【2118】 奥義松平瞳子の  (翠 2007-01-08 23:36:59)


以前、まつのめさんの所の、ツンデレYT掲示板に投稿したものです。
ただし、多少、加筆・修正しています。




今日はずっと雨が降っていた。
一年前の、祥子さまとのすれ違いを彷彿させる雨だった。
でも、あの時とは違う。
手元には、お気に入りの傘がある。今、祐巳が差している青い傘がそうだ。
そして――。



「すごい雨」
ポツリと呟いた祐巳の言葉が、激しい雨音にかき消される。
だから、きっとその声は、隣を歩く少女には届かなかった。
そう思っていたから――。
「そうですね」
と返ってきて祐巳は驚いた。
目を丸くしながら、隣を歩く少女に視線を向ける。
「なんです?」
不思議そうな表情を浮かべて、少女が首を傾げた。
彼女のトレードマークである左右の縦ロールが、その動きに合わせて小さく揺れた。
「瞳子には聞こえてないと思っていたから、驚いちゃった」
「そうですか」
つまらなさそうに瞳子が答えた。
なんだか、少し機嫌が悪いように見える。
(ひょっとして、私の言葉を聞き逃さないように集中していたとか?)
考えて、有り得ない、と思う。
以前の瞳子であれば。
でも、最近の瞳子ならどうだろうか。 
思い返せば、祐巳が独り言のように呟いたことでも、何かしら反応していたような気がする。
そう考えると、悪戯心がムクムクと湧いてきた。
瞳子に、 『好き』 って言わせてみたい。
「そっか、瞳子は私のことが好きだもんね」
「はぁ?」
瞳子が、何を言っているのか分からない、というような顔をした。
「だから、私の一言一句を聞き逃さないようにしてる」
「な!? ばっ、ばっかじゃないですかっ!」
ちょっと意地悪してみただけなんだけど、予想以上の効果だった。
瞳子が顔を真っ赤にして、物凄く慌てている。
「違うの? じゃあ、なんでさっきみたいな、普通なら聞こえそうにないことまで聞いてたの?」
「そ、それは……」
瞳子が返答に詰まった。
しばらく視線が宙を彷徨っていた思うと、眉を吊り上げて祐巳を睨んでくる。
「か、勝手なことを言わないで下さい! なんで私がお姉さまのことを、す、好きなんです!?」
あぁ、誤魔化したなぁ、と微笑ましく思った。
(でも、それじゃ私の思い通りだよ?)
顔色なんて変えずに平然と。
「私は、瞳子のことが好き、大好き」
本当のことだから、祐巳は躊躇いなく言える。
「――ッ」
瞳子が小さく口を開いて、けれど何も言わずに閉じた。
代わりに、恨めしそうに祐巳を睨んでくる。
「瞳子は違うの?」
そんな瞳子に、更に意地悪な追い討ちをかけてみる。
「う、うぅ……わ、私は……」
呻いて、唸って、俯いて、瞳子がボソっと何かを呟いた。
聞こえ辛かったけれど、それでも祐巳には確かに聞こえた。
『私だって、お姉さまのことが大好きです』 って。
だから、祐巳はそれで満足することにした。
「ごめん、ちょっと意地悪しちゃった」
素直に謝る。
それに、あんまり苛めると後が怖い。
と、瞳子が俯かせていた顔を上げて、キッと祐巳を睨みつけながら言ってきた。
「お姉さまのせいで私は傷付きました。お詫びに百万回、心を込めて好きって言って下さい」
「え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「……えぇっ!?」
しばらく呆けて、ようやく何を言われたのか理解して慌てる。
「む、無理だって、そんなの」
あと数時間で、今日という日は終わってしまうのだ。
どうやっても、百万回も言えるとは思えない。
「別に、今日だけで言え、なんて言ってません」
「それって……これから先、ずっとってこと?」
尋ねたけれど、瞳子は何も答えてくれなかった。
どうなんだろう? と悩んでいる祐巳の前で、瞳子が傘を下ろして空を見上げた。
空一面に広がっている灰色。
まだ曇ってはいるけれど、何時の間にか止んでいる雨。
祐巳が同じように傘を下ろそうとした時、瞳子がこちらに振り向いて、
片目を瞑りながら舌を小さく突き出した。
「それくらい、自分で考えてください」
「……」
瞳子の、珍しく子供っぽい行動に見惚れてしまう。
ポーっとして動けないでいると、恥ずかしかったのか、瞳子が身を翻して祐巳を置いて歩き始める。
祐巳はそれでも動けずに、熟れた苺のように頬を真っ赤に染めたまま、瞳子の後ろ姿を見つめていた。
と、そんな祐巳に気付き、瞳子が少し離れたところで立ち止まった。
「置いていきますよ?」
その場で、振り返らずに言ってくる。
(あれ?)
祐巳は不思議に思った。
普段の瞳子なら、立ち止まったりなどせずに、祐巳を置いてさっさと先に行っているはずだ。
けれど、瞳子は立ち止まった。
きっと心の中では、先程の自分の行動を恥じているはずなのに、それでも立ち止まった。
祐巳はその場から動かないまま、なんでだろう? と瞳子の背中を見つめ続けた。
すると――。
「本当に置いていきますよ?」
瞳子がもう一度、尋ねてくる。
(あ!)
その瞳子の言葉で、ようやく理解した。
瞳子は言っている。
不器用な瞳子は、言葉に想いを乗せて言ってきた。
『早く私の傍に来てください』 と。
「ま、待ってよ」
慌てながら祐巳が一歩踏み出すと、瞳子も安心したように一歩踏み出した。



今日はずっと雨が降っていた。
一年前の、祥子さまとのすれ違いを彷彿させる雨だった。
でも、あの時とは違う。
手元には、お気に入りの傘がある。今、祐巳が折り畳んで持っている青い傘がそうだ。
そして、そんな祐巳のすぐ傍には、とても大切な少女の姿――。


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