【2084】 紅い仮面眠れぬ子羊  (くま一号 2006-12-26 08:22:24)


よせばいいのに【No:2062】の続き。
「えーと、まだクリスクロス読んでないし、21日に投下予定だったんですけどー「がちゃS初の東西同時テロ、じゃなくて東西同時オフも出られなかったし(泣)」
「もう、忙しくって。だから新刊とまるで斜め方向になってるかもしれないけど書いちゃったのでもったいないから出しますね」
「それが墓穴を掘るんですけどね」

†  †  †

「瞳子ちゃん、まさかこんなのが3話ものになるとは思わなかったよ」
「前の二話を要約すると一行で済みますけど」
「それは言わない約束よ。それにまた、『気張らずキャッツアイ』【No:2067】とか出てるし」
「力抜けてますね、菜々ちゃん」
「『来さらせ! キャッツアイ』かな?」
「まあ、お下品な。祐巳さま、それは、怪盗紅薔薇への挑戦ですわ!」
「それは最初からわかってんだけどなあ。いいじゃないの、どうせ黄薔薇だし」
「あ、そうですわね、どうせ黄薔薇ですし」

「とにかく話を続けるのよ。笙子ちゃ〜ん」
「わ、いきなりですかぁ」

「はいは〜い、こちら写真部部室前の笙子です」
(便利な場面転換だなあ)
「祐巳さま、何か?」
「なんでもない。えーと、去年のバレンタインイベントのね、笙子ちゃんの写真、あの克美さまと一緒の写真を撮ってたときに、蔦子さんってこの端役二名の写真も撮ってたかしら?」

「端役ですって、美幸さん」
「邪魔しない方が早く進みますわ、敦子さん」

「そういうことですわ。で、覚えてますか? 笙子さん」

「うん、えーと、敦子さんと美幸さんを見かけて、蔦子さまにはひとめでフライングってわかっちゃったんですね。それで『中坊だ、かわいいなあ』って何枚か撮っていらっしゃいました」
「でも、敦子ちゃんと美幸ちゃんはその写真を見せてもらったことがないのね?」

「はい、ないですわ」
「ありませんの。聖書朗読倶楽部の撮影にも来ていただけたらいいのに」
(なんかカルトな絵柄が撮れそうな……)
「なんか言いました? 笙子さん」
「あ、いいえなにも」

「ふむ。蔦子さんって、発表する写真は被写体の承諾を取るよねえ。んで、ダメって言われたものはネガごと捨てちゃう。その2つの分類以外のものってあるの?」
「あるんです。誰にも見せずに、蔦子さまが自分で保管している写真があるの」
「ほお。それは見てみたいわね」
「いいんですか? 祐巳さま。更衣室とかシャワー室とか×××とかそういう写真ばっかりだったらどうします?」
「そりゃあ、怪盗だもん、盗って行くわよ瞳子ちゃん。んで、高く売る」
「おい。だれに売るんですか、そんなもの」
「うーん、スク水だったらここの管理人さんとか」
「おーーーい」

「で、どこにあるかわかる? 笙子ちゃん」
「見当はつきます。この鍵のついたファイルなんですけど」
「鍵かあ。瞳子ちゃん、ドリル出して」
「ああああ、どうせそうでしょうよ。はい、電動ドリル」
「んがががががががりがりがりばきっ。はい終わり」
「はいはい、そこの見物人、やってる方も恥ずかしいんだからドリルネタはスルーして。はいはいおしまい」

「開けるわよ」
「なんか、わくわくしますね」
「いきなり笙子ちゃんのスク水だったりし『蔦子さまはそんな人じゃ…………」
「言葉に詰まりましたね、笙子さん」
「瞳子さんのいじわる」

「まあまあ、どうやら普通の写真みたいよ。ああ、最初にあったわ、これ、ちょっと遠くから撮ってるけど敦子ちゃんと美幸ちゃんじゃない? スクールコート、だよねえ」

「あ、ありました」
「青春の記念の、蔦子さまの写真です〜」
「ありがとうございました」
「ごきげんよう」

「はい、ごきげんよう」




「ごきげんよう、って祐巳さま、これであっさりお話は終わりですか」
「そんなわけないじゃない。笙子ちゃん、今の写真。どこがどうして、蔦子さんの秘蔵××ファイルに入ってるのよ」

「ですから秘蔵××ファイルなんて言わないでくださいっ。今の写真、敦子さんと美幸さんって、どんな風に見えましたか? 祐巳さま?」
「えーと、とにかく必死でつぼみのカードを探している。まあ、ミーハーよね」
「他にはどうです? 楽しそうとか、疲れてきたとか、高等部でどきどきしているとか、この二人はこんな子だとか」
「うーん、そんなの遠くから撮った写真一枚じゃわかんないよ。ただ二人写ってるだけだよ」


