【2056】 アクセル全開ツッコミ天国  (いぬいぬ 2006-12-17 07:34:00)


「乃梨とら」シリーズ第2部第5話です。
【No:2050】→【No:2051】→【No:2053】→【No:2054】→コレです。







 放課後の薔薇の館で、可憐な乙女達がお茶会を開いていた。
 ・・・と言うか、とりあえずドロドロにへばり付いた抹茶の粉を落とした乃梨子とそれを手伝ったその他の面々は、薔薇の館の2階でテーブルに着き、瞳子と菜々の淹れてくれた紅茶で一息ついていたのだった。
 しばらくは、先程の志摩子ととらの攻防戦が嘘のように静かな時が流れていたが・・・
「 ・・・・・・・・・・・・・ぷっ 」
「 何を笑っているのかな? 有馬菜々さん? 」
 ちらちらとこちらを伺い噴出す菜々を、ギロリとにらみながら問い詰める乃梨子。
「 いえ、ジャージでくつろぐさまが、何だか可笑しくて・・・ 」
 そう。セーラー服が抹茶とお湯でドロドロになってしまった乃梨子は、体操服のジャージに着替えていたのだ。
「 気にするな乃梨子さま! ジャージ似合うぞ! 」
「 それ嬉しくない 」
 乃梨子を励まそうとしたとらの発言は、乃梨子にばっさりと斬って捨てられた。
 思わずしゅんとなるとらに、乃梨子は溜息をつきつつも、その頭を撫でてやる。
「 無理に気を使わなくても良いのよ。それと、別に怒ってる訳じゃないから 」
 乃梨子の優しい声と手の感触に、とらはご主人様に撫でられた子犬のように、うっとりと目を閉じる。
 その隣りで、志摩子がむっとするが、先程の騒動を反省してか、今回は何も言わずにふたりを見ていた。
 乃梨子もそんな志摩子の様子に気付き、「 良かった。少しは進歩してくれたみたい 」と、安堵する。
「 ところで・・・ まだ下校時刻まで時間があるんで、よろしければ他の方にも講師をお願いしたいのですが 」
「 え〜? まだや・・・・・・ ゴメンナサイ、なんでもありません 」
 もう飽きたのであろうとらの愚痴は、乃梨子のひとにらみで沈黙させられた。
「 そういうことなら、まかせなさい! 」
 そう言って嬉しそうに立ち上がったのは、由乃だった。
 と、言う訳で・・・






