【2230】 激写姉妹のばらっど。  (柊雅史 2007-04-12 02:19:18)


※注意※
敢えて原作の蔦子さんの発言等、一部設定等は無視しています。


 蔦子は日課である愛機の手入れを終え、眼鏡を外して目元の疲れを片手で揉み解しながら、もう一方の手で机に置かれた可愛らしい箱から褐色の塊を摘み上げた。
 一週間程前のバレンタインに、下級生からもらったチョコレート。一口サイズの塊を口の中に放り込むと、心地よい甘さが口いっぱいに広がって、精密作業で溜まった疲れを、じんわりと溶かしてくれるようだった。
 指先についたココアパウダーを舐めながら眼鏡を掛け直し、蔦子は雑然とした机の隅に重ねられた冊子を手に取った。部室はきっちり整頓している蔦子だが、自室はどちらかというと散らかっている。カメラや写真は当然整理してあるけれど、それ以外の小物や雑誌なんかは、とりあえず適当なところに転がしておくのが蔦子のクセだ。冊子を取り上げた拍子に、父が出張の折に買ってきたお土産の置物が床に転げ落ちたけれど、まぁ良いかとばかりに放置して、手元の冊子に視線を落とす。
 冊子には『1年菊組 大石晴香』と書かれた付箋が貼ってある。ちょうど、蔦子がたった今口にしたチョコレートをくれた一年生だ。表紙をめくると、一人の少女の体育祭や学園祭のスナップショットが並んでいた。
 枚数的には少な目だけど、一生懸命リレーで走っている姿は好感が持てるし、学園祭のパンフレットを友達と見ている様子は、中々に愛らしい。超ミニミニのアルバムだけど、晴香ちゃんの魅力はそれなりに詰まっていると判断し、蔦子は満足げに頷いた。
 実のところ、蔦子はそこそこ同級生や下級生にモテる。
 もちろん祐巳さんや志摩子さんや由乃さんや、祥子さまや令さまなんかとは比較するだけバカバカしいが、それでも毎年いくつかのチョコレートを受け取るし、今年も全部で7人からチョコレートをもらった。
 正直、山百合会のメンバーでもない自分になんで、という思いもあるけれど、差し出されたチョコレートを突き返すわけにもいかない。それに、もちろん蔦子はそのケはないのだが、誰かに好意を抱かれるというのは、少なくとも悪い気は起きないものである。だから毎年、差し出されたチョコレートはありがたく受け取ってきた。蔦子だって、祐巳さんほど大好きではないにしろ、甘い物は嫌いではないのだ。
 チョコレートのお返しとして、ホワイトデーに何かを贈る、という考えは、今のところ蔦子にはない。男女間のやり取りであれば、その辺の風習に則るものかも知れないが、同性から贈られたチョコレートに対して、律儀にルールを守る必要もないと思う。キャンディーとかマシュマロとかにこだわる気もないので、蔦子なりの感謝の印として、バレンタインからそれほど間を置かずに、自選のミニアルバムをプレゼントするのが恒例だった。普段から同級生などには枚数が溜まったところで渡しているのだが、イベントなどで気紛れに撮影した写真は、本人の手元に渡ることなく蔦子の部屋のアルバムに積まれることが多い。それをバレンタインでチョコレートをもらったのをキッカケに、掘り起こして再編集すると言うわけだ。
 今年も7人の内6人に関しては、ミニミニアルバムがしっかりと完成した。全校生徒、余すところなく写真に収めるつもりで被写体を探している蔦子だが、実際に全員分の写真がしっかり出て来たことには、自分のことながら感心してしまう。ミニミニアルバムの作成を開始したのは中等部の頃からなのだが、今のところ写真がなくて困った、という経験をしたことがない。
 もちろん今年も、7人全員の写真をアルバムの中に見出すことが出来た。その点では蔦子の密かな記録は更新中なのだが……蔦子の手元には、6人分のミニミニアルバムしか存在していなかった。
「……さて、どうしたものかな」
 トントン、とアルバムを揃えながら、蔦子は困ったように呟いた。チョコレートをくれたのは7人。アルバムの山の中から写真を掘り起こしたのも7人分。それなのに、完成したアルバムは6人分しか存在しない。それが目下、蔦子を悩ませている現実だった。
