【2116】 不器用な生き方  (砂森 月 2007-01-08 12:16:30)


【No:1722】→今作
がちゃSレイニーダークルート瞳子サイドの続きです
(以後がちゃSレイニー「空白の1週間」編とします)



 小夜ちゃん達を乗せて車を走らせる。もともと標準サイズの車だから4人になっても困る事は別にないのだけれど、その増えた人が今回は少し問題だったりする。
(またあんな事にならなければいいんだけど……)
 あれからかなり時間が経ってはいるけれど、まだ多分、大丈夫じゃないから。洋子ちゃんは廃人寸前まで行っちゃったし、小夜ちゃんは2年くらい凍りついていたし。
 あの子の事情は、まだわからない。でも最悪の事態だけは避けないと。

 あんな2人は、もう見たくないから。



「さ、着いたよ」
 「姫野」と書かれた表札の前で車は止まった。
 何で私の周りにはこうもお節介な人が集まるのか、しばし思考に沈んでいた瞳子は、とりあえず呼ばれるままに家に上がらせてもらうことにした。
「それでは、おじゃまします」
 幸い、演じる事には慣れている。大丈夫だと思わせれば、この人達もすぐに解放してくれるはずだ。

「月華さん、台所借りていいですか?」
「あー、私がやるからいいよ」
 とりあえずは大人しくしながら様子を見る。洋子さんと月華さんの会話から、ここは月華さんの家らしい。
「あ、そういえば」
 何だかんだ言いながら2人で台所に入っていったのを横目で見ながら、テーブルを挟んで向かいに座る小夜さんが話しかけてきた。
「貴方、甘いの平気?」
「え? まあ、平気ですけど」
「だって」
「分かった」
 台所から洋子さんの返事が聞こえてくる。瞳子は内心、早速深いことでも訊かれるのではないかと思っていたから少し拍子抜けしていた。
「とりあえず体温めないとね。それに何も食べてなさそうだし」
「別にそこまで気を遣わなくても……」
「私達が好きでやってるのだから気にしなくても良いの。一応強引に連れてきた感じだし」
「まったくです」
「警察には連絡しない方がいいかな」
「えっ?」
 突然警察の名前が出てきたことに瞳子は驚いた。この人、祐巳さまとは別の意味で予測出来ない。
「このあたりで見ない制服だし、捜索願出されているかもしれないから本当なら連絡しなきゃいけないかもなんだけどね。何か少し待ってみた方が良さそうだから」
 ひょっとすると手強いかもしれない。さっきの今ということもあるけれども、少なくともこの人はそう簡単には騙されてくれない気がしてきた。それは単に不安を言い当てられただけじゃなくて、何かを分かっているような感じが口調や表情からわずかに読みとれたから。
「それに、連絡しちゃったら一緒にお泊まり出来なくなっちゃうし」
 だから、そう言って微笑む小夜さんの表情に一瞬梅雨時に会った老婦人の表情が重なって見えたのも、きっと気のせいではないのだろう。

