【207】 逃げ水敏感涙する  (春霞 2005-07-12 21:05:49)


あれ、夕立かな?

遠く、子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。  それを、途切れ途切れにさせるほど容赦の無い蝉の声。 
空には白い入道雲。 過酷な日差しが、街路樹の陰をアスファルトに焼き付けている。 ぐいぐいと。 

夏だな。 と、思ったとたん、何故か切なくなった。 
テニス部も今はお休み。 今年はお父さんが忙しいから、家族旅行もなし。 
ひまを持て余して、図書館通い。 いつに無く宿題の仕上がりが早いのはいい事だ。 うん。 

昔なら、こんな時は祐巳さんのお家に遊びに行ったり、祐巳さんが遊びに来たり。 
幼稚舎からリリアンの私には、近所には友人が居ない。 一駅向こうの祐巳さんが親友だった。 
そう思っていたんだけど…。 

今年の夏は、随分と勝手が違う。  ううん。 変わったのは去年の秋から。 それは判っている。 いままで、お互いに平凡よねと、ほけほけ笑いあっていた友達は、山百合会という名の壁の向こう側に行ってしまった。 春のクラス換え以降は、なかなか会話する機会も無い。 これまでも、クラスが違うことは何度かあったのに、今が一番物寂しい。 

夏だからかな? 

じりじりと焼け焦げたアスファルトの遠くに、水溜りが出来ている。
「逃げ水……。」  追っても追っても捕まえられない幻。 あれは彼女?  あれは私?  

いつも間にか俯いてしまった足元に、パタッ、パタタッ。 黒く水滴が落ちてくる。 
あれ、夕立かな?  そう思っても、今は空を振り仰ぐことは出来ないよ。 苦しくて。

 『 自分から、一歩、踏み出して御覧なさい 』 

「ひゃ、 」 慌てて後ろを振り返っても誰も居ない。 視界の端を何か白いものが横切ったように思えて、さらに振り返るけど、やっぱり誰も居ない。 猫の子一匹居ない、ただの当たり前の夏の昼下がり。 
遠くに、子供たちのはしゃぐ声。 いまのは空耳? だよね。 

「踏み出す、か。」 つ、と。空を見上げれば、真っ青な空に映える白い入道雲。 
「うん。」 

あれはきっとマリア様のこころ。 道に惑う子羊を導く、優しいお声。 

がんばろう。 私は祐巳さんの事、好きだもの。 


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