「くっ」
はっきり言って、私の体はめちゃくちゃ固い。
これまで運動どころか体育の授業すらろくに受けることのなかった、
その副作用とでも言えばいいのだろうか。
「はぁっ」
だからって、いつまでもそのまま放っていたのでは黄薔薇のつぼみとして、
否、次期黄薔薇さまの名が廃るというもの。
そのために、こうして日夜柔軟を続けているのだ。
とはいえ。
固い体がちっとやそっとの努力で柔らかくなるはずはなく、
体力的には随分とマシになったものの、こちらの方はまだ人並み以下だった。
だから、ちょっと無理をすればすぐにそれが体に出てしまう。
そう。
「ううう……痛」
こうなってしまうのだ。
次の日。
軽く痛めてしまった筋をかばいながら歩いていると。
「どうしたの、由乃さん」
ごきげんようの挨拶も忘れて、開口一番そう言った親友に私は何とも言えない苦笑で応えていた。
「ちょっと、ね。無理をしすぎちゃって」
「歩くのも辛そうだけど、大丈夫?」
「怪我をしたわけじゃないから」
だって、ストレッチをしていただけだもの。
とはいえさすがにそれは口に出さず、でもその気まずさというか情けなさに苦笑を強くする。
「ならいいんだけど」
「平気平気、これくらい……あたた」
「由乃さん!」
とまあ、こんな私だから余計に心配させてしまうのかもしれない、けれど。
眉根をほんの少しだけ下げて苦笑いをしている私よりも、むしろ祐巳さんの方が悲愴な顔をしている。
本気で心配そうな顔をしてくれる。
そうな、というか、すごく心配させてしまっているんだろうな。
「ありがとう。でもね、本当に大丈夫だから。ちょっと筋を伸ばしすぎちゃっただけだもの」
「そう?」
そのことを済まなく思いながら、一方で私は嬉しく思ってしまった。
こんな風に私の身を案じてくれる人がいるんだ、って。そう思ったら、頬だって緩んじゃうよ。
「由乃さん?」
いきなり笑顔になった私に、祐巳さんはぱちぱちと瞬きをした。
つい今しがた、痛みでうなっていた人がいきなり笑い出したのだから、その反応は当然かもしれない。
でも、祐巳さんの不思議そうに小首を傾げる姿を見ていると、余計に笑いがこみ上げてくる。
「本当、なんでもないの」
私は可笑しみをかみ殺しつつ、なんとか言葉をひねり出した。
あまり笑い続けていると本当にどうかしちゃったのかと、別の意味で心配させてしまいかねない。
「ただ、ね」
そう言いながら、私は祐巳さんの腕に自分のそれを絡ませた。
大好き、って。口に出すのは照れくさいから、心の中で強く思いながら。
精一杯の、想いを口にする。
「嬉しかっただけ」
すると。
「へ?」
頭の上から抜けた声が聞こえてきて、私は口の端を思いきり緩めた。
顔は見えないけれど、祐巳さんは今、目をぱちくりさせていることだろう。
でもね。
そんなあなたが大好きよ、祐巳さん。
〜あとがき〜
皆さま、ごきげんよう。
というわけで、「私は身体が超固いから」をお題に祐巳と由乃でした。
仮面のアクトレスに、祐巳視点で「志摩子さんと久々にいちゃいちゃして」という場面がありまして、
祐巳と由乃のそんな場面を描きたかったこともあり、こんな風につなげてみました。
ごく短いショートストーリーですが、皆さまにお楽しみいただければ幸いです。
では、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。ごきげんよう。