【2181】 言えずに唇固まってしまった  (キリヤ 2007-03-05 20:42:59)


【No:2176】の続きです。



主は私に試練を与えた。
また、私に苦難の道を歩めというのか…。
初めは私はそう思った。
明らかにおかしい世界。
私はリリアンの高等部2年になっていた。
そんなことは有り得ない。
有り得ないからこそ、このふざけた世界で好き勝手する事にする。
勿論、人あまり迷惑かけない程度に。
それが主の教えに反していても。
この世界であなたはどこにいるのだろう?
思えばこれまでは後悔ばかりの人生だったのかもしれない。
あの人の悲しげな顔を見る度、幾度も幾度も自分を責めた。
もっとあの人が悲しまなくてもいい選択肢があったのではないか? それが自分には出来たのでないか。
そんなことばかり、答え無き問いを主に繰り返した私への試練……あるいは私の願いを叶えてくださったのか。
今はそんなことはどうでもいい。
私はこの世界を存分に謳歌する。



「栞、どうかしたの?」
私の親友の一人、蟹名静がぼーっとしていた私を心配したのか訝しんでいたのか顔を覗き込んでくる。
私の視線先をたどる彼女もまた私同様固まってしまった。
私がこの世界ーーといって良いものかーーに来てからまだ3日だが私はまだあの人は見つけられないでいた。
私が2年ということはあの人は3年、白薔薇になっているはずでクラスメイトに白薔薇の蕾がいたときには少なからずショックをうけたが、白薔薇はあの人ではなかった。
元いた世界の紅薔薇の蕾であった水野蓉子さまに似た雰囲気を持った白薔薇さまだった。
むしろ彼女の妹、白薔薇の蕾の藤堂志摩子の方があの人に似ていると思ったくらいだ。
さらに驚いたのはその白薔薇の蕾と呼び捨てで呼び合うほど彼女とも親しかったことだ。
この世界の私も無意識のうちにあの人を求めていたのかもしれない。
「ごきげんよう、聖」
そんな風に優しく聖に微笑む志摩子。
「ごきげんよう、志摩子さま」
と穏やかな微笑みを浮かべる聖。
そんな二人は正直悔しいくらい絵になっていた。
どうやら、聖は一年生のようだった。
どことなく以前よりも幼く見える部分もある。
聖は志摩子の妹になるのだろうか?
私は未だに顔を赤くしたまま動かない静をほうって置いて聖と志摩子の元に駆け寄る。
「ごきげんよう」
自分では顔が引きつっていないか心配なほどぎこちない笑顔だったと思う。
「ごきげんよう」
志摩子は即座に返してくれたが聖は返してくれない。
志摩子といい雰囲気だったのに壊されてへそを曲げているのだろうか?
うつむいたその顔は伺い知れない。
今思えば、少し言い過ぎたかも知れない。
「ごめんなさいね。お姉さまとの一時を邪魔しちゃって」
それだけいって、ごきげんようも言わずに立ち去った。
私のそんな行動に志摩子は困ったような顔をして聖と別れた。また明日と付け加えて。



「ちょっと栞、聖ちゃんと知り合いなの?」
放課後なのにも未だに帰らない私は静にそんなことを聞かれた。
なんとも返答に困る質問だ。
聖を知っているがこの聖は知らない。
「ひょっとして、あなたも聖ちゃん狙い?」
お前もかブルートゥス。
彼女の顔をみれば一目瞭然。聖に惚れてるのが分かる。
私も聖のことは好きだが、どうなのだろう? 今の私の好きは聖の好きに等しいのだろうか?

「あ、あの…」
教室の入り口から消え入りそうな声が聞こえる。
か、可愛い…。
教室には私と静しかいない。
私がこれだけキテルのにあの様子の静が耐えられる筈がない。
「聖ちゃん!私の妹に!」
「えっとその、静さまごめんなさい」
困った顔で静の誘いを断る聖。
そんな聖が可愛い過ぎてもっと困った聖がみたくなった。
「その、えっと……」
「どうかしたのかしら。用があるならさっさと言いなさい」
と冷たくいってしまった。
心無しか聖の目には涙がうっすらと浮かんでいる。
あまりの可愛さに私は顔がにやけるのを必死に我慢した。
「あの、名前を聞いてもよろしいですか?」
それでも涙を堪えながら必死に私に向かう聖。
私はもうどうにかなりそうだった。
静はもう倒れて真っ赤な海を作り始めていた。
泣きそうでここまでの破壊力があるなら泣き顔は…
「名前を聞く前に自分から名乗ってはどうなの?」
考えるより口が先だった。
もっと伝えたい言葉がある筈なのに気恥ずかしくて言葉は届かない。後悔しないと決めたのに…。
「…一年生の…佐藤聖です」
もう、泣いているに等しい。
一筋の涙が聖の頬を流れ落ちる。
うぅっ…反則よ聖。あなたいつからそんなしおらしい萌えキャラになったのよ!って萌えキャラってなに?
「あの、名前…」
こんなことならあの時もいってしまわないで聖をいぢめて…げふんげふん…可愛がっていれば良かった。
「名前…」
半ばわざと無視していると聖は情けない顔をして声がどんどん小さくなる。
「久保栞よ」
「…栞さま」
ーーー艦長! これ以上は危険です!
ーーーばかもの、敵を目の前にしてにげるやつがいるか!
ーーー艦長! 1番から108番までの理性が全て乗っ取られました!
ーーーええい! せめて一矢報いるぞ! お前たち、私について来てくれるか?
ーーー勿論です艦長!
ーーー理性艦、反応消えました。
ーーーなんという破壊力だ!佐藤聖は!