「蔦子さまの写真で、そんなの見たことありますか? そんなに被写体がなにも『見えない』写真なんて」


「……ない。ないわ、言われてみれば。集合写真でもドラマがあるのが蔦子さんの写真よね」
「今みて、驚きました。蔦子さまの写真には間違いないです。でも、こんなに『なにも写ってない』写真って、見たことがないです」
「ふーん、蔦子さんのカメラにも、あの二人を写すとなにもうつらないのかあ」
「まあ、お嬢さまというだけのお二人ですから」
「だけ? 瞳子ちゃんや乃梨子ちゃんに対しては、時々悪意があるように見えるよ」
「だから、それが子羊たちの純真さだけなんですってば」

「うーん、それじゃあ桂さんなんてどんな風に撮るかなあ、蔦子さんなら」

「ありますよ、桂さまの写真」
「へ?」
「これ、違いますか?」
「えーと、トイレの前?」

「あーーー、蔦子さんてば、この時撮ってたんだ〜〜」
「ななな、なにをしたんですか祐巳さま」
「あの、あんまり言いたくない」
「……聞いてますけど、蔦子さまから」
「え」
「あの、追っかけに追われて、トイレの窓から中に飛び込んで」
「あうあうあう」
「一体なにをやってたんですか、祐巳さま」
「いや、その、追っ手を撒こうと思って」

「んで、トイレの窓をもう一度乗り越えて外に出て、桂さまに鍵を閉めるように頼んだ、んですよねえ……」
「ゆーみーさーまー」
「とと瞳子ちゃん、ちょっとした青春の一頁よ」
「どこの教室でもいいのに、どうしておトイレなんですか」
「いやあの、たまたま開いてたのよ、窓が」
「で、そこに桂さまが居合わせて、その斜め後ろあたりに蔦子さまもいたと」

「そうだと思いますはい、あの、トイレの盗撮はしてないと……」
「笙子ちゃんにも、トイレの盗撮しそうとかそう思われてるんだ」
「あ、いえあの、えーとそれで桂さまの写真ですけど」
「話をそらしましたね、笙子さん。まあいいですけど。さて写真、ふーん、なんか楽しそうですね、桂さま」
「うん、るんるんるん♪ なんて鼻歌でも歌っていそうな感じよね」
「ものすごくバレンタインイベントを楽しんでます! って雰囲気が出てますわ」

「そういえばこのころは黄薔薇革命の後追い破局も解消して、桂さんるんるんな頃よ」
「そうですか。ということは、敦子さん美幸さんみたいに無邪気な悪意が出てくるような方ではなくなっていたんですね」

「ええ? 桂さんは幼稚舎の頃からずっと友達だよ。最初からそんな冷たいことは言わないし、今の敦子ちゃんや美幸ちゃんとは違う、と思う……」
「そうですか? 祐巳さまが祥子お姉さまの妹にっていう噂が立ったとき、桂さまはどうしてました?」

「えーと、最初はなんかの間違いだと思って、気にしちゃダメよって」
「その時に新聞部から遠ざけてくれたのは蔦子さまや志摩子さまですね。桂さまは別になにも考えていなかった」
「そこまで深刻な話だと思ってなかったんだもん、そういう言い方は……」

「じゃあ翌日は? 朝、最初にダンスの練習のことを尋ねたときには興味津々、と言っても薔薇さま方への興味津々で祐巳さまがどうであろうとかまわない様子でしたわね」
「あれはあれで桂さんは、その、ああいう人だから不思議では……」

「じゃあ、桂さまが大きな声をだしてしまったのでクラスの人が集まってしまった。取り囲まれて祐巳さまが詰問されたときに桂さまはかばってくれなかったのはどうしてですの?」
「あ…………」
「それどころか、一緒に詰問する方にまわってた。祐巳さまはそのとき、祥子さまのことばかり考えていたから気が付かなかったでしょうけれど。違います?」
「う、うん、そう言われればそうだわ」

「祐巳さまは、祐巳さまだから気づいていないんですよ。ほんとに、おめでたかったんですね。そのころの桂さまはそういう方だったのですわ」
「でも瞳子さん、この写真の桂さまはそんな人じゃないわ。蔦子さまの写真だからわかるの」
「そうよ、瞳子ちゃん。笙子ちゃんの言う通りだわ」
「そういうことですよ。桂さまは、祐巳さまを取り巻く、純真無垢で人に悪意を向けていることがわからないお嬢さまだった。ところが、祐巳さまののーてんきに当てられて、その他大勢役が持ってはいけない感情を持ってしまった」
「いやな言い方ね」
「祐巳さまだって、赤ん坊がたくさん迫ってきたら怖いだろう、とか言ってたじゃないですか」

