【2087】 小笠原家のチカラ  (杏鴉 2006-12-28 13:00:25)


『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズ

これは『ひぐらしのなく頃に』とのクロスオーバーとなっております。惨劇は起こらない予定ですが、どうぞご注意を。

【No:2006】→【No:2025】→【No:2032】→【No:2038】→【No:2055】→コレ






――ハジマリ――



「……連続姉妹失踪事件?」

……失踪? どうして祥子さまや記念碑の話をしてくれるはずの蓉子さまが、そんな事を言い出すのか理解できなかった。
いや、そもそもリリアンでそんな事が本当に起こっているのだろうか……?

「聞いた事は……なさそうね」
「はい。あの、その失踪事件って――」

祥子さまと何か関係があるのか尋ねようとしたが、蓉子さまの真剣な声に遮られた。

「祐巳ちゃん。私は今から祐巳ちゃんにとって、とても不愉快な話をするわ。今ならまだ何も知らないままでいられるけど……どうする?」

私の頭の中で警報が鳴り響いている。
この人の話を聞いてはならない。聞けば後戻りできなくなる。引き返せ。引き返せ!

「……お願いします。蓉子さま」

しかし私はそれを無視した。
もし聞きたくない、と言ったとしても蓉子さまは怒ったりしないだろう。でも話を聞く機会は二度と訪れない。それは蓉子さまの目を見れば分かる。
これは祥子さまの不可解な言動の訳を知る、最初で最後のチャンスなのだ。
昨日の事を忘れ、何食わぬ顔で過ごすなんて器用な事、とてもじゃないが私にはできそうにない。
明日……いや、これからもずっと祥子さまの……お姉さまの傍で笑っている為に、私は話を聞くのだ。蓉子さまが何を話そうと、私のお姉さまへの思いは変わったりなんかしない。絶対に。

「――分かったわ。でも、もし嫌になったら言って。すぐに止めるから」
「はい。……大丈夫です」

私の決意を見て取った蓉子さまはそれ以上何も言わず、深くうなずいた後ゆっくりと語りだした。

「まず、祐巳ちゃんが見た記念碑だけど、あれはリリアンと花寺学園の合併・共学化計画が撤回された記念に建てられた物なの」
「……え? 合併?……共学?」

そんな話初めて聞いた。祐麒からも何も聞いていないし……。

「祐巳ちゃんが知らないのも無理はないわ。この計画は一般生徒には伏せられていたから、知っていたのはシスターと先生方を除けば、山百合会のメンバーくらいだったもの。祐巳ちゃんはまだその頃、中等部の生徒だったしね」

詳しい話を聞くところによると、共学が考えられていたのは幼稚舎から高等部までらしい。大学は学部の問題があるので見送られたそうだ。
学校側は生徒の意見も取り入れたいと考えたが、本決まりでもない(しかもかなり大きな)話を大っぴらに公表するわけにもいかず、幼稚舎から高等部までの生徒の代表として山百合会に密かにコンタクトを取っていたそうだが……。
本当にそんな話が……? だいたい花寺とリリアンって宗教がまったく違うんだけど……。マリア様の隣にお釈迦様が鎮座されている構図はシュールにもほどがある。誰が何の為にそんな計画案を出すというのか……? でも蓉子さまが嘘を言う筈がないし……ん? ちょっと待って、リリアンと花寺が合併する計画があって、それが取り止めになったんだよね?……なんで記念碑を建てる必要があるんだろう?

「祥子よ」
「へ?……あ、あの……何がですか?」
「だから記念碑を建てたの。今、祐巳ちゃんなんで記念碑なんて建てたんだろう、って思ってたでしょう?」
「……………………」
「話を進めるけれど、良いかしら?」
「……はい。どうぞ」
「祐巳ちゃんも知っての通り、祥子って男嫌いでしょう? 学園から話を聞かされた時の祥子の荒れようといったら、もう……大変だったわ」

遠い目で呟く蓉子さま。疲れた顔をしているのに、口元がうっすら笑っているところがかえって恐ろしい。

「祥子ったら計画に反対している先生方やシスターをまとめ上げて爛螢螢▲鷭学園死守同盟瓩覆鵑討發里泙悩遒辰討諭帖帖勝手に薔薇の館を同盟本部にしちゃうし……お姉さま方は面白がって止めてくれないし……! 江利子はあっちの方が楽しそうだ、とか言って仕事しないし! 聖なんか薔薇の館に来もしないのよっ!」

――ダンっ!!

