【2178】 ずっともらい泣き  (ますだのぶあつ 2007-03-03 13:33:24)


 銃弾が飛び込んできた。
 どすどすという轟音で蹂躙し、バンと扉を叩き付け、突入してきたその後輩は鬼気迫る顔であった。
 そしてその突撃兵から飛び出た言葉は爆弾に等しく、また端から見ると無謀な突撃だった。
「妹にしていただけませんか?」
 その直撃を食らった戦友は目を白黒させて唖然とするばかり。周りの親衛隊が先に我に返り、何言ってるの、この娘、という表情をするが、場の空気に飲まれ微動だにできずにいた。状況把握が正常にできないなりに今こそ天王山ということは判るらしい。張り詰めた静寂の中、後ろ手で速記する記者の筆記音だけが木霊する。
「うん、いいよ」
 戦友が頷く。短い答礼であったが、その重さは食らった者のみ知るのだろう。
 その突撃兵はぽろぽろと涙を零した。涙に混じって何かを伝達しようとするが重症を負ったかのごとく、やっと口を開いても声にならない空気が漏れるばかり。友はそれでも意思を捕捉可能らしく、肩を抱いて優しい笑顔で頷く。
 ぽろぽろぽろぽろ。
 友が掌で背を摩擦しようとも、友の敬愛する上官が宥めても、突撃兵の戦友が駆け付け渇を入れても。いや突撃兵の戦友は戦力になっていない。友の胸中が判るのか、励ましてるうちに共に感涙に咽びだしてしまったのだから。
 いずれにせよ、緊張していた親衛隊も含め当該エリアの全員が無力化してしまった。
 その後、戦線復帰に多大な時間を消費したのは言うまでもない。


 私は呆れて、由乃の日記帳を閉じた。
 時代小説や推理小説によって本棚の端に追いやられていた由乃の日記帳が、珍しく一週間ものあいだ机の上にあったのだ。気にせずにいられる訳があろうはずもない。
 それで、ちょっと読ませて貰ったら、こんな日記である。
 私は溜息をついて日記帳を机に戻すと、ベッドにちょこんと腰掛けた由乃の隣に座った。
「由乃は祐巳ちゃんの佳き日が嬉しくて、それを思い出に残そうと思ったんでしょう? だったら、こんな茶化して書くのはよくないよ」
「……んだもん」
 由乃は下を向いて、ごにょごにょと言った。
 とりあえず反発してくるだろうと覚悟していたので、少し拍子抜けだった。それどころか、なんだかすごく力ない様子に心配になってしまう。
 由乃は最初、顔を見られまいと顔を背けていたが、私がしつこく「どうしたの?」とか、「ひょっとして身体の調子が悪いの?」とか聞いてしまったものだから、とうとう仕方なく理由を白状した。
「だって普通に書こうとしたら思い出しちゃって。涙が止まらなくなって1文字も書けなかったんだもん。悪い?!」
 口をへの字にしてそっぽを向く、由乃の顔は真っ赤だった。私は戸惑って思わず呟いてしまった。
「ひょっとして……ずっと?」
「どうして令ちゃんは、そうデリカシー無いこと聞くの? そうよ。先週からずっとよ。令ちゃんのバカ!!」
 その後、由乃の機嫌を取るのに多大な時間を消費したのは言うまでもない。


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