られるかもしれない……。
だが、私のそんな心配は杞憂だったようで……。

「ごめんなさい。もう笑わないから赦して、祐巳ちゃん」

そんな満面の笑みで言われても説得力ないですよ……。でも私の失礼な態度を赦してくれたから、私も赦します。おあいこですもんね。

自分でもどうしてこんなに可笑しいのか分からないが、私と蓉子さまは顔を見合わせては、お互いクスクスと笑っていた。
昨日からあった胸のズキズキも、モヤモヤも、そんなモノ初めから無かったかのように消え失せていた。

――ただ、胸の奥……本当の本当に、奥の方で……何かがチリチリとくすぶるように、私にサインを送ってきていた。
それは注意しなければ見過ごしてしまうような、小さな小さな違和感……。
だが、私はそれに気が付かないふりをした。

ねぇ、祐巳? こんなに楽しい気分なのに、わざわざ自分から不安になるような事考えてどうするのよ……?

不意に車が大きく揺れる。外を見ると、歩道に乗り上げ駐車場に入るところだった。どうやら、ぼうっとしている間に目的地に着いたらしい。
車から降りると同時に襲ってきた熱気に、一瞬クラっとする。
…………本当に今って6月なんだろうか?

「まったく……今年の梅雨はいつになったら来るのかしら? この分じゃあ、また水不足が深刻化するわね」

蓉子さまがそう言いながら手をかざし、降りだす気配のまったくない青空を見上げる。
昨日見た天気予報でも言っていたが、今年は近年稀にみる異常気象なんだそうだ。いつもならばとっくに来ているはずの梅雨が来ず、一足飛びに夏が来たような、そんな暑さが連日続いていた。今だって気の早いセミが私の鼓膜を刺激しているのだから、相当なものだ。

「さぁ、祐巳ちゃん。早くお店に入りましょう。いつまでもこんな所にいたら、熱射病で倒れちゃうわ」

私と蓉子さまは足早に入り口へと向かった。
入り口のガラス戸に書かれている文字が目に飛び込んでくる。

「ファミリーレストラン……エンジェルモート?」

聞いた事の無い店名だ。それにしても蓉子さまのお勧めのお店がファミレスとは以外だった。
別にファミレスをバカにしているわけではないが、似たようなお店はここに来るまでにも何件もあった。
それなのに、どうしてわざわざこのお店なのだろう? そういえば駐車場の車のナンバーが、普段あまり見ないような遠方の物が多かったような気がする……中には狎虱姚瓩覆鵑討里發△辰拭
……そんなに美味しいのかな?

「いらっしゃいませ〜! エンジェルモートへようこそ〜。何名様でしょうか?」

その疑問は店内に入って、ウェイトレスさんの制服を見た瞬間に解けた。

――な、何っ!? このウェイトレスさんの制服はっ!? あ、足が……む、胸元がぁ……っ!?

「祐巳ちゃん落ち着いて。――あ、禁煙席で二人、お願いします」
「かしこまりました。こちらへどうぞ〜」

あまりの衝撃に固まってしまった私を、蓉子さまが手を引いて席に座らせてくれた。

「はい、祐巳ちゃん。お水。これ飲んで落ち着いて」
「あ、ありがとうございます……」

私は受け取ったお水を一気に飲み干した。「あら、いい飲みっぷりね」と蓉子さまが微笑んでいる。
分からない……目の前のこの人が分からない……。
どうしてこんな……その……ウェイトレスさんの制服が……どこかのファンタジー世界から飛び出してきたような……やたらと丈が短い上に切れ目がはいりまくってて胸元は開きまくっちゃってて身体のラインなんて強調されまくりでスタイルが良くないとまず着れないっていうかもし私がこの制服を着たりなんかしちゃったら胸元ズレまくりでってそれじゃあ去年のシンデレラの衣装の時と同じじゃないあぁきっとお姉さまや蓉子さまだったらバッチリ着こなせるんだろうなぁアッハッハ!!

「祐巳ちゃん。そろそろ帰ってきてくれるかしら?」
「――はっ!……あ、蓉子さま。えっと……私、どうしてたんでしょう……?」
「お帰りなさい。祐巳ちゃん。良いもの見せてもらったわ」

ふと気付くと目の前には晴れやかな笑顔の蓉子さまが。えぇと……あれ? 何があったんだっけ?

「ご注文はお決まりですか?」

うおぅ!? 何ですかっ!? このバニーガールとメイドさんとフリフリな衣装を足して円周率で割ったような服(?)を着たお姉さんはっ!?

「祐巳ちゃんは何か好き嫌いあったっけ?」

蓉子さまの問いに、私は驚愕の表情まま、ただ無言でふるふると首を振ることしかできなかった。
というか蓉子さま? 何故そんなに普通でいられるんですか……?
ぽか〜ん、となっている私を放置したまま、蓉子さまはテキパキと注文を終え、今はお水で喉を潤しておられる。

えっと……。もしかして私の感覚がズレているだけで、ここってごく普通のお店なのかな……?

私は確認の意味を込めて店内をぐるりと見回してみた。
お昼時なだけあって結構込み合っているのだが……ファミリーレストランと銘打っているにもかかわらず、家族連れなんて一組もいない。
お客さんのほとんどが男性だ。しかも出来る事なら一生お近づきにはなりたくないような空気を纏った人もチラホラ見うけられる……。
そして極めつけはウェイトレスさんの制服だ。南極に行ったら2秒で凍死しそうなほど露出度が高いうえに、怪しい……実に怪しすぎる格好だ。
とても真っ当なウェイトレスさんには見えない。

うん。このお店が普通だというのが世の中の常識なら、私はそんな世の中捨ててやる。

私が胸のうちで静かにそんな決意を固めていると、ほんの数分前まで私の憧れている人リストに殿堂入りしていながら、現在ぶっちぎりで不可解な人リストのトップに君臨してしまった蓉子さまが声をかけてきた。

「祐巳ちゃん。どうしてこんな店に? って思っているでしょう?」
「――イエ、ソンナコトハナイディスヨ」
「そんなに分かりやす過ぎる無理しなくていいのよ……。私だって聖に初めて連れてこられた時は、思わずマウントポジションを決めて、どういう事か問い詰めたくらいだもの。うふふっ」

いや……私はそこまでは……というか店内でそんな事したんですか……蓉子さま? あと、笑顔が眩しすぎるんですが……?

