【2140】 紅ずきん  (篠原 2007-01-24 23:47:52)


 昔々、あるところにちょっと天然な女の子がいました。
「天然って……」
 その女の子はいつも紅いずきんをかぶっていたので紅ずきんとよばれていました。
 ある日、お母さんが紅ずきんに言いました。
「紅ずきん、おいしい紅茶とビスケットがあるから、これをおばあさんのところに持っておゆきなさい。おばあさんは具合が悪いそうだけど、これを召し上がればきっと元気になるわ」
「……………」
 たしかにおいしそうです。紅ずきんの目もビスケットに釘付けです。
「いいこと。くれぐれも途中で寄り道をしたり、ましてやこっそりビスケットを食べたりしてはいけませんよ」
「い、いやだなあ、お姉さま。じゃなかった、お母さん。わかってますってば」
 ひきつった笑顔で露骨に目をそらす紅ずきんはある意味とても正直な女の子でした。
「気をつけていってらっしゃい」
 お母さんはそんな紅ずきんをやさしく抱きしめ、そう言って送り出したのでした。

 さて、おばあさんは森の向こう側に一人で住んでいます。
 天気も良いし、紅ずきんはちょっとしたピクニック気分で、歩きながら歌を歌い始めました。
「マママ、マリア様の〜こころ」
 ………まあ、どんな歌かはこの際置いておいて、問題はその声をオオカミが聞き付けたことでした。
 紅ずきんを見つけたオオカミは、舌舐めずりをして話しかけました。
「ごきげんよう。かわいらしいお嬢さん。どこへお出かけだい?」
「ごきげんよう。オオカミさん。おばあさんのところへお使いよ」
 紅ずきんはニコニコしながら答えました。
 ヒトを疑うことを知らない(まあ、ヒトじゃなくてオオカミですが)紅ずきんはきちんと挨拶を返し、聞かれるままにオオカミの問いに答えていました。(それこそおばあさんの家の場所まで! 今だと個人情報とか問題になりそうな話ですね)
「ふんふん」
 オオカミは紅ずきんの話を聞いて考えをめぐらせました。
(くっくっく。いいことを思いついたぞ。ここでいただいてしまうつもりだったけど、お婆さんの家で待ち構えてじっくりとたっぷりと、ぐっふっふ)
 さすがにリリアンの白狼と呼ばれたオオカミだけのことはあります。いろんな意味で。
 オオカミは紅ずきんに言いました。
「このあたりはきれいな花がたくさん咲いているから、お見舞いに花でも摘んでいったらどうかな? きっとおばあさんも喜ぶと思うよ」
「まあ本当に。キレイなコウシンバラが咲いているわ。どうもありがとう。そうします」
 紅ずきんはお母さんの言い付けをキレイサッパリ忘れて、夢中で花を摘み始めました。

 それを見届けたオオカミは早速おばあさんの家に行きました。そしてすぐに押し入り、おばあさんに襲いかかりました。
「こ、こらっ! ちょっと聖、どこさわってるのよ。いい加減に………」
 どったんばったん。
 こうして、おばあさんがオオカミにおいしくいただかれているころ。
 道草を食っていた紅ずきんはようやく我に返り、たくさんの花を抱えておばあさんの家へ急ぐのでした。

「ごきげんよう。おばあさん」
「ごきげんよう。紅ずきん。さあ、早くお入り」
 もちろんこれはおばあさんのふりをしたオオカミでした。
 家に入った紅ずきんは首を傾げて言いました。
「おばあさん、なんだか声がいつもと違うわ」
「風邪で喉の調子が悪くてね。でもおまえの顔を見ればいっぺんに元気になるよ。さあ、もっと近くに寄って顔を見せておくれ」
 紅ずきんはベッドに近付き、おばあさんの顔を見ようとしてまた首を傾げました。ベットの中から大きな毛むくじゃらの耳が突き出ていたのです。
「どうしておばあさんの耳はそんなに大きいの?」
「それはね、おまえの声を良く聞くためにだよ」
 大きな耳の下の血走った目が、紅ずきんを見つめて答えました。
「どうしておばあさんの目はそんなに大きいの?」
「それはね、おまえを良く見るためにだよ」
「どうしておばあさんの手はそんなに大きいの?」
「それはね、おまえをしっかり掴むためにだよ」
 その手を伸ばし、がっしりと紅ずきんの両肩を掴みます。
「どうしておばあさんの口はそんなに大きいの?」
「それはね」
 いいかげん気付けよと思いながらも、おばあさんに化けていたオオカミは跳ね起きながら言いました。
「おまえを食べるためにだよ!」
「ぎゃう」
 襲われて、怪獣の子供のような悲鳴をあげる紅ずきんに、オオカミは舌舐めずりをしながら嬉しそうに言いました。
「食べちゃうぞー」
「……………(ヤバイ、本気だ)」
 オオカミの目を見て紅ずきんはそう思いました。
「さあ、これからじっくりたっぷり時間をかけて………」
 スチャッと突き付けられた銃口に、オオカミは言葉を止めました。
 紅ずきんがいつの間にかトレードマークのずきんの中から取り出していたのはイサカM37ショットガンです。
「な、何故そんなものを?」
「おかあさんが森は危ないから護身用にって」
「どんな親だ。っていうか無理でしょそれ。ずきんに入らないでしょ?」
「大丈夫、バレルとストックを切り詰めて短くしてありますから」
「それでも入らないって。つーかえげつないよそれ」
 バレルを切り詰めると近距離での散弾の拡散率が高くなり、対人戦で近距離で撃つとちょっぴりえげつないことになるのです。まあ、今回は対人ではなく、対オオカミなので問題無いでしょう。
「いやまて。待て! えーっと、そう! そんなもので撃ったらお腹の中のおばあさんまで挽肉になってしまうから。せっかく丸呑みにしたからまだ生きてるかもしれないのに」
「いやだなあ、オオカミさん。食べられた人間がお腹の中で生きてるわけないじゃないですか」
「いやいやいや、童話ではよくあることなんだって」

