【2080】 解き放たれし力運命の歯車が廻りだす  (いぬいぬ 2006-12-25 06:28:06)


「乃梨とら」シリーズ第2部第13話です。 
このお話は、“第2部エピローグ前編”となります
【No:2050】→【No:2051】→【No:2053】→【No:2054】→【No:2056】→【No:2059】→【No:2061】→【No:2063】→【No:2069】→【No:2074】→【No:2077】→【No:2078】→コレとなります。

シリアスなお話を続けた反動で、やたらとネタを詰め込み過ぎていたりいなかったり・・・ 







 梅雨の晴れ間から覗く陽射しに照らされ、ふたりの少女が薔薇の館へと向かって寄り添い歩いている。
「 なんか、晴れたのって久しぶりだな! 」
「 ああ、そうかもね 」
 なんだか、目に映るもの全てが楽しくて仕方ないといった感じのとらに対し、乃梨子は何やら思案顔だった。
( 瞳子はもう大丈夫だって言ってくれたけど・・・ 私ととらのために、皆に迷惑かけるようなことして良いのかな? )
 さっきまでとらと姉妹になれたことに浮かれていたが、落ち着いて考えるとやはり、瞳子の言っていた“全校を巻き込む詐欺のような計画”が気になりだした。
 もちろん、計画が上手く行って、とらが今みたいに明るい笑顔を見せてくれるまま妹にできるのは、とても嬉しい。
 でも、そのために払う代償が大きすぎるのでは? と、乃梨子は思う。山百合会全員が負うリスクという代償が。
 何気なくとらを見ると、目が合ったのが嬉しいのか、とらはとびっきりの笑顔を浮かべた。
( ・・・もう失くしたくないな、この笑顔 )
 にかっと微笑むとらを見て、素直にそう思えた。
 ただこの笑顔を守りたいと、心から思えた。
( でも、そのためには・・・ )
 そのためには、自分も「リリアン中を騙しきる」という覚悟を決める必要がある。そして、それを実行するには、目的のために人を欺けるというしたたかな存在にならなければいけない。
 乃梨子は自分自身に問う。「 その覚悟はあるの? 」と。
( ・・・うん )
 やれるだけのことをやってみよう。どこまで行けるかは解からないけど。
 とらのために行けるところまで行ってみようと、乃梨子は決意するのだった。
「 久しぶりだなぁ、ここに来るの 」
「 ・・・そうだね 」
 薔薇の館を見上げながら、まるで溜息のように漏れたとらのセリフに、乃梨子はちょっと複雑な気分になる。
 とらのセリフに乃梨子を責める気持ちなどまるで無いのだと解かってはいるが、一度とらを手放したという意識は、乃梨子の中で罪の意識として、小さな棘のように居座り続けていたから。
 小さな棘に痛みを感じつつ、乃梨子は思い返していた。
( そういえば、最後にとらがこの館を訪れたのは何時だっただろう・・・ あれは確か『ガチャッ!』の雨『 ごきげんよー! 』が言っ『タッタッタッ・・・』るで昨日のように・・・って )
「 コラァ! 勝手に先に行くんじゃない!! 」
 感慨もへったくれも無く扉を開け、さっさと館へ飛び込んで行ってしまったとらに突っ込みつつ、乃梨子は慌てて彼女の後を追うべく駆け出した。
 まるで、感傷に浸って心の中で独り語りを始めてしまった恥ずかしい自分を誤魔化すかのように・・・
「 待ちなさいってば! っつーか1段飛ばしはよせって言ってんでしょ!! 」
「 あははははは! 気にすんな乃梨子! 」
「 危ないから言ってんのよ!! この館の古さを少しは気にせんかボケェ!! 」
 とらを止めるべく猛然と追い上げる乃梨子もまた、とらに追いつこうと1段飛ばしになっている訳だが、彼女はそこまで気が回っていないようだ。
「 あはははは! (ガチャッ)捕まらな・・・(がっし!)ぅどわ?! 」
「 捕まえたぁ!! 少しはおとなしく( どゴしゃっ!!) いだっ?! ・・・・・・うぅ、逃がすもんか 」
 勢いが止まらず、捕まえたとらもろとも転がってしまったが、それでも乃梨子はとらを放さなかった。
「 あは、捕まっちった・・・ 」
「 ハァハァ・・・ な、舐めるんじゃないわよ・・・ って、あれ? 」
 何だかやけに大勢の気配が感じられて、思わず乃梨子が顔を上げると、荒い息を吐きながらとらと縺れ合うように会議室の床に転がる乃梨子を、“34”の瞳が凝視していた。
「 な! 何?! この人数は! 」
 良く見れば、楕円形のいつものテーブルに薔薇の館の面子が、その他にもふたつテーブルが用意されていて、そちらでは10人以上の人間が席に着いていた。
 あまりの人口密度に乃梨子が困惑していると、傍に瞳子と菜々が近付いてきた。
「 乃梨子・・・ 」
「 あ、瞳子 」
 てっきりこの大人数の訳を説明してくれるのかと思った乃梨子だったが、瞳子の口から出てきたのは全然別のセリフだった。
「 この人数に怯むこと無く、むしろ見せ付ける勢いでとらちゃんを押し倒すなんて・・・ 」
 おぞましいモノを見たかのように、わざとらしく片手で額を抱えつつ、よろよろと1歩退る瞳子。
 少し演技が過剰ではなかろうか?