現時点をもってあなたは私の逆らってはいけない人リストに殿堂入りです。蓉子さま。ちなみにこのリスト、志摩子さんはすでに殿堂入り済みです。山百合会率高いなぁ……。

「それでね。最初はちょっと、って思っていたんだけれど……食べてみたら凄く美味しかったのよ。それ以来、個人的にも来るようになったの」

何事も無かったかのように話を続ける蓉子さまを引きつった笑顔で眺めながら、私は不可解な人リストから蓉子さまの名前を消した。
この店を紹介したのが聖さまと聞かされれば納得がいく。
今日一緒に来たのが蓉子さまではなく、聖さまだったなら私はビックリこそすれ不可解には思わなかったろう。聖さま、こういうの面白がりそうだし。
まぁ、蓉子さまの場合は純粋に味でこの店を気に入ったのだろうが、聖さまの場合は違う目的で気に入っている気がする……。

「お待たせいたしました〜。ランチセットでございます」

なんだかんだやっているうちに結構時間が経っていたようで、私と蓉子さまの前に美味しそうなハンバーグが置かれた。
う〜ん……やっぱり目のやり場に困るなぁ……。
私がモジモジ、キョロキョロしていると、配膳しているウェイトレスさんと目が合ってしまった。

「デザートは後ほどお持ちいたしますので。ごゆっくりどうぞ」

営業用とは思えない笑顔で、優しく言われてしまった……。なんだか凄く恥ずかしい……。

「さぁ、食べましょう。祐巳ちゃん」
「え?……あ、はい」
「「いただきまーす」」

蓉子さまがそんなに気に入るくらいだから、どんなに美味しいんだろうとわくわくしながら食べたのだが……えっと…………普通?
うん……別に不味くはない……不味くはないんだけど、他のファミレスとの区別がつかない……私の舌がおかしいのかな……?

「祐巳ちゃん。別に大した事ないって思ってるでしょ?」
「えぇっ!? そ、そんな事はっ……!」
「いいのよ。私もそう思っているんだから」
「……へ?」
「食事はね、普通のファミレスと変わらないのよ。でもね、ここはデザートが格別なのよ。祐巳ちゃん甘い物好きでしょう?」

えぇ! 好きですともっ!

私は一気にテンションアップした。ついでに食べるスピードもアップしたら「よく噛んで食べないとダメよ」と叱られてしまった……。
いけない、いけない。甘い物の事となるとつい目の色を変えてしまう……もっと高校生らしく落ち着きを持たないとね。
食事を終えるまでに、何度か蓉子さまに「デザートは逃げないから」と笑いながら言われたりした気もするが……きっと気のせいだろう。うん。

「お待たせいたしました〜。こちらデザートになります」

はい! 待ってましたっ! 早く食べたいです。お姉さん、私にスプーンを下さいな。

ウェイトレスさんに爛轡絅燭叩瓩辰伴蠅鮑垢圭个校筺さっきあれほど目のやり場に困っていたはずなのに、自分でも現金だなぁ、とは思う……思うが止められない。
真の甘い物好きとはそういうものだ。
ちなみにデザートを持ってきてくれたウェイトレスさんはさっきと同じ人だった。何故かさっきよりも優しい眼差しで見つめられた気がするが……どうしてだろう?

「祐巳ちゃん。良かったら私の分も食べていいわよ」
「えぇ!? いいんですか?」

と言いつつ、私の手はすでに蓉子さまのデザート皿に伸びていた。こんな素直な自分がちょっぴり好きだ。

あぁ〜、しあわせ〜。

私がデザート(二つ目)を食べているのを蓉子さまはにこにこしながら見つめていた。
私はちょっと恥ずかしくなってしまい、蓉子さまのお顔を見ないようにうつむきがちに食べた。
だから気付かなかった……蓉子さまがいつ……表情を変えたのか……。
食べ終わった私が顔を上げた時、もうすでに蓉子さまはさっきまでの慈愛に満ちた表情ではなく、真剣な……いや、険しいとすら形容できるものに変わっていた。
あまりの変化についていけず、私はおやつをねだる子供のようにスプーンをぎゅっと握りしめたまま、ただぽかんと蓉子さまを見つめていた。

だがそれは私の表面的な感情だった。本当は分かっていた。蓉子さまが表情を一変させた理由など。
……終わったのだ。これまでの優しい時間が。
忙しいはずの蓉子さまが、わざわざ私を訪ねてきた訳。今日私が蓉子さまに会っている意味。お姉さまの不可解な言動。妙な記念碑……。
私は無意識の内にそれらを心の隅に押し込め、蓋をした。
きっと以前とはすべてが変わってしまう、そんな暗い予感めいた確信が私にはあったから……。

私が話を聞く態勢になったと判断した蓉子さまは、ゆっくりと口を開いた。

「――祐巳ちゃん。リリアンで起こっている猩続姉妹失踪事件瓩砲弔い董何か聞いた事はないかしら?」



これから先、昨日までの私に戻る事はけして出来ないのだと……この時、私は本能で理解していた。




一つ戻る   一つ進む