【2102】 交響曲君に切ないキスを  (時山 モナカ 2007-01-03 19:55:04)


【No:2089】の本編開幕ですよ〜

 桜の木の下には死体が埋められているとはよく言った話だが、その死体が歌を歌うなどと言う話は聞いたことがなかった。


 ある昼休み二人の生徒が会話していた。
「…ですって。乃梨子さんは聞いたことがありますか?」
「美幸さん。ちょっと話がよく分からなかったからもう一回言ってくれる?」
 話すら聞いてなかったとは言えず、乃梨子はごまかすようにそう言った。
「仕方ありませんわね。」
 ここはリリアン女学園である。上品なお嬢様たちが通っている学園であり、疑うという事をあまりしない人が多いので、二条乃梨子はよくこのような手を使っていた。
「最近講堂あたりで幽霊が出たって言う話があるんですよ。」
「へ〜。どんな感じなの?」
「放課後に講堂の裏手の桜の木の辺りから、何か音楽が聞こえてくるんですって。よく聞いてみるとその音は歌声で、近づいてみるとリリアンの制服を着た女の子が立っていたんですわ。」
「生徒の誰かじゃないの?」
「その方は見てすぐに逃げてしまったから、そうかもしれませんけど…。」
「いいえ。幽霊で間違いありませんわ。」
「と、瞳子さん…」
 よく目立つ縦ロールの彼女は松平瞳子という。
「あんな場所で歌を歌う人なんているはずがありませんもの。」
「それはそうだけど…」
 講堂は高等部の校舎の裏手にあり、人通りはあまり多くない。その裏手ともなれば人はほとんどいない。
「あんな場所にいるのは変質者か、そうでなければ幽霊に決まっていますわ。」
「じゃあ放課後に確かめに行ってみる?」
「ほ…放課後は演劇部の練習がありますので。美幸さん達はどうなんですか?」
「わ…私と敦子さんは聖書朗読のクラブもありますし…」
 完全に二人の声は裏返っていた。
「そ…そうですわ。可南子さんならどうでしょう。」
 名前に出たのは細川可南子。バスケット部に所属しているが、瞳子とは犬猿の仲なので、名前に出るのは難しいことではなかった。
「バスケット部はほぼ毎日活動していますけど…」
「それならいいよ。一人で行くから。」
「「の、乃梨子さん?」」
 二人の声がきれいに重なった。
「一人ではいけませんわ。誰かがついていないと何が起こるかわかりませんわ。」
「そうですよ。あなたが断っても絶対誰かついて行かせますから。」
「じゃあ誰が行くの?」
「「え………」」
「今日がダメなんですわ。日取りを変えてみてはどうです?」
「それがいいと思いますよ。」
「真実を一日でも早く知りたくないの?」
「それは…」
「大丈夫だから。いざとなったら逃げればいいだけだし。」
「じゃ…じゃあ。」
「お願いいたしますわ。」
 声が若干嬉しそうなのが気になったが乃梨子は放課後に一人で講堂に行ってみることにした。

「途中まではついていきますから。あとはお願いしますね。」
 美幸と敦子が少し腰が引き気味ながらも乃梨子につきあっていた。
「本当に一人でいいんですか?」
「あなた達は来れないんでしょ?」
「「はい!」」
「…まあいいけど。他に来れる人もいないしね。」
 そうこういってるうちに講堂の前に着いた。
「では…ここで。」
「頑張ってくださいね。」
 何を頑張ればいいのか分からないながらも乃梨子は講堂の裏手にある桜に近づいていった。
 歌が。聞こえた。
 乃梨子は歌が聞こえる方向に少しづつ歩いていった。ふと歌が止んだ。
 そのとき乃梨子が見たのは、まさに聖母マリアとその母であった。
「「ごきげんよう」」
「ご…ごきげんよう」
 乃梨子の顔は少しひきつっていた。
「この桜を見に来たの?」
「え…ええ」
「そろそろ桜も散る頃だし、いい時期に来たね」
 乃梨子は答えるのに必死で、目的を忘れるところだった。
「そろそろ会議が始まりそうだけど」
「もうそんな時間なんですか?」
「3時55分だから急がないと」
「あ、花びらが」
「取ってくれるのかな?」
 そう言うと短い髪の女性が後ろを向いた。触ってみると温かくちゃんとした人間であることは分かった。もう一人の巻き毛の女性もそうだった。
「時間ないね。志摩子、急ぐよ」
「はい。お姉さま」
 巻き毛の女性がシマコという名前だと分かっただけでも収穫だろう。あまりに綺麗だった二人を思い出しながら、乃梨子はゆっくりと帰り道についた。

続く


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