島津祐巳・由乃その四。
その一【No:2045】その二【No:2058】その三【No:2098】【No:2101】【No:2109】【No:2123】【No:2167】
その四―今回
島津祐巳と島津由乃は双子である。
同じ日に産声を上げてから、祐巳と由乃は、従姉妹の支倉令と何時も一緒だった。
そして、これからも一緒のはずだったのだが、令に由乃がロザリオを受け取ったことにより少し変化が訪れ。
祐巳が、紅薔薇のつぼみである小笠原祥子さまからロザリオを受け取ったことで更に少し変化が訪れていた。
祐巳が祥子さまの妹に成ってしばらくのこと、この所体調が優れなかった由乃が久々に登校した。
登校の付き添いは、由乃のお姉さまである令姉ちゃんが受け持ち。
一方、祐巳は以前なら二人の横に居たのだが、今は少し二人と距離を開けて接していた。
勿論、祐巳は由乃とは実の双子だし、令姉ちゃんは従姉。
距離をとってみたところで、家に帰れば由乃は居るし、令姉ちゃんも普通に顔を出すから余り意味はない。
何より、距離を取るとか思った祐巳自身も、ついつい今までと同じ行動を取ってしまうのだから、決意も何も関係ないというのが本当。
現に今も久しぶりにやってきた由乃を気遣って様子を見に来たところだ。
「どうしたのよ、祐巳」
「ん、一応、様子見」
「ふーん」
放課後の教室に由乃だけが一人残っていた。
「今日は薔薇の館に行くの?」
祐巳は、聞きもせずに由乃の前の席に座る。
「祐巳は?」
祐巳が聞いたのに、質問を返されてしまった。
「行くけれど?」
「祥子さまが待っているから?」
「う〜ん、そうだね」
祐巳は由乃の言葉に頷く。
「そうか」
由乃は黙ってしまった。
静かに俯く由乃は、お母さんに似て美人だ。
「なに?」
「うん、黙っていると本当に美人だなぁと思って」
「なによ、それ」
由乃の顔色が真っ赤に変わる。
「いや、部活の先輩達の話でね。妹にするなら由乃のようなお淑やかな妹が良いそうです」
「あっ、そう」
祐巳の言葉に、由乃の反応は淡白だ。
本当に他の人……特に知らない人に対しては淡白と言うか、興味も無いのだろう。
由乃に言わせれば、祐巳の方は気にしすぎらしい。
「それよりも、祐巳は祥子さまとどう?」
「どうって?」
「ほら、最近、薔薇の館に行ってなかったから」
「そんな事、家で聞けばいいじゃない」
どうせ同じ家に居るのだから。
「そうなんだけど、祐巳、私の部屋に最近は余り来ないじゃない……もしかして祥子さまと姉妹に成ったのが関係あるのかなと思っていたから」
流石は由乃、鋭い。
「まぁ、祥子さまとの関係は、由乃や令姉ちゃんとは違うから上手く行っているのかは良く分からないけれど。私は満足しているよ」
「そう……やっぱり私たちとは違うんだ」
それはそうだ。
由乃や令姉ちゃんとは違い、どんな考えをしてどんな行動を取るのか良く分からない。それは祐巳が祥子さまをまだ知らないからだろう。
「ねぇ、祐巳」
「なに?」
「もう一度聞くけれど、祥子さまとはどんな感じ」
どんな感じと言われても、返答に困る。
「ドキドキとかする?」
「……する。由乃は?」
「するわけ無いじゃない」
まぁ、そうだろう。ドキドキはしない、その代わりに、相手のことが分かるという安心感はあるはず。
「……ねぇ、由乃。何考えている?」
まぁ、分かりすぎて余計なことまで気がつくのも困ったものではある。
「さぁ」
由乃は誤魔化したが、祐巳は由乃に不安を感じる。こんな時、由乃はろくな事を考えてはいない。
「由乃」
嫌な予感を感じて由乃に詰め寄ろうとしたとき、タイミング悪く令姉ちゃんが顔を出した。
「あれ、祐巳」
「令姉ちゃん?」
「こら、令さまでしょう?」
教室に入ってきた令姉ちゃんは祐巳を嗜める。
「どうせ、私たち以外に居ないんだから構わないじゃない」
由乃の意見はもっともだが……。
