【2117】 遠心力のせいで明るい感じなんだけど  (ケテル 2007-01-08 13:53:47)


誰も待っていないのは分かってますが、クロスオーバー『自殺の楽しみ方』つづきです。

No:1962→No:1982→これ 

4、薔薇の館

「二錠で良いわよね」

 由乃が止めるのも聞かずに祐巳はビンの中のカプセルを取り出すとあっという間に飲み込んでしまった。

「本当に、祐巳さんは案外せっかちね。 はい、お水よ」
「進めちゃあだめでしょう志摩子さん!」
「だって薬飲みにくいと思った、うぐぅっ?」

 志摩子が由乃の方を向いた一瞬の隙にビンから薬を取り出した祐巳は口をふさぐように手の平のカプセルを志摩子の喉の奥に放り込んだ。

「………………の、飲んでしまったわ…」
「うそぉ〜〜ん」
「これって……祐巳さんが犯人の他殺になるのかしら? あ、お水飲まないと」
「そこ、妙なボケかまさないの!」
「でもどうしたら良いのかしら? 戒律で自殺は出来ないのだけれど…」
「あのフェリッパってやつ、言動はどうかと思うけど……んぁぁあっ…製品に関しては…んんっ……いい仕事してるわよ……」

 なぜか頬を赤く染めてボォ〜ッとした目で身もだえしている祐巳。 それを見て由乃は眉をひそめる。

「あぁぁ〜‥‥‥志摩子さん……分からない? 大脳新皮質から…旧皮質にジワァァ〜〜ッ‥と暖かくなって来たのが〜…徐々に熱くなって〜ぇくるのが……それが…気持ちい〜〜の…んんっ〜……」
「………あ〜っ………あはっ……ほんと〜、……これは‥‥‥あぁ…んんっ……気持ちいい…わ…ね、熱が…熱い…のが……回ってくるわぁ〜……。 ………あら? 脳と脳の境目が…分かるわ…はっきり分かる…わ………私の大脳新皮質は……ライトグリーンなのね…」
「らいとぐり〜んですか…?」

 クネクネクネクネしている祐巳と志摩子を見ていた由乃は、背中に冷たいものが流れるのを感じた。

「旧皮質は…ちょっと赤っぽいオレンジ色だし……脳梁(のうりょう)が黄色だわ〜…」
「透明中隔は…マリンブル〜ね」
「私……海馬はぁ〜メタリックグリ〜ンでぇぇ〜パッションフルーツ味だと思うの…」
「あぁあぁあぁ、私の小脳はアセロラ味の紫だわ〜ぁぁ〜〜」
「? ……ゆ、祐巳さん? …志摩子さん? ………ちょっと、どうしたの?」

 くねくねと身もだえしていた祐巳と志摩子の動きがピタリと止まった、恐る恐る二人に近づいた由乃がプルプル震えている祐巳の肩に手をかけようとした時、祐巳が握りこぶしを天に突き上げた……ようにも見えた……。

「ぁぁああああああああ〜〜〜〜〜! 今までになくムラムラ死にたくなってきたぁぁ!!!!!」
「そうね! 死にたいわ!! 不安すぎる世相とか、暴走気味の隣国とか、理由無き大量殺人が頻発している世の中なんかさっさとオサラバしたくなってきたわ!! 死ねそうだわ、祐巳さん、私死ねると思うの!!」
「よかった……よかった、やっと分かってくれたのね志摩子さん! じゃあ、いっくわよ〜〜!! Let suicide!」
「Let suicide! ……でもその前に……ねえ祐巳さん、誰か置き去りにしていると思うのだけれど?」
「あぁ〜、そうだったわ…。 ねぇ、由乃さん……」
「へっ? あ〜〜、い、いや…あ、あの…ちょ、ちょっと。 きょ、今日は…た、たぁ〜〜たあい調が…」
「心配しないで由乃さん、大丈夫、私たちはいつも一緒よ」
「や、やめてってば! 本当、ホントだめだってば! え〜〜と…あ…あのね…お、おばあちゃんの遺言で、今日薬飲んじゃいけない日なんだから!」

