【No:2045】の続きですが、一話完結が基本。
少し暴力シーンがあります。
『クゥ〜』
島津由乃と島津祐巳は双子の姉妹である。
顔が似ていないのは、由乃がお母さん似で、祐巳がお父さん似の二卵性だから。
由乃がお姉さんで祐巳が妹。
そして、幼馴染の従妹の令と、リリアンでの姉妹に成ったのは由乃だった。
それが起きたのは、入学式が終わって数日。
様態が回復した由乃がようやく登校した日の翌日のことだった。
「これはどういうことよ!!祐巳さん!!」
「どうしたのよ、ちさとさん」
部活に備えて更衣室で剣道着に着替えていると、突然、血相を変えて田沼ちさとさんが入ってきた。
その手には、チラシみたいな紙が握られている。
「これよ!!」
ちさとさんが祐巳に紙を突き出す。
「なに……」
それはリリアン瓦版だった。
リリアン瓦版は、リリアン女学園高等部の新聞部が発行している学園新聞。
「あにあに?」
そこに書かれていたのは、黄薔薇のつぼみの妹が誕生したことだった。
新聞の一面に、令姉ちゃんと由乃がお互いを慈しむように映った写真が掲載されていた。
「どうして祐巳さんじゃないのよ!!」
……なるほど。
どおりで今日一日、変な視線や部室に居る生徒達がよそよそしいわけだ。
「令さまが選んだのが、由乃なのだから仕方ないじゃない」
「でもさぁ、私も皆もそれこそ先輩達だって令さまの妹には祐巳さんが成るんだって、中等部の頃から思っていたのに」
祐巳だって、そう望んでいた。だが、同時に由乃が令姉ちゃんの妹に成ることは祐巳の中で分かりきった事実として存在もしていたのだ。
「と言っても、下級生が上級生に申し込めるわけじゃないんだからさぁ。第一、これはもう決まったことよ、はい」
祐巳はリリアン瓦版を、ちさとさんに返す。
「はぁ、これで剣道部の王子さまも妹もちかぁ……」
『剣道部の王子さま』は、剣道部員だけが使う隠語で令姉ちゃんのこと。
「はいはい、黄昏がれていないで着替えたら?」
「そうしよう」
ちさとさんは祐巳言われ着替えるために部室の奥に進む。
「それにしてもこれで祐巳さんへの先輩方のアプローチが始るわけかぁ」
「なによそれ?」
「ん?だってねぇ」
「そ、そうね」
ちさとさんは横で着替え終わった部員に話を振る。話を振られた部員の方は戸惑いながらも頷いた。
「令さまがいるから祐巳さんには姉妹の申し込みはしないって、暗黙のルールがあったのにこんなにも早く壊れてしまったら、姉妹の申し込みなんてまだ始っても居ないんだから、当然、祐巳さんは剣道部一の妹候補になるわけよ」
「でも、彩先輩クラスじゃ役不足よね」
「うんうん、せめて中等部の時に副主将だった椎羅先輩じゃないと、祐巳さんのお姉さまには相応しくないわよ」
「あなた達ね……」
人の姉妹問題で勝手に盛り上がらないで欲しい。
「いいかげ……」
祐巳が何かを言いかけて止まったのを見て、ちさとさんが祐巳の視線を追う。
「どうした……」
『キャァァァァ!!!!!』
「覗きよ!!」
「痴漢!!」
「あっ、祐巳!!」
部室から剣道場に飛び出すと、部室での悲鳴を聞いた先輩達が何事かと祐巳を見ていた。
「どうしたの祐巳さん!!」
「覗きです!!誰かが、部室を覗いていました!!」
祐巳は竹刀を掴み、裸足のまま外に飛び出し、部室裏に走る。
「覗きって」
先輩の呟きが聞こえた。
「くっ!!いない」
「祐巳さん」
「覗きは!?」
「分からない、でも、礼拝堂の方に何かが」
「礼拝堂ね!!」
祐巳は、その言葉にまた走り出して礼拝場の前に辿り着く。
「逃がした?」
そう祐巳は呟きながら、視線を礼拝堂に向けた。
――キィィ。
礼拝堂は暗く静かだった。
「隠れるにはもってこいかな?」
……人の気配は、感じないけど。
――ぱっしぃぃぃ!!
――ガッタ!!