喋っているうちにヒートアップしてきた蓉子さまは、水を勢いよく一気飲みして、グラスをテーブルに叩きつけた。
うぅ……怖いよぅ、怖いよぅ。
縮こまってカタカタ震えていると、そんな私の様子に気付いた蓉子さまがあわてて謝ってきた。

「あ……ご、ごめんね祐巳ちゃん。大丈夫だから、もう大丈夫だから。そんな襲われかけてる人みたいな目で私を見るのは止めて……お願い」
「はぃ……」
「……話を続けるわね。とにかく圧倒的に反対する人が多かった事もあって、計画は撤回されたんだけど――」

そうでしょうねぇ……。むしろ即、棄却されなかった事の方が私は驚きです。

「なんて言うか……こういう言い方は不謹慎かもしれないんだけれど爛螢螢▲鷸犲蘰洩銑瓩粒萋阿辰討いΔ里蓮一種のお祭り騒ぎのような側面もあってね。ほら、先生とシスター、そして限られたメンバーだけとはいえ生徒という異なる立場の人間が一致団結する事なんて、滅多にないでしょう?」

あぁ、それはなんとなく分かる気がする。一つの目的の為に皆で頑張って何かすると自然と仲間意識が芽生えたり、連帯感が生まれたりするものだ。体育祭や、文化祭みたいなものだろう……う〜ん? ちょっと違うかな?

「いいえ、違わないと思うわ」
「……………………」
「それでね、勝利の記念に何か残したいって盛り上がっちゃってね。祥子がそれなら記念碑を建てましょうとか言い出して……皆まだ興奮状態だったから、あれよあれよという間に決定しちゃったのよ。でもああいう石碑って完成するまでに結構な時間がかかるでしょう? 仕上がる前に、皆冷静になって後悔しだしたの」

そりゃあそうでしょうね。せっかく一般生徒に秘密にしていたのに、記念碑なんて建てちゃったらバレバレですもんね。なんで当時の薔薇さま方や蓉子さまは止めなかったんだろう?

「お姉さま方は最初から止める気なんてなかったみたいだし、私には止められなかったわ……」
「……す、すいません」
「いいのよ……。それで記念碑なんだけれど、まさか制作途中でキャンセルするわけにもいかないじゃない? 仕方がないから高等部の敷地の外れ……普通は誰も行きそうにないあんな場所に、隠すように建てたという訳よ」

蓉子さまは苦笑しつつ「さすがにあの時は、祥子も悪ノリし過ぎたって反省していたわね」とどこか懐かしそうに言った。

――あれ? じゃあ、ひょっとしてお姉さまが記念碑の事に触れらるのを拒絶したのって、若気の至りを妹に知られるのが嫌だったから……?
なんだぁ……そっか、そうだったのか。別に気にする事ないのに。でもそういうのを気にするのもお姉さまらしいなぁ。
私は自分で勝手に結論を出し、そっと笑みをもらす。

「――祐巳ちゃん」

ふいに名前を呼ばれ、私は笑みをもらしたまま蓉子さまを見た。きっと蓉子さまも同じような顔をしていると思っていたから。
けれど現実は違った……。蓉子さまは笑ってなどいなかった。

「……え?」

私はとっさに顔を引き締める事ができず、口元だけ笑みの形を残し疑問の声を上げた。さぞ奇妙な表情だったろうと思う。
だって、私の顔を見た蓉子さまが、少し辛そうな顔になったから。

「ごめんなさい祐巳ちゃん。話はこれで終わりではないの……」
「えっ……と、それはどういう……」
「連続姉妹失踪事件」
「あ……!」

そうだ。すっかり忘れていた。最初に蓉子さまが言っていたじゃないか!

「ここ数年ね、リリアンで姉妹を解消して狹捷鮫瓩靴討靴泙辰神古未何人かいるの。私は在学中からこの件について調べているのよ」
「……え? あ、あの……転校なら失踪事件ではないのでは?」

姉妹を解消した、というのは驚きだが……それってリリアンに居辛くなって転校しちゃったって事だよね? 失踪とは違うと思うんだけど……。

「えぇ、確かにそうね。狹捷鮫瓩靴真佑燭舛漏А△ちんと転校手続きを済ませていたわ。だいたい誰にも何にも言わずに人が消えたりしたら、大騒ぎになって警察が調べているわ」
「そ、そうですよね! じゃあ、やっぱり失踪なん「でもね――」」

私の言葉を遮った蓉子さまの声は、まるで怪談話でもしている時のように底冷えのするものだった。
いったい蓉子さまは何を話そうとしているのだろう……? 先の見えない会話が、今ほど恐ろしいと思った事はない。

「見つからないのよ。皆」
「……え?」
「きちんと転校手続きもして、書類上は何の問題もないの。でもその後の消息が一切つかめないのよ。どこの学校に転校したのか……どこの地域に引っ越したのか……まったく分からないの」
「……で、でも! プライバシーの問題なんかで伏せているだけかもしれませんよ!?」

私はむきになって蓉子さまに突っかかった。何故かそうしなければいけないような気がしてならなかった。
頭の中の警報がさっきから最大ボリュームで鳴りっぱなしになっている。
――ウルサイ、ウルサイ! 誰かこの音を止めて……。

