【2083】 史上最凶神がかり的な狸達の挽歌  (いぬいぬ 2006-12-26 01:24:08)


「乃梨とら」シリーズ第2部第14話です。
このお話は“第2部エピローグ後編”であり、第2部最終話となります。

【No:2050】→【No:2051】→【No:2053】→【No:2054】→【No:2056】→【No:2059】→【No:2061】→【No:2063】→【No:2069】→【No:2074】→【No:2077】→【No:2078】→【No:2080】→コレです。

ここまで長々とお付き合い頂いた方々、本当にありがとうございました。







「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 さわやかな下校の挨拶が、澄み切った夕暮れにこだまする。
 マリア様のお庭に集う乙女たちが、(中略)はしたない生徒など存在していようはずもない。
 
 ・・・・・・ただし、薔薇の館という万魔殿を除いて。







 乃梨子は、会議室の中を見回していた。
 その視線の先には、一見楽しそうに笑う7人の姿があった。
 隣りのテーブルには、笑顔で姉を励ます日出美と、そんな妹にどこか引きつった笑顔を返す真美の新聞部姉妹の姿が見える。
( ・・・ああ、真美さまが何かを諦めた顔をして笑っている )
 所謂、乾いた笑いというやつだ。
 乃梨子はそんなことを思いながら、隣りで夢中でタルトをほお張る妹に視線を移す。
 まるで頬ブクロにエサを貯めるハムスターのような勢いでタルトを詰め込んでいる妹の姿に一瞬和むが、その向こう側でカメラを構えた蔦子が視界に入り、その顔から笑みが消える。
 ・・・正確に言えば、蔦子の向こうで虚ろに微笑む笙子が視界に入ったからだが。
( 笙子さんは笙子さんで、何か吹っ切れた顔で笑ってるけど、何があったんだろう・・・ )
 先程まで、一心不乱にとらを撮り続ける蔦子への負の感情で爆発寸前だったはずの笙子が浮かべる笑みに、乃梨子はうすら寒いモノを感じていた。
 この時、何故笙子は先程までの葛藤から脱出し微笑みすら浮かべていたか? それは、彼女が未だ呟き続けている「 縛り上げて 」だの「 他の子に目が行かないように監禁して 」だのといったセリフに関係しているようだが、その辺の詳細は蔦子ひとりに知ってもらうのがリリアンの平和のためだと言えるだろう。
 報道系の4人のいるテーブルから、その隣りのテーブルに目を移せば、そちらにも何か含みのある笑顔が見えた。
( ・・・あの3人にも微妙な変化が現れてるなぁ )
 お菓子をほお張るとらの様子をにこにこと見守る小雪と、そんな小雪に対してヤケに明るく微笑みかけている沙耶花と睦月。
 このふたりの、何かに脅えたような笑顔が素敵だった。
 今までは、小雪の破壊力がまさか自分達に直接向けられるなどと思っていなかったのだろうが、小雪の力が自分達にとっても地雷のようなモノだと気づいてしまった今、もはやあの3人に元のような関係は望めないだろう。
( 可哀そうだけど、私ととらのために全力でその破壊王のごきげんを取っててちょうだい。そして、いざという時はその身を呈してとらを助けるのよ )
 我が身ととら可愛さに、「あのふたりは生け贄」と勝手に決めつける乃梨子。彼女の中にはやはり、かなりの修羅が棲んでいるようだ。
( 私達のために働いてもらうのになんだけど、あの辺にはあまり深く関わらないようにしよう )
 それぞれ別々の意味の微笑みを浮かべる7人を見て、乃梨子は薄情にもそう決意するのであった。
「 ・・・そうだ、祐巳さま 」
「 うん? 」
「 さっきから気になっていたんですけど、あちらの4人は? 」
 気を取り直し、松組の3人と同じテーブルに着いている見覚えの無い4人を乃梨子が示すと、祐巳に代わって瞳子が「 あの子達は私から紹介するわ 」と説明を受け継いだ。
「 ところで乃梨子、あの4人に見覚えは? 」
「 いや・・・ たぶん初対面だと・・・ 」
 瞳子の問いに、自分達を見てそう答える乃梨子に、謎の4人はクスクスと笑いあう。
「 ・・・初対面じゃないわよ 」
「 え? そうなの? 」
 呆れた様子の瞳子にそう言われ、乃梨子が困惑していると、4人のうちのひとりが「 先程お会いしたばかりですわ 」と話しかけてきた。
「 先程? 」
 そう言われても、乃梨子は思い出せなかった。
 こう言っては何だが、4人とも特徴の無い顔で、記憶に残り易い人物では無いのだ。
「 嫌だわ。もしかして、私にとらちゃんを奪われたと思ったショックで記憶が飛んだのかしら? 」
 4人組を見て考え込む乃梨子の様子に、瞳子は本気で心配そうな顔になる。
「 記憶が飛んだなんて大げさな・・・ 」
 苦笑いする乃梨子に、瞳子は「 だって、現に会った人の顔を忘れているじゃない 」と、真面目な顔で返した。
「 ・・・私、本当にこの4人に会ってるの? 」
 瞳子に言われてもまるで思い出せない自分に、さすがに乃梨子も不安になってきた。  
「 いやですわ乃梨子さま 」「 確かにお会いしましたわ 」「 それも、私達全員と 」「 ご挨拶も交わしましたわ 」
 同じような顔で、同じような声で、まるでひとりの話すセリフのように途切れること無く囁く4人。
 4人の声が織り成す、木立ちのざわめきにも似たその響きに、乃梨子は確かにその感覚に覚えのある自分に気づく。
 囁きあう集団。妙に不安をあおるような物言い。そのまま消えてしまっても違和感を持たないような無個性な4人。
( 言われてみれば、確かにこの感覚には覚えが・・・ あ! )
 乃梨子は突然思い出す。その集団に、不安を掻き立てられた自分を。
「 貴方達、さっき下足箱のところで、とらの噂話をして私の不安を掻き立ててくれた・・・ 」
「 正解ですわ 」
 そう声を出したのが、4人の内の誰なのかも解からないほどの没個性。その様はまるで、4人で一つの生き物のようだった。
 別に実の姉妹のように顔が似ている訳でもないのに、まるで個性というものが感じられず似通った雰囲気を持つ集団。乃梨子はその感覚に、どこか薄ら寒いものを感じていた。
「 どうやら思い出せたみたいね。 」
「 あ、うん。確かに会ってたわ。でも・・・ 」
 この4人のことは思い出した。でも、その4人が何故ここにいるのかが解からない。
「 この4人は何故ここに? やっぱり計画に参加してるの? 」
「 はい? ・・・もしかして本気で聞いてるの? 」
「 何よ。解からないんだから仕方ないじゃないの 」
「 ・・・ここまで見事に騙せると、何だか自分が凄い悪人になった気分ね。まあ、普段の貴方なら、すぐに何かおかしいと気付いたんでしょうけど 」
 頭の上に疑問符が浮かびそうな乃梨子の様子に、瞳子は困った顔になる。
 瞳子はしばらく「 この何も理解していないアンポンタンをどうしようかしら? 」的な顔で乃梨子を見ていたが、「 まあ良いか 」と呟き、再び説明を始めた。
「 とらちゃんに猫を被せる計画は順調に進んでいたけれど・・・ 」
 瞳子はそう言うと、びしっ!と乃梨子を指差した。
「 肝心の貴方が何時までも悩んでいるから、この4人には本来の物とは違うある任務をこなしてもらったのよ 」
「 ・・・任務? 」
 何やら偉そうな瞳子のセリフに、乃梨子が不思議そうに呟くと、瞳子は「 貴方を焦らせるための任務 」と続けた。
「 私を焦らせる? 」
 まだピンと来ないボケボケな様子の乃梨子に「 やっぱりショックが大きかったのかしら? 」と、不安気な顔をしつつも、瞳子は再び乃梨子にびしっ!と指を突きつけて言った。
「 とらちゃんのことを諦めかねない貴方を焦らせて、強制的にとらちゃんを取り戻したいと思わせるという任務よ! 」
 瞳子のセリフに、乃梨子ははっとした顔になる。
「 ・・・・・・じゃあ、さっき下足箱のところでこの4人が話してたのって・・・ 」
「 そう。とらちゃんが誰かに盗られると貴方に思わせて、焦らせるという目的の“仕込み”よ 」
「 ・・・やられた 」
 そこまでやられては、乃梨子はもう呆れるのを通り越してちょっと感心してしまった。
「 まあ、本当はもう少し先に、貴方に計画の全貌を話して、とらちゃんともう一度話をしてみるように説得するつもりだったんだけどね 」
「 え? そうだったの? 」
「 でも、この“仕込み”のおかげで、貴方が自発的にもう一度とらちゃんとやり直そうと思ってくれたのなら、結果オーライというところね 」
 瞳子のセリフに、乃梨子は返す言葉が無い。
 確かにこの4人の噂話で不安を煽られていなければ、瞳子がとらと一緒に温室にいると聞いたあの時、あれ程の激情でとらを奪い返そうと思えたかは解からなかった。
 それにしても、何故当初の予定を変更してまで計画の進行が早まったのか?
