交差点を大きく回った時、カチャリと言ったのは何だったのだろう。
封筒の中に残された、デート資金の小銭?
それとも、祐巳のコートのポケットのロザリオ?
いや、それ以上に、聞き覚えのある音。
洋画などで、頻繁に登場する、ある道具が発する音。
警官が、軍人が、犯人が、必ずと言ってよいほど手にしているある道具。
それは、“拳銃”。
その、撃鉄が起きる音。
まるで、弾を撃つ直前に、親指で起こした撃鉄が立てる音。
そんな音が聞こえると言うことは、“拳銃”は間近にあるということ。
車内には、幸か不幸か乗客は祐巳と瞳子の二人きり。
いったい誰が、標的になるというのだろうか。
運転手じゃなければ、標的は二人のどちらか。
銃口は、祐巳か瞳子に狙いを定めているのか。
そもそも、なぜ狙われているのかという疑問は、祐巳には浮かばないようだ。
その“拳銃”が偽物ならば、ちょっと痛い思いをするだけで済む。
でも、本物ならば。
祐巳か瞳子、どちらかが命を落とすことになる。
そんなのは嫌だ。
せっかく姉妹になれるというのに。
姉妹になる前に、命を落とすなんて嫌だ。
だから。
だから祐巳は、明日なんて暢気なことを言っていられなかった。
隣で寝息を立てている、瞳子を揺すり起こした。
「起きろ! 瞳子!」
「は、はい!? 何ですかお姉さま!?」
混乱しているのか、祐巳は瞳子を呼び捨て。
瞳子は瞳子で祐巳をお姉さま呼ばわり。
ロザリオ授受の儀式はまだだけど、既に二人の関係は、姉妹で完結しているようだ。
M駅に到着したとたん、瞳子の手を取って、大慌てでバスから飛び降りた。
バス停の明かりの下、目を白黒させている瞳子を尻目に、ポケットに手を突っ込む。
そこには、確かなロザリオの手触り。
「はい、デートはこれで終了。デートが終わったから、今から返事、OK?」
「は、はぁ……?」
寝起きのせいなのか、瞳子の意識はハッキリしておらず。
畳み掛ける祐巳に、呆然の面持ち。
勢いだけで祐巳は、ロザリオの鎖を輪にすると。
「とゆーわけで、瞳子ちゃんを妹にします。これが返事です。まぁそれはそれでおいといて、私の妹になりなさい。もうこうなったら断るのは無し。ノーもダメ。だからハイと言えやコラァ!?」
「ちょ、ちょっと祐巳さま!?」
瞳子の頭をガッシと掴んだ祐巳は、そのまま縦に何度も振り、足元が覚束なくなった相手の首に無理矢理ロザリオを架け、顎と頬を片手で掴んだ。
「オーケイ?」
「……ホーヘーへふ」
どうやら祐巳も、バスの中では半分寝ていたようで、何でもない小さな音がキッカケで、とんでもない発想に結びついてしまったようだ。
常識で考えれば、ただの女子高生が、ましてや銃で狙われるワケがない。
昨夜、デートということでなかなか寝付けず、遅くまでDVDを見てたのが原因のようだ。
こうして、怒涛のロザリオ授受の儀式は、雰囲気もクソもない状態のまま、呆気なく終了したのだった……。