☆ とら育成計画・黄薔薇編 ☆

 実を言うと、乃梨子はかなり期待していたのだ。由乃と祐巳に。
 ふたりとも、その性格にやや難はあるような気がするが、何と言っても幼稚舎から10年以上もリリアンに通っている上に、このリリアンを統べる薔薇さまなのだ。
 その経歴にはやはり、期待してしまうところである。
( その経験を生かして、とらの良き道標となってくれると良いなぁ )
 まるで乃梨子の願いを受け止めたかの如く、颯爽ととらの前に立つ由乃。
「 基本的な礼儀作法は志摩子さんにまかせるとして、私は私のやり方でとらちゃんを教育してみせるわ! 」
 何だか「すでに成功したも同然」とでも言いかねないほどの自信を見せる由乃に、思わず乃梨子も期待が高まる。
「 具体的にはまず、リリアンで生活する上で役立ちそうな、“日常で使える”知識を教えていこうと思うの 」
( おお、何だか期待できそうだな )
 乃梨子は期待を込めた視線で由乃を見守った。
 確かに先程志摩子が教えた茶道のように、かしこまった作法も大切かも知れないが、今のとらに必要なのは、リリアンで生活していくという“日常”を乗り切るための知恵だと乃梨子も思っていたから。
(むしろ、日常生活でリリアンに馴染んでしまえば、何かへマをやらかしても周りにいる人間・・・ クラスメイト達とかがフォローしようとしてくれるだろうしね。私がリリアンに入学した時に、五月蝿いくらい世話を焼いてくれた瞳子みたいに )
 自分の過去を思い出しつつ、乃梨子は由乃の言葉の続きを聞いた。
「 まずは、教室で役立つ・・・ 」
( ほほう、教室で役立つ? )
「 実戦的剣術を・・・ 」
「 “使える”かぁぁぁぁ!! そんなモン!! 」
 思わず由乃に裏手でびしっ!と突っ込みつつ、魂の叫びを上げる乃梨子だった。
「 さすがですね乃梨子さま。タイミングと良い、角度と良い、最高の突っ込みでしたわ 」
「 何に感心してるのよ、貴方は・・・ 」
 妙なところを菜々に絶賛されて、怒る気力すら奪われた乃梨子。菜々は本気で感心しているらしく、実に嬉しそうだ。
 だがしかし、“ネタ振り”となった由乃は、不満気な顔で乃梨子に問い返す。
「 何よ乃梨子ちゃん。何が不満なのよ? 」
 本気でこんなことを聞いてくるからタチが悪い。
「 由乃さま・・・ リリアンの教室で、いったい何時“実戦的剣術”が役立つんですか? 」
「 それはホラ、いきなり教室に賊が押し入ってきた時とか・・・ 」
「 なるほど、それなら実戦的剣術の出番… って、そんな機会あるかぁ! 」
「 ノリ突っ込みも完璧なタイミングですね、乃梨子さま 」
 乃梨子の皮肉も由乃にはまるで通じていない。むしろ、隣りで見ている菜々を喜ばせるだけだった。
「 何よ! 侍たるもの常在戦場の心意気で・・・ 」
「 誰が侍ですか! てゆーか貴方の日常は戦いから離れられないんですか?! 」
「 戦って何が悪いの?! 人生とは常に戦いであるって良く言うじゃなの! 」
「 戦いの意味が違ぁぁぁぁう!! どこの世界にそんな繁殖期のオスみたいに常に臨戦態勢の・・・ 何ですか?祐巳さま 」
 完全な平行線を辿る由乃との舌戦の最中、ちょいちょいと袖を引かれたので振り向いた乃梨子に、祐巳は真顔で告げた。
「 “アレ”が由乃さんの“日常”だから 」
「 そんなアホな・・・ 」
「 乃梨子ちゃん。現実っていうのは、以外と厳しいものなの 」