「そうは言うけれど、薔薇の館でこの前注意したばかりだからね」
祐巳は、ついクセで令姉ちゃんと呼んでしまう事がある。
この前も、祥子さまの前で、令姉ちゃんと呼んでしまった。まだ、祥子さまのことをお姉さまと余り呼んでいないのにだ。
祥子さまは気にしていないようだが、令姉ちゃんとしては気にかかる事だろうし、祐巳の方も祥子さまに後ろめたいものを感じているのだが。
……恥ずかしいんだよね。
まだ、照れもある。
「それじゃ、行きましょうか。令さま」
今度は気をつける。
「あっ、祐巳。ごめん、由乃はこのまま帰らせるよ」
そう言って令姉ちゃんは由乃の鞄を持つ。
「帰るの?」
「うん、大丈夫だとは思うけれど一応ね」
試合が近いと言うのに……一年の祐巳とは違い、レギュラーの令姉ちゃんは出場者なのだが。
「令姉ちゃんは少し由乃を甘やかしすぎ、相変わらず過保護なんだから」
「それを祐巳に言われたくないなぁ……あぁ、言うのは祥子の方か」
すぐに呼び方が戻ってしまった事には触れず、令姉ちゃんは笑いながら祥子さまのことを持ち出した。
「何かあったの?」
案の定、由乃が食いついてくる。
「うん、のど飴がね」
「令姉ちゃん!!」
「ちょっと教えてよ」
「帰りながらね」
クスクス笑っている令姉ちゃんを見ながら、祐巳は家で由乃にからかわれる事を覚悟した。
「それじゃ、先に帰るから、後から道場の方に顔を出しなよ」
「はーい」
「じゃ、祐巳」
ここはリリアン、挨拶はごきげんよう……もなく。別れるが、由乃は一度立ち止まり。
「祐巳、祥子さまのこと良かったよ。おかげで吹っ切れそう」
「はい?」
ニッコと笑った由乃の表情に、祐巳は再び嫌な予感を感じた。
「祐巳、どうしたの?」
由乃と令姉ちゃんと別れ、祐巳は一人で薔薇の館に来たのだが、どうも由乃が気に成ってしまい。
山百合会の仕事が手につかない。
「あっ、いえ」
祐巳は慌てて書類に視線を戻す。
ただでさえ仕事が遅いのに、これ以上遅くしてはいられない。
「祐巳」
「はい、何でしょうか祥子さま」
「……祐巳、お姉さまでしょう?」
「あっ、はい、すみません」
どうしてもお姉さまと言うのは恥ずかしくって、言い出せない。
「それで何か心配事があるのなら、相談してくれていいのよ」
「いえ、本当に何もありませんので」
祥子さまに心配させたくはなかっただけだったのだが……祥子さまの表情は何処か暗い。
「本当に?」
「はい!!」
「そう……由乃ちゃんの事とか?」
「いえ、本当に何でもありませんから!!」
祐巳が否定すればするほど、祥子さまは聞いてくる。
「令の事とか?」
「いえ、令姉ちゃんも関係はありません!!」
どうしてココで令姉ちゃんが出てくるのか分からないが、祐巳は少し声を大きくして否定した。
「分かったわ、でも、本当に何かあるのなら相談してね。私たちは姉妹なのだから」
「はい、祥子さま」
祥子さまの最後の一言がとても嬉しく感じられる。
本当に祥子さまは素敵なお姉さまだ。頼りがいもあり、優しい……まぁ、確かにのど飴をくれたりするが、タイが少しでも乱れていると注意なさって直したり厳しい面もある。
……お姉さま。
口にして言うのが恥ずかしく、心の中でそう呼んでみる。
それでも結構、恥ずかしい。
この時、祐巳は幸せ一杯で祥子さまの様子にまで気が回らなかった。だから、祥子さまにこれ以上心配をかけたくないので言った。
「令姉ちゃんは本当に関係ありませんから」
問題は、由乃の方。
「そう……分かったわ」
祐巳の一言に、祥子さまは頷いた。
祐巳の心配事が、リリアンを震撼させる事件と成って現れたのは、祐巳が中高剣道部合同特別練習に参加して、リリアンを離れているときだった。
「さて、菜々行くよ」
「分かっていますよ、祐巳さま」
祐巳と菜々はそれぞれ手にした木刀を構える。
祐巳と菜々の前には同じような木刀を構えた生徒が二人。