 蔦子の視線は自然と机の上に鎮座する、茶色い小さな袋に注がれる。バレンタインにもらったプレゼントの小山に紛れているけれど、中身はチョコレートではない。食べ物ですらない。袋の中身は蔦子が愛用するフィルムである。
 風変わりなプレゼントの差出人は、どこにも書いてないけれど、もちろん蔦子はしっかりと覚えている。
 内藤笙子ちゃん……一年と少し前に偶然出会い、祐巳さんのお節介によって、親しくなった一年生だ。そして唯一、アルバムを作れなかったのが、この笙子ちゃんである。
「……笙子ちゃんの写真、全部プレゼントしちゃったからなぁ……」
 眉根を寄せて、蔦子はため息を吐く。他の6人と比べて、圧倒的な枚数が発掘された(というか、既に別冊のアルバムにまとめてあった)笙子ちゃんだけど、その全てを既に手渡し済みなのだから、改めてアルバムを作るわけにもいかない。
 これまでも、普段から写真を渡していたような同級生へのお返しに、アルバムを新たに作れないことはあった。その時は事情を説明して、ありがとうと伝えて勘弁してもらって来たのだけど。
「笙子ちゃんも、それで良いんだろか……?」
 本日3度目のため息を交えながら、蔦子は悩ましげに呟くのだった。


   †  †  †


 蔦子は1年生の教室があるフロアを突き進んでいた。
 週も明け、気が付けば木曜日の昼休み。既に週の半分が経過して、蔦子の手元に残っているのは、1冊のアルバムだけだった。他の5冊は月曜日から順次クラスを回ってプレゼントし、大いに喜んでもらえた、と思う。
 そして、残るアルバムは1冊。一年菊組の大石晴香ちゃんのアルバムのみ。予定ではとっくの昔に配り終えていて良い1冊なのだけど、週の後半までずるずると引っ張ってしまったのは、晴香ちゃんの所属するクラスが原因、かもしれない。
 一年菊組には笙子ちゃんがいる。部室で笙子ちゃんと話している内に、いつの間にか刷り込まれていた記憶が、昨日まで蔦子の足を鈍らせていたのは事実である。笙子ちゃんと晴香ちゃん、同じクラスに所属していて、同じように蔦子にバレンタインの贈り物をくれた二人。なのに、晴香ちゃんにはお返しのアルバムがあり、笙子ちゃんにはそれがない、というのは、笙子ちゃんに悪いんじゃないだろうか……とか。
 ふとそんなことを考えてしまったものだから、さすがの武嶋蔦子と言えども躊躇いを覚えてしまった。けれど、いつまでもウジウジしていても仕方ない。そもそもそう言う行動は祐巳さんや志摩子さん辺りの専売特許であり、蔦子の辞書には本来、ウジウジとか躊躇とか、そういう類の単語は登録されていないはずなのだ。
 そもそも、笙子ちゃんは普段からアルバムと言うか、写真をもらっているのだし、改めて渡すような写真が手元にない、ということくらい、察してくれるだろう。それに、必ずしも菊組で笙子ちゃんと遭遇するとは限らない。むしろ最近の笙子ちゃんは、校内での撮影行動に忙しく、昼休みには教室にいないことが多いと言っていた。ならば、何を臆することがあるだろうか。
 そんな風に理論武装を終えた蔦子は、一大決心をして一年菊組に足を向けた。アルバムをお返しに渡すだけなのに、大袈裟すぎるような気もするけれど、実際問題としてそれなりの固い決意とやらが必要だったのだから仕方ない。どうにも調子が狂う話だけれど。
 菊組の扉は開いていたので、蔦子はとりあえずそっと室内を見回してみた。目的の晴香ちゃんより先に、笙子ちゃんの姿を確認する。とりあえず、室内にいない様子に安堵の息を吐いてみたりする。
 やはり杞憂だったか、と蔦子が手近な生徒に晴香ちゃんを呼び出してもらおうと、声を掛けようとした、その時だった。
「蔦子さま?」
 後ろから、いきなり名前を呼ばれて蔦子の心臓が跳ね上がる。いや、それはちょっと正確ではない。ただ名前を呼ばれただけならば、蔦子だってここまで焦らなかったに違いない。問題は、蔦子の名前を呼んだ声が、イヤという程聞きなれた声であり、今だけはちょっと、できれば聞きたくない声だったからだ。
「ご、ごきげんよう、笙子ちゃん……」
「ごきげんよう、蔦子さま。何か御用ですか?」
「え、ええ、その……」
 と、笙子ちゃんに用件を問われて、らしくもなく口ごもる。それはそうだ。笙子ちゃんなら事情を察してくれるとは思っていても、だからと言って笙子ちゃんに晴香ちゃんを呼び出してもらう、というのはどうだろう。いくらなんでも無神経過ぎやしないだろうか。
