言うまでもないことだが、リリアン女学園の学園祭前一ヶ月は、殺人的に忙しい。
　薔薇さまは主に薔薇の館内での仕事、資料の確認や決済がメインだからそれほどでもないが、アシスタントにあたるつぼみたるや、その忙しさは尋常ではない。
　まだつぼみに妹、つまりプティ・スールが居るならば少しは楽なのだろうが、残念ながら今年は、二学期も半ば近くになりながら、未だに一人も居ない状態。
　本来であれば、薔薇さま、ブゥトン、プティ・スールの三人が薔薇の色で3セット、すなわち9人がフルメンバーになるのだが、白薔薇姉妹は二年生と一年生なのでプティ・スールは当然居ないし、紅薔薇と黄薔薇のつぼみにも妹が居ないため、全員で６人しか居ないという、極めて人手不足の状態に陥っているのだ。
　一年生の二人に、臨時の助っ人を頼むことで人手はなんとか補っているものの、やはり彼女らにも都合があるだろうから、無理なことはさせられない。
　そんな理由から、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳、黄薔薇のつぼみ島津由乃、白薔薇のつぼみ二条乃梨子の三人は、上は薔薇さまの手伝いから下は雑用まで、全てを率先してこなさなければならず、しかも休日返上で働くため、疲労の蓄積度は並ではなかった。

　そしてある日の昼休み。
　山百合会関係者が集まって、昼食の真っ最中だったが……。

　お弁当を食べながら、ウトウトしている祐巳。
　時折思い出したように目を開き、改めて箸を動かすが、すぐに元通り、目を半分閉じた状態で、うつらうつらと舟を漕ぐ。
　そんな様を、苦笑いで見つめるのは、姉である紅薔薇さま小笠原祥子。
　苦笑いでありながらも、その目は優しい。
「祐巳？」
「………はい」
　夢うつつで返事する祐巳。
「ほら祐巳、疲れているのは分かるけど、お昼はちゃんと摂らないと」
「ううん……ニンジン嫌いですぅ……」
　寝惚けているのか、トンチンカンな言葉が返って来た。
「もう、ニンジンなんて何処にも無いでしょう？　ほら、ちゃんと目を覚まして」
　祥子が困った顔で、祐巳の頬をペチペチと叩くと、段々とその目の焦点が合って来る。
「って、あれ？　お姉さま……あぁ、そっか、お昼だったんだ……」
　ようやく状況を認識できたようだが、そこまで言った途端、やはり薄っすらと覚えていたらしい。
「おおおおおお姉さま、私何か変なこと言いませんでしたか！？」
　真っ赤な顔で、祥子に詰め寄った。
「何が変なことなのか分からないけれど、とにかく寝るなら食べ終わってからにしなさい。時間が来たら起こしてあげるから」
　諭されて祐巳は、百面相及び目を白黒させながら、スローペースで昼食を摂り続けた。

　お弁当を食べながら、コクリコクリしている由乃。
　時折思い出したように目を開き、改めてスプーンを動かすが、すぐに元通り、目を半分閉じた状態で、うつらうつらと舟を漕ぐ。
　そんな様を、苦笑いで見つめるのは、姉である黄薔薇さま支倉令。
　苦笑いでありながらも、その目は優しい。
「由乃？」
「………うん」
　夢うつつで返事する由乃。
「ほら由乃、疲れているのは分かるけど、お昼はちゃんと食べないと」
「うぅ……凸すけ、そこを退けぇ……」
　寝惚けているのか、スットコドッコイな言葉が返って来た。
「もう、ここに江利子さまは居ないでしょう？　ほら、ちゃんと目を覚まして」
　令が困った顔で、由乃の頬をペシペシと叩くと、段々とその目の焦点が合って来る。
「って、あれ？　令ちゃん……あぁ、そうか、お昼だったんだ……」
　ようやく状況を認識できたようだが、そこまで言った途端、やはり薄っすらと覚えていたらしい。
「れれれれれれ令ちゃん、私何か変なこと言った！？」
　真っ赤な顔で、令に詰め寄った。
「お姉さまのことが変なのかどうかは分からないけれど、とにかく寝るなら食べ終わってからにしなよ。時間が来たら起こしてあげるから」
　諭されて由乃は、何か煮え切らないように眉を顰めて、のんびりながらも昼食を摂り続けた。

　お弁当を食べながら、ウトウトしている乃梨子。
　時折思い出したように目を開き、改めて箸を動かすが、すぐに元通り、目を半分閉じた状態で、うつらうつらと舟を漕ぐ。
　そんな様を、苦笑いで見つめるのは、姉である白薔薇さま藤堂志摩子。
　苦笑いでありながらも、その目は優しい。
「乃梨子？」
「………はい」
　夢うつつで返事する乃梨子。
「ほら乃梨子、疲れているのは分かるけど、お昼はちゃんといただかないと」
「うう……もぅ銀杏は勘弁してぇ……」
　寝惚けているのか、スカポラチンキな言葉が返って来た。
「もう、銀杏なんて今は無いでしょう？　ほら、ちゃんと目を覚まして」
　志摩子が困った顔で、乃梨子の頬をパチパチと叩くと、段々とその目の焦点が合って来る。
「って、あれ？　お姉さま……あぁ、そっか、お昼だったんだ……」
　ようやく状況を認識できたようだが、そこまで言った途端、やはり薄っすらと覚えていたらしい。
「しししししし志摩子さん、私何か変なこと言わなかった！？」
　真っ赤な顔で、志摩子に詰め寄った。
「銀杏のことが変って言われるとなんとなく気に障るけれど、とにかく寝るなら食べ終わってからにしなさい。時間が来たら起こしてあげるから」
　諭されて乃梨子は、平静を装うも明らかに失敗しながら、手を休めつつも昼食を摂り続けた。

　食後、優雅にお茶をいただく三薔薇さまをよそに、祐巳は椅子に倒れ掛かるような格好で、項垂れた様に爆酔中。
　由乃はテーブルに突っ伏して、腕を枕にせずに、額を直にテーブルに当てた状態で熟睡中。
　乃梨子はカクンと首を傾げて上を向き、半開きの口からは少しよだれを垂らして睡眠中。
　更に三人から、たまに呻き声が発せられる始末。
　なにやら、嫌な夢でも見ているようだ。
　例えば、嫌いなニンジンが出ているとか、いけ好かない先輩が出ているとか、嫌いじゃないけど限度がある銀杏が出ているとか。

　そんな三人を見ながら、三薔薇さまは、クスクスと笑みを漏らし続けるのだった。