祐巳と菜々は、普段のリリアンの制服だが、相手の制服は天地学園と言う特殊な校風を持つ女子高のものだ。
天地学園は、祐巳のお姉さまである小笠原祥子さまの小笠原家にも匹敵するようなお家柄である天地家が運営する学園で、有名な特殊な校風とは、剣特生という校内で戦いあう生徒が居ることだ。
その実戦的な戦いは評価が高く。
他校の剣道部が練習を申し込むことは意外に多い。
祐巳たちも以前から何度か申し込み、今回ようやく申し込みが申請され。こうして天地学園のルールで、校内の戦いに参加しているところだ。
「祐巳さま、頼みます!!」
「分かってる」
天地学園の戦いのルールとは、まず、戦うのは二人一組。
使用する木刀は、刀のような形をした天地製の木刀。
そして、二人一組なのだが、それぞれ天と地という役割を分け。星と呼ばれるセンサーを打ち合い。
天のセンサーが打たれて反応した方が負けと言うものだ。
今回、祐巳が地。
菜々が天の星を持って参加している。
まず、祐巳が切り込む。
その後ろから菜々が祐巳の影に隠れるように相手に迫った。
相手の地の生徒と祐巳の剣がぶつかり合う。
戦いはジャッジがついて不正や行き過ぎなどを監視している。
祐巳は正当な剣道の構えから、相手に打ち出していくが相手の方が少し上手らしくなかなか星を奪えない。
――ごぉぉぉんん。
学園に鐘の音が鳴り響く。
戦いにはタイムリミットがあり、鐘の音五つで終了らしい。
今のが確か三つ目……時間は無いが、戦い方に戸惑っているためか上手くいかない。
「うらりゃゃりゃりゃ!!」
「あわわわ」
「菜々?!」
「よそ見していると危ない」
そうしているうちに相手からの反撃が始まった。
菜々は相手の天から攻められ、祐巳も対峙した地の生徒の剣を受けているばかりだ。
戦う前に紹介してもらったが、これで中等部の三年生と一年生なのだから堪らない。
こういう相手と出会うと、実戦主義者の言葉が思い出される。
――ごぉぉんん。
四回目の鐘の音。
祐巳は体勢を建て直し、構えを治す。
時間はもう僅か。
菜々の方も分かっているのか、祐巳と同じように体勢を直していた。
菜々と視線が合い、同時に相手へと向かった。
「今日は、ありがとうございました」
『ありがとうございました』
高等部主将の言葉の後に、今回の練習に参加した生徒達が挨拶する。
天地学園の戦いは、高等部中等部が関係ない。
そのためリリアン側も中高合同にしたのだが、肝心の令姉ちゃんは由乃が病院に行く日なので参加していなかった。
祐巳は改めて過保護だと言ったのだが、令姉ちゃんはそれでも由乃の方を優先した。
通常の授業に戻った天地学園を祐巳たちは後にして、バス停へと向かう。
「それにしても令さまが来られなくって残念でしたね、祐巳さま」
「なに?令さまと私が組みたかったと?」
「違うのですか?」
確かに令姉ちゃんと組むのは楽しそうだが、実力的には令姉ちゃんは主将と組むだろうから、祐巳と組む確立は最初から低い。
「そうだね……よりにも寄って菜々と組ませられるし」
ただ、それを菜々に言うのは少し癪なので意地悪をしてみる。
「それは私のセリフだと思うのですが……」
「よく言うわ、最後の鐘の後、菜々。あの一年生の子と遊んでいたでしょう?」
最後の方で、菜々は楽しそうに相手の生徒と剣を交えていた。
「それを言うなら祐巳さまだって」
「私の相手の子は怖かったわよ」
祐巳の相手の子は、中等部の三年生の生徒だったが何だか怒っていて怖かった。
馬鹿とかは良い方。
クソチビや汚ガキに脳味噌焼きプリンなど、暗く呟いて黒かった。
剣の腕はかなりのものだが、出来たら今度は相手したくないとしみじみ思う。
「え〜、腹黒い者同士合っていると思ったんですが」
「誰が腹黒いか!!」
「そこ!!騒がない!!」
「「はい」」
菜々と騒いでいると主将に怒られてしまった。
「もう、菜々の責任だからね」
「祐巳さまの方こそ」
