【No:221】のつづきです。
「福沢さん。」
「え、えっと、あ、はいっ。」
がたん、とあわてて立ち上がる。え、え?
わっと笑い声がまわりから上がる。
必死で状況を把握すると、今は授業中。山村先生のご指名をうけたらしい。
「ぼーっとするような気温じゃないわよ。誰を妹にするか悩むのは休み時間にしてほしいわね。」
うわっ。いつになくきっつい山村先生。
「はい、問3。」
「……わかりません……。」
「ふぅっ。ちょっと授業が終わったら話しましょ。残ってて。じゃあ問3、山田さん。」
あーあ。やっちゃったよ。由乃さんのおかげでアタマぐるぐるだもん。
「先生、申し訳ありませんでした。」
とにかくまず頭を下げる。
「なんだか梅雨時を思い出すような顔をしてるわよ、福沢さん。なにがあったの?」
「それは……その……。」
「小笠原さんのことね。」
「ど、ど、ど、ど」
「どうしてって『だれを妹にするか』に反応しなかったから。そうしたら小笠原さんのことしかないでしょ。」
これだ。これだからリリアンOGは怖いのだ。
「当たってます先生。当たってますけど……先生にお話しできることじゃ……。」
「そうね。でも、いつでも相談に乗るわよ。授業が面白くないんじゃないかって気が気じゃないもの、こちらは。ふふふ。」
「はい。すみません。」
「で、紅薔薇革命なの?」
「先生っ!!ち、ち、ちがいますっ!」
「そう、よかったわ。それじゃ。」
山村先生は廊下を戻ろうとして背中越しに言った。
「いつか支倉さんに言ったことなんだけどね。」
「はい。」
「福沢さんの存在が小笠原さんを強くて優しい人にしているのは素敵なことよ。だけど、福沢さんがいなくなったら小笠原さんが小笠原さんでなくなるって変よね。」
「え。先生、それをお姉さまでなく私に言うんですか?」
「そう。島津さんはうまくやったわよ。過激だけどね。ふふふ。」
「あ・の・・・・。」
思い当たることはある。ありすぎるほどある。私がいなければ食事ものどを通らないお姉さまだもの。でも、でも,それって私にロザリオを返せって言ってるの?先生。
いいえ、そうじゃない。黄薔薇革命より前の令さまと由乃さんみたいな今の私たち姉妹の関係をなんとかしなさいって言ってくれてるんだ、先生は。
でもどうしたらいいの?全然、手がかりがないよ。
やっぱり。アレしかないのか。しょうがない。
「柏木に会いたいって? 祐巳、どういうことだよ。」
「祐麒、ちょっと待って。まず聞いてほしいの。」
祐巳は日曜からのことを、今度は洗いざらい話す。
「ふーん。そんなことだったのか。」
「そんなことって。」
「いや、なんでもない。それよりさ、祥子さんが座り込んだとき、祐巳は見てなかったろ。」
「うん。動物の芸に夢中になってて、気づきもしないで。」
どーん、と、また落ち込む。
「待ってよ祐巳。責めてるんじゃないんだから。あのさ、俺たち後ろにいただろ。祥子さん、苦しそうに一瞬胸を押さえてから座り込んだよ。」
「ああ、やっぱり。」
もう、驚かなかった。
「わかったよ。明日の帰りでいいか。先輩に連絡とってみる。」
「ごめんなさい、祐麒。巻き込んで。」
「とっくに巻き込まれてるよ。だから明日は俺も一緒に行く。」
「ちょっと祐麒。」
「アブノーマルじゃないらしいんだろ、先輩は。」
「え、あ、うん・・・・。」
翌日、M駅前。午後五時半。それぞれの学校の帰りに待ち合わせの場所。
一番早くついたのは祐麒だった。
「寒っ。喫茶店ででも待ち合わせればよかったな。」
「そうですわ。優お兄さまも祐巳さまも気が利かないのですから。」
「え? って松平さん?」
「ごきげんよう。祐麒さん。」
「どうしてここに。」
「祐麒さんと同じ理由ですわ。たぶん。」
「あ・・・・・。」
「信用がないのですわよ。優お兄さまは。」
ずいぶん前に、この子のことを幼稚園児がかわいいっていうのとおんなじようにかわいい、って言ったことがある。でも学園祭を経てずいぶん印象が変わった。演技者としての真摯な姿を見たせいもあるけど、なんか苦みが加わって少し大人になったみたいな。
それを言ったら俺や祐巳もそうなんだろうな。苦笑する。一つの場所にいつまでもいることはできない。
「日曜日、松平さんも先輩に誘われたんだって?」
「ええ。」
「行けばよかったのに。」
「行って、祥子お姉さまと祐巳さまがいちゃいちゃしてるところに、お邪魔虫するんですか?」
「ああ、松平さんにはちゃんと事前に説明するんだ、先輩は。」
「当たり前ですわ。祥子お姉さまのいないところで優お兄さまと二人ってわけにはいかないじゃないですか。ああ、祐麒さんは黙って連れて行かれたんですね。」
「ああ。しっかりお邪魔虫。」
「ふぅ。優お兄さま、最近なにを考えているのか……。」
「それを今日聞きたいのさ。」
「わかりますわ。祐巳さまがひとりで優お兄さまから聞き出せるとも思えませんし。」
「ただね、信じてもいるんだ、先輩のことを。」
「瞳子、それを聞いてうれしいです。祥子お姉さまも優お兄さまも、私の好きな人はみんな祐巳さまが……。」
「え?なんて言ったの?」
「いいえ、なんでもありませんわ。遅いですわね、二人とも。」
「さみーなー。」
「寒いですわね。」