「 ケダモノだわ。やっぱりケダモノだわ 」
 こちらもわざとらしく、口元に両手を当て、信じられないモノを目の当たりにしたかのような菜々。
「 乃梨子、ケダモノなの? 」
 蕾ふたりのセリフに、いっそ清々しいほど本気で乃梨子に問い掛けるとら。
「 ち・・・ ちょっと待てそこの蕾ふたり!! 誤解を招くよーなことを口走るんじゃない!! それからとら! あのふたりの言葉を簡単に信じるんじゃないの!!」
 乃梨子の魂の叫びにも、蕾ふたり・・・ 瞳子と菜々はまるで表情とポーズを変えること無く言葉を返す。
「 誤解と言うか、見たまんまじゃない。荒い息を吐いてとらちゃんに覆いかぶさって・・・ 」
「 ケダモノだわ。やっぱりケダモノだわ 」
 やっぱりケダモノ扱いだった。
「 やっぱりケダモノなの? 」
 ついでにとらも、もう一度乃梨子に問い掛ける。
「 だから違うっつってんでしょうが! 人の話しを聞きなさいよ!! これは押し倒した訳じゃなくて・・・ 」
 一応説得を試みる乃梨子だったが、それを聞いたブゥトンズは、ある意味予想通りの反応を返してきた。
「 恐ろしい・・・ もはや押し倒したという自覚すら無いなんて・・・ 」
「 病気だわ。もはや病気だわ 」
「 いい加減にしろぉぉぉぉぉ!!! それと菜々ちゃん! アンタのその2回繰り返して言うの、何かムカつく!! 」
 突っ込みの声と共に立ち上がる乃梨子に、とらはビクっと怯えたが、名指しで非難された菜々は、わざわざ同じポーズと表情を維持して答えた。
「 言い掛かりだわ。私だけ名指しなんて言い掛かりだわ 」
「 それムカつくから止めろって言ってんだろがぁぁぁぁぁぁ!!! 」
 苛立ちが最高潮に達し、頭を掻き毟りながら絶叫する乃梨子を見かねて、由乃が思わず「 その辺にしとかないと、乃梨子ちゃん壊れちゃうから・・・ 」と、止めに入る。
 実は薔薇の館のメンバーが今の面子になって以来、色々な理由(主に菜々)で、“あの”由乃が抑え役に回ることも増えてきている。この場に令がいたら、さぞかし感動して滂沱したことだろう。
 ・・・まあ、何か起こっても他に誰も止めないから仕方無くではあるのだが。
 志摩子は性格的に止められないし、祐巳は性格的に止めないし。
 それはともかく。未だ興奮冷めやらず、瞳子と菜々を睨みつける乃梨子をどうしたものかと由乃が考えていると、場の空気など何処吹く風とばかりに、何気無く「 乃梨子 」と呼ぶ声が響いた。
「 丁度良かったわ。今、紅茶が入ったところだから、とりあえず座ってちょうだい 」
 天然なのか、それとも解かっていてやっているのか、乃梨子の興奮状態など気にも止めない志摩子のおっとりした声に、乃梨子も毒気を抜かれ、思わず「 あ、はい 」と素直に席に着いてしまった。
 とらも乃梨子についてゆき、志摩子と反対側の乃梨子の隣りへ。以前この部屋で勉強会をしていた時の定位置に着いた。
「 ウバの良い茶葉があったから、ストレートで入れてみたの。香りを楽しんでね 」
「 ありがとう志摩子さん 」
「 とらちゃんには、小雪さんが焼いてくれたタルトもあるわよ? 」
「 ホントに?! やった! ありがとー小雪! 」
 志摩子のセリフに、乃梨子が用意されたテーブルの一つを見ると、確かにそこには松組の餌付け3人組の姿があり、小雪も座っていた。
 とらの感謝の言葉に、小雪が嬉しそうに手を振っている。
 乃梨子がテーブルの上に山と詰まれている小ぶりなタルトの量に驚いていると、小雪が「 最近、スヴェータさんがあまり食べてくれないので、もしかして味が悪いのかと思い、色々と試作しているうちにこんな量になってしまって・・・ 」と照れながら言う。 
 どうやらとらのために大量のお菓子を試作していたらしく、良く見ればいつものテーブルだけでなく、他に用意されたふたつのテーブルにまでも、焼き菓子の類いが山と積まれていた。
 乃梨子がお菓子の山に見とれていると、突然フラッシュが炊かれた。
 まさかと思いフラッシュの出所を見ると、乃梨子の予想どおりそこにはカメラを構えた武嶋蔦子嬢と予備の物らしきカメラにフィルムを詰める内藤笙子嬢という写真部姉妹の姿があった。
( 何で蔦子さま達がここに・・・ うわ! 隣りには・・・ )
 驚く乃梨子の視線の先には、蔦子のとなりで何やらメモを取る山口真美嬢と高知日出美嬢の新聞部姉妹の姿があった。
( 他には・・・ )
 いったいどんな顔ぶれが揃っているのかと、乃梨子がキョロキョロと室内を見回すと、報道系4人組とは別のテーブルに、松組の3人と共に見覚えの無い人物が4人ほど座っていた。
( あの4人は誰だろう? )
 思わず4人を凝視する乃梨子に、「 どうしたのよ、落ち着きが無いわね 」と声を掛ける者がいた。
「 ・・・可南子? 」
 そう。声を掛けてきたのは、報道系4人組と同じテーブルにひっそりと座る可南子だった。
( ・・・・・・こんなにでっかいのに気付かないほど気配を消せるなんて、さすがは元ストー・・・ )
「 ・・・今、何か失礼なこと考えて無かった? 」
「 いえ、何も 」
 乃梨子は可南子から目を逸らしつつ答える。
 そんな乃梨子を救うかのように、祐巳が立ち上がりながら話し始めた。
「 さてと。どうやら志摩子さんのおかげで落ち着いたみたいなんで、乃梨子ちゃんにここにいる面子を紹介しましょうか 」
 乃梨子もそれを知りたかったので、素直に祐巳の言葉を聞く体制になる。
 ・・・とらはタルトに夢中で聞いちゃいなかったが。
「 全員が、『とらちゃんが立派なお嬢さまであるかのようにリリアン中を騙す計画』・・・ 略して『とっぱだま(とっ派騙)計画』のメンバーなんだけど・・・ 」
 『とっぱだま』。他に略しようもあるだろうに、よりにもよって『とっぱだま計画』。
 それだけ聞くと何だか地方の民芸品のようなネーミングに、乃梨子はガクっと椅子に座ったままずっこける。
