【223】 暗中模索  (くま一号 2005-07-14 23:42:28)


 これは【No:222】のつづきです。

 M駅に祐巳がついたのはそれから10分後だった。
「瞳子ちゃん? どうして瞳子ちゃんが。」
驚いて、苦い顔をする祐巳。あいかわらずわかりやすいやつだ。
「優お兄さまのお目付役ですわ。それとも瞳子がいてはいけない秘密の理由でもあるんですか。」
耳を真っ赤にしてつっかかる瞳子ちゃん。学園祭以来久しぶりに見るこの豹変、ある意味祐巳よりわかりやすい。

「秘密ってねえ。なんの話をするかくらいは聞いてるんでしょ?」
「祐麒さんから電話がかかってきたときに、優お兄さまの家にいたのですわ。それで、その。」
「お姉さまが心配で押しかけてきたのね。」
「そ、そうですわ。祐巳さまじゃ頼りなくって。」
「祐麒! 笑い事じゃないわよ、なにをくすくす……。」
「まあまあ。来たよ、ほら。」

 駅前のロータリーに入ってくる真っ赤なスポーツカー。あーあ、またあの人の運転かよ。
 ぱん、とドアを閉めサングラスを外しながら歩いてくる。こころなしか、緊張してるような、え? 先輩が堅くなってる?

「やあ。祐巳ちゃんが会いたいなんて、うれしいねえ。」
ここで若き日の石原裕次郎の笑顔。若き日の、だ。間違ってもなんだこりゃー、と叫んで壮絶に殉職した刑事のボスだったころのニヤリではない。湘南までは車で二時間以上かかるんですけどね、先輩。
「祥子さまのお話が聞きたいんです。そうじゃなければ」
「どんな理由でも僕は大歓迎だな。しかしユキチまでくっついてきたのか。瞳子にまでシスコンがばれてもいいのか。」
「お兄さま。」
「にらむなよ。今日は祐巳ちゃんの方からのご招待だ。」
「この前みたいな思わせぶりはやめてくれよ。」
「ははは。祐巳ちゃんからなんの話だったか聞いてないのか、ユキチ。」
「聞いたよ。そっちの話も思わせぶりだな。」
「まあとにかく乗った乗った。」
「どこへ行くの?」
「近くの喫茶店。学校帰りの制服の高校生達を誘拐するわけにはいかないからな。憧れのお兄さまとしては。」
「ちぇっ。本気で言ってるよ。この前よりはまともに運転しろよ。」
「はっはっは、ジェットコースターには乗れないと祐巳ちゃんとはつきあえないぜ。」
「お兄さま!」
「今日もそういう冗談にはつきあわないわ。行ってください柏木さん。」
「はいはい。出発しますよお嬢さまがた。」
軽口が浮いてるよ、らしくないぜ、柏木先輩。

 すぐ近く、駅から車で行くような距離じゃない喫茶店。店内は静かで客は少なく、四人は隅のテーブルに陣取った。柏木さんの隣は瞳子ちゃん。

「柏木さん。ほんとは二人で話したかったの。祥子さまのことをあまりこの二人に聞かせたくないんだけど……。」
「いまさらなんだよ、祐巳。」
「そうですわ。瞳子に聞かせてはいけないような話ですの?」
「祐巳ちゃん、さっちゃんならこの二人に話すと思うかな。」
「瞳子ちゃんには話すかもしれない。祐麒にはあなたが話すんじゃないかしら。」
「そうだな。あくまで僕の方からみたさっちゃんだよ。本人は違うことを考えているかもしれないからね。」
「わかったわ。」

「柏木さん、お姉さまは何か病気を持ってる。それって、この前遊園地でしゃがみ込んだ時のような身体に出るものなのね。」
「そう言ってしまうのは早すぎる。日曜日はたまたまかもしれない。」
「でも、中等部まではよくああいうことがあったんでしょう?」
「うん、人混みは苦手だね。立ちくらみみたいになることはちょいちょいあった。」

「岩松先生って小笠原家の主治医なんですよね?」
「ああ。お祖父さんの代から診てるらしい。」
「精神科も診られるの?」

 ふう、と息をついて前髪をかき上げる柏木さん。ここでそれをやるか。
「あれから三日、祐巳ちゃんお見事でした。名探偵になれるよ。」
「茶化さないで!」
「ほめたんだよ。さすがにさっちゃんのことはよく見てるって。」
「そうなんですね。」
「いや、内科が専門のホームドクターだよ。でも、さっちゃんを診ている以上は心得はあるね。もちろん専門外だから、この前みたいに急に倒れて往診、なんて時に限られるけどね。」
「お姉さまは、精神科には……」
「かかっていない。」
「どうして。」

 窓の外を見やって少し暗い顔になる柏木さん。
「どう、話そうかな。小笠原の次期当主の重圧ってそういうものだ、と言ってしまうとひとことで終わってしまうんだが。」

「症状そのものは、初等部の頃からあった。最初は人混みが苦手で、好き嫌いが多いから貧血もよく起こす、そんな風に思われてた。」
「もう起こさなくなったと思ったのに、お姉さまはそうおっしゃいました。」
「そうらしい。さっちゃんが高校へ入ってから一年半会っていない間のことはわからないけど、そこは祐巳ちゃんの方が知ってるんじゃないかな。」
「柏木さんに言われなければ気がつかなかった程度です。もともと低血圧で貧血ぎみって納得しちゃいますから。でも柏木さんにはわかっていた。どうして?」

「僕が高校二年、さっちゃんが高等部に入学した時に僕らは婚約した。」
「その病気のせいだっておっしゃいますの? 優お兄さま!」
「そういう面もある、ってことさ。さっちゃんが小笠原家の当主としてやっていくためには、僕がフォローしなければいけない、それが理由の一つ。」
「それが、いやだったんですね。」静かに祐巳が言った。


「違う!!」
「どういうことですか!祐巳さま!」
「もう一度聞くわ。瞳子ちゃんに聞かせてもいいの? 柏木さん。」
「お願いです、話してください、お兄さま。」

「瞳子。さっちゃんのために、かな?」
「・・・・・・。」
「そうだわ。お互いに祥子さまを慕うものとして、瞳子ちゃんにも聞かせてあげて。」
「違います。」
「瞳子ちゃん!」
「そう、違うね。」と柏木さん。
「どこまで鈍感なんだよ。わが姉ながら蹴りを入れたくなるよ。」
「祐巳さまを支えるものとして、です。」

「瞳子、ちゃん?」


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