友達百人のその二?
【No:1863】
「そう言えば……」
祐巳は由乃さん、志摩子さんと話しながら歩いていたが、不意にその足を止めた。
「どうしたの、祐巳さん?」
「ん?ちょっと不意に思い出したことがあってね」
「なになに?」
由乃さんが、少し楽しそうな表情で祐巳の方を見ていた。
「そんなに面白いことじゃないよ?」
「なによ、もったいぶってさぁ。教えなさい!!」
祐巳の言葉を、由乃さんは余り本気にしていないようだ。
「本当に、大したことじゃないって」
「そう言われると聞きたくなるものよ、祐巳さん?」
志摩子さんが由乃さんの方に付いてしまった。
「そうよ、そうよ。さぁ、話なさい」
「もう、本当に大したことじゃないけどなぁ……ほら、私って髪型って殆どツインテールでしょう?」
「そうね……祐巳さんファンの中には、同じ髪型にしている生徒も多いしね」
「えっ?そ、そうなの!?」
由乃さんの言葉に祐巳の方が驚く。
「それだけではないわ。ファンの子たちを見ていると、祐巳さんがしていたリボンを殆どの子がしているようよ」
……それは知らなかった。
祐巳は、自分に憧れてくれている生徒が居ることは少しは知っていたが、そこまでとは知らず驚いていた。
「それで、その髪型がどうしたの?」
「あっ、ぁぁ、えっとね。私って初等部まではストレートだったのよ」
「ふ〜ん」
由乃さんの反応は薄い。
「それで今の時期に、ちょっとした話があってそれからツインテールにするように成ったんだぁ」
「ほう、それで」
「それでお終い」
祐巳はそこで話を区切ろうとしたが、由乃さんだけでなく志摩子さんまで許してはくれなかった。
「あの〜、お二人さま。これは……なに?」
祐巳は、自分よりも少し背の高い由乃さんと志摩子さんに両方の腕を取られてしまった。
「何って、連行するのよ」
「せっかくの話ですもの、そんな事で締めないでお話して欲しいわ」
「ちょ、ちょっと!!」
祐巳の抵抗空しく、志摩子さんと由乃さんは祐巳を引きつれ薔薇の館へと向かった。
そう、それは梅雨が開け、夏にはほんの少し早い時期の事だった。
その頃の祐巳の髪型は、ストレート。
少し髪に癖があるので、先端の方が小さくウエーブしていた。
その頃の、祐巳は自分の髪が余り好きではなかった。理由はその髪のウエーブが原因。
クセ毛で、上手く纏まらないのが嫌いなのだ。
だからと言って、髪を短くすれば、最近何かと生意気な弟と双子のように瓜二つに成ってしまう。
だから、長いままのストレート。
不満はあるが仕方がない……ただ、かくれんぼには不向きだった。
長い髪を束ねもしないまま、林の茂みに隠れたまでは良かったのだが、髪が木に絡まって動けなくなった。
そこに彼女が、顔を出した。
「ごきげんよう、どうなさいました?」
ヒョコッと顔を出したその生徒、左右の綺麗なツインテールが揺れている。
「ご、ごきげんよう」
その顔に見覚えは無いが、まずは挨拶……状況的に恥ずかしいが仕方がない。
同級生ではないとすると、下級生か上級生なのだが、見た目には下級生のようだ。
「あら、髪が枝に絡まってしまいましたのね」
言葉遣いは、上級生のようでもある。
「あはは」
「こんな所で、かくれんぼでも為さっておられるのですか?……本当に」
彼女は、枝に絡んだ髪をときながら理由を知って笑った。
その笑顔は、本当に楽しそうという笑い顔だ。
「えへへ」
「はい、解けましたわ」
「ありがとう。でも、貴女はどうしてこんな場所に?」
彼女の言葉ではないが、こんな所に隠れるなど余り理由は無い。
「ココは私のお気に入りの場所なのですよ」
そう言って彼女は手にしたバックから分厚い本を取り出す。
「へぇ、何の本か聞いていいかな?」
「……の本……」
本の題名を聞くと、彼女は声が小さくなった。
「嫌いな本?」
「えっ、いえ、好きな本です……」
何だか彼女の言い方が少し幼い感じに変わる。
「それって、読んでいて楽しい?」
何だか大事にしている本のようなのに、どこか寂しそうなので聞いてみた。
「う、うん」
「なら、楽しいって顔をしようよ!!」
小さくだが頷いたので、祐巳は少しわざと笑顔を見せる。
「う、うん、楽しい」
「笑顔で言わないと楽しいことも楽しくなくなるよ……」ニッコ!!