 かと言って、ここまで来て「なんでもないわ」と誤魔化すことも出来ない。手近な子に声を掛けようとしている場面ではなくて、それこそカメラでも構えようとしている場面だったなら、「ちょっと撮影に」とでも誤魔化せたのだろうけど。――いや、その誤魔化し方は蔦子もどうかと思うけど。でも、なんとなく納得はしてもらえそうな気がする。
 とにかく、誤魔化しようのない場面を押さえ込まれた以上、仮定の話をしても仕方がない。それにしても、なんでこう、浮気をした夫か、剣道部の後輩にホワイトデーのお返しを渡す令さまみたいな心境にならなくてはいけないのか。まぁ、どっちも想像の範疇でしかないのだが。
「大石晴香ちゃん、っている?」
「晴香さんですか?」
 観念して用件を切り出した蔦子に、笙子ちゃんがひょいと教室を覗き込む。ここで晴香ちゃんがいなければ、とりあえず決定的場面だけは目撃されずに済むなんて希望が一瞬閃いたが、概ねこういう場面は悪い方悪い方へと転がるものである。
「あ、いますよ。呼んできますね」
 笙子ちゃんがそう言って教室に入り、間違いなく晴香ちゃんに声を掛ける。マリア様に見守られているはずのリリアン女学園では、こういう時は概ね最悪の展開を迎えるような気がするのは、気のせいだろうか。
「蔦子さま、お待たせしました」
 蔦子がマリア様に文句を抱きつつあるところに、晴香ちゃんが緊張した面持ちでやってくる。緊張の中に僅かな喜びが垣間見えていて。仄かに赤く染まった頬がなんとなく初々しくて、思わずカメラに手が伸びそうになる。
 そんな晴香ちゃんの背後には、ちらりちらりとこちらを見る笙子ちゃんの姿。不機嫌というわけではなさそうだけど、どうにも気になって仕方ない、という様子が、表情からも動作からも、微妙な距離でうろうろしている姿からもアリアリと分かってしまう。
 ここで蔦子に示された選択肢は二つ。この場でアルバムを渡してしまうか、晴香ちゃんを外に連れ出すか、だ。どうしてだろう、どっちも不正解な気がしてならない。
 だけど、ここまで来て再びまごまごするのも蔦子らしくない。それに、変に隠すよりも堂々とアルバムを渡した方が、誤解を招かなくて良いかもしれない。というか、冷静に考えてみれば、蔦子は普段から自作アルバムを笙子ちゃん以外の子にもプレゼントしているのだ。今回、晴香ちゃんに渡すのだって、その一環に過ぎないではないか。見ようによっては。
 冷静に考えれば、気にするほどのことでもないのだ、と気付いた蔦子は、手にしたアルバムを晴香ちゃんに差し出した。更に冷静に分析すれば、手にアルバムを持っている時点で、用件なんてものはバレバレだったのではなかろうか。
 バレンタインのお礼を伝えつつアルバムを渡し、どうにかミッションをコンプリートした蔦子は、そっと晴香ちゃんの背後に視線を向けてみた。そこには既に笙子ちゃんの姿はなく、いつの間にやら窓際に移動して、こちらに背を向けた状態で友達とお喋りをしているようだった。
 果たしてあれは、どんな反応だったのか――1年菊組の教室を辞して廊下を進みながら、蔦子は困ったように頭を掻いた。


   †  †  †


 放課後の部活動は、どうにも居心地がよろしくなかった。
 写真部の部室にいるのは、蔦子と笙子ちゃんの二人だけ。これはまぁ、悲しいことにいつものことで、写真部員の大半は幽霊部員なのである。普段なら作業机も暗室も、独り占めならぬ笙子ちゃんとの二人占め状態で、気楽でラッキーなどと思うのだが、偶には顔くらい出しても良いんじゃないかと、幽霊部員たちに文句を言いたい気分になった。
 部室に到着したところで、笙子ちゃんが普段通りに来ていることを確認して、軽く安堵したのは束の間のこと。二人して作業机に陣取って、写真の整理を黙々と開始したところで、蔦子はどうにも隣にいる笙子ちゃんの存在が気になった。
 お昼休みのことを、気にはしていないのだろうか。表面上は普段通りではあるけれど、普段は感情表現が豊かなくせに、これで中々笙子ちゃんという人物はしたたかなところがある。祐巳さんが大いに苦戦している、曲者の瞳子ちゃんほどではないにしても、決して油断は出来ない相手なのだ。