 乃梨子が不思議に思って聞いてみると、瞳子はその理由を語り出した。 
「 昨日、それとなく志摩子さまに貴方の様子を探ってもらったんだけど・・・ 」
「 え?! し、志摩子さんまでグルだったの?! 昨日ってもしかして、昨日の帰り道で志摩子さんがとらのことを聞いてきたアレ?! 」
 驚く乃梨子に、志摩子がすまなそうな顔をする。
「 ごめんなさい。余計なお節介だとは思ったのだけれど、あの雨の日以来、貴方がふさぎ込んでいるのを見ているのが辛くて・・・ 」
「 あ、いや、責めてる訳じゃないよ志摩子さん。私が落ち込んで、皆に気を遣わせちゃったのは事実だし 」
 妹の悲しい顔を見るのが忍びなかったのであろう志摩子の言葉に、乃梨子は逆に謝った。姉に心配をかけた自分の不甲斐無さを。
「 志摩子さんだけじゃないわ! 私も乃梨子ちゃんが心配で心配で・・・ 」
「 ちょっと黙っててもらえますか祐巳さま 」
 ついでに話に絡んできた祐巳を、乃梨子はバッサリと斬り捨てた。だって、目が笑っていたから。
「 酷いわ! 私達だってこんなに心配しているのに! 」
「 由乃さま、ウソ泣きする時は目薬をしまってからにして下さい 」
 恐らく菜々から借りたであろう目薬を握り締め、バレバレなウソ泣きをしながらいきなり話に割り込んできた由乃も、返す刀でついでに斬り捨てる。
 由乃は「 なんだつまんない 」などと言いつつ席に座りなおした。
 その隣りでは、菜々が由乃から目薬を受け取りながら、「 惜しかったですね、お姉さま 」などと言っていた。
「 それで・・・ 私の様子を志摩子さんに探らせてからどうしたの? 」
 モノスゴイ疲労感に襲われながらも話の続きをうながすと、瞳子は一つうなずき話し出した。
「 今朝、志摩子さまがお姉さまに報告してくれたのよ。昨日、貴方ととらちゃんのことについて話した時に、貴方がとらちゃんとの復縁を拒絶しているような印象を受けたと 」
「 あ・・・ 」
 乃梨子はすぐに、志摩子がそう感じた原因に思い当たる。
 志摩子に「とらが学園から去る可能性」について聞かされ、それを一瞬とはいえ喜んでしまった醜い自分を志摩子に知られたくなくて、走って逃げ出した昨日の夕暮れのことだと。
 志摩子はあの乃梨子の行動を、とらとの復縁を匂わせる自分のセリフから逃げ出したものだと取ったようだ。結局それは勘違いだったのだが。
「 それで、肝心の貴方がとらちゃんと仲直りしてくれないと、計画そのものが台無しになりかねないっていう緊急連絡がお姉さまから回ってきて、皆かなり焦ったのよ。まあ、今日のお昼休みに貴方と話した志摩子さまから、まだとらちゃんのことでは迷っているみたいだったと聞いて安心したのだけどね 」
「 え? お昼休みのことまで知れ渡ってるの?! 」
 今日の昼に志摩子に相談したことを聞かれたと知って、乃梨子は自分の顔が熱くなるのを感じていた。
 志摩子にだけ打ち明けた“醜い自分”。そして、志摩子の「結論を急がないで」というセリフにどこかほっとした“弱い自分”。
 そんな自分の心の中を皆に知られたと思い、それがとても恥ずかしくて、乃梨子の顔は熱を帯びる。
 乃梨子は思わず少し恨みのこもった視線を志摩子に向けるが、志摩子が慌てて乃梨子にだけ聞こえる声で話しかけてきた。
「 お昼休みの話の内容は教えてないわ。ただ、貴方がとらちゃんを妹にする気が無い訳じゃなさそうだと報告しただけなのよ 」
 それを聞いて、乃梨子も小声で「 ごめん、ありがとう 」と返し、少し安堵した。
( そうよ、志摩子さんが私の打ち明けた秘密を皆に話す訳無いじゃない。私、本当にテンパってるなぁ・・・ )
 少し自分を情けなく思いながら、乃梨子はもう一度瞳子に向き直り話の続きを目でうながした。
「 お昼の時点で志摩子さまの報告を受けて、皆とりあえずは安心はしたのだけれどね。ぐずぐずしていると、貴方が本気でとらちゃんを諦めてしまう可能性もあるかも知れないからって、急遽今日の午後、緊急会議が開かれて、そこで貴方を焚き付ける作戦を立てたのよ 」
「 ・・・作戦ってもしかして 」
 自分を焚き付ける作戦と聞き、乃梨子の脳裏に今日の放課後に畳み掛けるように起こった様々な出来事が鮮明に蘇える。
 そして乃梨子はやっと気付いた。それら全てが、瞳子の言うところの“仕込み”だったのだということに。
 確かに普段の乃梨子ならば、あれ程色々なことが重なれば「何かおかしい」と思ったはずだ。
 そして、この部屋に揃った面子を見れば、すぐに“仕込み”に気づいたかも知れない。
 瞳子が先程から何度も「ショックでどうかしたのか」と気にかけていたのも無理も無いだろう。
 乃梨子は、まるでパズルのピースが一度に何個かはまって、意味のある絵が見えたような感覚を味わっていた。
 まずは、謎の4人が仕掛けてきた“噂話”。
 その後、やけにタイミング良く現れた沙耶花の捨てゼリフ。
「 色々あって忘れてたけど、貴方の言った“とらはもう大丈夫”とかいう思わせぶりなセリフも・・・ 」
「 嘘は言ってませんわ 」
 乃梨子の問いに、つんと顔を逸らしながら言う沙耶花。
 確かにあの時、とらはもう大丈夫だっただろう。
 猫を被る準備が。
 その意味では、彼女のセリフもあながち間違いではない。
「 よくもヌケヌケと私を引っ掛けて・・・ 」
「 まあ人聞きの悪い。私は瞳子さまとの約束を守っただけです。乃梨子さまには内緒だという約束( ※【No:2069】参照 )を 」
 それは、1年松組に現れた瞳子が言ったセリフ。
 あの日、とらの演技指導開始という「とっぱだま計画」の第一歩を踏み出した瞳子は沙耶花にこう言ったのだ。
 「 乃梨子とは違う方法で、とらちゃんを乃梨子の妹にする計画を開始するの 」と。そして、「 今の状態の乃梨子に協力を望むのは酷だから、乃梨子には内緒よ 」と。
 意外かも知れないが、沙耶花はとらがそれで幸せになれるのならと、とらに乃梨子と姉妹になって欲しいと願っていた。だから、瞳子のセリフに彼女は二つ返事で同意したのだ。
 まあ、瞳子の言う「乃梨子に内緒」というのが面白そうだと思ったし、それを「目の前でとらを掻っ攫われた報復」だとか思い、喜んでいたのも事実だけど。
 1年生に良いように騙されたことに落ち込む乃梨子だったが、良く思い出してみれば、“作戦”はそれだけでは無かったのだと気づく。 
 乃梨子が他にも気になった点。それは、気まずそうに「瞳子がとらと一緒にいるのを見た」と言った祐巳の姿。
「 そう言えば、そもそも祐巳さまも計画の存在を前から知ってたんですよね? 」
「 うん 」
 あっさりうなずかれ、乃梨子は思わず首を絞めてやりたい衝動に駆られたが、どうにか平静を保ち、もう一度祐巳に問い掛けた。