「 ・・・厳しいって言うか理解不能ですよ 」
 厳しい現実に打ちのめされた乃梨子。
 その肩にそっと手をかけた菜々に、「 いっそ慣れてしまえば面白いですよ? 」などとさり気なくトドメを刺され、少しだけ現実から逃げ続ける引き篭もりの気持ちが解かってしまった乃梨子だった。
「 とりあえず・・・ 由乃さまは講師に向いてないので、誰か他の・・・ 」
「 何でよ? 」
「 “何で”と真顔で聞ける貴方の神経こそ逆に“何で”なのか聞きたいですが 」
「 私なら、とらちゃんを立派な侍にしてみせるわよ? 」
「 しなくて良い!! 」
 姉の間違った方向への思いやりの面白さのあまり、机をバンバン叩いて悶えている黄薔薇の蕾に、乃梨子は冷ややかな視線と共に言葉を投げかけた。
「 菜々ちゃん。貴方も中等部から3年以上リリアンなんだから、私よりはリリアンに精通しているわよね? 」
 乃梨子のセリフに、菜々はやっと笑うのを止め、話を聞く姿勢になる。
「 由乃さまの言った“日常で役立つ知識”っていうモノは、確かにとらに必要だと思うの。何かこの子にできるアドバイスとか無いかな 」
 とらの頭に手を置きつつ真剣に聞いてくる乃梨子の目にとらを思いやる気持ちを見た菜々は、「そうですね・・・」と、真剣に考え始める。
「 リリアンの日常で役立ちそうな知識で、私にアドバイスできそうなことと言えば・・・ 」
「 うん 」
 真面目な顔で言う菜々に、乃梨子も真剣に聞く姿勢になる。
「 “謀略の基本”とか、“扇動のイロハ”とか・・・ 」
「 オマエは敵国に潜入したスパイかぁぁぁぁぁ!! 」
「 え? 何かおかしいですか? 」
 きょとんとした顔で聞く菜々の顔面にハリセンを叩きつけたい衝動を押し殺し、乃梨子が「 他に何か無いの? 」と聞くと、菜々はまた少し考えてから呟く。 
「 あとは・・・ “姉で遊ぶ50の方法”とか 」
「 ちょっと待ちなさい菜々!! 姉“と”じゃなくて、姉“で”って何よ!! 」
 さすがに聞き捨てならなかったらしく、乃梨子を押しのけて、由乃が菜々を問い詰める。
「 何って・・・ 言葉のとおりですが何か? 」
「 アンタって子はもう! どうしてそんなにやりたい放題なのよ!! 」
 自分のことは棚の奥に全力で押し込んだ由乃のセリフや、さっそく姉“で”遊ぶ菜々に眩暈を覚える乃梨子だった。
 その時、自分のための勉強会だったはずなのに、乃梨子が黄薔薇姉妹に突っ込むのが忙しくて、ここまでほったらかしにされていたとらが「ねえ、乃梨子さま」と呼びかける。
「 何? とら 」
「 リリアンの日常で役に立つ知識って・・・・・・ ボケと突っ込みのことか? 」
「 違う! 断じて違う!! 私だって、好きで突っ込み役にまわってる訳じゃないのよ! 」
 まあ、今目の前で展開されていた漫才のような会話を聞いていれば、とらがそう誤解するのも無理は無いことだろう。
 血の涙でも流しかねない迫力で否定する乃梨子に、とらも「そ、そうなの?」としか答えることができなかった。
 とにかく、黄薔薇姉妹による“リリアンの日常生活で役立つアドバイス”は、一つ残らず役に立たなかったため、乃梨子の「 もう良いです! 次行ってみましょう! 」という宣言と共に、何の成果も生み出さずに終焉を迎えたのだった。
 そして、乃梨子の言う“次”とは、当然残り一組の姉妹しかいない訳で・・・