「うっ、まあね。で、何が言いたいの? 桂さんはその他大勢のエキストラな脇役ができなくなった。それで?」
「でも、一つの役をもらってマリみてという演劇の舞台に出てくるには幸せすぎるんです」
「は?」
「るんるんるん♪ ですもの。疎外感もなんにもないんじゃありませんの?」
「それじゃあ、まるで山百合会幹部って疎外感の固まりみたいじゃない。……って、疎外感の固まり……だわ……ほんとだ」
「そういうことなんですね、だから敦子さん美幸さんを撮っても、蔦子さまの腕でさえなにも写せないんですね。うーん、なんだかそれってかわいそう」
「それが役割だもの、笙子ちゃん。悩みの二つや三つ持っていないと主役は張れないのよ。あ、そうか、桂さんは中途半端にその役割に合わなくなってしまったのね」
「そうですわ。祐巳さまの脳天気がうつってしまったせいで」
「そんなにのーてんきのーてんきって言わないでよ」
「でも、のーてんきがうつった桂さまには、主要登場人物としても、その他大勢としても、出番がなくなってしまったんですよ」
「わ、わ、私ののーてんきのせいだっていうの?」

「だから、敦子さんや美幸さんは、あえて悪意の感じられるセリフも吐いて、その他大勢としての出番を確保しているんです」
「えー。それで、蔦子さまのファインダーからも気配を消せるの? 光学迷彩みたいです」
「なんか凄い謎解きだなあ、瞳子ちゃん。それじゃあ、ここにいる笙子ちゃんは、蔦子さんとの姉妹のお話が終わったらまた出番がなくなっちゃうの?」

「そんなことはなさそうですね。ほら、こんな写真撮られてますわよ、笙子さん」
「あ、あ、うわぁ、蔦子さまってばひどい」

「へ? ひどいって、後ろ姿じゃない。教室で席についてリリアンかわら版かな? 三人で見てるところ」
「中等部の制服ですから、同じ頃の写真でしょうね。祐巳さまは知らないでしょうが、このころから笙子さんはね」
「あーん、瞳子さんも気がついてたの?」
「私には人間観察も修行のうちですから。わざと『勉強してません、おばかなミーハーです』って振りをしてましたでしょ?」
「そこまでばれてたのかあ。瞳子さん以外にもみんな知ってたのかしら?」
「いいえ。そんなことに気を回すのは私くらいかしらね。教科書をリリアンかわら版で隠してるんですよ、この写真」
「なになになに、なにそれ瞳子ちゃん。笙子ちゃんは実はお寺の娘だったとかいうんじゃなくて、実はガリ勉を隠してたとか?」
「いえ、そうじゃないですわね、笙子さんのお姉さん、えーと実のお姉さん、ご存じでしょう?」
「内藤克美さま、あ、なるほど。いつもお姉ちゃんに勉強勉強って言われてたのね?」
「はい、祐巳さま。それで、お姉ちゃんみたいな高校生活はいやだって思って、そしたらいつのまにか勉強してるところを見られるのがいやになって。それで休み時間に予習復習とかしてるときに隠すようになっちゃったんです」
「今でもそうなの?」
「うーん、学校ではあまりやらなくなりましたけど、お姉ちゃんに勉強してるところを見られるのってちょっといや、かも」
「ほらね、祐巳さま。写真に撮られるのが苦手なだけじゃないんですよ。短編2つ3つの主役を張れるくらいの立派な疎外感ですわ」
「凄い言い方だなあ。じゃ、私はどうなるのよ。もともとがぜーんぶ平均点の設定だった私なのよ」
「だから、一年生の時にはずーっと、『祥子さまの妹にふさわしいのかしら』ってぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじ思い悩むでしょ?」
「そこまでいう? しかも梅雨の時にはとどめを刺しに来て〜」



「そういう瞳子さんは、こんな写真があるんですけどねー。どうです、これなんか」
「わ、わ、みないで! 祐巳さま、見ないでください!」
「どうしてよ。って、これ私の写真じゃない」
「ちがいますよ、祐巳さま。スカートばっさばっさで走ってる祐巳さまにはフォーカスが合ってない。その奥、フェンスの向こう側に」
「瞳子ちゃんじゃない」
「見ないでください、お願いです」