( このネーミングセンスの無さ・・・命名はこの人に間違い無いな )
 もはや憐れみすら含んだ視線で、乃梨子は祐巳を見る。
「 ・・・今、何か失礼なこと考えて無かった? 」
「 いえ、何も 」
 ジトっとした目で見つめてくる祐巳に、内心冷や汗をかく乃梨子。
「 それよりも・・・ 全員って、ここにいる全員がその“計画”に協力してくれるということですか? 」
「 そうだよ 」
 祐巳は何でもないことのように言うが、乃梨子は瞳子から聞いた計画に関わる人数の多さに驚いていた。
 そして、とらを自分の妹にするためとは言え、ここまで事が大きくなっている事実に、また乃梨子の中で罪悪感が頭をもたげる。
「 私ととらのために、山百合会だけじゃなくこんな大勢の人が・・・ 」
 大勢の人を巻き込んでしまったと思い言葉に詰まる乃梨子に、祐巳は「 良いの良いの、気にしなくて 」と、微笑みながらへろへろと手を振る。
「 気にするなと言われましても、私達のためにここまでの人数が集まってくれているのだし・・・ 」
「 大丈夫だってば、ほとんどの人が好きで参加してるんだし。それにね? 私はむしろ感謝しているぐらいなんだから 」
「 ・・・感謝? 」
 祐巳のセリフをいぶかしむ乃梨子に、祐巳は本気で嬉しそうに言った。
「 だって、リリアン全部を騙すなんてチャンス、そうそう無いじゃない? 」
 うきうきと。
 無邪気な笑顔で。
 本当に心から嬉しそうに。
「 ああ・・・ 私の手の中でリリアンの全てが転がされるのを想像しただけでもう・・・ 」
 うっとりとした顔で、祐巳は軽くトリップしていた。
( ・・・・・・ああ、そう言えば“こういう人”だったっけ )
 乃梨子は、学園全体を手玉に取ることを夢見る祐巳に、生暖かい視線を送る。もう好きにしてくれと思いながら。
 だが、問題は祐巳だけでは無さそうだった。
「 そうですわ! 言わばこれは、私の演技でリリアン全体を欺くことができるかという、マリア様が与えて下さった大きな試練! 」
( あんたさっき温室で『 友人のためなら損なことも喜んでする』みたいなこと言って・・・・・・・・・ ああ、もういいや )
 急に嬉しそうに語り出した瞳子に、「 そんな詐欺師適性検査のような試練を与える悪魔みたいなマリア様がいるか! 」という突っ込みを、乃梨子は空しい気持ちで飲み込んだ。
 瞳子の顔もまた、祐巳と同じように軽くトリップしていて、突っ込んでも無駄だと気付いてしまったから。
「 そう、例えるならば、ガラス細工のイミテーションを私の演技で本物のダイヤに見せるような? 嗚呼、役者冥利に尽きますわ・・・ 」
( ・・・この演劇ジャンキーめ )
 乃梨子はもう、呆れかえった視線を紅薔薇姉妹に送るしか無かった。
 まあ、確かに瞳子からすればこの計画は、リリアンという巨大な劇場で、生徒も教師も巻き込んで進行する一つの“作品”なのかも知れない。
( ・・・とりあえず、このバカ姉妹には、“私達のために無理をしてもらう”という罪悪感は持たなくても良いな、うん )
 きっとこのふたりは目的よりも手段が大事なんだなと、乃梨子は冷静に判断を下し、さっき古い温室で感じた瞳子に対する感動と、祐巳に対する申し訳ない気持ちが1グラム残らず消し飛んでいくのを感じていた。
 だが、祐巳のセリフを聞いて、逆に落ち着きを失った人物がいた。
「 祐巳さん・・・ この前、乃梨子のためなら私達はいくらでも犠牲になるって言ってくれていたのは・・・ 」
 早々に見切りを付けた乃梨子の隣りで、志摩子が「 話が違うわ 」と言いたげにオロオロし出した。
( なるほど、そう言って志摩子さんを騙してこの計画に引きずり込んだのか )
 乃梨子が呆れていると、祐巳は志摩子の肩にぽんと手を置き、真剣な顔で語り出した。
「 志摩子さん。私達が“リリアン全体を騙すのが面白そうだから参加する”って言っておいたほうが、乃梨子ちゃんも“自分のためにみんなに負担をかけている”って意識しなくて済むと思うの。だから、私も瞳子も、あえて悪役を演じているのよ 」
( へー、そーっすか。そりゃあ良かったですね )
 乃梨子はなんかもうどうでも良くなってきた。何故なら祐巳のセリフは、志摩子に囁いているフリをしながらも、わざわざ乃梨子にも聞こえる音量で話されていたから。
 乃梨子は、「 どうせこの人は、純真な志摩子さんを手玉に取るところを私に見せつけて楽しんでるんだろうな 」と思ったし、事実そうなのだが、隣から志摩子の「 まあ、祐巳さんがそこまで考えてくれていたなんて・・・ 」という感極まったセリフが聞こえてきたので、あえて祐巳に突っ込む愚は犯さなかった。
 志摩子さん、どうか貴方だけはこのドス黒い空気に染まらないでいて下さいと祈りながら、乃梨子は志摩子の淹れてくれた紅茶のカップに手を伸ばした。他に、乃梨子の空しさを紛らわしてくれそうなものが見当たらなかったから。
 乃梨子が無心で紅茶をすすっていると、テーブルの向こうから菜々が「 乃梨子さま 」と呼びかけてきた。
「 私達も好きで参加しているので、どうかお気になさらずに 」
 自分と由乃を指差し、菜々はそう言ってくる。
「 うん、気にしない 」
 きっと黄薔薇姉妹は「 なんか面白そうだから 」という理由だけで参加したんだろうなと思った乃梨子は即答だった。何の迷いも無く。
「 嗚呼、 菜々ちゃんまでそんな悪役を演じて・・・ 」
「 ・・・志摩子さん? 」
 菜々や由乃も祐巳達の言うように「あえて悪役を演じている」のだと勘違いした志摩子を見て、乃梨子は志摩子の行く末が少しだけ心配になったのだった。
「 そうよ志摩子さん。私達、乃梨子ちゃんのために悪役に徹すると誓ったの! 」
「 由乃さん! ありがとう! 」
( ・・・何だこの安っぽい三文芝居 )
