「ごきげんよう。お邪魔します」
そこにいたのは、瞳子ちゃん。
電動ドリルのような縦ロールを揺らして、にこやかにほほえんだのだった。
「瞳子ちゃんが、どうして───」
隣の席に着く、演劇部員の松平瞳子を目で追いながら、やっとのことで声を絞り出した紅薔薇のつぼみ福沢祐巳。
「説明会に出た方が、選挙のためになりますもの」
やはり見学者ではなく、立候補予定者ということだ。
「でも、一年生なのに」
「あら、志摩子さまだって去年は一年生でいらしたでしょ。何も不思議ではありませんわ」
と、澄ました顔で答える瞳子。
「……あぁそっか。考えてみれば、無理に薔薇さまになる必要はないんだよね」
「……へ?」
瞳子は、祐巳の呟きに、思わず間抜けな声を出してしまった。
「それもそうね。私も一年間薔薇さまを体験したのだし、無理に二年も続ける必要は無いわ。むしろ、環境整備委員会に専念できて良いかも」
「……は?」
続く白薔薇さま藤堂志摩子の言葉に、再び間抜けな声をあげる。
「なるほど。他に立候補してくれる人がいるんだから、任せてしまってもいいのよね。そうすれば私も、剣道部一本で行けるし」
「……えーと?」
更に、黄薔薇のつぼみ島津由乃が続き、瞳子の思考が停止してしまった。
「志摩子さんいいの? 乃梨子ちゃんは?」
「乃梨子なら大丈夫よ。別に薔薇さまやブゥトンに拘るような子じゃないから」
「由乃さんも?」
「うん。菜々だって、私が薔薇さまだろう何だろうと、関係ないって思ってるだろうから。令ちゃんも、何か言いたいかもしれないけど、何も言わないだろうし。そう言う祐巳さんは?」
「私みたいな平均点が無理に薔薇さまをするよりは、瞳子ちゃんの方が適任だと思うのよね」
「祥子さまはいいの? それに、蓉子さまとの約束は?」
「私は、小笠原祥子さまの妹ってことだけで充分だから。お姉さまだって、分かってくれると思うの。蓉子さまの約束だって、山百合会が無くなったら、薔薇の館を使うも必要なくなるし、多目的ホールみたいにすれば、自然と人が溢れるようになるんじゃないかな」
「じゃぁ、問題なしね」
「そうね。そんなわけで英恵さん、突然で申し訳ないけれど……」
「私たち三人は、立候補を辞退しますので、ここは失礼させていただきますね」
「お騒がせしてごめんなさいね」
「ま、そーゆーことで」
何やら三人だけで完結してしまった祐巳、由乃、志摩子たちは、英恵と瞳子をそのままに、ぞろぞろと選挙管理委員会事務所を出て行った。
「あのー、えーと、あれ?」
呆然とした顔の実行委員英恵と、頬に一筋の汗を流したままの瞳子は、黙って見送ることしか出来なかった。
結局立候補者が一人だけだったので、然したる混乱も起きることなく、松平瞳子が生徒会長となった。
たった一人だけでは生徒会の仕事が出来ないので、瞳子はクラスメイトの『元』白薔薇のつぼみ二条乃梨子と、バスケットボール部の細川可南子、他敦子や美幸らに土下座して頼み込み、ようやく体裁を整えることができた。
一人で三薔薇さまを兼ねるということで、三色が混ざったサーモンピンクの薔薇さま、すなわち“鮭桃薔薇さま”という、なんとも呼びにくい通称が付いてしまったのはまた後の話……。