「 じゃあ、さっきは計画のことを知ったうえで、思わせぶりに“瞳子がとらと一緒だった”なんて言ったんですね?! 」
「 嘘じゃなかったでしょ? 」
 睨みつけてくる乃梨子の視線にまるでひるまず、むしろ嬉しそうに答える祐巳。
 確かにそれも嘘じゃない。瞳子は間違いなく古い温室でとらと一緒にいた。
 その目的は祐巳の匂わせたモノとはまるで違ったが。
「 確かに嘘じゃありませんでしたけど、あれじゃあまるで、ふたりが姉妹になりそうだと言っているようなもので・・・ 」
 益々きつく自分を睨みつけてくる乃梨子など気にした様子も無く、祐巳は「 乃梨子ちゃん 」と呼びかけると、にっこりと笑いこう言った。
「 私は“姉妹”なんて言葉、一言も言ってないよ? 」( ※【No:2077】参照 )
 ああ、これはアレだ。自分の掘った落とし穴に誰かがハマったのを笑う子供の笑顔だ。
 乃梨子は祐巳の笑顔にそんな感想を持ち、何を言い返しても無駄なんだと、泣きそうな気持ちで悟ったのだった。
 あまりに見事な騙されっぷりに落ち込む乃梨子の気も知らず、瞳子は自慢気に謎の4人の紹介を続ける。
「 元々この4人には、本来の任務のためにもう少し後で働いてもらうつもりだったんだけどね。私もこの4人にあんな活用方法があるなんて、お姉さまと菜々ちゃんに言われて初めて気付いたわ 」
 謎の4人組を見ながら、しみじみとそう言う瞳子。
 さすがは「紅薔薇家の伝統」を叩き込まれた祐巳と、とらに「謀略の基本」や「扇動のイロハ」を教えようとした菜々。集団から発生する噂の活用方法も、良くも悪くもかなり研究しているようだ。
 まあ、噂という物は不安を煽る形で生まれてくることが多いので、乃梨子に対して使ったソレは、正しい噂の活用法方と言えなくも無いけれど。
「 なんだってそこまで手の込んだ作戦を・・・ 」
 自分があっさりと騙されていたことを教えられ、乃梨子は段々ムカついてきていたが、瞳子はそれに気付かず嬉しそうに言った。
「 だって、敵を欺くにはまず味方からって言うでしょう? 」
 
 が す っ ! !

「 いっ・・・・・・・・・・・・・・・たいわね!! ぐーは反則だって言った(※【No:2054】参照)でしょう?! ぐーは!! 」
 久々に乃梨子の鉄拳(ぐー)の直撃を受け、涙ぐみながら抗議する瞳子だったが、乃梨子も負けずに怒鳴り返す。
「 やかましい!! 計画の根幹に、とらに一番近いところで関わる私を欺いてどうする!! そもそも、何で今まで計画の存在を私に秘密にしてきたのよ?! 」
 そう、考えてみればおかしな話だ。
 最初から乃梨子に「 こういうやり方を思いついたんだけど、やってみない? 」と明かし、計画に引き込んでも良かったはずなのに、何故乃梨子は今まで計画の存在すら知らされなかったのか?
 答えは意外な・・・ いや、ある意味予想通りのところから出てきた。
「 だって、普段冷静な乃梨子ちゃんがうろたえる姿が見たかったんだもん 」
 祐巳に「 だってプリンが食べたかったんだもん 」くらいの軽い感覚でそう言われ、乃梨子の思考は緊急停止した。
「 そうそう、とらちゃんが誰が別の人の妹になるって思わせといて、『 実はドッキリでした! 』ってのが面白そうだったのよ! 」
 由乃もやや興奮気味にそう言う。
 つまりはふたりとも、乃梨子のうろたえる様が見たかっただけということだ。
「 その“別の人”っていうのが瞳子さまだったらドラマティックな筋書きになるかなと思いまして 」
 くすくすと笑いながら言う菜々。
 『とらを奪う誰か=瞳子』という配役は、どうやらコイツの仕業だったようだ。
 まあ、とらの演技指導を担当するのは瞳子くらいしかいないので、自然ととらといる時間が長くなるのも瞳子だから、ある意味リアリティのある的確な配役ではあるけれど。
「 いや〜、瞳子がとらちゃんの演技指導を始めてからは、乃梨子ちゃんの顔見てたら笑っちゃいそうで大変だったよ。思わず仕事に逃げて意識を逸らそうとしたもんだから、仕事がはかどることはかどること・・・ 」
 瞳子が薔薇の館に姿を現さなくなっても、祐巳が慌てずいつもの調子で仕事をこなしていた(※【No:2074】参照)のは、実はそういう理由だったようだ。
「 私も私も! いや、昨日なんか『 何が起きてるのかも知らず、真面目に仕事してるなぁ 』とか思いながら乃梨子ちゃん見てたら目が合っちゃって、慌てて誤魔化すのに苦労したわよ 」
 昨日、由乃がいきなり菜々について乃梨子に詫びた(※【No:2074】参照)のは、ただ単に誤魔化そうとして、たまたま口に出ただけだったらしい。
 考えてみれば、由乃が菜々の言動について乃梨子に詫びるとしても、あんなタイミングで切り出すのは不自然極まりないはずである。
 普段の冷静な乃梨子ならば、すぐに由乃の行動のおかしさに気付いていたかも知れない。
「 あの時は焦りましたよ? お姉さまの不審な様子から計画のことが乃梨子さまにバレてしまうんじゃないかと 」
 菜々もそんなことを言う。
 どうやら昨日由乃を軽く睨んでいた(※【No:2074】参照)のや、今日由乃を睨みつけていた(※【No:2077】参照)のは、「余計なことを言って、計画の存在をバラすな」という意味だったようだ。 
「 祐巳さん、由乃さん、もしかして本当に乃梨子のことを面白がって・・・ 」
 祐巳達のセリフに、遅まきながら、さすがに何かおかしいと思い始めた志摩子が問い詰めようとしたが、祐巳と由乃が「 こう言っておけば、乃梨子ちゃんも私達に気を遣わないで済むと思うの 」とハモりながら言うセリフに、またも誤魔化されてしまった。
 こんなイヤなチームワークを誇る薔薇さまふたりを抱え、彼女らの担任はさぞかし気苦労が耐えないであろう。ストレスで胃に穴が開かなければ良いが。
「 あんたらまた志摩子さんを・・・ いや、それよりも、計画にドッキリを混ぜて、私を欺いて楽しんでたわね? 」
 ギリギリと歯を食いしばりつつ怒りに燃える乃梨子は、思わず3人に一発カマしてやろうかと席を立ちかけるが、瞳子がそれを止める。
「 ちょっと、おちついて乃梨子 」
「 これが落ちつかずに・・・ ってマテ! そもそもアンタが立てた計画を元にこの3人が暴走したんでしょうが!! 何を人事みたいに冷静に私をなだめてんのよ!! 」
 そういやコイツが元凶じゃないかと思い、乃梨子は瞳子に詰め寄るが、詰め寄られた瞳子はきょとんとした顔をしている。
「 何言ってるの。私じゃないわよ、計画の立案者は 」
「 え? 」
 今度は乃梨子がきょとんとする番だった。