「……ふっ、ふふふ」
「えっ?えぇ??」
突然笑い出した彼女に祐巳は戸惑う。
「ど、どうして笑うの?」
「だって、貴女。さっきまで困っていた顔をしていたのに……あはは」
「だって……」
「笑顔でしょう?」
祐巳は笑っている彼女を見て……笑った。
「……福沢さぁぁんんん、見つけぇぇぇぇたぁぁぁわぁぁぁぁ……」
不意に背中が重くなって振り向くと、そこには長い髪をたらした青い顔が……。
「きゃぁっぁ!!」
「ひぃぃぃぃ!!!」
祐巳も彼女も悲鳴を上げる。
「か、か、か、萱原先生!!」
脅えながら見れば、そこには鬼役の萱原先生がいらした。
いるのは良いのだが、せめて声をかけて欲しい。萱原先生は、ワザとかは知らないが、どこぞのTVの中から出てくるお方にそっくりで。
ある時など、階段を健康の運動と称して四つんばいで下りて来た時など、大パニックに成った事があるほどだ。
「ごめんなさぁぁいいぃぃぃ」
「萱原先生!!すぐに行きますから、他の人を頼みます!!」
祐巳に迫る萱原先生の手が止まる。
「そうねぇぇぇ、急がないとぉぉぉぉ」
萱原先生はイキナリ地面に張り付くと、ずっ、ずっ、ずっ、ゆっくりと足のほうから茂みに消えていった。
萱原先生はリリアン出身だと聞いたが本当なのだろうかと思い、萱原先生のリリアンに通っているところを考えて、祐巳は挫折した。
「……はぁ、はぁ、萱原先生を鬼役にするなんて……とにかく、見つかってしまいましたわね」
「う、う、うん、仕方がないね」
祐巳は動悸を抑え。一先ず彼女と気分を落ち着ける。
「それでは、ごきげんよう」
その場を離れようとする。
「あっ、まって」
彼女は祐巳を呼び止めると、ツインテールの髪をまとめているリボンを取り。
「そのまま」
そう言って、祐巳の髪をツインテールにまとめた。
「これなら茂みに入っても、そう邪魔には成らないでしょう」
今度は茂みに隠れるつもりは無い。怖いから。
「あっ、ありがとう」
それでも嬉しいので、彼女の提案を断るようなことはしない……が、まとまりの無い髪は二つに分けると何だか……。
「なんだかドリルみたいですわね……でも、以外に良いわね」
「うっ……まぁ、一応お礼を言っとく。ありがとう」
祐巳としては、一応は褒められたが、彼女のような綺麗なツインテールに成ると良かったと思う。そうそう髪質は変わってはくれないと言うことだろう。
「それでは、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
祐巳は今度こそ挨拶をして、かくれんぼうをしている友人達の方に戻っていった。
「そう言えば、居たわね萱原先生」
由乃さんは何か思い出したのか、少しカップを持つ手が震えている。
「それで、それからツインテールにしているのね」
「うん、そうだよ」
今、祐巳は薔薇の館のサロンで、志摩子さんと由乃さんに昔話をしていた。
「それまでに髪型とか弄らなかったの?」
「何回かはあるよ、でも、それまでは気に入っていなかったんだよね」
祐巳は志摩子さんが用意してくれた紅茶に口をつける。祐巳が気に入ったのは、彼女がしてくれたからかも知れない。
「それでその子とは?」
「それが、それ以来会うことは無かったよ。出会った茂みにも行ったけれど、会うことも無くって、そのうちに忘れていったから」
「そう」
「縁が無かったのね」
たぶんそう言う事だろう。
「一期一会、だからこそ出会いは大切なのよ」
「お姉さま!?聞いていらしたのですか??」
祐巳たちの話しに不意に入ってきたのは、祐巳のお姉さまである祥子さまだった。
「貴女達の声って元気なのだもの、階段にまで聞こえていてよ」
祥子さまは笑っていた。
少し、恥ずかしい。
――ばん!!
「祥子お姉さま!!」
そこに更に進入してきたのは、祥子さまの親戚になる松平瞳子ちゃん。
この子のおかげでしばらく大変だったのだが、今は何となく可愛いと思ってしまう。
「何ですか、祐巳さま?ニヤニヤして気持ち悪い」
「ううん、なんでもないよ」
戸惑い顔の瞳子ちゃんに祐巳は更に笑顔で返す。
そう言えば、あの子は、ねじれた祐巳のツインテールを気に入っていたようだった。
見れば瞳子ちゃんの髪型は……。
「そんな事は無いか」
「何が無いのです?」
ただの呟きなのだが、瞳子ちゃんの監視は厳しいようだ。
「なんでもないよ」
不思議な事に、瞳子ちゃんの視線が嬉しい。
変なのと思いながら祐巳は笑顔でもう一度、瞳子ちゃんに応えるのだった。
祐巳、初等部編その二?でした。
ココまで読んでくださった方に感謝。
瞳子ちゃんの髪型については、勝手な想像なのでお許しください。
『クゥ〜』