もちもちぽんぽんしりーず。
【No:1878】ー【No:1868】ー【No:1875】ー【No:1883】ー【No:1892】ー【No:1901】ー【No:1915】ー【No:1930】ー【No:2011】ー【No:2015】ー【No:2023】ー【No:2042】ーこれ
日曜日。
祐巳は家にいた。
由乃さんが手術だという日に、遊びに行く気にはなれなかったし、
昨日の夜桂さんから「行っても良い?」という電話があったから。
―――ピンポーン―――
インターホンが鳴ったのは10時頃。
休日であるため、パジャマ姿のお父さんをリビングに押し込んで、ドアを閉めて、
見えなくなったことを確認すると、玄関に向かう。
―――ガチャ―――
「あ、祐巳さん、ごきげんよう。」
「ごきげんよう、上がって。」
「うん。」
先に私の部屋に行ってて、そう言うと台所にお茶のセットをとりに行く。
予め来ることを言ってあったから、クッキーまで用意されていた。
「桂ちゃん、お昼はどうするのかしら?」
「ん、部活があるから昼前には帰るって。」
「あら、そうなの。」
お母さんは気が抜けたようで、「じゃあ適当で良いわね。」と呟くのが聞こえる。
(言わなければ良かったかな?)
とか思いながら、部屋に紅茶とクッキーを運んだ。
「お待たせ。」
L字型のノブを腕で下げて、体でドアを押し開くと桂さんはクッションに座っていた。
「悪いわね。」
「いえいえ、御客様ですから。」
冗談めかしながら、ガラス板の小さなテーブルに持ってきたものを置く。
ソーサー付のカップを手渡すと、とりあえず礼儀として一口。
私も、とりあえず一口。
「で、何のようなの?」
午後から部活って言っていたし、特に聞かなかったけど気が向いたってわけでもないだろう。
軽く首をかしげながら聞くと、桂さんはカップを両手で包むように持ったまま
「昨日の帰り、お姉さまにロザリオを返してもらいました。」
ぺこりと頭を下げて、
「え?良かった、うわ。」
ちょっと前のめりになったせいで、足がテーブルの足を蹴ってしまった。
クッキーが何枚か皿から落ち、私の紅茶の水面がゆらゆらと揺れている。
「大丈夫?」
「・・なんとか。」
落ちたクッキーを、私の方に寄せた。
後で、食べよう。
「改めて、おめでとう。」
「今回は、いろいろ迷惑かけちゃったしね。」
「蔦子さんには?」
「まだ、今日の夜でも電話するつもり。」
「わざわざ来てくれなくても、私も電話で十分だったのに。」
さっきのクッキーをぽりぽり。
「うん、だけど、言いたいことがあったから。」
口の中の破片を紅茶で流し込む。
「何?」
カップを持つ桂さんの指が、もにゅもにゅと動くのが見える。
「あのね、先に言っておくけど、蔦子さんは悪くないの。
私が祐巳さんに言わないでって言ったんだから。」
「あ、うん。」
何のことか、さっぱり解らなかったけど、とりあえず話を進めるためにうなずいた。
まず、そう言うと桂さんは私から目をそらした。
「私ね、最初お姉さまのこと好きじゃなかったの。
っていうかね、誰でも良かったの。」
「え?だって、あんなに仲良さそうにしていたじゃない。」
ぼそりと呟かれた言葉に驚いた。
「うん、その方が何かと便利だと思ったから。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・なんで、そんなことしたの?」
目的が解らない。
「私には何にもなかったから。」
「?」
私が怪訝な顔をしたのが見えたのか、言葉を続けた。
「中等部の頃、蔦子さんと二人で写真の売込みとかやっていたでしょう?」
「ああ、やったね。」
懐かしいなぁ。
「あの時、2人がとてもかっこよく見えたから。」
「そんなこと・・・。」
桂さんの肩が震えていることに気づいた。
ベッドの下に置いてある布で包まれたティッシュボックスを無言で差し出した。
「ありがとう。」
一枚手に取ると鼻をかんだ。
「二人がね、羨ましかった。
蔦子さんは写真が撮れて、祐巳さんの手助けが出来る。
それに対して、私は話し相手くらい。
だから、少しでも噂とか、蔦子さんとは違うネットワークが持ちたかったの。」
「そんな、私だって2人に対して大したこと出来ていないよ。」
桂さんは、かぶりを振った。
「そんなことないよ。」
「そう?」
釈然としないものの、勢いに押されて受け入れる。