 自分と志摩子の時、所謂“白薔薇宗教裁判”の時も、瞳子が何やら台本を書いていたという話も聞いていたので、乃梨子はてっきり、瞳子がこの計画の脚本も手掛けていると思い込んでいたのだ。
 祐巳や黄薔薇姉妹も、それに便乗して乃梨子にドッキリを仕掛けて面白がっているのだと。
「 じゃあ、誰がこの計画を? 」
 驚きで怒りをそがれた乃梨子がそう聞くと、瞳子は何故か悩み始めた。
「 ん〜・・・ そもそもの発端は由乃さまの猫だけど、それをヒントに原案を起こして脚本を書いたのはお姉さまだし・・・ でも、計画がここまで入り組んだモノになったのは菜々ちゃんのアイディアを取り入れたからだって言うし・・・ 」
 つまり、先程楽しそうに乃梨子をハメる面白さを語った3人の合作というところか。
「 え?! 瞳子は企画に関わってないの?! 」
「 だから、さっきそう言ったじゃない。聞いてた? 」
「 いや、立案は違っても、私と志摩子さん騒動の時も台本書いてたっていう瞳子が、まさか企画段階でノータッチだとは・・・ 」
 本気で驚く乃梨子に、瞳子は「 アレは忘れて・・・ 」と気まずそうに言った。本人も若気の至りとか思っているようだ。
「 今日の作戦も含めて、計画の立案はお姉さまと黄薔薇家よ。私と志摩子さまは途中参加で、言うなれば計画の駒に過ぎないわ。私達が計画に参加したところは貴方も見ていたでしょ? 」
「 見ていた? 私が? 」
 そんな覚えの無い乃梨子が戸惑っていると、突然瞳子が見下すようなキツイ視線になった。そして、吐き捨てるような口調で一言。
「 そうやって、とらちゃんが誰か他の人のものになるまで、いじけていれば良いわ 」
「 あ・・・ 」
 それは、瞳子が薔薇の館に姿を見せなくなる前の日に、乃梨子に投げつけたセリフと視線だった。
「 まさかあの時・・・ 」
「 そうよ。見ていたでしょう? ちなみにこのセリフも、あの時お姉さまに渡された台本のとおりよ。私は薔薇の館から離れてとらちゃんの演技指導をするために、貴方との喧嘩別れを演じて見せる必要があったから。良い演技だったでしょう? 」
 一瞬で素に戻った瞳子にそう言われ、乃梨子はヘナヘナと力が抜けてしまった。
 確かにあの日、志摩子と瞳子が祐巳に呼ばれて何やら指示を受けていた(※【No:2069】参照)のを乃梨子は見ていた。
 だが、まさか騙そうとしている人間の目の前で、その騙し討ちの計画の打ち合わせをしているなどと、誰が気付くだろう。
 恐らくあの時点で、祐巳達3人による台本が出来上がっていたのであろうが、それを扱う祐巳の行動はあまりにも大胆不敵だと言えるだろう。
「 全然気づかなかった・・・ 」
 うなだれる乃梨子に、瞳子は更に厳しい現実を突きつける。
「 可南子も上手いこと私から乃梨子を遠ざけるようにしてくれた(※【No:2074】参照)しね。おかげで、とらちゃんの演技指導に集中できたわ 」
「 あの可南子のセリフまで演技だったの?! 」
 芝居とは縁が無さそうな可南子までもがグルだったと知り、乃梨子は信じられない思いで可南子を見る。
「 ・・・・・・だって、祐巳さまに直々に頼まれたんだもの 」
 乃梨子から視線を逸らし、可南子は気まずそうに呟いた。
 乃梨子が思わず祐巳を見ると、にっこりと笑う祐巳と目が合った。
「 ・・・・・・祐巳さまがこの計画の全ての脚本を? 」
 改めて祐巳の恐ろしさを実感した乃梨子が、やっとの思いでそれだけ呟くと、祐巳はにこにこしたまま答える。
「 だって、私には瞳子ほどの演技力は無いって乃梨子ちゃんが言った(※【No:2053】参照)んじゃない。だから、裏方にまわってみたの 」
 どうやら祐巳は、とらの勉強会を始めた時に、乃梨子に「瞳子ほど演技力が無い」と言われたことを根に持っていたようだ。
 要は祐巳がその時の仕返しにこんな手の込んだ芝居をたくらんだということなのだろうが、乃梨子はまだ納得できなかった。
「 あの時のことをまだ根に持って・・・ いや、それにしたって、私に一言話してくれたほうが計画の進行だってスムーズに・・・ 」
 憮然とした乃梨子のセリフに祐巳は笑顔を崩さず答えた。
「 え? やだな。乃梨子ちゃん達にやり直してもらおうって考えてたのは、それとなく話したじゃない 」
「 何時ですか? 覚えがありませんけど 」
 乃梨子が困惑していると、祐巳は先程の瞳子を真似たつもりなのか、突然真顔になり乃梨子に言った。
「 乃梨子ちゃん。いつかとらちゃんに言ったんだって? “人生にやり直しは利かない。でも、諦めずにもう一度挑戦することはできる”って 」
「 ・・・・・・・・・あ 」
 祐巳のセリフが乃梨子の脳裏に蘇える。
 とらに別れを告げた雨の日、薔薇の館で祐巳がぽつりと呟いたセリフが。(※【No:2069】参照)
 あの時は祐巳がそれきり黙りこんでしまったので、乃梨子もあれ以来忘れていたのだが。そう言われてみれば、確かに乃梨子達にもう一度やりなおすことをうながしているように聞こえないことも無い。
 ・・・かも知れない。かなり解かりにくいけれど。
 いや、祐巳のことだから、意図的に難解にしたに違いないけど。
「 良いセリフよね。あのセリフがあったからこそ、私も乃梨子ちゃん達が“もう一度挑戦する”方法を考えたんだよ? つまり・・・ 」
 祐巳は喉の渇きを覚えたらしく、紅茶を一口すすると笑顔でこう言った。
「 乃梨子ちゃんのセリフが元でこんな計画が出来上がったと言っても良いと思うの 」
 笑顔で恐ろしいほど豪快に責任転嫁をする祐巳に、乃梨子は心の中で「 このタヌキめ・・・ 」と唸りながら祐巳を睨みつける。
「 ・・・それにしたって、やはり私に教えてくれても良かったはずです! 」
 いきり立つ乃梨子に、祐巳はまるで幼い子に諭すように言う。
「 乃梨子ちゃん。この私が何か意味深なことを呟いてる時点で、何かたくらんでるなって解からなくちゃダメじゃない 」
 自分の性格を知ってるのに騙されたほうが悪い。
 そんな我がまま言いたい放題な祐巳に、乃梨子は真っ白に燃え尽きそうになった。
 だが、祐巳は乃梨子の様子など気にしたそぶりも見せず、すぐに視線を逸らすと何やら由乃と盛り上がり始めた。きっと、落ち込んでいた頃の乃梨子の様子でも語り合っているのだろう。
( 全て掌の上か・・・ )
 祐巳の台本どおりに踊らされていたと知り、ガックリと落ち込む乃梨子。
 そんな彼女の肩に、そっと手を置く者がいた。
「 あんな感じで黒幕を気取っているけれど、祐巳さんは優しいのよ 」
「 ・・・正気ですか? 蔦子さま 」
「 ・・・せめて『本気ですか』と聞いて欲しかったわね 」
 今回乃梨子に正気を疑われたのは、蔦子だった。
 蔦子は、乃梨子のセリフに特に気を悪くした様子も無く続ける。