☆ とら育成計画・紅薔薇編 ☆

「 それでは祐巳さま、できればコンセプトは由乃さまの言っていた“リリアンの日常生活で役立つ”ものでお願いしたいのですが・・・ いけますか? 」
 先程、由乃に期待を裏切られたばかりなだけに、若干警戒しながら聞く乃梨子。
「 いや、それも必要だとは思うんだけどね、乃梨子ちゃん 」
 乃梨子の案に待ったをかけるように言う祐巳に、乃梨子も「何でしょう?」と問い返す。
「 確かに普段生活する時に必要な知識っていうのは大事だと思うけど、逆に範囲が広すぎて教えきれないと思うの 」
「 ・・・確かにそうかもしれませんね 」
 確かに祐巳の言うように、一口に“日常生活”と言っても様々なシチュエーションがあり、朝から下校時までの行動を全てフォローするとしたら、その範囲はあまりにも膨大だ。
 考え込む乃梨子に、祐巳は続けて言う。
「 それに、私や由乃さんが日常的にリリアンでやっていることって、無意識にしていることも多いから、教えろって言われて改めて教えようとしても言葉で説明しにくいし 」
「 無意識ですか・・・ 」
「 うん。それと、リリアンの中でのこととは言え、その場その場で色々な違いもあるだろうから、私の体験がとらちゃんにそのまま役立つとも限らないし。そういう微妙な差とかは自分で対応するしかないだろうから、むしろさっきの志摩子さんみたいに基本的なところを先に押さえておいたほうが、そこからの応用が効いて良いと思うな 」
「 なるほど、基本的なことさえ覚えてしまえば、後はそれをどう生かすかだけだ・・・ ってことですね? 」
 さすが紅薔薇さま、やはりここ一番という時に発揮されるポテンシャルは凄いのものだと、乃梨子は今更ながら驚かされた。
「 では、祐巳さまの言う“基本的なこと”をご教授願えますか? 」
「 まかせて! 」
 微笑む祐巳を見て、頼りがいのある笑顔だと乃梨子は思った。
 ・・・この瞬間だけは。
「 じゃあとらちゃん、テーブルマナーの基本的なところから始めようか? 」
「 はい! 」
「 まずは洋食の場合について・・・ 」
 最初は普通にテーブルマナーの基本を教えていた祐巳だったが、話がナイフの扱いに及んだ辺りから、何やら様子がおかしくなり始めた。
「 隣りに座っていたのがムカつくやつだった場合・・・ 」
( ・・・え? )
 何かの聞き間違いかとおもった乃梨子だったが、祐巳は笑顔で説明を続けた。
「 肉料理を切りそこねたフリをして、手首のスナップだけでナイフを投げつけてやると、効果的に相手をおとなしくさせ・・・ 」
「 笑顔で物騒なこと教えるなぁ!! 」
「 ・・・でも、相手が左側にいる時は良いけど、右側に右手でナイフを投げるのって不自然じゃないのか? 」
「 とら! アンタも妙なことに真剣に興味を持つんじゃない!! 」
「 その場合はフォークで・・・ 」
「 だからそういうことを教えるなぁ!! 」
 とらと祐巳のふたりに交互に突っ込む乃梨子を見て、菜々は「トリオ漫才の真ん中にいるリーダーみたいですね」と、賞賛の声を送る。
 乃梨子は菜々の声を無視しつつ、前々から疑問に思っていたことを祐巳に問い詰めた。
「 祐巳さま。以前からお伺いしようと思ってたんですけど、どうしてそう思考が黒いほうへ黒いほうへと暴走しがちなんですか?! 去年まではそんなに武闘派な人じゃなかったでしょう? 」
 去年までのノホホンとした祐巳よカムバック! と願う心が見える乃梨子の問いに、祐巳はふと遠い目をして答える。
「 あれはお姉さま・・・ 祥子さまが卒業する直前のことだったわ。突如お姉さまとそのお姉さま・・・ 水野蓉子さまっていうんだけど、そのお二方に拉致されてね。色々と“紅薔薇家の伝統”なるモノを叩き込まれたのよ 」
「 ひょっとして“紅薔薇家の伝統芸能”とかほざいてた瞳子のピッキングとかも・・・ 」
「 あんなモノは初歩の初歩よ 」
 不気味に微笑む祐巳に、うすら寒いものを感じる乃梨子だった。
「 来年は瞳子にもきっちり受け継がせてあげるからね 」
「 わ、私、毎年3月くらいには行方不明になりますの! 」
 にっこりと微笑む祐巳に、さすがに身の危険を感じた瞳子がそう誤魔化そうとしたが、祐巳の「 小笠原家に探し出せない人間なんていないのよ 」という言葉に沈黙する。
 嫌な沈黙が支配するこの空間で、もはや俯いていないのは、微笑む祐巳と話しが良く理解できていないとらだけだった。
 ・・・いや、俯いてはいたが、志摩子だけは「 歌舞伎みたいなものかしら? 」などと呟いているところを見ると、彼女は祐巳の言った「紅薔薇家の伝統」を確実に何か勘違いしているようだ。
( これ以上“黒い紅薔薇さま”を増やさないためには、いっそ私が3月頃に瞳子を拉致したほうが良いのかも・・・・・・ ん? 待てよ? )
