このお話は最新刊
マリア様がみてるーークリスクロスーー
のネタバレを含みます。未読の方はご注意下さい。
ただし未読でもこのお話を理解する妨げにはならないと思います。たぶん。
☆ ☆ ☆
「ルンルンルン♪」
よく晴れたいつもと同じ寒い朝だけど、自分も、周りの生徒達もいつもと違って今朝は少しだけ気分が沸き立っていた。だって今日は楽しいバレンタインデーなのだから。
お姉さまにはいつチョコレートを渡そう。午後の部活の時? それとも今から教室まで行っちゃおうか。
☆ ☆ ☆
昇降口で上履きに履き替え、チョコレートが入った手提げバッグを抱えて浮かれ気分で教室へ向かおうとすると、二年松組の靴箱の前で我が親友にして来期の紅薔薇さま、福沢祐巳さんが固まっていた。
どうしたんだろうと背後から様子をうかがうと、どうやら靴箱の中に心当たりのないプレゼントが入っていて困惑しているらしい。私はそれを見てすぐにピンときた。
(ははぁーん。さては祐巳さんファンの一年生あたりが入れておいたのね)
思えば祐巳さんは一年の秋、小笠原祥子さまの妹に大抜擢されるまでは冴えないただの一般生徒(笑)だったのに、今や高等部で五本の指に入るほどの人気者だ。でも祐巳さんはそれを鼻に掛けることもなく、初対面の人ともすぐに打ち解けるような、持ち前の親しみやすさを失うこともない。そんなところが親友としてちょっぴり誇らしかった。
「あらー、祐巳さんモテモテねぇ」
笑いながら声を掛けると、祐巳さんはびっくりしたようの振り返った。
「えっ!?」
「えっ、て何よ。バレンタインデーでしょうが、今日は」
私は自分の手提げから、お姉さまに渡す予定のチョコレートを取り出して「ね?」と言った。祐巳さんはそこでやっと合点がいったらしい。
「ってことは……?」
「チョコレートでしょ、祐巳さん宛の」
それでもまだ思案顔でぐずぐずしている祐巳さんを押しのけて、下駄箱から包みと紙袋を取り出すと「ほら」と差し出した。やっぱり入れ間違いではなかった。その証拠にどちらもちゃんと『福沢祐巳さま』と宛名書きがしてある。
そこまでしてやっと自分宛だと納得したらしい祐巳さんは、今度は別の意味の困惑からか、上気した顔に手の甲を当てて冷やしている。
考えていることが表情から丸わかりなのは相変わらずで、思わずクスッと笑いを漏らすと。
「ーーこのパターンは、想定していなかったので」
なんて、言わずもがなの事を言う祐巳さん。
「相変わらず、祐巳さんって天然ボケだわね」
あきれたように軽口を叩くと、怪訝な顔で祐巳さんは返す。
「だって。私、妹いないし」
「何、寝ぼけたこと言ってるの。姉妹じゃなくたって、バレンタインデーにはチョコは行き交うものなのよ。去年、身近な人たちで見てたでしょ」
そう、去年のバレンタインデー。
当時紅薔薇のつぼみだった小笠原祥子さまは差し出されるあまたのチョコレートをことごとく辞退して、片や黄薔薇のつぼみだった支倉令さまは、やはり多くのチョコレートをこちらは妹に取りまとめさせて受け取ったという。もはや高等部では知らぬ者のいないほどの伝説だ。つまり薔薇さまやつぼみとはみんなの憧れの的。そういうものだ。
「あ、はあ」
そこまで言っても、祐巳さんは未だに自分がもらうことが信じられないといった面持ちだ。でもそれでこそ祐巳さん。親友のその変わらない謙虚さがうれしかった。
「とにかく、ま、がんばってね」
そう言って祐巳さんの肩を叩き、晴れやかな気持ちで教室に向かって歩き出すと、後ろから祐巳さんの声が追いかけてきた。
「あの」
「ん? 何?」
笑って振り向いた私に、祐巳さんも無邪気にほほえんで一言。
「ご親切にどうもありがとう、見知らぬお方」
「見知らぬお方じゃねぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!!」
……さすがは祐巳さん、あなたのボケはハンパじゃないよ。