「 祐巳さんはね、きっと貴方とスヴェトラーナさんに、自分の力で困難を乗り越えて欲しかったのよ 」
「 自分の力で・・・ 」
「 そう 」
 蔦子はカメラのレンズを撫でながら呟く。
「 私も色々とリリアンの歴史的な場面を撮ってきたから、代々受け継がれる紅薔薇さまの恐さも伝え聞いているわ。“紅薔薇家の伝統”とかね 」
 そう言えば祐巳がそんなことを言っていたなと、乃梨子は思い出す。
「 その力を使えば、学校側に圧力を掛けることも不可能ではないわ 」
「 そこまで?! 」
 蔦子のセリフに、乃梨子は心底驚いた。
( リリアンの頂点に立つために、色々と黒いこと仕込まれてそうだとは思ったけど、まさかそこまでとは・・・ )
 改めて紅薔薇の恐ろしさを実感していた乃梨子に向かい、蔦子は話を続ける。
「 だから今回のような場合、学校側へ圧力を掛けて、スヴェトラーナさんのことを揉み消すほうが話は早いのよ。先代や先々代なら、間違い無くそうしたでしょうね 」
 蔦子にそう断言され、乃梨子は「祥子さまに思いっきり反論したりしていた自分はよく消されなかったな」などと、変なところで安堵していた。
「 それなのにこんな回りくどいことをするのは、きっと祐巳さんには貴方達のことが他人事に思えなかったからでしょうね 」
 もう過ぎ去ってしまった過去を見通すように、蔦子は遠い目をして呟く。
「 姉妹が自分達の力で困難を乗り越えた時に得る物の素晴らしさを祐巳さんは知っているから、貴方達にもそれを体験して欲しかったんだと私は思うわ 」
 去年の梅雨、破滅寸前まで行った祥子との仲を修復したのは、他ならぬ祐巳自身だった。その後のふたりが得た物を、祐巳は乃梨子達にも手に入れて欲しかったのかも知れない。
「 まあ、祐巳さんウォッチャーの私の推測に過ぎないけどね。信じる信じないは貴方次第よ 」
 そう言って蔦子にぽんぽんと肩を叩かれ、乃梨子は考え込んでしまった。
 計画の最中に乃梨子まで騙したのはどうかと思うが、確かに祐巳が動かなければ、自分ととらは間違いなく終わっていたはずだった。
 祐巳の立てた計画が無ければ、今ここでこうして、とらの隣に座っていることは無かったのかも知れないのだ。
「 私がもう一度やりなおそうと自分から思うように、あえて騙したと? 」
「 ええ 」
「 周りが全て解決してしまっては、私達のためにならないと? 」
「 そう考えたのだと思うわ 」
 微笑む蔦子に、乃梨子は何故か渋い顔をして見せた。
「 あそこで幸せそうに紅茶に練乳入れてる人がそんなに凄い人だとは、どうも信じられないんですけど 」
「 ふふっ。確かにそうかもね 」
 にゅるにゅると練乳のチューブを搾る祐巳を見て、蔦子はまた微笑み、乃梨子は益々悩んでいた。
「 それにしたって・・・ 何も私に内緒で計画を進めることは・・・ 」
 まだぶつぶつと不満を口にする乃梨子に、蔦子は何気なく問い掛ける。
「 もし祐巳さんが貴方に計画の存在を話したとして・・・ 貴方はスヴェータさんにお別れを告げた直後に、『もう一度やりなおそう』って素直に言えたかしら? 」
「 それは・・・ 」
 蔦子のセリフに、乃梨子は答えられなかった。
 あの雨の日にとらを置き去りにした自分が、ずうずうしくも「もう一度やりなおそう」なんて素直に言えたとは、乃梨子自身にも思えなかった。
 いや、とらと顔を合わせるのが怖くて、彼女に合うことすらできなかったかも知れない。
 考え込む乃梨子に、蔦子は笑顔でもう一言付け加えた。
「 さっきから祐巳さんが言ってる“悪役を演じてみせる”っていうセリフ。あながち冗談なんかじゃないのかもよ? 」
 蔦子のそんなセリフを、乃梨子は否定することが出来なかった。
( 私、まだ見えていないことが色々あるんだな・・・ )
 祐巳が自分を騙したのにも、それなりの理由があったのかも知れないと思い、乃梨子は、いつか自分も誰かを導くことができるようになりたいと強く願った。
 とらという、導くべき妹ができたのだから。
 ・・・でも、できれば導き方は祐巳とは違う方向で。
「 ・・・ところで、結局誰なの?あの4人 」
 ふと我に返り、先程の話がまだ途中だったと思い出した乃梨子が改めてそう聞くと、瞳子から「 演劇部の1年生よ 」という答えが返ってきた。
「 演劇部? 」
「 そう、今年入部してきた演劇部の1年生の中でも、変わり者の4人組 」
「 変わり者って? 」
 乃梨子の疑問に、瞳子は「 方向性が普通とは違うのよ 」と前置きしてから説明を始めた。
「 普通、演劇部に入ってくる子っていうのは、多かれ少なかれ“主役”に憧れるものよ。でも、この4人は“脇役”もしくは“モブ”と呼ばれる役柄に特化した子達なの 」
 モブ。それは、群集や大衆といった意味で使われる呼称。
 映画などの場合、主役の後ろで通行人などを演じ、話の本編には絡まない“通りすがりの人物”を演じる人を指す。
 瞳子の説明ではこの4人、幼い頃から劇団などでモブとして多くの経験を積み、今では群集に紛れることにかけてはリリアン演劇部随一という変った特技の持ち主達らしい。
「 この子達には、1年生の間に密かにとらちゃんに対する良い噂を流し、とらちゃんのイメージを操作するという、言わば潜在的なアジテーターを務めてもらうわ。それが、さっき私の言いかけた、この4人の“本来の任務”よ 」
「 アジテーターって・・・ そこまでするか?! 」
 アジテーターとは、民衆を話術や行動である特定の方向へと煽る者のこと。つまり、瞳子はこの4人の流布する噂話などを使い、リリアンの生徒達の間に流れる情報をコントロールしようと言うのだ。
 だが、驚く乃梨子とは対照的に、瞳子は「 当然よ 」と答える。
「 群集に紛れ、さも自分も何処かで聞いてきたような感じで噂を流せば、その伝達の速度と深度は計り知れないわ。とらちゃんに都合の良い噂を流すのに、これほど適した方法も無いでしょう? 」
「 ・・・それ、私達がやっちゃダメなの? それとなくとらの良い噂流すのって 」
「 いいえ、逆に私達山百合会が噂を流しても、身内のひいきととられるかも知れないでしょう? 」
 乃梨子は、当然のように群集を操る術を語る瞳子と、瞳子にそんなことを教えたであろう祐巳や菜々に空恐ろしい物を感じた。
( まるで、どこかの革命家みたいだな・・・ )
 マリア様のお庭であるリリアンにとっては、学園全体を騙すなどというこの計画自体が、ある意味革命的ではあるだろう。
「 ところで、貴方達のお名前は? 」
 気を取り直し、やっと正体が解かった4人に投げかけた乃梨子の問いに、「 春恵です 」「 夏美です 」「 秋子です 」「 冬香です 」と淀み無く答える4人。