 ガーンッ

 聞く耳持たずに躊躇無く引き金を引く紅ずきん。
「だー! 話せばわかる!」
 慌てて飛び退くオオカミ。
 しばし、奇妙な鬼ごっこが続き、一人と一匹が肩で息をし始めた頃、オオカミはふと窓の外に視線を向けました。
「あ、祥子」
「えっ?」
「ていっ」
「ああっ!」
 オオカミはあやういところで紅ずきんの手からショットガンを叩き落しました。
 じっとりと嫌な汗をかいてはいましたが、概ね予定通りです。
「ふ、ふふふふふふ。これでようやくじっくりたっぷり時間をかけて………」

 バンッ!

 扉を蹴破るような勢いで何者かが入ってきました。というか蹴破られました。
「今度は何…………って、志摩子?」
「通りすがりのただの猟師です」
「なるほど……って、猟師が来るのは紅ずきんを食べた後じゃ?」
「時間どおりですよ?」
 どうやら先程の騒ぎでだいぶ時間がおしていたようです。
 それはともかく、猟師は肩から鉄砲をかつぎ、右手には何故か細長い刃物が握られていました。
「何故に日本刀?」
「ちょっと細くて長い鉈ですよ? 猟師ですから、木の枝をはらったり獲物を解体したり獲物を解体したり獲物を(生きたまま)解体したりと、いろいろ使えて便利なんです」
「なんか今変なこと言わなかった?」
「いいえ?」

 ブンッ

 猟師が軽く右手を一振りすると、傍にあった椅子の背が斜めに両断されてずり落ちました。
「うふふふふ」
「……………志摩子、怒ってる?」
「いいえ? どうしてですか?」
「いや、ええと」
「ではさっそくお腹を裂かせていただきます」
「ちょっ、笑顔で刀振り回すのはやめて」

 ひゅんっ!


 白刃一閃。
 猟師はオオカミのお腹を切り裂きました。
 ごろんとおなかの中からいい具合に消化されかかったなんだかぼろぼろな物体が転がり出てきました。
「失礼な!」
 もちろん、食べられていたおばあさんです。
「あー、死ぬかと思ったわ」
 なんで生きているんだろうと紅ずきんは思いましたが、怖いので聞くのはやめておきました。
「おばあさん、服とかぼろぼろだけど――」
「聞かないで! 大丈夫、大丈夫よ。私は大丈夫。野良犬に噛まれたと………」
「………(大丈夫に見えないんですけど)」
「野良犬に噛まれたではなくてオオカミに喰われたでは?」
(よけいなこと言わないでぇ!)
 猟師の言葉に心の中で悲鳴を上げる紅ずきんです。
「ふ、ふふふふふふふふふふ。あはははははははははははははははははははははははは」
 壊れたー!
 紅ずきんが思わずひいた瞬間、笑い声がピタリと止みました。
「オオカミの肉っておいしいのかしら?」
 真顔で呟くおばあさんはちょっと怖いです。
「肉食の獣はあまりおいしくないと聞いたことがありますが」
 真顔で答える猟師さんもちょっと怖いです。
「そう」
 おばあさんはニヤリと笑いました。
「とりあえず、毛皮を剥いでしまいましょう」
「ぎゃーっ!!!」
 後ろの方でビリビリと毛皮を剥ぐ音がしています。
(ビリビリ?)
「動かないでくださいね。手元がくるって余計なところまで斬ったら大変ですから」
「ううっ、いっそ殺して」
 紅ずきんの頭の中ではなぜかウサギに弄ばれるオオカミの姿が浮かんでいましたが、怖いので決して後ろは見まいと思いました。
「そういえば」
 楽しそうに後を見ていたおばあさんが、ふと何かを思い出したように呟きました。
「そもそも祐巳ちゃんが寄り道しないでまっすぐ来てれば私がこんな目にあうことは無かったんじゃないかしら。ねえ、あなたどう思う?」
「え……………」
 おばあさんは一見笑顔ですが、目が笑っていませんでした。
(こ、怖い)
「ふふふ、お返事はどうしたのかしら?
 それにあなた、私がお腹の中にいるのに躊躇なくオオカミを撃ってたわよね?
 しかもオオカミはそのことをちゃんと言っていたわよね?
 もし当たっていたらどうするつもりだったのかしら?
 むしろオオカミより私を撃ちたかったのかしら?
 そういえばおかあさんのお使いで頼まれたバスケットはどうしたのかしら? そもそも………」
 なおも延々とブツブツいい続けるおばあさんは異様な迫力がありました。


 こうして、オオカミは猟師に毛皮を剥がれ、おばあさんも(ちょっと微妙な方向にだけど)それなりに元気を取り戻しました。
 そして紅ずきんは、2度とお使いの途中で寄り道なんかするものかと、固く心に誓うのでした。


  おしまい


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