【2107】 料理人支倉令の真骨頂  (朝生行幸 2007-01-05 22:10:15)


「そんなワケで、今日はよろしくお願いします」
「お願いします」
 日曜日の朝10時。
 支倉家を訪れたのは、藤堂志摩子と二条乃梨子の白薔薇姉妹だった。
「どんなワケかは知らないけれど、いらっしゃい」
 支倉令は、ある意味珍しい客を、玄関まで迎えに来た。
 いやもちろん、ワケはある。
 志摩子と乃梨子が、料理を習いたいのでお邪魔していいかと聞いてきたので、受験生ではあるけれど、いい気分転換にはなるかなと快く引き受けたのだ。
「それで、一応材料を揃えておいたけど………」
 台所に移動し、エプロンを身に纏い、志摩子がリクエストした材料を前にする三人。
 その中で令は、多少困惑の表情をしていた。
 野菜や調味料は当たり前だからともかく、気になるのはメインの食材。
 それは、今なお伏せた籠の中でゴソゴソ動き回り、しかもコケッコと鳴いていた。
「本当にやるの?」
「はい」
 いつものように、涼しい顔で頷く志摩子。
「まぁ良いけど」
 籠からニワトリを取り出し、両足を持って逆さ吊りにする令。
 羽をバタバタさせながら、暴れるニワトリ。
 羽毛が辺りに飛び散った。
 もう何をやるかお分かりだろう、そう令は、これから生きているニワトリを絞めようとしているのだった。
 令は中等部に居たころ、校外活動であるアウトドア教室に参加したことがあり、そこでは結構アメリカンな形式だったので、かなりワイルドな獲物の取り方、絞め方捌き方、調理方法等を教わったのだった。
 その話を、令の妹─島津由乃─から聞き及んだ志摩子は、一応自らのスキルアップという名目で、令に師事することにしたのだった。
「でも、良いの? 仏教では殺生は禁止なんじゃないの?」
「大丈夫です。実家はお寺ですが、私は仏教徒ではありませんので」
「クリスチャンだって、やっぱり拙いんじゃないかな」
「いいえ、生きるため、食べるための殺生なら、キリスト教でも許されているのはご存知でしょう」
「あぁ、それもそうか」
 納得した令は、改めてニワトリをしっかり持つと、その首にもう片方の手を添えた。
「それじゃ、行くよ」
「ええ」
「はい」
 若干の緊張を含んだ令の言葉に、同時に頷く志摩子と乃梨子。
「えいっ、と」
 ボリンという嫌な音と共に、コキンと意外に軽い手応えを伴い、ニワトリの首はあっさりと圧し折れた。

「令さまは、相手を動けないように押さえ付けると、口元に愉悦の笑みを浮かべながら、その首を躊躇うことなく曲げ捻って圧し折り、息の根を止めてしまいました……」

「……なんだかスゴイ不穏当な表現が聞こえたんだけど」
「お気になさらず。令さまの行動を、復唱して覚えようとしているだけですから」
「そう?」
 釈然としないながらも、突っ込むのもなんだか怖いので、流すことにした令。
「それじゃコレは、しばらくこのまま置いておくよ。心臓が完全に止まった後で血抜きしないと、包丁を入れた途端に、血が噴出す場合があるからね」
 説明しつつ、何を作るのか志摩子乃梨子に訊ねながら、準備にかかる。
 メニューが決まり、手順を確認したところで、再びニワトリを手にした令。
「じゃぁ、血抜きを始めよう。こうして脚を縛り、首に切れ目を入れて、しばらく逆さに吊っておけば、自然と抜けてくれるからね」
 流しの隅に吊り下げれば、ポタポタと血が流れ落ちる。

「令さまは、既に絶命している相手をしばらく放置し、その後亡骸を辱めるかのように刃を突き立て、まるで晒し者のように逆さ吊りに……」

「……なんだか、誤解を招きかねない表現が聞こえたんだけど」
「気のせいです。令さまの行動を、復唱して覚えようとしているだけですので」
「そう?」
 釈然としないながらも、突っ込むのもなんだか恐ろしいので、流すことにした令。
「それじゃコレは、しばらくこのまま置いておくよ。ある程度血が抜けてからでないと、捌く時にグチャグチャになっちゃうからね」
 説明しつつ、効果的な手順や野菜の切り方、味付けの仕方などを、二人にレクチャーする。
 出汁を取ったり、野菜を下茹でしたりと、下準備がある程度整ったところで、再びニワトリを手にした令。
「じゃぁ、捌くことにしようか。まずは、羽毛を全て抜かないといけないから、そのために熱湯にしばらく浸けるんだ」
 沸騰した湯が入った大き目の鍋に、ニワトリをポイと放り込んだ令。
「ある程度温まったら、ニワトリを取り出して、熱い内に毟り取るよ」
 無造作に羽を掴み、ブチブチと抜き取る令。
 志摩子と乃梨子にも促し、実際に羽毛を抜かせてやった。

「令さまは、相手を晒し者にするだけでは飽き足らず、亡骸を熱湯に放り込み、更には死者に鞭打つようにその毛を毟り……」

「……なんだか、そろそろスルーし難い嫌な表現が聞こえたんだけど」
「空耳でしょう。令さまの行動を、復唱して覚えようとしているだけですし」
「そう?」
 釈然としないながらも、突っ込むのもなんだかゾっとするので、やっぱり流すことにした令。
「じゃぁ、バラしていくよ。もも、手羽、ささみ、内臓と順番にかつ丁寧にね」
 素っ裸のニワトリに包丁を突き立て、要領よく身を切り離して、皿の上に綺麗に並べてゆく。
 特に内臓の処理には慎重で、ゆっくり丁寧に、落ち着いて作業の手を進める。
「ふぅ、久しぶりにやったけど、こんなものかな。一人では難しいだろうから、実際にやるなら二人でやった方が確実だと思うよ」
 油でギトギトになった手を、乾いた布巾で拭い取る。

「令さまは、無残な姿になった相手の四肢を更に切断し、腹を掻っ捌いたかと思うと内蔵を引きずり出し、ヒトツヒトツ切り出しては綺麗に並べ、満足そうな顔で頷いた……」

「ちょぉっと待ったぁあああ!!」
「どうかなさいました?」
「流石にもう聞き流せない! さっきから、人をまるで猟奇殺人者みたいに言うの、止めてもらえるかな!?」
「別にそんなつもりはありませんが。見たままを復唱して、覚えようとしているだけですし」
「その部分だけ切り離したら、とても調理法には聞こえないよ!?」
「でも、令さまが実際になさっていたことですし」
「だからと言って、無駄に脚色する必要はないでしょう!?」
「でも、事実ですし」
「うがーーーーー!!!!!」
 包丁を片手に絶叫する令は、まさしく猟奇殺人者っぽい雰囲気が滲み出ていた。

 それでも、新鮮な材料で、料理達者な令とそこそこ料理が出来る志摩子と乃梨子が作った料理は、やっぱり美味しかったのだった。


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