「 春夏秋冬って・・・ 明らかに偽名に聞こえるんだけど? 」
 ムっとした顔で問い詰める乃梨子に怯みもせず、4人はまた淀み無く答える。
「 私達は、群集の中のひとりに過ぎません 」「 群衆に埋没する、ただの一生徒 」「 むしろ名前など邪魔なだけです 」「 私達には、ただの見知らぬ1年生として接して下さい 」
 恐らくそのほうが、噂話の出所をあいまいにするためには都合が良いからであろうが、あくまでも群集に埋没する一般の生徒たろうとする4人に、乃梨子は返す言葉も無かった。
( まるで、何時の間にか侵入してくるウィルス。いや・・・ それよりもむしろ近いのは・・・ )
 そうとは知らぬ間に、正常な細胞に自らの持つ情報を転写するかのようなその様子は、まるで癌細胞のようだと乃梨子は戦慄する。
 乃梨子の脳裏に、まるでこの4人の持つ雰囲気が感染したかのように、ザワザワと囁き合うリリアンのイメージが広がり、彼女は微かに身震いした。
( 何だか、どんどん話が大きくなってきてるなぁ・・・ )
 何やら、とらをお嬢さまだと勘違いさせる計画というよりも、報道系の4人と良い、演劇部の4人と良い、リリアン全体に情報操作を施そうとするような雰囲気だ。
 自分のあずかり知らぬ間に、予想外に大きくなってしまった計画の全貌に、乃梨子は漠然とした恐怖感を覚える。
( さっき、リリアン中を騙すって覚悟は決めたはずなのに・・・ )
 先程、薔薇の館へ入る前に、とらのために決めた覚悟が揺らぐのを、乃梨子は感じていた。
「 乃梨子ちゃん 」
 不安そうな顔をしていた乃梨子に、由乃が突然呼びかけてきた。
「 何ですか? 由乃さま 」
 乃梨子が問い返すと、由乃は無意味に偉そうに腕を組み、真っ直ぐに乃梨子を見つめながら言った。
「 私と菜々はね、面白そうだからこの計画に乗ったの 」
「 ・・・さっき菜々ちゃんに聞きましたよ 」
 今更何を解かり切ったことを言い出すんだコイツは? といぶかしむ乃梨子にかまわず、由乃は続ける。
「 この壮大な詐欺みたいな計画でリリアンを騙せるかなんて、面白そうな勝負じゃない? 」
 うきうきと言う彼女の様子に、乃梨子は「 由乃さま、博打で痛い目に遭わなければ良いけど 」などと、少し心配になった。
「 でもね、勝負を始めるためには、まだ大事なモノが出揃ってないの 」
 何のことだろうと乃梨子が首を傾げていると、由乃はすっと乃梨子を指差して言った。
「 肝心の勝負人の“賭けに乗る”という意思表示。つまり、リリアン中を騙してやろうという貴方の覚悟よ 」
 由乃の指摘に、乃梨子は息を呑む。
 まるで、思いのほか大きくなった計画に少し怖気づいた自分を見透かされたようで。
( 鋭いな・・・ この人は時々、とても鋭い )
 乃梨子は由乃の鋭さに、内心舌を巻いていた。
 一見、勢いまかせに突き進んでいるだけに見える由乃だが、その行く先は正確に物事の本質を捉えていることが多い。そしてそれこそが、由乃の黄薔薇さまとしての強さでもある。
「 私は・・・ 」
 乃梨は心の中に鋭く切り込まれて言いよどむ。
 留まることを知らない青信号は、そんな反応の鈍い乃梨子の答えを待ちきれなくなったようで、この計画のもうひとりの中心人物、とらの方を見た。
「 とらちゃん! 」
「 あげないよ! 」
「 ・・・え? 」
 由乃の呼びかけを勘違いしたとらは、タルトを独り占めにするべく、由乃に向かって「 フーッ! 」と野良猫の如く威嚇の声でもあげそうな勢いで、残りのタルトを抱え込んだ。
「 ・・・・・・タルトは食べてて良いから 」
「 盗らない? 」
「 ・・・盗らないわよ。とりあえず人の話を聞きなさい 」
「 うん 」
 緊張感を根こそぎ削がれ、由乃は挫けそうになりながらもとらに向かって話し続けた。
「 とらちゃんにも聞いておかなきゃね。貴方には覚悟はあるの? 」
「 覚悟って? 」
「 この計画で、リリアン中を騙しきろうっていう覚悟よ 」
「 それならあるー! 」
 由乃のセリフを聞いた瞬間、何の迷いも無く拳を突き上げて決意表明するとらを見て、逆に由乃が不安になった。
「 ちょっと、本当に解かってる? リリアン全部を騙さなきゃいけないのよ? 」
「 がんばるー!! 」
「 いや、だから、生徒はおろか先生方やシスターまでも・・・ 」
「 騙すー!! 」
「 一口に騙すと言っても、そう簡単なことじゃあ・・・ 」
「 なんとかするー!! 」
「 ホントに解かってんのかコラァ!! 」
 いくら不安を煽ってみても、何の躊躇も無く答えるとら(拳突き上げっぱなし)に逆上し、つかみ掛かろうとする由乃。
 そんな由乃の扱いに慣れている菜々が、素早く間に入って「 落ち着いて下さい、お姉さま 」と、とりなす。
「 いや、だってこの子・・・ 」
「 スヴェータも解かってると思います 」
「 でも・・・ 」
「 この計画が上手くいかなければ、乃梨子さまと一緒にいることはできないと、何度も言い聞かせましたから 」
「 ・・・ホントに大丈夫かなぁ? 」
 『リリアンに通うこと=乃梨子と一緒にいること』なとらからすれば、乃梨子の傍にいるためなら何でもする覚悟はとっくに済ませているのだが、まだとらの性格をつかみきっていない由乃には、イマイチ伝わらなかったようだ。
「 まあ良いわ。ヤル気だけはハミ出るほどありそうだし 」
 とりあえずとらのテンションだけは認めた由乃は、改めて乃梨子に向き直った。
「 それじゃあ乃梨子ちゃん、もう一度聞くわ 」
 由乃は真っ直ぐに乃梨子を見つめる。
「 貴方に、リリアン中を騙す覚悟はあるの? 」
 厳しい問い掛けに、乃梨子は由乃から視線を逸らした。
 一瞬、由乃は乃梨子が怖気づいたのかと思ったが、乃梨子の視線の先にとらがいるのを見て、それが自分の思い違いだと気付く。
 とらを見つめる乃梨子の目に、姉としての輝きが宿り始めていると気づいたから。
 乃梨子はとらを見つめた後、由乃を真正面から見据えて答えた。
「 この子のためなら何だってしますよ。たとえ、リリアン全部が相手だとしても 」
 乃梨子の力強い宣言に、由乃は二っと笑い、一言「 善し! 」と叫ぶ。
「 これで私も何の迷いもなく計画に邁進できるわ! 」
 嬉しそうに宣言する由乃の様子に、菜々もニヤリと微笑んだ。
 こうなったらもう、黄薔薇姉妹は誰にも止められはしないだろう。
 闘志を燃やす黄薔薇姉妹の横で、とらを見つめ、乃梨子が頼もしい笑顔で笑う。
 とらも、乃梨子を見て嬉しそうに笑い返す。
 会議室の中は、何時の間にか笑顔で満ち溢れていた。
「 ヤル気になったのね、乃梨子 」
 瞳子も嬉しそうに笑いながら、乃梨子に語りかけてくる。
「 ええ、こうなったら、リリアン中を騙しきってやろうじゃないの! 」