 友人の言葉を疑うということを知らない志摩子。その純真につけこむ由乃にイラっときた乃梨子は、思わずとらの食べようとしていたタルトをひったくり齧りついた。
 とらは一瞬、抗議の声をあげようとしたが、乃梨子のイライラした顔を見て、黙って別のタルトに手を伸ばし齧り出す。
「 イライラしても仕方ないわよ 」
 そう言ってイラつく乃梨子をたしなめたのは、可南子だった。
 乃梨子も可南子に言われ、今更祐巳達の行動にいちいちイラついても仕方ないと思い、紅茶を一口すすり、ふうと溜息を吐いた。
「 ・・・あれ? そう言えば可南子は何でここにいるの? 」
「 ・・・・・・何でいるのって。ヒドい言われようね私 」
「 え? ・・・あ! いや、そんな意味じゃなくて! さっき祐巳さまが『 ここにいる全員が計画のメンバー 』だって言ってたから、可南子も何か役割があってここにいるのかと・・・ 」
 可南子に向かって言ったセリフが、まるでこの場にいちゃいけないような言い方だったと気付き、乃梨子は慌ててフォローを入れた。
 可南子は乃梨子の慌てた顔を見て「 まあ良いけどね 」と溜息を吐く。
「 部活があるからそれほど手伝える訳ではないけれど、私も一応この計画のメンバーよ。言うなれば補欠要員ってところね。まあ、とらちゃんの教育を受け持ったついでみたいなものよ。ちゃんと結末を見届けないと、後味が悪いし 」
「 そっか、ありがとうね 」
「 別に・・・ 部活を優先させてもらうから、たいしたことはできないわ。成り行きよ成り行き 」
 あまり期待しないでちょうだいとでも言いたげにそっけなく言う可南子を見て、瞳子が乃梨子に見えない位置でこっそりと微笑む。
 偶然、瞳子がとらの演技指導をしていると知った可南子が、「 私にできることがあれば教えてといったでしょう! 」と、凄い勢いで計画への参加を瞳子に直談判したのは、ふたりだけの秘密なのだ。
 乃梨子ととらのためにリリアン全体を敵に回すような計画だが、それでも参加する気なのかと瞳子が聞くと、「 それで乃梨子が立ち直るならかまわないわ 」と、可南子が迷い無く言いきったということも含めて。
「 さてと。乃梨子ちゃんも納得してくれたみたいだし、メンバーの紹介を続けましょうか 」
 乃梨子と可南子の会話が終わるのを見計らい、祐巳はことさら明るい声で宣言する。
 そんな祐巳の声に、乃梨子は内心「 貴方がこの計画へ参加する動機については納得できませんけどね 」などと思っていたが。 
「 まずは1年松組の3人。沙耶花ちゃん、睦月ちゃん、小雪ちゃん 」
 呼ばれた3人は、立ち上がり乃梨子へと一礼する。
「 この3人・・・担任の先生もできる限り協力してくれると言ってくれたので、正確には4人かな? このメンバーは、松組でも特にとらちゃんと仲が良いので、松組の教室内でのとらちゃんのサポートを頼みました 」
 祐巳の紹介に、沙耶花はにっこりと微笑み、「 そういう訳で、主に授業中のサポートを勤めさせていただきます 」と、乃梨子へ優雅に挨拶して見せた。
 この人選には、乃梨子もなるほどと思った。どう頑張ったところで、薔薇の館の住人にはとらのクラスメイトはいない。つまり、授業中に担任の先生以外の教師やシスターを欺くための人員がいなかったからだ。
 恐らくとらが最もボロを出し易い時間であろう授業中に、とらをサポートできるこれ以上の強い味方はいないだろう。
 正直、この3人と松組の担任の先生を仲間に引き込めたのはありがたかったと、乃梨子は素直に感謝していた。
 乃梨子が3人にお礼の言葉を言おうとすると、祐巳が気になることを言い始めた。
「 で、この3人への報酬は・・・ 」
「 ちょっと待って下さい、報酬って何ですか? 」
 乃梨子が上げた疑問の声に、祐巳はきょとんとした顔になる。
「 何って・・・ この3人は、授業を受けている時も、とらちゃんがボロを出さないように気を配ってなきゃならないんだよ? その労力を考えたら、対価を払っても良いと思うけど 」
「 う・・・ それは確かに 」
 祐巳のセリフに、乃梨子は自分の考えが甘かったと素直に反省した。
 確かに授業中のサポートと一口に言っても、自分も授業を受けつつとらを見張らなければならない訳だから、これは意外にきつい任務かも知れないと乃梨子も気づいたのだ。
 乃梨子がそんなことを考えている横で、祐巳はこっそりと「 まあ、報酬を受け取っちゃえば共犯者ということで、迂闊に裏切る訳にもいかないだろうしね 」などと呟きニヤリと哂ったりしていたのだが、隣りでその呟きを聞くことができた唯一の人物は、そんなことを呟く姉の笑顔が怖かったので聞かなかったことにしたうえで、そんな自分の行動を「 乃梨子、何もできない弱い私を許してね 」などと心の中だけで謝ったりしていた。
 そんなダークな側面など無かったかのように朗らかな笑顔で、祐巳は話を続ける。
「 乃梨子ちゃんも納得してくれたところで・・・ この3人への報酬は、お昼休みにとらちゃんとの昼食会を続ける権利です 」
 早い話が餌付け続行ということだ。
「 ・・・それだけですか? 」
 特に何か要求される訳でも無く、むしろそれはあの3人にとって経済的に負担だったりしないのかな? と乃梨子は思った。
「 それだけです。良いよね? 」
「 ええ、そんなことで良いのなら・・・ 」
 授業中のサポートの対価としては、いささか安い気がして乃梨子が不思議がっていると、小雪が感極まり無いといった様子で乃梨子に話し掛けてきた。
「 良かった! 乃梨子さまに認めてもらえなかったら私もう・・・ 折るしかないのかと 」
「 ・・・・・・折る? 」
 折る。確かに彼女はそう言った。字面は似ているが、「祈る」ではなく「折る」と。
 小雪のセリフの意味が解からず戸惑う乃梨子とは対照的に、沙耶花と睦月のふたりは小雪の呟きにビクッと身をすくめていた。
