フィガロの結婚クロスオーバー。
サブタイトル:「真里菜の結婚・なんでそ〜なるの!?」
(第4幕・それぞれの夜)
ここは奥方さまのお部屋。
窓辺に差し込む月の光を見ながら、ひとり涙にくれるのは、
この部屋の主、佐伯ちあきさま。
そう、ご領主の瀬戸山智子さまの奥方さまであり、かつては「お姉さま」と
呼ばれたお方でございます。
「いったいどうしてこんなことに…」
自分の教育が厳しすぎたのか。
あるいは、智子の選んだ妹への嫉妬か。
奥方さまはご自分のお心をもてあまし、どうすることもできません。
「思えば初めて会ったときの智子は初々しかった…
『この国の領主としては至らないところもあるかもしれませんが、
お姉さまのお力があれば必ずやりとげられると信じております。
どうぞよろしくお願いいたします』と、深く頭を下げてくれたのが忘れられない…
ああ!愛の神さま、どうかお助けください!
私の何がいけなかったのか…」
ちあきさまはとうとう、泣き崩れてしまいました。
普段ご自分でお掃除なさるはずのこのお部屋も、今は足の踏み場さえありません。
それはまるで、今のちあきさまの心を表しているかのようです。
そのビスケットのような扉の前で、涼子さんがドアをノックしようかどうか、
決めあぐねておりました。
その頃。
無事に裁判を終え、自分の部屋でほっとくつろぐ美咲さん。
「やれやれ…考えてみれば聖さまと祐巳さまもかわいそうよね。
周囲に流されて子どもと引き離されただけだったんだから」
しみじみと述懐にふける美咲さんの目に、とまったものがありました。
ドアと床の隙間に、何か白いものがはさまっています。
「今夜はお疲れさま。明日の夜、私の部屋へ来なさい」
それはご領主、智子さまからの誘いの手紙でした。
智子さまはあくまでも、美咲さんをあきらめないつもりです。
「お姉さま…あなたは冷酷すぎます。どうしてちあきさまのお気持ちを
考えられないんですか」
美咲さんは溜息をつきました。
窓辺には月の光が、優しく微笑むように早春の夜を照らしています。
(第5幕・恋とはどんなものかしら)
ためらいがちにドアをノックする音が、夜中の沈黙を破ります。
「どなたかしら?」
「夜分遅くにすいません。涼子です」
その気取らない話しかたと少し低めの声に、ちあきさんの表情はわずかにゆるみます。
「ごきげん…よくはないのよね、きっと」
「…バレちまいましたか」
涼子さんは少し苦笑いをしています。
でもその瞳が、うっすらと潤んでいるように見えるのは、気のせいではありません。
「…ちあきさまに、お別れを…」
「なぜ」
突然聞こえたセリフに、ちあきさまは驚きを隠せません。
「昨夜理沙と会ってたのが…ご領主さまに見つかったんです。
それで軍隊に行けって言われて…」
「…気でも狂ったのかしら、智子は」
理沙というのは、美咲さんの従姉妹にあたる安西理沙さん。
涼子さんとは以前から仲がよく、2人一緒にいることも多いのですが、
自分の態度を棚の一番上に放置して、智子さまは2人の関係を思い切り邪推しまくってくれたのです。
「俺…人を好きになるっていうのがどういうことなのか、自分でもよく分からないんです…きっとちあきさまならご存知だと思って。
教えてくださいちあきさま、人を好きになると顔が赤くなったり、
胸が苦しくなってドキドキしたりするものなんですか?
…どうしてあなたとお別れするのが、こんなにも淋しいんでしょうか…」
切々と胸の内を訴える涼子さん。
その姿を見るちあきさまの胸は痛みます。
なんとかしてやりたいと思っても、領主夫人の立場はそれほど強くはありません。
あくまでご領主さまは絶対の存在なのですから。
(私のことをこんなにも思ってくれる人がいるなんて…)
すっかり冷え切ってしまった智子さまとの仲。
疲れ果てたちあきさまの心に、涼子さんの素直な言葉はじんわりとしみてゆきます。
「それでは、これで本当にお別れです、ちあきさま。
…今までのご恩は決して忘れません」
振り向くことなく去ってゆく涼子さんに、
「涼子ちゃん!」
ただ呼びかけることしかできず。
ぼうぜんと見送るちあきさま。
そのままおよそ20分が過ぎたころ、ちあきさまは美咲さんの部屋へと向かうのでした。
そのころ、何も知らない智子さまは。
「うっく、もう一杯!」
今日も今日とて歓楽街にお忍びで現れ、夜の女たちと飲めや食え、歌えや踊れの大騒ぎ。
このあときつ〜いお仕置きが待っていることなど、まったく頭になかったのです…。