『つるぺた、なんて、気にしーないーわ♪』
リリアン女学園は放課後の薔薇の館。
ビスケット扉の向こうから、何やら聞いたことのある声で、何やら聴いたことがあるフレーズの歌が聞こえて来た。
『青信号(イケイケ)、だってだってだって、お気に入り〜♪』
「なんちゅー歌を歌ぉとるかぁ!?」
扉をバタムと開けて、歌っていたであろう人物、すなわち中等部三年生、有馬菜々にビシと指を突きつけたのは、高等部二年生、黄薔薇のつぼみ島津由乃。
「あ、由乃さま。ごきげんよう」
「はいごきげんよう……じゃなくて、一体誰の歌を歌ってるのよ!? いきなり嫌味!?」
「嫌味、って仰られても……。由乃さまって、『つるぺた』なんですか?」
「どうしてそっちを選ぶ!? 『青信号(イケイケ)』の方に決まっているしょう!?」
「えー? でも……」
不思議そうな顔で菜々は、由乃の襟元に人差し指を引っ掛け、少し引っ張りながら、胸元を覗き込んだ。
「………」
一瞬何をされたのか分からず、胸元を覗く菜々を、きょとんとした顔で見る由乃。
「………、何、してるの?」
「大丈夫です!」
グッと握り拳を作る菜々。
「何が?」
「女の価値は、胸の大きさじゃありません!」
「余計なお世話よぉおおお!?」
「そうですよね? 祐巳さま、志摩子さま」
「へ?」
そこでようやく由乃は、この部屋に菜々以外の人物が居ることに気付いた。
入って早々、菜々に気を取られていたので、気付くのが遅れたのだ。
苦笑いで佇む、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳と、白薔薇さま藤堂志摩子。
『ごきげんよう、由乃さん』
「居るならそう言いなさいよ!?」
「そんなこと言われても……」
「ねぇ?」
言いがかりに近い由乃の言葉に、首を傾げながら顔を見合す祐巳と志摩子。
「さて祐巳さまは、どんな感じでしょうかぁ?」
「って、ちょっとぉ!?」
イタヅラを思い付いた子供のような顔で菜々は、今度は祐巳の胸元を覗き込んだ。
まさか自分にやられるとは思ってもいなかったので、抵抗する暇がなかった。
「ほほ〜ぅ……。祐巳さまもまぁちょっとアレですが、由乃さまは……」
真っ赤な顔で硬直している祐巳を尻目に、気の毒そうな表情で、由乃を見やる菜々。
「何が言いたいの!?」
「ごきげんよう。誰が大声で騒いで……」
扉が開き、姿を現したのは、白薔薇のつぼみ二条乃梨子。
「あ、乃梨子さま。ごきげんよう!」
「あれ、菜々ちゃん?」
「丁度良いところに! 良いですよね?」
「何が?」
「白薔薇のつぼみの了承も得たことだし、遠慮はいりません。やぁ〜」
「了承なんてしてないし何の話……って、あーーーーー!?」
菜々を指差し、絶叫する乃梨子。
なんと菜々は、志摩子の胸元を引っ張り、背伸びしながらその中を覗き込んでいたのだ。
「アンタ、私の志摩子さんになんてことを〜〜〜!?」
「……“私の”?」
祐巳がボソリと呟いたが、誰の耳にも届いていないようだ。
「そんなことより、こ、これはぁ……!?」
志摩子の胸元を覗き込んだまま、驚く菜々。
「スゴイです! パラダイスでヘヴンでユートピア! 乃梨子さま好みの言い方をすれば涅槃です!」
なんだかワケが分からん驚き方の菜々。
「これは由乃さまには絶対に無い……」
「やかましわぁああああああ!?」
「ホラ乃梨子さま、何を呆然としているのですか。このたわわに実った大きな果実! 今が食べ時ですよ!」
「あの、あん、菜々ちゃん?」
絶叫している由乃は放置したままで菜々は、志摩子の背後に回り込み、その双丘を両手でたふたふさせながら、乃梨子を煽る煽る。
乃梨子は、志摩子というエデンに成る禁断の果実から、目を離すことが出来ない。
そのまま、フラフラと志摩子ににじり寄った。
「ごきげんよう」
その時、挨拶と共に扉をくぐり抜けたのは、紅薔薇さま小笠原祥子。
「あ、紅薔薇さま。ごきげんようございます!」
「あら菜々ちゃん、来てた……」
皆まで言わさず、菜々は祥子の胸に飛び込んだ。
かなりの身長差があるので、菜々の顔が豊満な胸に埋もれる。
「………」
「………」
二人とも、しばしの沈黙。
祥子は、何が起こったのか認識できていないらしく、菜々もしばらく硬直していたが、やがて動き出したかと思うと、祥子の胸に顔を埋めたまま、左右からパフパフした。
「……ええと、菜々ちゃん?」
祥子は、少し赤らめた困り顔で、そこまで言うのがやっとの様子。
「スゴイです祥子さま! ダイナマイトでボンバーでエクスプロードです!」
再び、ワケが分かんない驚き方の菜々。
「爆弾で爆弾で爆発。意味分かんないわよ」
拗ねた様に、ツッコミを入れる由乃だったが。
「こっちがダイナマイト」
祥子の右胸を、ポヨンと持ち上げる菜々。
「こっちがボンバー」
今度は左胸を、タユンと持ち上げる。
「これらが内側から張り詰めて、今にも爆発しそうな勢い! これは由乃さまには絶対に無い……」
「いい加減にしろぉおおおおおおおおお!?」
「ホラ祐巳さま、この衝撃を体感するのは今がチャンスですよ!?」
無理やり祐巳の手を取って、祥子の胸に押し付ける菜々。
『………』
無言で見詰め合う、祥子の胸に手を当てた祐巳と、祐巳に胸を触られた祥子。
そんな二人を見て、満足そうに頷いた菜々は、
「大丈夫です由乃さま!」
「今度は何よ?」
「小さい方が、感度が良いって言いますから!」
グッと右手でサムアップサインを出し、ウインクする菜々に対し由乃は、
「大概にしろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
恐らく、人生で最大の叫び声を上げた。
薔薇の館から響く謎の雄叫びに、近くを通りかかった生徒たちは、一様に首を傾げていた。