 ふたりは不思議そうな顔の乃梨子を少し小雪から引き離すと、乃梨子にしか聞こえない声で語り出した。
 日本拳法という、日本古来から伝わる技から発祥した、「打撃」「投げ」「関節技」なんでもありの「防具を着けた総合格闘技」が存在すること。
 その練習方法というのが「強くなりたきゃ、防具を着けて実際に全力でブン殴りあえ」という実戦的なモノであり、所謂「フルコンタクト系」と呼ばれる格闘技の走りでもあること。
 小雪はそんな日本拳法のとある道場主のひとり娘で、幼少の頃から道場主である父親にその拳法を叩き込まれ、今ではそこの師範を勤め、「実力的に」次期道場主でもあること。
 普段はおとなしく暴力とは縁遠い小雪だが、怒りの臨界点を越えたり困難に直面した時は、その実力で容赦なく“解決”しようとする傾向があること。
 そして・・・ その小雪が「折る」と言えば、言った相手の骨を「折る」のであるということ。
「 ははは・・・は・・・ あの子がそんな凶暴なタイプな訳が・・・ さ、さては貴方達、とらとの昼食会を止めたくなくて、私を脅かそうとしてるんでしょ? そうなんでしょ? 」
 確かに小雪は背も低く、眼鏡にポニーテールという外見は所謂「文学系少女」といった佇まいである。いかにもお菓子作りが得意そうな華奢な手が、拳を握って自分に叩き込まれるところは想像し難い。 
 乃梨子が乾いた笑いでそう否定したい気持ちも解かるが、残念ながら睦月と沙耶花は静かに首を横に振った。
「 以前、あの子が暴れるのに巻き込まれて、肋骨を折られました。“ぼりっ”とかいう湿ったイヤな音がしました (by睦月) 」
「 あの子が暴れるのを止めようとした瞬間から記憶が無くて、気が付いたら右肘がありえない方向に曲がってました。それを見た瞬間、もう一度気を失いました(by沙耶花) 」
 無表情に言うふたりに乃梨子が恐怖を覚えていると、当の小雪が「 何を話しているの? 」と話しかけてきた。
 その声にビクッと身をすくめて固まる3人を見て、小雪は不安そうに問い掛ける。
「 まさか乃梨子さま、やっぱり昼食会はお認めにならないと・・・ 」
「 そ、そんな訳無いじゃない! 認める! うん、認めちゃう!! もうオールオッケーよ?! 」
「 ば、馬鹿ね小雪! 乃梨子さまがそんな心の狭いことを言う訳が無いでしょう!? 」
「 そ、そ、そうよ! そんなことありえないわ!! いやぁね、小雪ったら!! 」
 3人が必死でそう言いながら笑ったのは、おそらく小雪の右足がごく自然に半歩退かれ、乃梨子に対して斜に構え、いかにも「今から殺ります」といった臨戦体勢に入ったのを見てしまったからだ。
 乃梨子達は知らなかったが、この時小雪の取った体制は“半身”などと呼ばれ、実は日本拳法に限らず武術の基本姿勢と言えるものだった。
 無論、こんな姿勢を「無意識に」取る小雪が構えただけで終わるはずも無く、あと数秒答えが遅ければ、乃梨子は沙耶花達と仲良く“小雪被災者”の仲間入りをするところだったと思われる。
 とりあえずここは、自らの身の安全のためにOKするしかないと思い、小雪に昼食会を認めると言った乃梨子だったが、小雪の顔を見るうちにふと、ある疑問が沸く。
「 ちょっと! 昼食会は良いけど、あの人間凶器と一緒にいるとらの身の安全は保障してくれるんでしょうね?! 」
 面と向かって小雪に「人間凶器」などと言ったら何をされるか解からなかったので、乃梨子はヒソヒソと沙耶花と睦月に詰め寄る。
「 それはたぶん大丈夫だと思います。いくら小雪でも、お友達に襲い掛かるようなマネはしませんから 」
 あくまでも自分達は小雪の大暴れから逃げ遅れたり巻き込まれたりしただけであって、さすがに小雪もお友達を直接攻撃するような蛮勇は持ち合わせていないと睦月が請け負う。
 あくまでも“たぶん”ではあったが。
 睦月のセリフを聞いてもイマイチ不安そうな乃梨子を見た沙耶花は、ニヤリと笑うと乃梨子にこう言った。
「 小雪があれだけ気に入っているスヴェータさんに何かするとは思えません。むしろ危ないのは、小雪があれだけ気に入っているスヴェータさんを独り占めにして、小雪から彼女を取り上げるようなことをする可能性のある人ですね 」
 そう言われ、一瞬何のことか解からなかった乃梨子だったが、沙耶花の言ったことの意味に気付き、冷や汗を一筋垂らしつつ、「 私のこと? 」と聞くように自分を指差してみた。
 乃梨子の仕草に、ニヤニヤと笑いながらコクリとうなずく沙耶花。
「 大好きなスヴェータさんを独占された時、果たして小雪はどんな行動にでるのでしょうね・・・ 」
 クスクスと小声で呟く沙耶花に、乃梨子は「 妹と仲良くしただけでそんな理不尽な・・・ 」と思ったが、ふとある可能性に気付き、自分を指していたその指で、沙耶花と睦月を指差し、「 貴方達もよね 」と呟く。
 しかし、当の指差された2人はその意味が解からず、その顔に疑問符が浮かんでいた。
「 あるところに、仲の良い1年生の4人組がいました・・・ 」
 いきなりボソボソと語り出した乃梨子に、ふたりは気味の悪いモノを見るような目を向ける。
「 しかし、いくら皆の仲が良いとはいえ、その4人の中でも仲の良さのランキングのようなものが存在するのでした 」
「 ・・・何が言いたいのですか? 」
 乃梨子が何を言いたいのか解からず、沙耶花が問い返した。
「 もしそのランキングの中で、貴方達がとらとの仲の良さに於いて、小雪さんのそれを大幅に上回ってしまったら? 」
「 !? 」
 やっと乃梨子の言わんとするところを理解し、沙耶花と睦月の顔に焦りの色が浮かぶ。
 仮に、小雪は「お友達」には絶対に手を出さない子だったとしよう。でも、自分よりはるかにとらと仲の良い沙耶花あるいは睦月を見た小雪が、強い嫉妬を感じたとしたら?