怒られたので静かに菜々と話していたが、そんな祐巳と菜々を見て主将が。
「あの二人を組ませて正解だったわね」
などと呟かれていることなど知るよしもなかった。
中高の合同練習から戻ってきた祐巳たちは、全員でマリアさまにお祈りした後解散となった。
祐巳は、そのまま薔薇の館に向かうことはせずに一度教室へと、一人向かっていたのだが、フッと足を止めた。
奇妙な言葉が聞こえてきたからだ。
「?」
だが、その言葉は聞こえては来なかった。
祐巳は、少し気になりつつも、再び教室に向かう。
「ゆ、祐巳さん?!」
教室に入った祐巳を挨拶もなく驚きで出迎えたのは桂さんだった。
「ごきげんよう、どうしたのよ。そんなに驚いた顔をして」
「だ、だって、祐巳さん今日は部活でお休みだったはずじゃないの?」
「終わったから戻ってきただけなんだけれど……あぁ、あった」
祐巳は自分のロッカーから小さな封筒を取り出す。
「あっ、それを取りに来たのね」
「そうよ、なに?どうかした?」
「いや、その……令さまの話なんだけれど」
「令姉……令さまがどうかしたの?」
つい何時ものように呼びそうになって言いなおす。
「その、由乃さんがロザリオを返して、破局したらし……」
「はっ?ナニそれ!!」
祐巳は、まだ話の途中だった桂さんの話を止め、桂さんに迫る。
「本当なの?!」
「う、うん!!さっき呆然と歩いている令さまがブツブツ呟いているのを聞いただけだけれど!!」
「ブツブツ言いながら歩いていた?今?」
「うん、今、校舎の外を歩いて……」
「早くそれを教えてよ!!」
祐巳は桂さんを放り出すと急いで校舎の外に向かう。
由乃が何かを考えているのは分かってはいた。だが、まさかロザリオを返すことを考えていたなんて予想はしていなかった。
ただ、理由は思いつく。
「まったく、ない物ねだりだよ。由乃は」
祐巳は立ち止まり、周囲を見渡す。
由乃は今日は病院の日、それで令姉ちゃんは練習に参加しなかったのだから、由乃は学園にはいない。
由乃には後で家に帰って問い詰めるとして、今、探すのは令姉ちゃんだけで良い筈だ。
「さて、どっちだ?」
桂さんから聞いたのは校舎の外という事だけ。
「マリアさまのお導き!!」
祐巳はそう叫んで、広いリリアンの校内に走り出した。
「いた!!」
本当にマリアさまが導いて下ったのかは知らないが、祐巳は以外に早く令姉ちゃんを発見した。
そこは古い温室の中。
令姉ちゃんは、何をするでもなく座っている。
――きぃ。
「令姉ちゃん?」
「……祐巳、どうしたの?」
祐巳に気がついた令姉ちゃんだったが覇気がない。
「それはこっちのセリフ、由乃の事聞いたよ」
「あぁ、そう、何が悪かったのかな」
「何がって……」
たぶん理由は、令姉ちゃんの過保護。
「ねぇ、祐巳は祥子のロザリオを返したいと思ったことある?」
「はっ?」
「あるわけないか……この前、成ったばかりだものね……」
そ、そうだ。ただ、一瞬、令姉ちゃんの言葉にドキッとした。
「はぁ、祐巳を妹にしておけばこんな事には成らなかったかな……」
令姉ちゃんは何を言っているのか?
「あぁぁ、死にそう」
令姉ちゃんはフラフラ立ち上がり、祐巳は慌てて支えに入る。
「……由乃」
突然、祐巳を抱きしめる令姉ちゃん。
完全に勘違いしている。
いくら由乃にロザリオを返されたからと言って、呆けるのもいい加減にして欲しい。こんなところを誰かに見られでもしたら、更に収拾が着かなくなる。
「れ、令姉ちゃん!!」――ばっん!!
祐巳が慌てて叫んだ直後、後ろの温室の扉が音を立てて開かれる。
物凄く嫌な予感。
ゆっくりと視線を後ろに移す。
「……さ、祥子さま」
そこに居たのは、紅薔薇のつぼみ。
今、この状態を見られては、もっともいけない人。
令姉ちゃんの親友で。
祐巳のお姉さま。
小笠原祥子さま。
こんな続き方で良いのかとも思いますが、読んでくださった方に感謝しつつ終わり。
『クゥ〜』