【2104】 スタミナ抜群さらば夏よ一日デート  (砂森 月 2007-01-04 07:21:05)


※未使用キー限定タイトル1発決めキャンペーン第9弾
 連載向けのキーを1発で引けなかった時は多分こっちになります(笑)



 夏休みの終わりはその人の性格や環境が色濃く出る時期だと思う。例えば残り少ない夏を満喫する人、溜め込んだ宿題に追われる人、新学期の準備をしっかりやっておく人etc.
 他にもここリリアンなら、例えば薔薇さま方は既にリリアン・花寺両学園祭の準備に既に取りかかっていたり。そして私達の場合は。
「とりあえずはこんなところでしょうか」
「そうね、特ダネが入ったらすぐに差し替えられるよう準備だけはしておいて」
「わかりました」
 新学期最初に発行するリリアン瓦版の予定稿を仕上げていた。部長でもあるお姉さまのOKが出て室内の空気がふっと緩む。
「あ、そうそう。ついでだから備品のチェックもしておきましょう。新学期入る前に補充した方が色々と楽だし」
 長期休暇の間なら部に必要な物だけで学校に来られるからと、この際ついでに足りない備品を洗い出してみようとのこと。主だった所ではプリンタのインクや印刷用紙、あとは備え付けの筆記具が少々といった所か。
 一通りリストアップした所でさて誰が行こうということになったのだけど。
「そうね、これなら2人くらいでいいわね。今回は私と真美で行くわ」
「えっ、お姉さま?」
「そういうわけだから他の人は解散。ほら、帰った帰った」
 ゴーイングマイウェイなお姉さまはそうやって勝手に決めると他の部員達を半ば追い出すかのように帰らせた。
「あの、お姉さま?」
「なに?」
「自分で言うのも何ですけど、私体力無しですよ? 買い出しに行くのなら他の部員の方が良かったのでは」
 皆が帰った後に私がそう言うと、お姉さまは微笑みながら「馬鹿ね」と返してきた。
「買い出しというのは口実よ。部活がそれなりに忙しかったし、夏休みの終わりくらいデートしたっていいじゃない」
「えっ」
「まあもちろん覚えてもらいたいこととかもあるけれど。たまにはこういうのもいいんじゃない?」
「……そうですね」
 お姉さまは普段リリアン瓦版の為に走り回っているわけで、当然妹の相手をしている暇があればネタを探し回るような人だから。だからこうしてお姉さまからデートに誘って下さるのは凄く嬉しかった。
「じゃあ集合はM駅の駅ビル2階側の改札口に11時ね」
「はい」
「もちろんいざというときの為に取材手帳と筆記具は持参すること」
「わかりました」
 そのやりとりが何だか可笑しくて。お互い見つめ合った後、どちらからか笑い出してしまったのも、まあ仕方ないかなと思えたのだった。

 翌日、15分前に着いた私は念のため目に付く範囲を一通り観察した。ここはM駅周辺、リリアンの生徒の出没率は結構高いのだ。するとあきらかに挙動不審なお姉さまが1人。
「お姉さま、その格好は一体何なのですか」
「あら真美、ごきげんよう」
「ごきげんようお姉さま。で、その格好は何なのですか」
 せっかくのデートだから少しだけ気合いを入れてきたというのにお姉さまってば、まるで正体をばらさない為に変装しているかのような服装をしていたのだから。その上しゃがんで角の向こうを覗き見なんてしているものだから、端から見れば明らかに怪しい。
「ほら、私が来ていると緊張する子もいるかもしれないでしょ。だから少し気を遣っているのよ」
「はあ」
「それにこの方が何かあった時に追いかけやすいし」
 確かに動きやすそうな服装ではあるけれど。あるいはお姉さまに普通のデートを期待する方が間違っていたのかもしれないけれど。
「さて、先に昼食にしましょう」
「少し早くないですか?」
「それくらいの方が混んでなくていいのよ。さ、行くわよ」
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、お姉さまはいつもの調子でさっさと歩きだすのだった。