「 酷い! お友達だと信じていたのに! 」
 あまり似ているとは言えない小雪のモノマネで、ふたりだけに聞こえるボリュームでそう語り掛けてくる乃梨子に、ふたりはビクっと反応した。
「 もう貴方達なんて、お友達でも何でもないわ!! 」
 乃梨子のそのセリフに、ふたりの額からダラダラと冷や汗が流れ始める。
 先程、他ならぬ沙耶花自身が言ったこと。「大好きな人を誰かに独占された時、小雪がどんな行動にでるか解からない」というのは、当の沙耶花達にも当てはまるかも知れないと気付いてしまったのだ。
 ふたりは乃梨子に言われるまで、その可能性に気付いてなかったようだが、その可能性を否定もできなかったらしく、何の反論もしてこなかった。
「 ・・・・・・・・・どうしよう 」
「 どうしようもこうしようも無いでしょ! アンタその立派な体格で何とかしなさいよ! 」
 オロオロと焦りだした沙耶花に乃梨子はそう詰め寄ったが、沙耶花は「 弁論部にそんなこと期待しないで下さい! 」と逆ギレした。
 どうやら沙耶花嬢、弁論部所属で討論では乃梨子にすらひけを取らないが、170cm近い長身という恵まれた体格にも関わらず、体力には自信が無さそうである。
「 うわ、使えねー・・・ 」
「 使・・・ 失礼な!私は知性派なんです! 」
 乃梨子の呟きに沙耶花はそう反論するが、役に立たないことには変わりなかった。
「 むしろ睦月に・・・ 」
「 ごめん無理。て言うか手芸部に期待しないで 」
 淡い期待を抱き自分を見る沙耶花に即答する睦月。そんな文化系ふたりのやり取りを聞き、乃梨子は「 ・・・考えてみりゃ、何とかできるくらいなら肋骨折られたり肘関節外されたりしないよね 」と、寂しげに呟く。
 ちなみに小雪もお菓子同好会で文化系なのだが、彼我の戦力差は狼とチワワくらいかけ離れていることに変わりは無い。
 破壊王小雪に対し、あまりにも無力な自分達の立場に気づき、3人は無言になってしまった。 
「 ・・・・・・・・・極力刺激しないようにしましょう 」
 何かを諦めた顔で言う睦月の言葉に、沙耶花と乃梨子もコクコクと必死でうなずく。
 この瞬間、1年松組の4人に、微妙なパワーバランスが生まれたのだった。小雪中心に。
「 どうかしたの? 」
 顔を寄せ合い、何やらコソコソと密談していた3人を不思議に思った祐巳が聞いてくるが、乃梨子は「 いえ、何も問題ありません。何も 」と誤魔化した。
 まさか小雪の目の前で「 いかにこの人間凶器から身を守るか相談してました 」とも言えないし、もうこれ以上、物騒な未来予想を続けたくも無かったのだ。
 人間は、嫌なことからは目を逸らしがちな生き物なのである。
( とりあえず、とらの身は安全みたいだから自分のことはまた後で考えよう )
 てゆーか、怖いからあまり深く考えないようにしよう。乃梨子はそう思い、祐巳にメンバー紹介を続けてくれるように頼んだ。
「 気にせず次に行って下さい 」
「 そお? じゃあ次。真美さん達の番ね 」
 祐巳はそう言いながら、蔦子、真美、日出美、笙子の4人を見る。
「 この4人には、とらちゃんのイメージアップに貢献してもらいます。とらちゃんの見た目のイメージ・・・ お人形さんみたいなイメージを誇張してもらうの 」
「 要はイメージアップ作戦ですか 」
「 そう。蔦子さん達には、とらちゃんの“清楚”で“高貴”なイメージを強調した写真を。真美さん達には、そんなとらちゃんのイメージを補足する記事をリリアン瓦版に掲載してもらうの 」
 写真のほうはともかく、あの真面目そうな真美さまによくそんな大本営発表みたいな誇張記事の掲載をOKさせたなと思い、乃梨子が信じられない気持ちで真美を見ると、彼女はとても不服そうな顔をして椅子に座っていた。
( ・・・・・・あれ? 計画に同意してくれたんじゃないの? )
 乃梨子が不審に思い良く見てみると、彼女の隣では、日出美が辛そうな姉を気遣うような顔をしている。
( まさか・・・・・・ )
 乃梨子は何だかイヤな予感がした。
「 よろしくね? 真美さん 」
「 ・・・・・・・・・・・・ 」
 祐巳の問い掛けにも、真美は何かに耐えるような顔をするばかりで答えようとしない。隣に座る日出美も、そんな姉を心配そうに見ている。
「 真美さん? 」
「 ・・・・・・ 」
 呼びかけに答えようとしない真美に、祐巳は「 仕方ないな 」とでも言うように溜息を吐くと、こう切り出した。
「 真美さん、メタモル・フォーゼ 」
「 うっ! 」
 それまで動きの無かった真美がうめく。
「 あと、イノセント・ワールドだっけ? 」
「 アンジェリック・プリティとかいうのもありましたわ、お姉さま 」
「 ・・・何の呪文ですか? 」
 紅薔薇姉妹の会話が意味不明だったので乃梨子が質問してみると、瞳子が「 こういう服を売っているお店の名前よ 」と言いながら、何やらアルバムのような物を渡してきた。
「 ちょっ! それは!・・・ 」
 真美が慌てて止めようとするが、乃梨子はすでにそれを開いてしまっていた。
「 服ってどんな・・・ 」
「 待って! ちょっと待って!! 」
 真美は乃梨子からアルバムを奪い取ろうと、隣のテーブルからダッシュしようとするが、その努力もすでに遅かった。
「 うわ・・・ 」
「 “うわ・・・”とか言われたぁぁぁぁ!! 」
「 お姉さま、お気を確かに! 」
 乃梨子の呟きに、机に突っ伏して泣き崩れる真美と、そんな姉を必死でフォローする日出美。
 瞳子に「こういう服」と言われたので、乃梨子はおおかた服の見本みたいな写真でも載っているアルバムだと予想していたし、確かにそこには様々な服を着た少女が写っていた。
 ただ、そのアルバムに収められていた服の種類は、乃梨子の予想を上回るモノだった。
 アルバムに収められた服。それは、ぶっちゃけフリルとレースの大博覧会だった。
