目が覚めると、蓉子は見知らぬ天井を眺めていた。
少なくとも、ここは自宅じゃないな。なんて感想が浮かぶのは、やはり寝起きだからだろうか。
「あ、よっこ起きた?」
「やっぱり一番先に寝ちゃったわね、蓉子ってば」
そんな寝起きバッチリ寝癖バッチリな蓉子の耳に、聞き覚えのある声が2つ聞こえる。
長い間連れ添った、友人の声だ。
「…聖に、江利子?」
「……これは、そうとう酔ってるみたいね」
「もしくは、寝起きの蓉子はいつもこんな感じ。って可能性もあるわ」
2人の楽しそうな声が聞こえるが、あまり頭には入ってこない。
酔う?そう言えば、少しばかりお酒を嗜んだかもしれない。
寝起きが悪い?いままで言われたことは無いけど、もしかしたらそうかもしれない。
しかしまぁ。そもそもそんな思考をしている時点でいつもの蓉子ではないのは、本人ですら自覚できた。
「……ちょっと、水をちょうだい」
「はいはい。っと」
蓉子の言葉に、聖は仕方なさそうに立ち上がりキッチンへと歩いていった。
蓉子は上半身を起こし、改めて部屋を見回して見る。
自分の部屋では無いが、見覚えのある部屋。
そして、最後の江利子と視線が合う。
「……ここは、どこだったかしら」
その言葉に、江利子はプッと噴き出し、次の瞬間には大爆笑をしていた。
さすがに思考能力が低下した蓉子でも、これにはカチンときた。
「何を笑ってるのよ」
「だ、だって…ぷぷ。蓉子ってばあまりにもいつもの蓉子っぽくないから…ぷぷぷ」
江利子の笑いは止まるわけもなく、水の入ったコップを持ってきた聖はそんな江利子を怪訝な目で見た。
「どうしたの江利子」
「蓉子がね、なんでここに居るのか分からない。って言うから」
ニヤニヤしながら、江利子は聖に告げる。
聖はと言えば、江利子みたいに笑いこそはしなかったが、明らかに呆れた。という顔で蓉子を見ていた。
「ちょっと蓉子。それ本気で言ってるの?」
「……水を飲めば、目も覚めるわよ」
なんとなく。というか、明らかに今の自分は異常をきたしているのが僅かながら理解しだした蓉子は、少し頬を染めながら
聖からコップを奪い取って、一口飲んだ。
それを同時に、聖が仕方なさそうに口を開いた。
「ここは私の部屋で、蓉子が私の誕生日を祝う。って言うから集まった。っていうのは、思い出せた?」
奇しくも、蓉子がバッチリと目を覚ましたのと、聖の言葉が終わったのはほぼ同時だったとか。
「あぁ、そう言えば、そうだったわね」
おおよその事態が飲めた事で、今までの自分の言動を恥ずかしく思った蓉子は、苦し紛れに時計を見た。
午前5時。まだ少し目が覚めてないのか、分針は見えない。そして、まだ日が出ていない。
「えっと、確か12時回ってからケーキを食べて…聖がシャンパン出してきて……よく見たらそれが普通にワインで…」
「やっと思い出せたかしら?」
江利子のニタニタ顔が蓉子の眼前まで迫る。何か言いたいけれど、言えない。
しかしよく見れば江利子の顔も真っ赤まではいかないにしても赤いみを帯びている。
この娘も、そうとうに酔っているとみえる。
「…江利子も、水飲んだら?」
「あはははは!! うん、そうする」
バカ笑いしてた割には、案外冷静で。江利子はさっさと1人でキッチンまで歩いていった。
ふと見ると、いつのまにか聖はコタツに入っており、いつのまにかベットの上にいた蓉子と視線が合った。
「それにしても、久しぶりに会ったっていうのに、なんつーかさ。みんな変わんないねぇ」
そして、聖はつぶやくように。懐かしむようにそう言った。
「…久しぶりって言っても、けっこう会ってる気はするけどね」
そこに水の入ったコップを片手に、壁にもたれ掛かるように立っている江利子が口をはさむ。
自慢のデコも、ボサボサになった髪であまり見えない。
「そりゃあまぁ、私らの友情のなせる技じゃない?久しぶりに会ってもそう感じない。ってのはさ」
聖が冗談交じり。といった口調で言うが、蓉子はそれはそれで合っているんじゃないかと思えた。
だけどそれを口に出す気恥ずかしさと、なんだか自惚れているようで私らしくないという思考回路が発動して、口には出さなかった。