「それで蔦子さんに相談したの。
高等部で、交友関係が広そうな人で、私が妹になれるような人。
2人で選んで、その中にちょうど今のお姉さまがいて、元々面識はあったから。」
言いながら、もう一枚ティッシュをとった。
「ずっとね、秘密にしてたの。
言うつもりもなかった、結局自己満足だしね。
でも、祐巳さんと蓉子さま見てたらね、思ったんだ。
なんて私って、みっともないんだろうって。
だから、一回清算したくなったの。
お姉さまに本当のことを話して、もう一度選びなおしてくださいって、ロザリオを返した。」
少し間が空いた
「ごめんなさい。」
桂さんの口から、涙のように零れ落ちた。
何に対して、誰に対してなんだろうか。
もしかしたら、本人も解っていないんじゃないかな。
「ねぇ、桂さん、こっち見て。」
そらしていた視線が、ずっと向けていた視線とゆっくり重なる。
「私ね、鈍いからそんなこと気付きもしなかった。
だから、許すとか許さないとかの権利持ってないと思うんだ。
でも、一言言いたい。」
「・・・何?」
身構えているようだった。
「今まで、ありがとう。そして、おめでとう。」
私のために色々やってくれていたことに、ありがとう。
そして、最初は好きでなかったとしても、いつの間にか好きになっていた。
だから、こんなことをしたんだろう。
好きになった人から昨日ロザリオを渡されたことに、おめでとう。
「大したことない私だけど、今まで支えてくれてありがとう。
気付かなくて、ごめんなさい。
そして、お姉さまが出来て、本当におめでとう。」
出来る限りの感謝と謝罪と、祝福の言葉を。
「ありがとう。」
それだけ言うと、桂さんは笑った。
涙混じりだったけど、立派な笑顔だった。
「それと、祐巳さん顔凄いわよ。」
何時の間にか、私も泣いていたようだ。
差し出されたボックスから一枚。
「桂さんだって、まだ凄いよ。」
「そう?」
桂さんも一枚。
「「ずずぅー。」」
2人で鼻をかんだ。
かみ終わった後、なんとなく目が合うと、笑ってしまった。
「ずっと、友達でいてね。」
「もちろんよ。私の方こそね。」
「もちろんだよ。」
日曜日が過ぎて、数日。
令ちゃんが病室を訪ねてきた。
「いらっしゃい。」
その言葉に意外と元気そうだとでも思ったのか、ほっとした表情を見せた。
「良かった、元気そうで。」
ベッドサイドを椅子に腰をかけて、こっちを見てくる。
「心配した?」
「するに決まってるじゃない。」
「こんなに会わなかったの初めてじゃない?」
令ちゃんは、天井を仰いだ。
「そうだね、修学旅行でも電話はしていたからね。」
苦笑を浮かべた。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「ねぇ、由乃が手術をしてしたかったことって何?」
変な間が空いてしまった後、意を決したかのように聞いてきた。
「・・・うん。」
私も意を決した。
「見て欲しいものがあるの。」
パジャマのボタンを1つずつ開けていく。
下は何もつけていなくて、ガーゼだけがある。
「物心ついたときから、ずっと令ちゃんが隣にいたわよね。」
令ちゃんは何も言わなかった。
次にガーゼを止めているテープを剥がし始めた。
「見て。」
手術の傷跡がさらされた。
「お父さん、お母さんも含めて、令ちゃんが一番身近で私を見てくれていたと思う。
だから、令ちゃんだけに見てほしい。」
体の中心を走る傷跡。
しばらくしたら消えてしまうらしいけど、今はまだはっきり存在を示す傷跡。
令ちゃんは、喜びとか痛々しさとかいろんな感情が交じった顔で見ていた。
「くしゅん。」
いくら室内とはいえ、上半身をさらしていると寒さを感じる。
「由乃、もう良いよ。」
剥がれたガーゼを粘着力の弱くなったテープで張っていく。
パジャマのボタンまで閉め終えると
「まったく由乃は、・・・でも良かった。」
少し困ったような顔をしながら。
「それでね、お礼が言いたいの。」
「お礼?」
怪訝な顔をされた。
「そう、ずっと会わないでいる間、とても寂しかった。
もし、令ちゃんがいなかったら、ずっとこんな風に寂しかったんだなって思った。」
布団の上に乗せられている令ちゃん特製のひざ掛けを握った。
「ありがとう、令ちゃん。ずっと傍にいてくれて。」
「そんな風に思わなくても良いよ。嫌々やってる訳じゃないんだから。」
慰めるように、やわらかく言葉をかけてくれる。