 ちょっとヤケになっているようにも聞こえるが、乃梨子のヤル気は本物だった。
「 よーし! じゃあ今日は計画の話はこの辺にして、小雪ちゃんの持ってきてくれたお菓子で、お茶会にしようか? 」
 祐巳の宣言に、みんながわっと明るい笑顔で賛成の声を上げる。
 明日からはきっと、とらをお嬢さまに仕立て上げるための忙しい毎日が始まる。とらを見張り、常にそのフォローを考える毎日が。
 だが今はそのことを忘れて楽しもうと、明るく盛り上がる仲間達。
 乃梨子ははしゃいでいるメンバーを見て、よくぞここまで様々な種類の人間が集まったものだと改めて感心する。
( 考えてみれば、まるで統一感てモノが無いわよね )
 ここにいるのは、個性も、特技も、性格も、趣味も、学年も、経験も、思想も、容姿も、嗜好も、まるでバラバラな人間の集まり。
( でも、ひとつの目的のために集まってきてくれた )
 その目的は、とらをお嬢さまだとリリアン全体に思い込ませること。
 そのための、まるでコン・ゲームのような計画の下に集まった精鋭達。
( ヤバイな・・・ )
 乃梨子は、口元がムズムズと緩むのを感じていた。
( 私、ちょっと楽しくなってきてる )
 人を騙す。それはとても悪いことのはずなのに。
( なんだか、中学の時を思い出すなぁ。文化祭の準備で夜遅くまで学校に残って、皆で何か作り上げてた時みたいだ )
 一致団結して何かをやり遂げる高揚感。それは、人を騙すという罪悪感を超えるのかも知れない。
( ん? 人を騙す?・・・・・・・・・・・・あ! )
 乃梨子は自分の隣りで穏やかに微笑んでいる姉の顔を見る。
 人を欺くこととは最も遠いところにいる、敬虔なクリスチャンである姉の顔を。
( 私、本当に自分のことしか見えてないんだな・・・ )
 乃梨子は、とらと自分のことで手一杯で、本来嘘とは無縁な生活を送っていたはずの志摩子まで人を欺く計画に引き込んでいたことに、今更思い当たった自分を恥じた。
「 志摩子さん 」
「 何? 乃梨子 」
 ふわふわと微笑む志摩子の笑顔に、乃梨子の胸がちくりと痛む。
「 あの・・・ 志摩子さんは良いの? こんな、偽証を前提とした計画に関わって・・・ 」
「 そうね・・・ 」
 志摩子は少し切なそうに笑う。
「 貴方のために、姉として何かしてあげたい。貴方に頼られるのが嬉しいって・・・ それだけではダメかしら? 」
 それはもちろん志摩子の本心だろう。
 しかし、彼女の信仰に背いていることには違いないと、乃梨子はやはり罪悪感を覚える。
「 それは嬉しいけど・・・ ここには好きで計画に参加してる人がたくさんいるし、もし志摩子さんが嘘を吐くのが辛いのなら・・・ 」
 この計画に無理に関わらないで欲しい。乃梨子はそう言おうとした。
 とらに無理をさせないために志摩子に無理を強いるのであれば、それは本末転倒だと思えたから。
 他のメンバーはまだしも、経験なクリスチャンである志摩子が感じる罪の意識は、とても大きな物だと思えたから。
 だが、志摩子は逆に乃梨子に問い掛けてきた。
「 乃梨子。嘘って何だと思う? 」
「 え? それは・・・ 」
 漠然とした質問に戸惑う乃梨子をよそに、志摩子は話し続けた。
「 もし、手術で確実に治るはずの癌患者がいたとして・・・ 余計な不安を与えないために、患者の家族にだけは真実を伝えて、患者本人には癌を告知しないで手術を済ませて、癌を完全に治してしまう。その時、そのお医者様は嘘つきと責められるべきかしら? 」
「 それは・・・ 嘘も方便ってやつかな? 」
 志摩子は乃梨子の答えに満足したように微笑むと、静かに語り出した。
「 確かに私の信仰するキリスト教では、嘘は許されないことだと教えているわ。モーセの十戒の第九戒にも「隣人について偽証してはならない」とあるし 」
 志摩子は少し俯いてそう言った後、遠い何かを見上げるように視線を上げて続ける。
「 でもね、私は“真実”と“事実”というのは、違う物だと思うの。もちろん、嘘をついて良いなんて思わない。でも、事実を隠しても誰も傷つかず、むしろ誰かが幸せになれるのなら、私はその嘘が誰かのための“真実”になれるのだと思うの 」
 そう言って、志摩子は乃梨子を見て微笑んだ。
「 こんな考え方、ずるいかしら? 」
 志摩子の問いに、乃梨子は黙って首を振ってからこう答えた。
「 志摩子さん。それはきっと、“ずるい”じゃなくて、“強い”って言うんだと思うよ 」
 嘘を嘘だと認めながらも、嘘に飲み込まれず。
 しかも、その嘘を誰かの幸せのために使う。
 そんな、清濁合わせ飲むような姉の思想に、乃梨子は確かに強さを感じていた。
 今の志摩子には、寺の娘なのにリリアンに通う自分の存在を悩んでいた頃の面影はもう無い。彼女も、様々な経験を糧に強く成長しているのだ。
( そうよ。どんな理由にせよ、嘘をついて人を騙すことには変わりないわ。それは忘れないようにしなくちゃ )
 人を騙すことは罪だ。でも、その罪の上に自分ととらの幸せがあるなら、喜んで罪人になろう。
 乃梨子は心の中でそう誓い、きゅっと拳を握り締める。
( そう考えると、ここは罪人の群れ・・・・・・ あれ? )
 なんとなく部屋の中を見渡した乃梨子は、ある人物に目が止まる。
 1年松組の3人のテーブルでお菓子をほお張っていたはずのとらが、何やら菜々に「 ありがとー! 」と、お礼を言っている。
 とらはそのまま、とても嬉しそうに乃梨子のいるところへと駆け寄ってきた。
「 乃梨子―! 菜々が『 大切なロザリオを失くすといけないから 』って、コレくれた!! 」
 ニコニコと報告するとらが指差すモノを見て、乃梨子は固まってしまった。
「 これならめったなことじゃ切れないから、ロザリオ失くさないよな! 菜々あったまイイ! 」
 乃梨子がとらに渡したロザリオのペンダントヘッドは、「失くさないため」に、鎖の代わりのあるモノにぶら下がっていた。
 嬉しそうなとらと対照的に、乃梨子はワナワナと怒りに震えだした。
「 有馬菜々ぁ!!! 」
 乃梨子の大音声に部屋の空気が凍りついたが、当の菜々は飄々としたまま言葉を返す。
「 斬新な挨拶ですね、乃梨子さま。私も『二条乃梨子』と叫び返したほうが良いですか? 」
「 やかましい!! アレは何よ?! アレは!! 」
「 アレとは? 」
 あくまでもとぼける菜々に、乃梨子は益々怒りを掻き立てられ、「 とらの首に巻かれているアレよ! 」と叫ぶ。
 乃梨子の指差す先にある「アレ」。それは、どう見ても首輪だった。
 それも、白薔薇の証のつもりなのか、ご丁寧に白い革で出来ている。
「 アレってどう見ても犬猫が使うヤツじゃない! 何のつもりよ! 」