祐巳が竹刀で床を叩くと反応があった。祐巳は即座に反応する。
子供の頃から、反射神経には自信があるのだ。
「そこかぁ!!!」
「えっ?!な、なに??」
「成敗!!」
なにやら言葉が由乃の影響を受けている気がするが、気にしない。
「あっんぎゃぁぁ!!!!」
覗き犯の悲鳴が礼拝堂に木霊する。
「神聖なマリアさまの前で懺悔なさい!!」
――バッン!!
「祐巳、大丈夫?!」
「あっ、令姉ちゃん!!」
慌ててやってきたらしい令姉ちゃんを見て顔が綻ぶ。
「祐巳!!」
「由乃も一緒か、残念」
「剣道部の人に聞いたら、覗きを追いかけたって聞いたから」
「あぁ、それならもう犯人はぶちのめしたから、それよりも由乃、走ってきたんじゃないの?そっちこそ大丈夫?」
「大丈夫だよ、それよりも余り祐巳も無理しないでよ……で、犯人って!?」
「どうしたの由乃……あっ!?」
「「白薔薇さま!!」」
「……ふぇ?白薔薇さま?!」
「……あっ、い、いい、もっと」
祐巳は、反射神経には自信があった。
――げしぃ!!ばしばしごしぃ!!
「あんぎゃぁぁぁ!!!」
白薔薇さまの雄たけびに、祐巳を慌てて止める令姉ちゃんと由乃が居た。
「……そう、それで」
「そうなのよ、祐巳ちゃんたらこちらの言い分も聞かずにイキナリ竹刀で叩くんだもん」
「……どうも、すみません」
「祐巳」
「祐巳!!」
薔薇の館。
祐巳は、礼拝堂で白薔薇さまこと佐藤聖さまに粛清をおこなっていたが、事情を聞いた令姉ちゃんと由乃に羽交い絞めされ。そのまま薔薇の館に、聖さまと一緒に連れてこられたのだ。
そこで待っていた紅薔薇さまこと水野蓉子さまと黄薔薇さまこと鳥居江利子さまに事情を説明したところだった。
「確かに礼拝堂に居たのは白薔薇さまだけど、それだけで覗きの犯人としてイキナリ竹刀で叩くのは問題があるわね」
「そうそう」
「そうそうではなくてよ、白薔薇さま。放課後の予定通りに来なかった貴女にも問題があるのよ?」
「うえ〜い……でもさぁ、祐巳ちゃんの竹刀は気持ちよかったよ〜、癖になりそう!!」
――ちゃき!!
「やっぱり犯人ですね!!」
「祐巳、止めなさいって!!」
「白薔薇さまも祐巳は口よりも先に手が出るのですから、気をつけて発言してください!!」
祐巳の前に脅えている聖さまがいた。
「う、うん。そうする」
祐巳の竹刀が目の前に下りかかっているのを見て、聖さまは慌てて頷く。
「それにしても由乃ちゃんに双子の妹が居るのは聞いていたけど、いきなり白薔薇さまを叩きのめして合うことに成るなんて思っても見なかったわ」
「由乃ちゃんが大人しいから、祐巳ちゃんも大人しいと思っていたのだけどね」
蓉子さまと江利子さまの発言を聞いて、祐巳は由乃がまだ薔薇の館でネコを被っているのだなと思うが言わないことにする。
上手く今まで通りにバレない可能性もあるし、バレてもこの人たちなら大丈夫なような気がするからだ。
――ぴっと!!
「そうそう、由乃ちゃんくらい大人しい方が、お姉さん好みだな」
――ひゅん!ぱしん!!ぱしん!!
祐巳は反射神経には自信がある。
「この変態!!」
突然、背中に抱きついてきた聖さまに反応し、今度は令姉ちゃんが止めるまもなく。祐巳の竹刀が、聖さまを叩きまくっていた。
「あんぎゃぁぁぁ!!!!」
「何ですか!!この、カエルを踏んだような叫び声は!!」
そこに黒髪の美人が入ってくる。
まぁ、蓉子さまや江利子さま。変態だが聖さまも美人ではあるが、今入ってきた人はそこから更に一歩踏み込んだ美人だった。
「ごきげんよう、祥子」
「ごきげんよう、お姉さま方……それでこれは何事ですか?」
祥子さまといえば確か紅薔薇のつぼみ。
その祥子さまに見られ祐巳はバツが悪そうに竹刀を下ろす。
「貴女、何をしていたの?」
「あっ、あの……」
祐巳は悪くないはずなのに、祥子さまに問い詰められると何だか悪いことをしている気分に成る。
「お姉さま方もどうして止められないのです?」
「それはねぇ」
「う〜ん、白薔薇さまも悪いのよ」
「白薔薇さまが?」
「私は悪くないよ〜、ただ、覗き犯に間違われた被害者なのだから〜」
「では、その手……」
――ひゅん!!ばしごしぎっしししし!!!
