「おーい、福沢」
名前を呼ばれて振り返ると、やたらと荷物を持った社会科の先生が立っていた。
「……あぁ」
普段は働かない思考がこの時だけは物凄い速度で動く。
祐巳は瞬時に呼び止められた理由を理解した。
そして、祐巳は大荷物を持って去っていく先生を見送る。
祐巳が呼び止められた理由。
『これを準備室に返しておいてくれ』だそうだ。
「うぅ〜重い」
こんなときに限って、志摩子さんも蔦子さんもいないのだから運がない。
祐巳は仕方がないと諦め、重い荷物を持って社会科準備室に向かう。
社会化準備室にここから一番近いルートは、三人の教室がある校舎を通るのが一番の近道。
「よいしょ……て、私はおばあさんか」
どっこいしょとか言うのは、歳をとった証拠らしいと聞いたのを思い出す。
ともかく、荷物を持ち直し祐巳は社会化準備室に向かう。
「おっ、とと」
荷物が不安定なのか、荷物が安定してくれない。
ちなみに祐巳が預かった荷物はダンボールと世界地図を撒いた物。
ダンボールは良いとして、もう一つの地図の方が安定せずにずり落ちてしまう。
「ふぅぅぅぅ」
肩が痛い。
祐巳は安定しない荷物を持ってどうにか三年の教室が並ぶ廊下まで来た。
廊下は静まり返っていた。
ほんの少し前まで、三年のお姉さまたちで賑わっていた廊下。
下級生の祐巳にしてみれば、少し向かうのに躊躇していた場所。
だが、三年生が卒業した今は、少し怖いくらいに不気味で寂しい。
祐巳は荷物を持ち直し、少し早歩きでこの廊下を抜けることにした。
「あっ」
急いで抜けようとして、祐巳の足が止まる。
三年椿組のプレートを見つけた。
振り向けば藤組も見える。
そこにあった楽しい時間が浮かぶ。
新学期には、お姉さまたちがここで学び、そして、こうして静かに成れば次は祐巳のたちの番。
まだまだ先のように思えるが、すぐに来そうな気もする。
静かな廊下は考えなくて良いことまで考えてしまう不思議さがあった。
校舎の外から聞こえてくる部活生の声が更に寂しさを呼ぶ。
祐巳は、今度こそ廊下を抜けようと足を大きく出した。
「あっ!!」
まぁ、なんてお約束なのか、祐巳の持った地図がスッと落ちて廊下に引っかかり祐巳はバランスを崩す。
「ひぃぃん!!」
倒れると思った。
――ぽっむ。
「ほっへ?」
「何をしているの貴女は」
祐巳は倒れることなく、見れば祐巳のお姉さまである祥子さまの腕の中。
……。
……腕?
……。
……胸?
祐巳は一気に血が頭に昇るのを感じた。
「おっ、おぉぉぉぉぉぉおおお、お姉さま!!??」
「貴女は何を騒いでいるの」
「い、いいえ!!どうしてお姉さまがココに?!」
祐巳は急いで祥子さまから離れる。
「貴女を見かけたからよ。何やら大荷物を持って危なっかしく歩いているんだもの」
「はぁ、ごめんなさい」
どうやら祐巳を心配して追って着てくれたらしい。それなら声をかけて欲しいところだが、祥子さまが大声で祐巳を呼ぶ姿というのは中々に想像出来ない。
「ほら、一つ貸しなさい」
祐巳が断るまもなく祥子さまはダンボールを祐巳から取り上げて……。
――ズッン!!
「おぅ!!」
祥子さまは淑女らしからぬ声を上げ、ダンボールに引っ張られ廊下に頭から沈んだ。
頭を廊下につけ、足を高らかに上げていて、その……下着がお見えに成っている祥子さま。祐巳は見ていないことに決めた。
「なっ!!何よコレは!!」
ダンボール一杯に書類が詰められると重い。
「だ、大丈夫ですか?お姉さま」
「だ、大丈夫よ!!これくらい……」
祥子さまは脂汗を流しながら優雅に微笑む。腕がプルプルと震えているが……。
「……お姉さまの教室ね」
「はい」
祥子さまは、今は誰も居ない三年椿組の教室を眺め、優雅に震えながら微笑んでいた。
「そ…れ…では行きましょうか!!ハァハァ」
「はい、お姉さま」
祐巳は歩くたびに次期紅薔薇さまとは思えない声を吐き出す祥子さまと、楽しそうに静かな三年生の教室が並ぶ廊下を後にした。
「アレから一年か」
実際にはまだ一年は経っていない。
受験などで人数は少ないが、三年の教室には少しだが三年のお姉さま方が見える。
ただ、祐巳はあの時と同じように社会科の先生から荷物を預けられていた。
「さて、急ごうかな……おっ!!」
再び地図が引っかかった。
――ボッス!!
「ふっぎゅ!!」
「だ、大丈夫ですか?祐巳さま」
またもや祥子さまに助けられたかと思いきや、そこに居たのは瞳子ちゃんだった。
「ありゃ、瞳子ちゃんか」
「瞳子ちゃんで悪かったですわね!!」
祐巳の言葉に瞳子ちゃんは少し怒っている様子。
「あはは、ごめんごめん。助けてくれてありがとね」
「い、いえ」
祐巳は少し拗ねている瞳子ちゃんに微笑みかける。
「別に、お礼を言われるほどでは……それよりも祐巳さま荷物持ちすぎですわ」
そう言って瞳子ちゃんは祐巳からダンボールを取り上げ。
――どっしゃ!!
沈んだ。
以上、よくある話でした。
『クゥ〜』