 お姉さまが選んだ大衆向けの中華食堂は確かに空いていたのだけれど。
「これは少し頼みすぎじゃないですか?」
「何言っているの、記者は体力勝負なんだから沢山食べて体力つけないと」
 焼き飯定食大2人前+麻婆豆腐は女子高生2人で食べるには明らかに多すぎる気がして。
「と言われましても限界というものがありますよ。それにこの量だと結構するんじゃないですか?」
「まあ食べられるだけ食べなさい。お金は私のおごりだから気にしなくて良いわ」
「でも……」
「いいの。それに1人だとこれが使えないんだもの」
 そう言ってお姉さまが見せてくれた紙には「1500円以上ご飲食の方税込300円引き」と書かれていた。

 結局3:2の割合でお姉さまに少し食べてもらったけれど。
「お姉さま、少し苦しいです……」
「もう、真美ったら。時間もあるし少し休んでからにする?」
「そうして下さい……」
 やっぱり私にあの量はきつかった。というか、大盛りの時点で相当苦しかったのだけれど。
「でもほら、少し早めに入っておくと意外な発見があるでしょ?」
 ほら、例えばあそことお姉さまに言われて見た先には紅薔薇さまと白薔薇さまが仲良く談笑していた。
「本当ですね」
「お昼時になるとどこも混むから、少し時間をずらす人もいるのよ。それに待ち時間も短くてすむから時間のロスも少ない」
「なるほど」
「追跡取材なんかの時は携帯食の方がいいけれど、覚えておいて損はないわよ」
「そうですね」
「もっとも混み始めたらすぐに出ないと怒られるから注意ね」
「分かりました」
 さりげなく取材に関するマメ知識も教えて貰いながら、混み具合とお腹の具合を見計らって私達は店を後にした。

 ちょうど私達がお店を出たのがお昼時だったこともあって、文具売り場にはそれほど人が居なかった。お姉さまはメーカー毎の癖や使い勝手を説明しながら手早く買い物を済ませると、そのままの勢いで近隣一帯のあちらこちらに私を連れ回した。曰く、休日のリリアン生徒の出没ポイントを教えるとかで。

 2〜3時間ほど連れ回された私は、締めの喫茶店に着く頃にはグロッキー状態だった。適当に注文をした後思わず机に突っ伏してしまうくらいに。
「はしたないわよ、真美」
「うーっ」
 何とか体を起こすと、お姉さまはおしぼりで手を拭きながら追い打ちをかけてきた。
「それにしても本当に体力無いわね」
「それは前からご存知でしょうに。それにこれだけあちこち行くのなら買い物は後回しにすれば良かったんじゃないですか?」
「そこはほら、その方が運動にもなるし」
「疲れましたよ……」
 話すついでにため息も出てしまった。
「お姉さまはひどいです」
「何が?」
「せっかくデートだって言うから期待したのに、これじゃほとんど実地研修じゃないですか」
「真美、私を誰だと思っているの?」
「……新聞部部長、でしたね」
 だめだこりゃ。そう思って再び溜め息を吐いたら。
「なーんてね」
「お姉さま?」
 悪戯が成功したような笑みでそんなことを言われて。じゃあ今までのは一体何だったのだ。
「本当はね、真美のことをもっと知りたかったのよ。普段は部活ばかりだし、デートに誘うのも初めてだからどうしたらいいか分からなくて」
「それで体力検査ですか」
「まあ今日はね。やっぱり真美はデスクワーク向きだわ」
「はあ」
「それで、何かリクエストはある?」
「は?」
「デートのリクエストよ。今日は振り回しちゃったみたいだから、今度は真美の行きたい所に行きましょう」
 なーんだ、そういうことだったのか。
 考えてみればいつも部活では一緒だけれどもデートは初めてだったわけで。お姉さまも色々と戸惑っていたんだと思ったらさっきまでの不満は綺麗さっぱり消え去ってしまった。
「お待たせしました」
 偶然なのか様子をうかがっていたのか、ベストタイミングで持って来られた注文を受け取って。色々あったけれどこれはこれで良かったんじゃないかなと思いつつ、次のデートの打ち合わせなんかもしながらお姉さまとのティータイムを満喫したのだった。


8月某日
 お姉さまとの初デートは、はちゃめちゃだったけれど思い返せば楽しいものでした。
(山口真美の日記帳より抜粋)


 ちなみに。
 あの日の話は隣の部屋に筒抜けだったらしくて。蔦子さんがご丁寧にデート写真を持ってきた時のお姉さまのあわてっぷりは、かなり可愛いものだった。


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