祥子さまが注意する前に、祐巳の竹刀が聖さまを叩きのめしていた。
祐巳は反射神経には自信があった。
ちなみに今回は蹴りつきだ。
「あっ……あぁ、どうして」
「はぁ、理由は分かりました。原因は白薔薇さまにあるのですわね」
祥子さまが米神を押さえて溜め息をついている。
その姿に少し気が引かれる。
「まったく、今日はお姉さまに言われてお客さままで連れて来たのに」
「お客さま?」
「入って」
祥子さまの言葉にビスケット扉が開き、一人の生徒が入ってくる。
祐巳は、その生徒を知っていた。
「ごきげんよう」
少し場の雰囲気に戸惑っているのは、藤堂志摩子さんだった。
「ど、どうして?!」
そして、志摩子さん以上に戸惑っているのは聖さま。
そういえば白薔薇さまには、つぼみがいない。
なるほどと祐巳は理解した。幼い頃から、由乃と令姉ちゃんを見てきた祐巳には良く分かることだったからだ。
「彼女が来るなんて聞いていない!!」
そう言って、部屋を飛び出そうとした聖さまの手が祐巳の胸に触れた。
聖さまは祐巳を押しのけようとしただけ。
祐巳は人一倍反射神経に自信があっただけ。
それだけ。
「あんぎゃぁぁぁぁ!!!!!」
「……ごめんなさい」
「はぁ、白薔薇さまにも問題あるけど」
「祐巳ちゃんも問題アリね」
「スッと鳩尾に突きが入りましたからね」
呆れ顔の蓉子さま、江利子さまに令姉ちゃん。
「大丈夫ですか、白薔薇さま」
「うっ……」
心配そうな志摩子さんと、その膝枕に困っている聖さま。
聖さまは祐巳の一撃を受けて動きたくても動けないようだ。
「祐巳」
「うん、今回は私が悪かったから」
祐巳の横で心配そうな由乃。
「とにかく白薔薇さまに問題があったとは言っても、祐巳さん貴女も竹刀を振り回すのは問題があってよ」
一番怒っていたのは、何故か祥子さま。
祥子さまの気質上、祐巳のような人間は許せないのかも知れない。
「本当にすみません!!」
「……」
聖さまは何だか怒った顔で祐巳を見ている。
やはり今の突きは拙かったか?
「あぁ、いいのよ。白薔薇さまも志摩子さんの膝枕に喜んでいるのだから、結果オーライよ」
可笑しそうに聖さまを見る江利子さま。それが気に障ったのか、聖さまは立ち上がると祐巳に近づいてきた。
「ご、ごめんなさい!!」
一発、叩かれるくらいは覚悟した。
「本当にそう思っているの?」
「はい!!」
「そう、なら、受け取って」
「……はい?」
聖さまは祐巳にロザリオを差し出していた。
最初意味が分からなかった。
「どうやら紅薔薇さまたちは私に妹を持たせようとしているみたいだから、貴女が成って」
祐巳はその言葉にカッチンと来た。
「……馬鹿にしてます?」
「いいえ、本気よ」
「馬鹿にしてますね。私のことも、志摩子さんのことも」
「志摩子は関係ない」
聖さまの言葉に祐巳は動いていた。
――ごっす!!