 乃梨子の言うように、その首輪はどう見ても犬猫用だった。
 いや、バックルの部分にリード(散歩用の縄)を掛ける金具が付いているところを見ると、犬用かも知れない。
 今はその金具に、リードの代わりのようにロザリオのペンダントヘッドが揺れているが。
「 あれはチョーカーです乃梨子さま。『鎖が切れてロザリオを無くさないため』だと言えば、リリアンの校則にも引っ掛からないはずです 」
 真顔でバレバレな嘘を吐く菜々に、乃梨子は益々いきり立つ。
「 何がチョーカーよ! チョーカーなら何でリードを掛ける金具が付いて・・・・・・ あれ? 」
 とらの首輪を指差して菜々を問い詰めようとした乃梨子は、首輪に付いたあるモノを見て動きを止める。
「 ・・・・・・何これ。何で私の家の電話番号が書いてあるのよ? 」
 とらの首輪には、金属製のプレートがはまっており、そこには確かに二条家(正確には二条菫子邸)の電話番号が記されていた。
 固まる乃梨子をよそに、菜々は堂々と紅茶を一口すすると、きっぱりとこう言った。
「 やはり、飼い主の連絡先は記入しておきませんと 」
 しれっと言う菜々に、乃梨子はまたワナワナと震え出す。
「 やっぱり犬用の首輪かコノヤロウ!!! 」
 ブチ切れた乃梨子が菜々を追いかけ出した。
 菜々は微笑みを浮かべながら、嬉しそうに逃げ出す。
「 落ち着いて、飼い主さん 」
「 そうよ飼い主さん、万が一逃げ出した時のことを考えれば、やっぱり連絡先は必要だわ 」
 ふたりのやり取りを聞いていた祐巳と由乃がニヤニヤとそう言ってくる。
「 やかましい! 誰が飼い主さんか!! 」
 ふたりに突っ込みつつも、乃梨子は菜々を捕らえるべく、追跡の手を緩めない。
「 落ち着きなさい飼い主さん。ホコリが舞い上がりますわ 」
「 そうよ飼い主さん。とらちゃんよりも貴方のほうがはしたないわよ 」
 瞳子と可南子までもが乃梨子を「飼い主さん」扱いしだす。
「 五月蝿い!! 飼い主さんて呼ぶなー!! 」
 走りながら、全力で「飼い主さん」を否定する乃梨子に、蔦子がぼそっと聞いてくる。
「 でもスヴェータさんが『ご主人さま』って呼んでくれるかもよ? 」
「 ・・・・・・それもお断りです!! 」
 一瞬何か考えてから否定してきた乃梨子の様子に、真美と日出美が「 今、一瞬何か間が開かなかった? 」「 実はまんざらでも無かったんじゃないでしょうか 」などと囁きあい、ふたりして手帳に「二条乃梨子はご主人さま」などと書き込んでいた。
 何かイヤな方向に自分のキャラが固まりつつあるのを感じながら、乃梨子は菜々を捕まえるべく走り続ける。
( くっそ〜・・・ やっぱり皆、私をネタに楽しんでるだけだな?! )
 それはたぶん、間違いでは無い。
 でも、この「とっぱだま計画」のメンバーのチームワークは良さそうだ。
 ・・・何について結束するのか、その方向性は置いといて。
 まだまだ余裕で逃げ続ける菜々に比べ、次第に息切れしてきた自分を感じつつ、乃梨子は思う。
( ・・・・・・ホントに大丈夫なのか? コイツらにまかせて )
 乃梨子の不安も解かるが、きっと大丈夫だろう。
 人をおちょくることに掛けては無類のチームワークを発揮するこのメンバーなら、リリアンの子羊達を騙すなど、赤子の手をひねるようなものだろう。
 計画が成功するまで、乃梨子の神経がもつかどうかは別として。
( ってゆーかコイツら、計画にかこつけて余計な騒動を巻き起こすんじゃあ・・・ )
 ・・・そこまでは知らん。
 そこはアンタが責任持って手綱を引き締めなさいな。
 できるかどうかは知らんけど。
「 くっ・・・ 待ちなさいって・・・ 言ってるでしょう・・・ 」
 息も絶え絶えに座り込む乃梨子に対し、汗もかかずに余裕の菜々は、「 基礎体力が足りませんね 」などと、つまらなそうにのたまう。恐らく「スリルが足りない」とか思っているのだろう。
 辛そうな乃梨子を見て、志摩子が心配して近寄ってきてくれたが、視界の隅で「 乃梨子だらしないなぁ 」などと言いながらとらが笑っているのを見て、乃梨子は何だかやるせない気持ちになった。
「 うぅ・・・ 何で私だけがこんなに体力削られなきゃならないのよ・・・ 」
 菜々から受けた体力的なソレ以外にも、さっきから色々と受けている精神的なダメージの蓄積にぜえぜえと荒い息をつきながら愚痴る乃梨子に、トテトテと歩み寄ってきた祐巳が言った。
「 乃梨子ちゃん、人は何かを得ようとする時、それに見合う対価を払わなくちゃならないんだよ? 」
 確かに、権利を得るには義務を果たさなければならない。
 種を蒔かねば実は生らず、餌の無い針に魚は食いつかない。
 世の中、何かを得るためには対価を払うという等価交換な関係が存在する。
 つまり、祐巳は乃梨子に「この計画を成功させるためには、ある程度の犠牲を払う必要があるんだよ」と言っているのだ。
 その犠牲というのが“ご主人さま”扱いだったり、無駄に突っ込みや追いかけっこをするための体力だったりする必要があるのかは疑問だけど。
 そしてやはり、祐巳にそう言われた乃梨子は不服そうだった。
「 何だか私だけが対価を払ってるような気がします! しかも余計な分まで!! 」
 納得いかず祐巳にそう叫ぶ乃梨子に、祐巳はにっこりと笑い、こう告げた。
「 気のせいだよ 」
 笑顔で断言され、乃梨子は気絶しそうなダメージを受けたが、最後の気力を振り絞って再び祐巳を問い詰める。
「 ここにいるみんなが計画のメンバーなんだから、均等に対価を払う機会はありますよね? 」
 乃梨子の「 オマエも犠牲を払わんかい! 」という怨念すら込めたこのセリフに、祐巳は優しい笑顔でこう答えた。
「 乃梨子ちゃんがんばって♪ 」
 ひとごとかよ。
 そんな心の中の突っ込みと共に、「 ああ、この人はこの計画のために対価を払う気なんてさらさら無いんだな 」と、乃梨子は気づいてしまった。
( きっとこれからも、私だけが貧乏くじを引くんだ )
 無常な真実に気づいてしまった乃梨子は、ゆっくりと会議室の床に崩れ落ちていった。
 力尽きてしまった乃梨子を見て、慌てて駆け寄るとらの姿を視界の片隅に捕らえ、乃梨子は少しだけ報われた気持ちで意識を手放したのだった。



 

 
 綺麗な薔薇には刺がある。
 そんな格言を体現しつつ、「とっぱだま計画」のメンバーの躍進は続く。
 頑張れ二条乃梨子! リリアンの子羊達を騙す嘘を罪、君の受ける余計な被害を罰だとするならば、それは贖罪だと言える・・・・・・かも知れない。


 たぶん。


 


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