 なんとなく瞳子を見ながらそんなことを考えていた乃梨子は、ある事実に気づいた。
( 瞳子って、この中では一番家柄の良いお嬢さまだったっけ・・・ )
 “最初に気付け”という突っ込みは置いといて、それは、リリアンで生きるお嬢さまとしての躾が一番行き届いていることを意味する。
「 ・・・何? 乃梨子 」
 自分を凝視している乃梨子に不審を抱き、そう聞いてくる瞳子の肩を、乃梨子はがっしりと捕らえた。
「 瞳子! 」
「 な、何?! いくら乃梨子がガチでも、私には乃梨子の気持ちに応えるつもりは・・・ 」
「 誰がガチだ! そうじゃなくて、とらの教育に手を貸して欲しいのよ! 」
「 私が? 」
 乃梨子がガチかどうかはとりあえず置いとくとして・・・
 真剣な目をした乃梨子を見つめ返し、瞳子は宣言する。
「 良いでしょう。貴方にそこまで言われては、拒むわけには行きません。不肖この松平瞳子、講師を勤めさせていただきますわ 」
「 ありがとう瞳子! このお礼はいずれきっちりとさせてもらうから! 」
 感激している乃梨子だったが、瞳子はなんとなく乃梨子から身を引きつつ「 いえ、結構ですわ 」と答えた。
「 何で? 」
 不思議に思った乃梨子が聞くと、瞳子は乃梨子から目をそらしつつ答えた。
「 ・・・・・・何だかこのまま“お礼”と称して押し倒されそうな危険を感じますわ 」
「 だからガチじゃないって言ってるでしょうが!! 」
「 じゃあ、志摩子さまやとらちゃんにそういうことを求められても断るの? 」
「 それは、その時考える! 」
「 ・・・・・・自覚が無いって、タチが悪いわ 」
 疲れ果てた感じで、瞳子は吐き捨てた。
 まあ、乃梨子がガチかどうかは本当に置いておくとして・・・
 乃梨子の熱い要望により、「とら育成計画・紅薔薇編」の講師は、ここで瞳子にバトンが渡されることになった。
「 それでは・・・ パーティー会場などでの、立ち居振る舞いや会話の初歩についてでも 」
 どうやら瞳子も祐巳の教育方針に賛成らしく、同じような路線で行くようだ。
 それにしてもさすがは松平家のお嬢さま。庶民たる乃梨子の口からはまず出てこないような「パーティー会場」なんていう単語がよどみ無く出てきたことで、乃梨子はいっそう瞳子に対する期待を高めた。
「 着席形式でのパーティーの場合、基本的に先程お姉さまが教えて下さったテーブルマナーから大きくはずれることはありません 」
「 ナイフの投げ方も? 」
「 ・・・ナイフの投げ方は忘れて下さい。って言うか投げてはいけません 」
 とらの質問に、さすがに祐巳の教えを否定する瞳子。
 聞いていた祐巳は少し不服そうだったが、乃梨子は逆に喜んでいた。
( ああ、これでやっとマトモにとらの教育が進むわ! )
 ほっとする乃梨子の横で、瞳子の講義は続く。
「 立食形式のパーティーの場合、料理の置かれるテーブルと談笑するためのテーブルが分かれています。この時、自分の食べる分の料理は取り皿に取って談笑用のテーブルに置きますが、決して何皿も持たないこと。それから、お皿に料理を山盛りにしたりしないこと 」
「 え〜? いっぱい食べちゃダメなの? 」
「 あくまでも、パーティーの目的は他のお客様との会話にあるということを忘れないで下さいね。もしお腹が空くことが気になるなら、あらかじめ軽食を取ってから会場に向かうのも一つの手です 」
「 ゴハンのあるところに行くのに、ゴハンを食べてから行くの? 変なの〜 」
「 パーティーとは、料理よりもその場のお客様達との交流が主な目的です。ですから、談笑用のテーブルに着いている時も、料理の取り皿はテーブルに置き、手にするのは飲み物のグラスだけにします。食べながらの会話は、相手に失礼ですから 」
「 いつゴハン食べれば良いの? 」
「 自分が会話に加わっていない時にさりげなくです。だからと言って、会話を自分から打ち切ってはいけませんよ? 」
「 ・・・・・・難しいな〜 」
「 フフ・・・ 会話を楽しめれば、自然にできますわ 」
 どうやって食べるかについて考え込むとらに、クスリと笑いながら教える瞳子を見て、さすが松平家のお嬢さまだと改めて感心する乃梨子だった。
( さすが本物のお嬢さま。まかせて正解だったわね )
「 そうそう。ドレスコード・・・ パーティーに行く時の服装ですが、パーティーにはフォーマルなものからカジュアルなものまであるので、これはもう招待して下さる方に直接聞いてしまったほうが間違いがありませんね。次に、パーティーでの会話の内容についてですが・・・ 」
 流れるような瞳子の説明に、このまま任せておいても問題無さそうだと判断した乃梨子は、冷めかけた紅茶に手を伸ばした。
「 基本的に鼻持ちならないゲスな成金が多いので、8割がた笑って聞き流していればOKですわ 」
 