「はい、おまたせ。熱いから気をつけてね」
 月華さんがそう言いながら4人分の白い飲み物と1リットルパックの牛乳を持ってきた。
「ホットミルクですか?」
「ううん、ホワイトココア」
 瞳子の質問には洋子さんが答えてくれた。言われてみれば確かにカカオの香りがかすかに鼻を突く。
「貴方の分までは分からないから濃いめに作っておいたわ。きつかったら牛乳で薄めて」
「わかりました」
 とりあえずは一口。濃厚なホワイトチョコの甘みが口に広がっていく。というかこれは……。
「これ、まさか牛乳入ってないのですか?」
「うん、原液」
 あっさりと洋子さんが頷いたけど。
「濃いにも程があると思うんですが」
 いくら甘いものが平気とは言っても、さすがにこれは飲み物としてはキツイと思う。とりあえず牛乳を少し足しながら洋子さんを睨むと。
「でも小夜はこのまま飲むよ?」
「はい?」
「だから一応原液のままにしてみたんだけど、やっぱりきつかったか」
「そのまま飲めちゃう小夜ちゃんがある意味凄いんだけどね」
 ホワイトチョコ原液って、甘党の祐巳さまじゃあるまいに。そう思って小夜さんを見ると、1人だけまだ手をつけていなかった。
「飲んでないんですけど?」
「猫舌だからね、私」
 にゃははと笑いながら、そろそろいいかなと小夜さんが一口。
「うん、美味しい。温まるし落ち着くんだよね」
 そして幸せそうな顔をしながら感想。瞳子もいい具合に調整出来たホワイトココアを改めて一口。
「本当ですね」
「でしょ」
 温かさと甘さが不思議と心を落ち着かせていく感じがする。
「お店でも似たようなのがあるけどどうも合わなくてね。試してみたらこれが一番良かったのよ」
「はあ」
「耳が出るくらい美味しいのよね」
「は?」
「ちょっと、洋子ちゃん?」
「そうそう、尻尾が出たりね」
「月華さんまで。もう、麻夜お姉さんじゃないんですから」
 落ち着くなあと思いながら飲んでいたら、いきなり話がぶっ飛んだ。というか小夜さんの原液エピソードはともかくとして、耳とか尻尾って何? 小夜さんは小夜さんで返しながらもしっかりと頭やお尻を確認してるし。
「というか、この子置いてきぼりにしてない?」
「ああ、ごめんごめん。小夜って時々猫耳とか出るんだわ」
「出ないよっ。確かに猫化することはあるけど」
「小夜ちゃん、それ自爆してない?」
「うーっ」
 何だかもう、すっかりトリオ漫才。でもよくよく見ると、小夜さんの顔からはさっき感じていた影はすっかり消えていたのだった。
 ひょっとして、小夜さんをからかったのはその為に?

「さて、和んだところで」
「どこがですかー」
 月華さんの発言に小夜さんが抗議する。まあ、からかわれた身としてはやっぱり文句の1つも言いたいところだとは思うけれど、その割に頬を少し膨らませるだけでそんなに不満そうに見えないのはそこまで腹が立っているわけでもないのだろう。何というか、合いの手かポーズ?
「一応、幾つかはっきりさせておかないといけないと思うから」
 来た。いつか来るとは思っていたけれど、とりあえず落ち着かせてからと考えればまあ妥当なタイミングだとは思う。そういえば祐巳さまを連想してもそれほど内側でパニックにならなくなっているし。
「ということで、小夜ちゃんお願い」
「はい」
 でも、意外なことに話を振った月華さんは続きをそのまま小夜さんに丸投げしたのだ。小夜さんも平然と受け取ってそのまま続けた。
「えっと、まず私達は無理に事情を聞いたりしないから。話したくなかったら話さなくても大丈夫」
「えっ?」
 てっきり事情を聞かれるかと思ったら、まるっきり正反対のことを言われて驚いた。あの状況を見たら、何があったか知りたくなるのが普通だと思うのだけど。
「もちろん聞いて欲しいって言うなら聞くけどね。誰かだけにって場合は断り入れてくれると助かるけど」
「はあ」
 似たようなこと、誰かが言っていたような気がする。そうだ、祐巳さまだ。可南子さんと賭けをしていることを知った時に、私が事情を説明しようとしたのを断った理由と同じなんだ。
「それと、こっちにいる間は私達か知り合いの誰かの所にいてもらうことになると思う。もし1人でどこかに行っちゃったら、その時は警察に連絡せざるをえなくなるからそのつもりでいてね」
「はい」
「まあ服とかご飯とかは気にしなくても良いから。とりあえず落ち着くまでこっちにいていいからね。時間をおいてみた方がいい場合もあるし」
 いつの間にか、小夜さんの表情には影が戻っていた。目に見えて沈むのではなくて、よほど注意深く見ないと気付かない影。
 やっかいだな、と瞳子は思った。こういったタイプの人は、そう簡単には騙されてくれない気がする。それに釘を差された以上、1人で帰ると言っても解放してはくれないだろう。
「こんな所だと思うんだけど、何か質問とかあるかな」
 訊きたいことは沢山ある。でも、下手に訊けば変な所を突いてしまったり、逆に見抜かれたりしかねない。
「あの、名前とかも訊かないんですか?」
「あー」
 とりあえず、無難と思われるあたりだけ質問。
「別に知ってないと困るって訳でもないし、訳ありだとプロフィールとかも秘密にしておきたい場合もあると思うし。それも言いたかったらでいいよ」
 言われてみれば、そういうこともあり得る。私の場合は……私の家はおそらくすぐには捜索願を出さないと思うけれど、時間の問題とも言える。人捜しの場合は名前よりも外見特徴が大事だけど、情報を伏せておけば一応嘘を通せなくもない。
 そういえば、私はどうしてこんな事を考えているのだろう。どうにか隙を見て抜け出して見つかる前に消えればいいだけなのに。そんな人の名前、わざわざ覚えてもらう必要はない。
「他にはない?」
「ええ」
「……そう。じゃあこのくらいで」
 小夜さんは一瞬何か言いたげな顔をしてから話を打ち切った。あるいは瞳子の様子から何か読みとったりでもしたのだろうか。表に出るような真似はしていないつもりだけれど、もしそうだったら、この人やはり手強い。
「小夜ちゃん待った」
「へ?」
 と、それまで任せっきりにしていた月華さんが初めて口を挟んだ。
「貴方、夕食とってないんじゃない?」
「別に、そんな……」
 断ろうとしたまさにそのタイミングで、あろうことかお腹の音が鳴ってしまった。恥ずかしいのもあるけれど、それ以上にこんな気分でも空腹を訴える体に腹が立つ。
「やっぱり。最後に食べたのはいつ?」
「今日のお昼です」
「そう、じゃあ胃が受け付けないということもないわね。嫌いなものって何かある?」
「いえ、別に」
「冷凍食品で悪いけど、適当に作るわね」
「わかりました」
 せっかくだからというわけじゃないけれど、ご馳走になることにした。本当はそんな気分じゃなかったけれど、どのみち食べさせられるのは目に見えていたから。