な、なんてこと! なんて破壊力! 聖は甘やかすよりもいぢめたほうが可愛いなんて。
今なら理解出来る。男は好きなのは女の子をいぢめるというアレが。
私は真理に達した。
古の僧侶や司祭達もこのように真理に達したに違いない。(違います)
「それで、何か用かしら?」
今すぐ静のあとを追ってしまいそうな私はなんとか新しい理性ができるまで耐えるためにとりあえず用件を聞くことにした。
「わ、私のお姉さまになってくれませんか?」
ばたり…
「せ、聖…泣き顔で上目遣いは……反則よ」
「し、栞さま!?」
結局、静と同じ末路をたどる事になった私は教室に忘れ物を取りに来た志摩子がくるまで聖を泣かせたままだったらしく、泣き止ませたのも志摩子らしかった。
…ずるいわよ志摩子…私も聖の泣き顔もっとみたかったのに。



目を開けると知らない天井…ではなく、ま、眩しいっ!
「あ、起きましたか栞さま」
あ、あの頼れるお凸がキラリと光る彼女は…誰だっけ?
………そうだ、鳥居江利子さま。黄薔薇の蕾だった人だ。
「栞さま、聖をからかうのはいいですけど、さっさと自分の気持ちを伝えたほうが良いですよ。」
「なっ!」
なぜ彼女がそんなことを知っているのか?
「なぜ知っているのか?って顔してますよ。多分、あなたと同じですよ。久保栞さま」
くすくす笑いながら保健室を後にする彼女はとても楽しそうだった。



私は急いでいた。
彼女の言う通りだ。両想いかどうかとか好きの相違など気にする必要は無い。
大切なのは私が聖のことが好きだという事実のみ。
伝えよう。いや、伝えなければならないのだ。
「はぁっ……はぁ………」
聖がどこにいるかなんて分からない。
それでも走る。シスターに見つかっても止まらないし、止まる気も無い。
こんなに解放された気持ちになるのは一体何時以来なのだろう。
だからこそわかる。あの時、聖は私を受け入れ求めたことが私は理解出来なかったのは、私が自分の殻に閉じこもっていたから。差し出された聖の手を私の殻で挟んで縛りつけ、恐怖を覚えると手を追い出したのだ。
なんてひどい女だろか……。
だから、今度は、笑顔で聖を私の手で引っ張りたい。
はやる気持ちと反対に体は動かなくなって行く。
校舎を一通り見て回り、聖がいなかった。
校門へとかける。
息は切れている、呼吸が上手く出来ない。舌が乾く、上手く声は出ない。
それでも、この想いを伝えるのにどっちも必要なんてない。


誰かを愛するのに資格が要るような世界を造る神ならば、私はそんな神は要らない。
誰かが愛しいという想いが間違いなんかじゃないから。
主に祈ることしか出来なかった私でも、今はそれだけは解るから。
校門に聖が見えた。
だから、私は…………











結果から言うと私は聖を妹に出来なかった。
志摩子に先をこされていた
だが、それは仕方無い。私は姉だなんて器じゃ無い。
自分の道すら決め倦ねる私が聖を導くだなんて傲慢もいいところだ。
それに、姉じゃなければ聖のそばにいる資格が無いわけじゃない。
静はまだ悔しがっていたけど、親友の妹なら自分が思い切り甘やかそう、と言っていた。
私は聖と一緒に行く道を探したい。
「栞さま」と呼ぶ可愛らしい聖も好きだけれど、やっぱり私は「栞」と呼び捨てにして欲しい。
聖を狙っている人は多い。
姉になった志摩子や、美人で歌も上手くて優しい静、世話上手で聖とクラスも同じの水野蓉子さまーーーいまは蓉子ちゃんと呼ぶべきかーーーを筆頭に全学年で聖は人気がある。
それでも、私は負けない。負けてやる気もさらさらない。
このチャンスを逃したら私はきっと後悔する。
……もう、後悔はしないってきめたから。
「ふふっ……」
だから、今私の腕の中にいる聖を思い切り抱きしめる。
「あ、あの、栞さま?」
困惑しながらも真っ赤になる聖が可愛らしくて仕方がない。「栞」
「え?」
「栞と呼び捨てにしてって言ったでしょう、聖」
「し、栞…」
最高ね。
「可愛いわ。聖」
「あ、あう…」
先ほどよりもずっときつく聖を抱きしめる。
「明日は二人で何処か行かない?」
「そ、それって、で、デートですか?」
「勿論よ。志摩子には内緒よ」
「はい、栞さ……栞」
まだまだ壁は全部取り払えないけど、それはこれからゆっくりやって行けばいい。









ーーー聖、私の妹になって欲しいの
ーーー志摩子さまのですか?
でも…。
ーーーそうよ
ーーーで、でも…
そう、私には好きな人がいる。
ーーー私の妹になれば聖に会いに行けるわよ。あなたはまだ栞とロクに話した事もないのでしょう? それに姉以外の人と仲良くすることが私は悪い事とは思わないわ
志摩子さまはまるで人の心を呼んでいるようだ。
ーーー…わ、分かりました。志摩子さま、私のお姉さまになってくれませんか?
ーーーええ、喜んでーーーはぁ……はぁ……聖…
ーーーし、栞さま
ーーー栞、私たち姉妹になったから
ーーーそう……聖
栞さまが私の耳元でこういった。
ーーー聖、妹になって欲しかったのよ
その一言に私は感動してしまった。でも、私は志摩子さまの妹、後悔はしていない。
だって…
ーーーだからね、聖、私の恋人になって欲しいわ。私あなたのことがずっと好きだったから
なんて嬉しい台詞を私に囁いてくれたのだから。
だから、私はもう何も言えなくなってしまった。


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