「それはそうと、聞いたわよ江利子。貴女また由乃ちゃんにちょっかい掛けてるんでしょ?」
「ちょっかいだなんて。孫の妹問題について真摯に考えてるだけよ。あぁでもしないとあの子は動かないんじゃないかと思ってね」
唇の端を上げながら、江利子は聖と同じくコタツに潜り込んだ。
蓉子はそれは嘘だと思った。江利子が一番由乃ちゃんの猪突猛進ぶりを理解しているわけだから。
単に面白がって。っていうのが本心だろうし、そうじゃなくても50%は入っているだろう。
「あまりあの子達に変な影響与えちゃダメよ。私達はもう卒業してるんだし、出張っちゃあの子達のためにならないわ」
「そういう蓉子だって。蓉子の考えた『開かれた山百合会』ってのがすっかり祐巳ちゃんに浸透してるって聞くけど?」
それとこれは別じゃないか。そもそもどこの誰から聞いた話なんだ。と蓉子は思ったが、
江利子も分かってて言ってる事だろうから、口には出さなかった。
「まぁ、一番影響残したのは私だけどねぇ」
「偉そうに言う事か」
しかもその影響はリリアンの生徒らしからぬものだと記憶しているのだけれど。
「でも不思議だねぇ」
1人だけベットにいるのも何なので、さっさと蓉子がコタツに移ったとき、聖が口を開いた。
どこか、感慨深そうに。
「何がよ」
「私達が思い出だと思ってる場所でさ、思い出になってる人たちの間にも私達が存在する。ってさ、なんか不思議じゃない」
まぁ当たり前なことなんだけど。改めて言われるとそうかもと思ってしまう。
思い出の中のいる人の中にも私達が存在してて。つまり私達もふくめて『そこ』は思い出なんだろうか。
とか、考えてしまうのは多分まだ頭がちゃんと目覚めてないからだろうな。と蓉子は思った。
「まぁ、高校生での生活を思い出にするには、まだ私達は若すぎると思うけどね」
江利子はそう言いながら、コタツの上に置かれていた残ってた食べかけのケーキを一口食べた。
「それもそうね。聖、まだ思い出話をするには若すぎるわよ」
「今日で一応、一歳年取ったんだけどなー」
頭をかきながら、照れるようにする聖。こんな聖を見るのは珍しくて、ちょっとだけおかしかった。
「…ん。日が出てきたみたいだね」
頭をかいたままの聖が、ふと窓から外を見ると。僅かだけれど明るくなっている空が見えた。
「………日の出、見よ」
「…蓉子。初日の出じゃないんだからさ」
言いながらも、江利子はちゃんと立ち上がっていた。ただの気まぐれか、それともコタツで談話する事に飽きたのか。
まぁどっちでもいい。とばかりに蓉子も勢いよく立ち上がり、一回大きく伸びをした。
「ほら、聖も」
「ちょっとタンマ」
まだコタツが名残惜しいのか、一度コタツに深くもぐりこむと、聖は反対側からニョキっと出てきた。
「よし、行こ」
なぜかそれだけで聖は和やかな顔つきになっていた。未だに、たまに聖のすることは理解できない蓉子だった。
ベランダに出ると、建物の合間から登ってきたお日様が見えた。
なんとなく、いい光景だなぁ。なんて、蓉子らしからぬ曖昧な感想がもれた。
「まぁ確かに、なんとなくいい光景よねぇ」
江利子もそれに相槌をうつ。聖は黙って、ベランダの柵にもたれ掛かってお日様を見ていた。
そこでふと。そう言えば言ってなかった事があったと蓉子は思い出し、聖の肩をゆすった。
「ん、何?蓉子」
「遅れたけど、お誕生日おめでとう。聖」
言われた本人はというと、ポカンとした表情だった。
もしかしたら、言われた本人も言われてない事を忘れていたのかもしれない。
「そう言えば言ってなかったわね。おめでとう、聖」
それに続いて、江利子も聖を見て、微笑んでそう言った。
聖の誕生日を祝う為に集まって、その事を祝うのを忘れるなんて、本末転倒もいいところだ。
さて。祝われた本人はと言うと、ちょっとの間の後。本当に忘れていたのかどうか分からないけど、
どこか気恥ずかしそうな顔で、こう告げた。
「じゃ、ちょっと早いかもしれないけど、おはよう。2人とも」
流石の蓉子と江利子も、この発言には呆気に取られてしまう。もしかしたら聖流の照れ隠しなんだろうかとすら思える。
そしてまぁ、なんというか、やっぱり、未だに聖の事がたまに分からなくなるなぁ。なんて、思った夜明けだった。