「……そうね。確かにいくら薔薇様とはいえ、ほとんど交流もしていなかった生徒の個人情報を、簡単には教えてくれないでしょうね」
「そ、そうでしょう!?」
「でも、非常に親しい間柄だったならどうかしら? たとえば友人や……姉妹」
「え? で、でも転校した人たちは姉妹を解消したって……?」
「順当にいけば、もう一人いるじゃない。去年、紅薔薇一家は三人いたでしょう?」
「あっ! そっか……」

確かに……いくらなんでもケンカ別れしていない方の姉妹には、連絡先くらい教えそうなものだ。
特にニ年生の場合は、直接ロザリオの授受を行った相手がもう一人いるのだから。
しかし、それを認めてしまうのが怖い私は食い下がった。

「でもっ! 本当は連絡先を教えてもらっているのに、蓉子さまには知らないって言っているだけかもしれないじゃないですか!?」

無茶苦茶だ。これじゃあ、子供が駄々をこねているのと一緒じゃないか……。
私は自然と頭を垂れてしまう。いっそ叱りつけてほしいと思った。なんて口の利き方をするのか!?……そう、怒鳴りつけてほしかった。
けれど蓉子さまは優しくこう言った。

「もう止めにする?」

ふいに、小さかった頃を思い出した。
自転車に乗る練習をしている時、教えてくれていたお母さんに蓉子さまと同じ事を言われた。
あの時、上手く乗れずに何度も何度も転んで……泣きながらまた自転車にまたがっては、転んで……。
その繰り返しだった。先に乗れるようになった祐麒が羨ましくて、悔しくて、私は必死に頑張ってた。
それなのにお母さんは……

『そんなに辛いなら、今日はもう止めにする?』

そう言った。今の蓉子さまと同じように、とても優しい口調で。
その言葉を聞いた途端、子供だった私は大泣きしてしまい、お母さんをずいぶん困らせてしまった。
優しさは時に悪意よりも人を傷つける。
傷つかない為に張り巡らせたバリケードなんて犹笋砲牢愀犬覆い茘瓩肇好襯蠅板未衄瓦韻董帖朕瓦膨樟楙弖發鬚△燭┐襪ら。

「――どうする祐巳ちゃん? もう嫌?」

蓉子さまが再び尋ねてくる。その声に焦れている感じはまったくない。
きっと蓉子さまは私が結論を出すまで待っていてくれるのだろう……続けるにせよ、止めるにせよ、私自身が選ぶまでずっと。

私は静かに首を横に振った。

「……続けるの?」
「はい」
「本当に良いのね?」

私は蓉子さまの目を見て力強くうなずいた。
大丈夫。大丈夫だ。私はもう、あの時泣いていた私ではないのだから……きっと大丈夫。

「そう、分かったわ。……祐巳ちゃん、江利子の事は覚えているわよね?」
「え? あ、はい。もちろん」

蓉子さま、聖さまと同じく薔薇の名をお持ちだった方だ。……そして最後の黄薔薇さまでもある。
江利子さまは姉妹をお持ちではなかった。しかも在校生は誰も選挙に立候補しなかった為に、黄薔薇さまの枠がぽっかりと空いてしまったのだ。
去年まで薔薇の館で咲いていた三色の薔薇は、今年は紅と白の二色だけになっていた。

本当は江利子さまにはちゃんと妹がいたし、妹の妹……蓉子さま流に言うところの孫までいたそうだ。
でも二人共、転校してしまったらしい。私がまだ薔薇の館に出入りする前の話だから詳しい事は知らないけれど…………あれ?……狹捷鮫瓩辰董△泙気……?

「そうよ。江利子の妹である令と、孫である由乃ちゃんは姉妹を解消し……狹捷鮫瓩靴拭F鷽佑両誕は江利子も知らないそうよ」

頭の中の警報が、その凶暴な音で私の脳細胞を破壊していく……。
――早く、早く止めないと!

「……いったいリリアンで何が起こっているのですか?」
「それを私も知りたいのよ。祐巳ちゃん、私に協力してくれないかしら?」
「協力……ですか? 在校生に協力を仰ぐのは分かりますが……それなら私なんかよりお姉さまの方が頼りに――」

そこまで喋った時、私はある恐ろしい可能性に気付き、言葉を止めた……。

頭の中の警報が狂ったように鳴り響いている。
――ウルサイ! ウルサイ! 頭が割れるっ! 誰か! 誰かこの音を止めてっ!

「……祥子には頼めないわ。だって一番疑わしいのが祥子ですもの」

次の瞬間、頭の中の警報は事切れたように沈黙し、静寂が訪れた。
――あぁ、そうか……危険を知らせる必要がなくなったんだね……もう手遅れだから。





一つ戻る   一つ進む