 ジリジリッっと後ずさっていた由乃だが、志摩子がサッと後ろに回りこみガッシッと羽交い絞めにする。

「ちょ、ちょっと離してよ志摩子さん! うそ?! なんで?!」

 それほど力が強そうには見えない志摩子を由乃は振り解けない、ジタバタと暴れている由乃の前に祐巳が水と”ぱらだいす”二錠を持って天使の様な笑顔を浮かべている。

「心配しなくてもいいわ由乃さん、わたしたちとぉぉ、きれ〜な死に花を咲かせましょう」

 由乃は怒鳴り声が出そうになった口をあわててきっと真一文字に結んだ、ようは薬を飲まなければいいのだ。 それを見た祐巳は微笑を浮かべたままゆっくりと近づいてきて、由乃の前まで来るとスッと”ぱらだいす”をかざす、そのままゆっくりゆっくりと由乃の口元に近づけられた”ぱらだいす”は急に方向転換すると、祐巳は自分の口の中に放り込んで、コップの水を口にふくむと、由乃の首と後頭部に手を回した。

「ふぐぅ?! ぅんんぅ……」

 自分の唇に押し付けられた祐巳の唇に一瞬頭の中が白くなり、強く結んだはずの唇が緩んでしまった、水と薬が口腔内に流れ込んで来た時に我に返ったが祐巳は唇を離さない。 水に触れると早く溶けるカプセルを使っているのか水の味がじょじょに変わってきた、その味は極上のソフトクリームのようで、とろけるプリンのようだ。 口に含んだものの飲み込むのを躊躇ってしまう人への配慮か、抗いがたいほどの”飲み込みたい”という欲求がどんどん大きくなってきた。 そして、ついに由乃もそれに屈服してしまった。

「本当に細い首……少し力を入れたらポッキリと折ってしまいそう」
「そうしたら、温室から黄色い薔薇を取ってきて、きれいに飾り立ててあげるの…」
「祐巳さん、由乃さんの口にトマトでもつめてきれいにローストしてあげた方がいいと思うわ、薔薇で飾るのはその後よ。 薔薇の館に火をつけてその火でローストするの……菜々ちゃんを添えてあげるのもいいかもしれないわね……」
「ぅぅうぁぁ……んん……の…脳が…い、色分け…されて……ああぁんんん…だ、大脳皮質が…ショッキングピンク…」
「あ〜〜すてき、『ロースト・黄薔薇姉妹』ね、祐麒を呼んで食べさせてあげたいわね、きっと涙を流して喜ぶわよ」
「え…縁起でも・・・ない事…んん〜…言わないでよ! あぅん…」

 まるで今夜のお食事会でのメインディッシュの相談をするように楽しげに話している祐巳と志摩子に、身震いしていた由乃が熱っぽい吐息を漏らす。

「んもぉ〜…なんて…おいしいもの…をぉ〜‥‥‥飲ませるのぉよぉぉ はぁぁん、お礼に…一緒に死んでやらないぃ〜とならないじゃないのよ〜ぉ ………祐巳さん……志摩子さん! 責任とってくれるんでしょうね?! 華っばなしい死に方でないと納得しないからね!!」
「あら、おいしかったの?」
「おいしかったわぁぁ〜カリスマ・パティシエでもあんな味は出せないってくらい…。 でも『私のロースト』には、かなわないでしょうね。 あぁぁ〜〜祐麒くんに食べられるのは素敵ねぇ〜、素敵だけど……ちょっと地味かしら? あ〜、もう1つ、私だけ食べてくれるんなら…」
「よぉぉぉっし、じゃあ、由乃さんも薬が回ってきて調子出てきたようだし、行ってみましょうか〜〜!」

 そう言うと祐巳はぐるりと周囲を見渡した。

 窓からは歴史を感じさせる品のいい校舎が見える。


 それを見た祐巳はニタ〜〜〜っと笑みを浮かべる。

「よ〜〜〜〜し、飛び降りだぜ、べぇィべぇぇェ〜〜〜〜ッ!!」
「「いっえぇぇぇ〜〜〜す〜!!」」



〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 つづく・・・・


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