「でもね。」
「ん?」
「同時に感じたの。
やっぱり、私は私の力だけで立ってはいないんだなって。」
「由乃?」
本当は、言うか言わないか、会わない間ずっと考えていた。
「私は、江利子さまのこと好きよ。
妹になれて良かったって思ってる。
でも、私が選んだわけでも、選ばれたわけでもない。
だから、一度きちんと選びなおしてもらおうと思ったの。
令ちゃんが卒業する前に。」
一息に言うと、想像したとおりに令ちゃんはオロオロし始めた。
「でも、こんな急にしなくたって、もうちょっと余裕を持ったほうが良いよ。」
あまりにも想像どうりな言動の令ちゃん。
術後の高揚感とか、いろんなものが入り混じって頭の中の何かが切れた気がした。
「だって、仕方ないじゃない。
後半年もないし、祐巳さん達羨ましいし、令ちゃん大学決めちゃうし!!」
「大学?」
「令ちゃん、大学どこ?」
「?リリアンに行くつもりだけど?」
ずっとそう言っていた。
優しい顔で、たまに私の頭をなでながら、たまに子守唄のように。
―――そうすれば、ずっと由乃の傍にいられる。―――
「好きな大学に行って良いよ。」
「え?」
「リリアンに行かなくても良い。好きな学校に行って。」
「・・・由乃。」
泣きそうな令ちゃん。
「別に、必要じゃなくなったわけじゃない。
逆よ、ずーっと一緒に歩いていくためにそうして欲しいの。」
泣き虫の令ちゃんのせいで私まで泣きそうじゃないか。
「それとね、もう1つ。」
泣きそうなのをごまかすように、枕元をオルゴールを手に取った。
その際こっそりと涙をぬぐった。
手元に置いたオルゴールのふたを開けると、
♪〜〜♪〜〜♪〜〜
鳴り始める音を余所に、箱の中の小さな出っ張りをつまんで底を引き抜いた。
二重底になっているそこから、ジャラジャラと金属を取り出した。
ダークグリーンの宝石のついたロザリオ。
「あ。」
令ちゃんが江利子さまに渡し、私に渡されたもの。
「返したときに言われたの、私が持ってていいって。」
「そうなんだ。」
ひとまず、私が江利子さまの妹になるということがわかって安堵したらしい。
「今度はね、自分の足で妹になりに行く。」
気が昂ってきて、涙が出そうだ。
令ちゃんの泣き虫病が移ったせいだ。
きっと。そうだ。
「令ちゃん、今までありがとう。
ずっとずっと今まで、そしてこれからも令ちゃんが好き。
お父さんより、お母さんより、もちろん江利子さまより、誰より令ちゃんが好き。
世界で一番好き。」
頬に熱いものを感じた。
「由乃、私も世界で一番好きだよ。」
歪んだ令ちゃんも泣きそうだった。
「でも、妹の、姉となる人に会うまでのどきどきも、目が合ったときの緊張も
渡されたときの喜びも、全部私のもの。
令ちゃんにだって分けてあげないの。」
令ちゃんは完全に涙している。
「今まで、ありがとう。
由乃は、令ちゃんのおかげでとても幸せでした。」
「・・・。」
令ちゃんは、何も言わずただ泣いていた。
「泣かないで、令ちゃん。
令ちゃんは、とても強くて、かっこよくて由乃の憧れだったんだから。」
「うん。」
涙を袖でぬぐった。
「これからは、一緒に歩いていこう。」
私は、泣きながらだけだったけど泣いていないように振舞った。
「うん。」
涙をこらえる令ちゃんは、今まで見た中でかなり変に部類される顔だったけど
今まで見た中で一番かっこよく答えてくれた。
しばらくして、支倉令は病院を出た。
自動ドアの外の風は冷たかったけど、熱くなった体に気持ちよかった。
油断すれば、未だに出そうな涙を乾かすように天を仰いだ。
「ありがとう。」
由乃の口から出た感謝の言葉。
小さな頃からずっと元気になれば良いのに、と思っていた。
そして、いつか別々の道に進むことはわかっていた。
それでも、もう少し、もう少しだけ由乃を負ぶっていたかった。
時折吹く強い風が、我が儘な私を嘲っていった。
やっと、クライマックスですね。私的意見なのですが、黄薔薇革命は、由乃の動機、そして手段が印象的過ぎるために、大きく変えづらい気がします。今のところこれが限界。(オキ)
こーゆうシーンの場合、どこまで描写していいものやら難しいところです。初めての連続で楽しくないこともないのが微妙なところです。笑。実は、黄薔薇編の2話の最初、由乃の科白と、これの最後の令の科白を対比するようにしてみたんですが、気付かないですよね。苦笑。(ハル)