 夕食は月華さんの言った通り、冷凍の焼売と炒飯に野菜スープだった。その間に小夜さんと洋子さんがお手洗いに行ったり月華さんがお風呂の準備とかもしていたけれど、やはり警戒しているのか常に一人は瞳子のそばに居た。
 ちょうど食べ終わった所で、月華さんが外套をまとって現れた。
「ちょっと用事思い出したから少し出かけてくるね。お風呂はもう入れるから先に入っておいて」
「わかりました」
 小夜さんが見送りに行って、程なく玄関の、そして車が出る音がした。車の音が完全に去ったあたりで小夜さんが戻ってきて、何故か瞳子の肩に手を置いてきた。
「な、なんですか?」
「お風呂だね」
「そうですね」
「じゃ、一緒に入ろうか」
「なっ」
 あれ? どうしてそこで洋子さんが驚くのだろう?
「何でですか。お風呂ぐらい一人で……」
「だーめ。今の貴方を一人にすることは出来ないもの」
「そんな事言って、お手洗いまで一緒なんて言い出さないでしょうね?」
「さすがに中まではついていかないけど、扉の前までは一緒に行くよ」
 抵抗してみたけれど、どうやら瞳子は相当に警戒されているらしい。お風呂くらいは一人で入りたいのだけれど、この人達はどうやっても瞳子を一人きりにはさせないつもりのようだ。
「って、そういえば着替えは?」
「え? ああ、それなら月華さんがさっき出してたよ」
 一方の洋子さんは、何故か動揺していた。小夜さんとアイコンタクトとっていたけれど、一体何だというのだ。
「お風呂場?」
「のはず」
「そっか。じゃあ入ってくるね」
 言うなり小夜さんは瞳子の腕を掴んで連れていこうとしたけれど。
「小夜」
「ん。大丈夫」
 すれ違いざまのこのやりとり。その意味はすぐに分かったのだけど、まさかそんなことだったとは、瞳子には、いや瞳子じゃなくても想像つかなかったと思う。


「とりあえず制服はそこに入れて置いておくといいよ。勝手に触るのも何だし」
「そうさせてもらいます」
 仕方なく小夜さんと一緒に脱衣所に向かった瞳子は、用意して貰った布袋に制服を入れながら、ふと小夜さんの方を見てしまった。
「……っ!?」
 瞳子は見てはいけないものを見てしまった気がした。しかも運悪く、小夜さんはそういったことに対して勘が鋭い人だった。
「あれ、どうしたの?」
「さ、小夜さん。その、背中……」
「あーこれね。気にしないで」
 そんなことを言われても気にしない方が難しい。
 小夜さんの背中には、異様な数の黒いシミがあったのだ。


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