『仮面のアクトレス』より
瞳子ちゃんが生徒会役員選挙に立候補した。
祐巳さんは頭の中が真っ白になったようで、ひたすらうろたえている。
そして由乃さんが、キレた。
「もし瞳子ちゃんが万が一当選したら、私たちの誰かが落選するってことなのよ。志摩子さんはそんなことを許していいと思っているの?」
そう勢い込む由乃さんに対して、志摩子は首をゆっくり横に振った。
「でも、私たちが正義ではないわ」
瞳子ちゃんが当選しても、それが悪いことではないし、許す、許さないという話でもない。
その言葉はだが、由乃さんをさらにヒートアップさせただけだった。
「私はただ、大好きな仲間たちと離れたくないだけなの」
由乃さんは凄い勢いで機関銃のようにまくしたてる。
その内容はともすれば我儘と紙一重だったけれども。
「みんなが志摩子さんみたいに、他人のことを思いやって発言ばかりしていられないっていうの」
どうだとばかりにふんぞり返る由乃さんに対して。
志摩子はびっくり目になって固まっていた。
由乃さんの勢い、もそうだけれど、それはいつものことだ。
むしろ驚いたのは。
まるで自分の心を言い当てられたようだったから。
まず道理を考えてしまうのが自分の悪い癖だ。いや、それが悪いというわけではないのだろうけど。
自分の言ったことが間違っているとは思わない。
ただ、いつでもまっすぐに、(コースを外れることはあるにせよ、だけれども)自分の感情に正直な由乃さんが眩しかった。
―― 大好きな仲間達と離れたくないだけ ――
まったくもって同感だった。
それは志摩子自身が思っていても口には出せなかったことだから。
「……由乃さんの、そういうところ好き」
「えっ!?」
なぜかまわりは驚いていたようだけれど、志摩子は気にしていなかった。
由乃さんの言葉が自分達に向けられていたのが、嬉しかった。
今ではそれほどでもないけれど、志摩子はかつてひどく近寄りがたいイメージを持たれていた。
一人でいることに苦痛を感じなかったことが拍車をかけ、よりいっそう見えない壁のようなものをまわりに感じさせていたらしい。
らしい、というのは志摩子には自覚が無かったから。
そういったこともあってか、志摩子自身に今の由乃さんのような勢いでずけずけと言ってくる人はあまりいなかった。
しいていえばイタリアに留学した静さまくらいだったろうか。その静さまとも今では文通するくらいに親しくさせてもらっている。
踏み込まれることは恐怖だった。
けれども、それは決して不快なことばかりではない。むしろ心地よく感じることさえあった。今の由乃さんの言葉のように。
だから、自分自身にも言い聞かせるように。
「これからも、自分の意見をはっきり言い合いましょうね」
そう言って、志摩子は由乃さんの手を取った。
実のところ、どこかずれたこの天然っぷりもある意味近寄りがたい雰囲気を助長させ、まわりをひかせる一因になっていたりしたのだが、もちろん志摩子は気付いていなかった。