 ブフォ!!

「 うわ! 汚いわね乃梨子ちゃん! 」
 危うく乃梨子の噴出した“紅茶スプラッシュ”の餌食になりかけた由乃が抗議するが、乃梨子はそれどころではなかった。
「 待てぇぇい!! 」
「 何ですの・・・ 紅茶は飲むものであって、決して噴き出して楽しむものではありませんわよ? 」
「 知っとるわ! てゆーか誰のせいで噴き出したと思ってんのよ!! ・・・って、そんなことより、今のは何?! 」
「 何、とは? 」
「 “ゲスな成金が多い”とかいう下りよ! 」
「 え? 何か間違ってますか? 」
 本気で不思議そうに聞き返してくる瞳子に、上流階級という世界の恐ろしさを垣間見た乃梨子だった。
「 会話の流れで敵を見分けたり、敵と認識した相手を会話の中で陥れたりするのは基本ですわよ? 」
「 ハイソな連中のパーティーっていったい・・・ 」
 瞳子は確かに教育が行き届いているのだろうが、その方向性が決定的に間違っていた。
 いや、他人を蹴り落としまくって這い上がってきたハイエナのような成金連中から身を守るためには、そういった手段も必要なことなのかも知れないが。
「 とにかく! とらにそんな腹黒いやり取りを教えるな! 」
「 腹黒いとは何です?! そもそも、会話の中で相手をやり込める話術無くして、どうやってパーティーを制圧しろと?! 」
「 パーティーを“制圧”してどうする?! 」
「 制圧無くして勝利などありえませんわ! 」
「 パーティーの目的見失っとるわぁぁぁぁ!! 」
 思わず心の中で、「ブルータスお前もか」などというセリフが浮かんでしまい、乃梨子はテーブルに泣き崩れた。
 最初に瞳子に対する期待が高かった分だけ、ショックも大きかったようだ。
「 乃梨子、大丈夫? 」
 何故乃梨子が泣き崩れているのか本気で判っていなそうな紅と黄の姉妹をよそに、ひとり心配そうに聞いてくる志摩子を見て、乃梨子は「 私の味方は志摩子さんだけだ 」と思った。
「 乃梨子、そんなに気を落とさないで。私がついているわ。とらちゃんの教育も頑張ってみるから。ね? 」
「 うぅ・・・ ありがとう志摩子さん 」
 乃梨子の肩にそっと手を置き優しく慰めてくれる志摩子に、乃梨子は涙が出そうなほど姉の愛を感じていた。
 ・・・が、
「 乃梨子! 泣くな! 私が慰めてやるから! 」
 乃梨子の肩に置かれた志摩子の手をぺしっと払いのけ、とらが乃梨子の首筋にしがみついた。
 どうやら良い雰囲気のふたりを見て、またもや志摩子に対するライバル意識が目覚めてしまったようだ。
 一瞬、とらの心配気な顔を見て和んだ乃梨子だったが、視界の片隅に冷たく微笑む志摩子が映り背筋が凍りついた。
 確かに志摩子はどんな時でも乃梨子の味方なのだが、とらに対しては未だに敵なのだと思い出したからだ。
「 とらちゃん? 乃梨子“さま”でしょう? 」
 そう言いながら、笑顔でとらの頬を容赦無くねじりあげる志摩子に対し、とらも負けじと志摩子の口に親指を突っ込んで、志摩子の頬を両手で横に広げ始める。
「 ひあおあいっおんえお!! ( 訳:志摩子はひっこんでろ!! ) 」
「 あんれふっへ? わらひおこおあえよいふへあんへ、ひょーいふはひふよーあようえ? ( 訳:何ですって? 私のことまで呼び捨てなんて、教育が必要なようね? ) 」
 もはや何を言ってるのかも判らないのにふたりとも良く会話ができるなと、乃梨子は変なところに感心してしまった。
 そんな乃梨子を置き去りに、もはや誰だか解からないほどユカイに変形した顔のふたりは、彼女を挟んだまま戦闘を再開したのだった。


 
 涙でゆがむ視界に、ユカイな顔でマジ喧嘩を始めるふたりを見て、乃梨子は心の中で「ダメだこりゃ」と呟いた。
 それは、天国にいるはずの偉大なるミュージシャン兼コメディアンに届くほどの、魂のこもった「ダメだこりゃ」だったという。  

 





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