今度は祐巳自身、分かっていて竹刀を聖さまに叩き込んだ。
「いいかげんにしてください。私は志摩子さんの代わりでもないし、由乃の代わりでもないんですから!!」
「……祐巳?」
「あっ、と、とにかく!!本当に大事ならそちらを考えて行動してください!!」
祐巳は言いすぎたと感じ、この場から離れようとする。
「お待ちなさい」
それを止めたのは祥子さまだった。
「先ほどまでは仕方がないのでしょう、でも、今のは暴力事件よ」
「……なら、退学でも何でもしてください」
「祐巳!!」
由乃の声が聞こえたが、祐巳はココから早く逃げ出したかった。
祥子さまには売り言葉に買い言葉で酷いことも言った。
だから、誰の制止も聞かずに部屋を出て行った。
「あの、すみません」
祐巳が出ていくとすぐに由乃と令姉ちゃんが聖さまたちに謝る。
「いいのよ、令」
「そうそう、白薔薇さまだって分かっているし、今の突きだって祐巳ちゃんは加減していたみたいだからね……でしょう、白薔薇さま」
「知らない」
聖さまは再び志摩子さんに助けられて拗ねていた。
「ですが、祐巳の行動は」
「今回のことを暴力事件にするなら、白薔薇さまの行動も非難されないといけないからね。それよりも祐巳ちゃんの方は大丈夫なの?」
蓉子さまの言葉に由乃と令姉ちゃんは顔を見合わせる。
「祐巳は大丈夫です……それに今は誰にも会いたくないときでしょうし」
答えたのは由乃だった。令姉ちゃんも頷く。
「そう、それなら良いのだけど……祥子もこの事はこれで良いわよね?」
「お姉さまや白薔薇さまがそれで良いのであれば」
祥子さまは黙ったままの聖さまを見た。
「白薔薇さま?」
「……ごめん、悪かったのは私だから」
「白薔薇さま……」
「由乃ちゃん、祐巳ちゃんに謝っていて、酷いことを言ってごめんなさいって」
聖さまは志摩子さんの膝に顔を埋めたまま、由乃にそう言った。
「はい、分かりました」
由乃は、笑顔でそう言うと部屋を出て行く。
「あっ、それなら私も……」
何故か祥子さままで出て行こうとするが、それを令姉ちゃんが止める。
「ダメだよ祥子」
「どうして?確かに聖さまは謝られたけど、どうせならココに連れて来て話をさせるのが……」
「それはそうだけど、祐巳は白薔薇さまにもう一度謝りに来るはずだし、連れて来る役目は昔から由乃の仕事なのよ」
「由乃ちゃん?」
令姉ちゃんは深く頷く。
「そう、私は確かに従妹で幼馴染、それで今は由乃の姉だけどね。それでも踏み込めないあの二人の関係もあるのよ」
令姉ちゃんは少し寂しく呟く。
「特に、私は妹に由乃を選んだ。だから、祐巳ちゃんの事は由乃に任せて欲しいの」
「で、でも……」
令姉ちゃんの言葉にまだ不満そうな祥子さま。
「祥子、その辺にしておきなさい。令が由乃ちゃんに任せると言っているのだから、それにこれ以上踏み込むのは上級生としても範囲外よ」
「まぁ、お姉さまなら許されるけど?……祐巳ちゃんにお姉さまは居ないし、薔薇さまといえどココまでよ」
「分かりました」
流石に蓉子さまと江利子さまに言われて祥子さまは黙ってしまう。
だが、その顔はやはり不満そうだった。
祐巳は剣道場に居た。
今は部活も新入生を向かえそれほど忙しい時期ではないので、祐巳が薔薇の館にいる間に終わってしまったらしい。
だから、令姉ちゃんも顔を出しただけのようだ。
覗きの件もどうやら、令姉ちゃんに憧れるファンか、剣道に興味を持つ新入生の仕業ではないかと言うことで話がついていた。
考えればセキュリティーの整ったリリアンに不審者の侵入はありえないし、TVで見るようなカメラ小僧が居るとも思えないからだ。
そうそうに部活生が帰宅していく中、祐巳は一人残って練習をしていた。
練習と言ってもただの素振りだが。
「祐巳」
そこに由乃が顔を出す。
「どうしたの?」
「うん、白薔薇さまがごめんねと謝っていたよ」
「白薔薇さまが?」
「そう、酷いことを言ったって、志摩子さんに甘えながらね」
由乃は笑顔で祐巳に背中から抱きつく。
「そうか……私こそ、酷いことを言ったのに、竹刀で叩いたりしたのに」
「そうだね、明日、一緒に謝りに行こう」
「うん、ありがとう。お姉ちゃん……それと」
「なに?」
祐巳は少しためて。
「お姉ちゃんにも酷いこと言った、令姉ちゃんにも」
「良いのよ、だって、祐巳は妹なんだから」
由乃はギュッと祐巳を抱きしめる。
由乃は分かっているのだ、祐巳が由乃をお姉ちゃんと呼ぶときは落ち込んでいるときだと。
祐巳は申し訳なさでいっぱいだった。
だが、由乃は何も言わずに祐巳をただ抱きしめていた。
次の日、祐巳は由乃と一緒に聖さまに謝りに行き。
それから少しして白薔薇のつぼみが誕生した話がリリアン瓦版に載った。
頭の中から祐巳にしばかれる聖さまが抜けませんでした(笑
『クゥ〜』