 黒を基調としてオカルティックな雰囲気を醸し出す「ゴスロリ」。明るい色使いを基本とし、可愛らしさを前面に押し出した「甘ロリ」。やや落ち着いた、クラシカルなお姫様っぽい雰囲気を大切にした「クラロリ」。果ては和服とロリータファッションのハイブリッドである「和ロリ」まで、アルバムに収められた全ての写真において、これでもかと言うほどロリータファッションのコンボが炸裂しまくっていたのだ。
 真美をモデルに。
 写真の中の真美は、ヒラヒラのフワフワでフリフリな服を何種類もその身にまとっていた。
 普段は7:3の髪も、色々な形にセットしてみたり、瞳子を超える勢いの縦ロール標準装備なウィッグを被ったりして、ファッションとコーディネイトしている。
 しかも、普段は絶対に見せないようなイイ感じにはじけた笑顔をニコニコと振りまきながら。
 更に痛いことに、写真に写る真美はノリノリでアイドル風のポーズまでとっていたのである。ある写真では跪いて祈るようなポーズを、またある写真では親指を軽くくわえて甘えるような表情を、中にはウィンクをしながら片手で「ばきゅーん」と打つようなポーズをとった写真まであった。
 もう気分はすっかり今売り出し中のアイドル。横に「 この春デビューしました、山口真美で〜す! きゃはっ♪ 」とかキャプションを付けても違和感は無さそうだ。
 別に個人の趣味だから、服装自体はまあ良いだろう。似合う似合わないの判断は、見た人間に委ねるとして。
 それよりも問題なのは・・・
( 問題は、あのお堅いイメージの真美さまが、こんな写真をよりにもよって祐巳さまに握られたってことよね・・・ )
 乃梨子が改めて写真の中の真美を良く見ると、たいがいの写真に於いて、真美はその手に何やらコードの延びたスイッチのような物を握っているのに気付いた。
( ・・・これって確か、レリーズスイッチとかいう物よね? )
 レリーズスイッチ。それは、カメラから離れた場所でシャッターを切りたい時に使う道具で、言わばカメラのリモコンスイッチであり、セルフポートレイト(自分で自分を写す写真)を撮る時など、カメラマンとモデルのひとり二役をこなす時等によく使われるアイテムである。
 つまり・・・ 真美はひとりで衣装を着て、ひとりで写真を撮り、密かに現像した写真でひとりでアルバムを製作していたのだ。誰にも知られたくない秘密として。
 そして、誰にも知られたくない秘密は今、山百合会一そういう物を渡してはいけない女、紅い狸の手の中にある。
( そうか・・・ 松組の3人とは逆で、“計画に参加して報酬をもらう”んじゃなくて、真美さまは“秘密をバラさないという報酬を受け取るために計画に参加する”のか )
 乃梨子はさすがにいたたまれなくなり、真美に声を掛けた。
「 あの、真美さま 」
「 ・・・・・・何? 」
「 えっと・・・ 服、お似合いですよ? 」
 乃梨子は真美を励ますつもりで、精一杯の笑顔でそう言ってみたが、真美は一瞬固まった後、再び泣き崩れた。
「 うわあぁぁぁぁぁん! 」
「 あれ? な、何で泣くんですか?! 」
 真美が何故泣き出したのか解からない乃梨子が困り果てていると、泣き崩れる真美を慰めつつ、日出美が乃梨子をキッと睨みつけてきた。
「 酷いわ、乃梨子さん! 」
「 え? 何が? 」
「 そんな、“似合う”だなんて明らかな嘘! お姉さまを余計傷つけるだけだって何故解からないの?! 」
「 ・・・明らかな嘘って 」
「 そんな・・・ そんな気休めのセリフを言うくらいなら・・・ 」
「 気休めってあんた・・・ 」
「 いっそ『何の罰ゲームですか?』って聞きながら笑ってあげて! 」
「 笑っ・・・・・・・・・・・・ 日出美さんのセリフのほうが酷くない? 」
 乃梨子は確かに見た。日出美のセリフに含まれる棘が刺さる度、真美の肩が何度もビクっと痙攣するように反応していたのを。
 真美が泣き崩れたのは、確かに乃梨子のセリフを「憐れみ」と感じて惨めな気分になったせいかも知れない。
 でも、天然なのかわざとなのかの判断は難しいが、トドメを刺したのは明らかに日出美だ。
 実は高知日出美嬢、別にこの計画に関わる義理はさらさら無かったのだが、偶然姉が祐巳に握られた秘密を知ってしまい、姉のフォロー役に回り少しでもその負担を軽くしようとこの計画に志願してきたのである。
 だが、先程のやり取りを見ると、逆に真美の神経は恐ろしい速さで磨り減りそうだと思えるのは、気のせいでは無さそうだ。
 身を呈して庇うような、それでいて後ろからド突くような新聞部(妹)の姿に、「 このふたり、この後も姉妹としてやっていけるのかなぁ・・・ 」と、一抹の不安を覚える乃梨子だったが、とりあえず心の中でだけ真美に「 負けないで下さい、色んな意味で 」とエールを贈っておいた。
 これ以上会話していると、何気なく日出美の口から飛び出すメガトン級の“口撃”により、真美が再起不能な傷を負いそうな気がしたから。
( まあ、あのふたりはそっとしとくとして・・・ )
 乃梨子は報道系4人組の残りふたり、蔦子と笙子のほうを見る。
 蔦子は予想通り、夢中でタルトをほお張るとらを写真に収めていた。
「 あの、蔦子さま・・・ 」
「 私達は別に弱みを握られた訳じゃないわよ 」
 乃梨子の質問が解かっていたかのように答える蔦子は、カメラのレンズを換えながら、自分が計画へ参加する理由を語り出した。
「 私は純粋に被写体としてこの子・・・ スヴェトラーナさんを写せる機会を多く得られるからこの計画に参加しただけよ。リリアンには交換留学生も来るけど、さすがにここまで綺麗な子は少ないしね。笙子も『滅多に写せない被写体なんで是非参加したい』って言うから連れてきただけ。・・・まあ、今みたいな生き生きした素の表情の写真を公開できないのは痛いけどね 」
 そう言って、幸せそうにモッシャモッシャとタルトをほお張るとらを指差す蔦子。
 確かに、こんな姿のとらを公開したら計画が台無しになるので、今撮っていた写真などは、日の目を見ることは無いだろう。
