♪ぼんぼろろん ぼんぼろろん
とある昼休み。自分の席で、ふむふむ、と頷きながら『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』を読んでいた乃梨子の元に、ギターを抱いた敦子と美幸は何やら哀愁を漂わせるメロディーを爪弾きながら現れたのであった。
「・・・人生って切ないですわね、乃梨子さん。ぼろろん」
「♪明日は〜、きぃ〜っとぉ、何かある〜。明日は、ど〜っちですの〜。ぼろろん」
「あっち」
本から一向に目を離さず、明日ではなくあさっての方向を指差した乃梨子に、敦子と美幸は「切ないのですわ」とEm・Amとコードを繰り返しながら、はふん、と重い溜め息を吐く。
「・・・何が切ないわけ?」
「人生が、ですわ、ぼろろん」
「別に嘆くほどの歳じゃないでしょ」
「人生とは経た歳月ではなく、生きた深さが重要なのですわ、ぼろろん」
「・・・何かやたら高尚ね」
場に漂う暗いコード進行に辟易しながら、そこでようやく本から顔を上げた乃梨子は、憂いを前面に押し出した表情の敦子と美幸を見上げると、やれやれ、と読んでいた本を閉じる。
「それで? 切ないのは解ったけど、どうしたいの?」
「生きている証が欲しいのです」
「ここに居る意味を知りたいのです」
「・・・アイデンティティ?」
「そうです、存在意義です。私たちはそれを歌う事に見出したのです!」
「は?」
「聴いてください、乃梨子さん。タイトルは『神田川・・・の90%は下水』です!」
「・・・嫌すぎるんですけど、そのタイトル」
この上なく渋い表情の乃梨子を前に、やはり暗いコード進行で敦子と美幸は歌い始める。
「♪新刊だと〜、思って買ったら〜、文庫版〜」
「♪トンカツだと思って〜、最後まで取っといたら〜、イカフライ〜」
「うわ、切なっ!」
「♪電話で、ペ〜リカン、取りにこな〜い」
「♪すぐそこサンクス〜って、私の家から一番近いサンクスまで車で2時間半〜」
「やめて! もうやめて!!」
延々と続くその『切なさソング』に、頭を抱えてもがき苦しむ乃梨子を不憫に思ったか、「もういいかげんに・・・」と間に入った可南子であったが、「♪最初、紅薔薇をあかばらと呼んでいた〜」に沈黙してしまい、結局、敦子と美幸は昼休みが終わるまで歌い続け、十二分にその存在を誇示したのであった。