「なんて、顔、してるの? ねえ、瞳子ちゃん、あなたがこの時、走り回ってる私を見てたのは聞いたわ。けど、どうしてこんなに恐い顔してるの? 私が、怖い? いえ、怖かった?」
「祐巳さまが怖いわけなんかないでしょう!!」
「嘘です。瞳子さん。蔦子さまのファインダーは逃げられませんよ。この時から祐巳さまに魅かれたんですね」
「どういうこと? 笙子ちゃん」
「スカートばっさばさの祐巳さまに、演技も仮面もぜーんぶ壊されそうな気がした、そうでしょう? 瞳子さん」
「ち、ち、ちがいます!」
「ね、瞳子さん。あなたの疎外感は、継子であることそのものではないし、まして実の両親が誰だかなんて考えたこともないでしょ。瞳子さんが疎外されてるのは、あなたの仮面自身。違うかしら?」

「ふーん。蔦子さん並に鋭くなってきたわね、笙子ちゃん。マリみてが善意が行き過ぎてすれ違ってしまう物語だっていうのをわすれていたわ」
「ど、どういうことですか、祐巳さま。瞳子は、別に……」

「がんばってね、瞳子さん」
「あ、笙子さん、ここで行っちゃうなんてずるいですわ、笙子さん!」

「おっと、瞳子ちゃんはここにいなきゃだめよ。ねえ、瞳子ちゃんも、ずーっと、私なんか祐巳さまにふさわしくないって、ぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじしてたんでしょ」
「あー、そういうことをおっしゃいますか。私は祐巳さまみたいにお人好しでのーてんきで……」
「ストップ。質問に答えて」
「う。それは、その」
「私の妹になっても、なにも返せない?」
「はい……」
「病院を継ぐ以外に、育ててくれた両親に、なにも返すことが思いつかない?」
「はい……」

「ねえ、去年の選挙の時の話、したかなあ。私ね、お姉さまに何か役に立とうと思って、いろいろ手伝おうとしてみたんだけど全部空回りしちゃって。お姉さまはずーっと暗い顔をしていて」
「……」
「ところが、蓉子さまが登校してきて、祥子さまが蓉子さまの顔を見たとたんにぱあっと明るい顔でわらって。やっぱり私じゃだめなのかってすごく落ち込んだ」
「……」
「でも、それって祥子さまが蓉子さまの受験のことをずっと心配していて、何もできなくて空回りしてたからだって、だから私も一緒だったんだってわかって、納得しちゃった。その時に蓉子さまに言われたんだ。『姉は包み込んで守るもの、妹は支え』って。
「だからって、妹はなにもしなくていいと」
「なにもしなくていいのよ。妹は妹なんだから。そこにいるだけでいいの。娘は娘なんだから、両親にとってはそこにいるだけでいいのよ」
「信じられません」
「信じなきゃだめよ。今まで、瞳子ちゃんが一番心配されたり怒られたりしたのっていつ? この前家出した時じゃないの?」
「それは、私がいなくなったら困るから」
「いなくなって心配だから、でしょ?」
「信じ、られま、せん」

「信じて。瞳子ちゃんは瞳子ちゃんのままであればいい。仮面も瞳子ちゃんの作り上げた性格の一つというならそのままでいい。そのままで、私の所へいらっしゃい」
「だめ! 近づかないで!」
「瞳子ちゃん!」
「私が養子だったって知らなかったのはわかりました。だからもうそれでいいじゃありませんか! 話はおしまいです!」
「そんなに同情されるのがいやなの? じゃあ、大切なお母さんのことを『この人はかわいそうな人』なんてどうして言うの?」
「そ、それは……」
「ね、ちゃんと話してないのよ。瞳子ちゃんの方も対等に話してないの」
「それは祐巳さまと関係ないじゃないですか。とにかく祐巳さまに気にしていただくようなものは私はなにも持ってないんです!」
「それじゃだめ! また仮面の奥に籠もっちゃうつもりなの?」
「だめ! 近づかないで! 祐巳さまと話していると、くじけるから! 近づかないでください!」

「しょうがないわね。私は帰るわよ」

「……」

「またかっかしちゃってるのね。もう一度そこで百数えなさい」

「あ、祐巳さま」


「いち、に、八十一」
「ぜーぜーぜーなにしてるの、って、やるだろうと思った〜〜。もう校舎の陰からダッシュで出てきたじゃないの」
「乃梨子!」

「で、またなにしてんの?」
「乃梨子!」
「そうやってレオタードでうずくまって数かぞえてると、『考える人(ドリル付)』みたいなんだけどさ」
「乃梨子! 乃梨子! 乃梨子! 乃梨子!」





†  †  †

はー、書いちゃった。
それじゃ、新刊読みましょうか
うん


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