 だが、公開できなくとも、白金の髪にアイスブルーの瞳を持つ“生きたビスクドール”のような外見という、他に類を見ないような貴重な被写体の写真である。とらの写真は間違いなく蔦子の秘蔵アルバムのお宝写真となり、彼女の心を満足させる物になるだろう。
「 じゃあ、蔦子さまは・・・ 」
「 そう。純粋にギブ&テイクな関係よ。だから、遠慮無く頼ってちょうだい。私達はその分、好きなだけ写真を撮らせてもらえれば満足だから 」
「 解かりました。そういうことでしたらよろしくお願いします 」
 ビジネスライクな蔦子のスタンスが、乃梨子には逆にありがたかった。とらのために無理なお願いをしているという意識を、あまり持たずに済むから。
( 良かった。蔦子さまとは良好な関係を維持できそうだな )
 だが、この時乃梨子は・・・ いや、隣にいた蔦子すら気付いていなかった。
 蔦子の隣りで無言のままフィルムの交換作業をしている笙子が、ブツブツと何か呟き続けていることを。
 彼女がどんなことを呟いているのかというと・・・
「 ・・・以前から撮り続けている祐巳さまならばいざ知らず特に面識も無かった1年生の子をこんなに嬉々として写すなんてお姉さまは私がどんな想いでそれを見ているのか解からないんだわきっとそうだわ所詮お姉さまも金髪に弱いということなのかしら?そうなのかしら?私も髪を金髪にすればそのレンズをまた私に向けてくれるのかしら?せっかく姉妹になれてお姉さまにならカメラを向けられても自然に微笑むことができるようになったのに酷いわあんまりだわそもそも私が写すならともかく何でお姉さまが他の女を写すためのカメラに私がフィルムを入れなければならないのかしら?これは何かのプレイ?いえこれはお姉さまが私の愛を試しているということかも知れないわそれなら私も耐えてみせるけどでもお姉さまもしかして本気で私のことを忘れてない?そんなに夢中であの子を写しているのなら私にも考えがあるわまずお姉さまの手足を縛っ・・・ 」
 ・・・・・・え〜と。
 どうやら笙子嬢、普段みたいに不特定多数の被写体に対してカメラを向けるならいざ知らず、特定の誰か、しかも自分以外の見た目とても綺麗な女の子に蔦子が夢中でレンズを向けていることで爆発寸前のようです。
 両手で持ってる予備のカメラがミシミシ言ってるし、何よりその目がイっちゃってます。
 とりあえず、蔦子嬢には後で肉体的にも精神的にも深刻な修羅場が待ち構えているようですが、これ以上関わるのは非常に危険と思われるため現場からのレポートを終わります。
 それではこの辺で、スタジオ薔薇の館の乃梨子さんにカメラをお返しします。
 乃梨子さ〜ん?
「 ・・・・・・・・・ 」
 あれ? 乃梨子さん?
「 どうした? 乃梨子。眉間にシワ寄せて 」
「 いや、笙子さんが・・・ 」
「 笙子さんて誰? 」
「 あ、とらは知らないか。あの蔦子さまの後ろで・・・・・・ いや、何でもない 」
「 ? 」
「 いいから気にしないでタルト食べてなさい 」
「 は〜い 」
 とらにはあえて教えない気か乃梨子さん。
 どうやら乃梨子さん、笙子さんの放つ禍々しいオーラに気づいてしまったようです。
 そのうえで、見なかったことにする気です。
( ホントに大丈夫かなぁ・・・ この人達に計画の実行まかせて )
 不安に駆られ、部屋の中を見渡す乃梨子の目に映ったのは・・・
 何やら真美を励ましているらしい日出美と、そんな日出美にどこか脅え、決して目を合わせないようにしている真美。
 嬉しそうにとらを見ている小雪と、そんな小雪の様子を横目でチラチラと伺っている沙耶花&睦月。
 相変わらず夢中でとらを撮影している蔦子と、それを見ながらまだ何かブツブツと呟き続ける笙子。
 そして、ヒソヒソと密談を交わしながらも、乃梨子の視線に気づきニヤリと笑う紅薔薇と黄薔薇の姉妹。
( ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホントに大丈夫か?! このメンバー! )
 様々な思惑と感情が絡み合うメンバーを見ているうちに生まれた果てしない不安に、乃梨子は胃が痛くなってきた。
 もしかして、メンバーが増えた分だけ苦労も増えたんじゃないか? そんな不安に押しつぶされそうになり、乃梨子は思わずとらの頭をわしわしと撫でる。
「 ・・・なに? 」
「 いや、なんか癒しが欲しくなって・・・ タルト美味しい? 」
「 おいしー! 」
「 そっか、良かったね 」
 とらの笑顔と髪の手触りで擬似アニマルセラピーをしつつ、乃梨子はひたすら不安に耐えるのであった。
( そうよ、この子の笑顔のために頑張らなきゃ。そのためならば、どんな悪魔とでも手を組んでやろうじゃない! )
 油断すれば押しつぶされそうな不安を振り切り、乃梨子は決意を新たにするのだった。
「 乃梨子ちゃん、乃梨子ちゃん 」
「 ・・・何ですか? 祐巳さま 」
 いつのまにか自分の後ろへと忍び寄ってきていた祐巳に声を掛けられ、乃梨子は振り向く。
「 コレ、今笙子ちゃんに渡したらどうなるかな? 」
 わくわくした笑顔で祐巳の差し出すモノを見て、乃梨子は早くも決意が崩れそうになった。
「 ・・・まだ持ってたんですかソレ 」
 祐巳の差し出したソレは、志摩子がとらにお茶の作法を教えた時に使った乗馬用鞭だった。
「 今渡せば、面白いことになりそうだと思わない? 」
 無邪気に聞いてくる祐巳を見て、乃梨子は思わず祈る。
( マリア様・・・ 貴方の見守るこの地で、どんな悪魔とでも手を組むなんて言った私が馬鹿でした )
 リリアンに通い始めて以来、乃梨子は初めて全身全霊をもってマリア様に祈る。
( だから、今私の目の前にいるこの狸をなんとかして下さい )
 むしろ目の前の紅い狸なんかよりも、悪魔のほうがまだマシかも知れない。
 乃梨子はそんな気がしてならなかったのだった。
 
 



一つ戻る   一つ進む