 お互いに、最初の挨拶以外は特に言葉を交わさずに、黙々と互いの写真を整理しているのもいつものこと。普段の笙子ちゃんは由乃さんの半分くらいの勢いで喋る子だけど、蔦子が作業をしている時は、自分も黙って別の作業をこなすのが常だった。だからこの沈黙だって、別段気にする必要のないものなのだ。
 ――ないもの、のはずなのだけど、それでも蔦子には今日の沈黙が耐え難いものに感じるのだった。
「そういえば、ね」
 結局、耐え切れずに蔦子は写真を適当に弄り回しながら、珍しく笙子ちゃんより先に口を開いていた。
「今度の日曜日に、テニス部の写真を撮ることになったのよね」
 適当に無難な話題として、今日の朝に桂さんに頼まれたことを上げてみる。
「なんか、テニス部で卒業写真集みたいなのを作るつもりみたいなのよ」
「そうなんですか」
 笙子ちゃんが作業の手を止めて顔を上げる。
「――あれ? でもその日って、別の取材が入ってるんじゃ?」
「別の取材?」
「はい。だって、確か祐巳さまたちのバレンタインデートが、その日じゃなかったでしたっけ?」
 首を傾げながら言う笙子ちゃんに、蔦子は話題選別の失敗を悟った。いや、話題としては問題なかったのだけど、日程が大問題だった。バレンタイン絡みの話題を、自ら提供してどうするのだ。
「あ、ああ。そのことなら、今年はそっちの取材は中止になったのよ。真美さんの意向で。まぁ単に、真美さんも日出実ちゃんとデートしたくなったんじゃないの?」
 あはは、と笑いながら努めて軽く言った蔦子に、笙子ちゃんが「そうなんですかー」と頷く。
「あ、だから日出実さん、ちょっと浮かれてたんですね。日程はちょっとズレてますけど、バレンタインデートですもんね」
 日出実ちゃんの様子でも思い出したのか、くすくす笑いながら言う笙子ちゃんに、蔦子は再び話の種の選別失敗を悟った。だからこう、バレンタインを思い起こさせる話題ばかり出してどうするのだ、一体。
 眼鏡の奥でいつになく焦りながら、蔦子は別の話題を持ち出すことにした。幸い、弁論部からのスカウトが来るだけあって、こういう場面で巧妙に話の路線を切り替えるのは、蔦子の得意とする分野である。
「……で、さ。良かったら、一緒に回らない?」
「え……?」
 頭の中に浮かんだ、多種多様な別の話題の中から、蔦子が次の話題を選ぶより早く。
 蔦子の口は勝手に動いていた。
「あ、いや、その……」
 自分が発した誘い文句に、むしろ蔦子の方が慌てつつ、言葉を繋げる。
「ほら、バレンタインのお返しの写真、笙子ちゃんの分ってなかったじゃない。さすがにそれは悪いかな、と思って。テニス部の撮影ついでに、お昼でも食べて、別のクラブとかも適当に回って……」
 自分で言っておきながら、何を急に言い出すのだこの武嶋蔦子という人物は、などと内心でツッコミを入れてしまう。
「――とまぁ、そんな感じで。天気も良いらしいし」
 良く分からないシメで喋り終えた自分自身に、軽く自己嫌悪など感じてしまう。
 本当に、何をいきなり言い出しているんだろう、自分は、と。
 そんな風に思いながら、ついさっきまで感じていた居心地の悪さも、ここ数日1年菊組に足を運ぶことを躊躇っていたことも、6冊のアルバムを作成しながら悶々としていた日々のことも、全ての理由に思い当たった。
 普段から写真を渡している同級生と同じように、理由を話して許してもらえば良いだろう、なんて。そんな結論を出していたけれど、それで蔦子自身が納得していなかったのだ。
 同じように、で納得なんてしてなかったのだ。
 そんな風に思ってしまうくらいに、笙子ちゃんという子は蔦子にとって、ほんの少しだけ、特別な相手だったということなのだ。
「それって、デート、ですか?」
「いや、別に、デートと言うわけではなくて……」
 ほんのりと頬を染めて聞き返してくる笙子ちゃんに、蔦子は慌てて首を振る。そんな風に、はっきりと「デート」などと言われては、蔦子のキャラクター的にも、どうにも受け入れられない響きである。
 そもそも、メインはテニス部の撮影会であって、これは写真部に対する依頼みたいなものだ。その後に他の部を回るのだって、ついでみたいなものだし、お昼にはお腹が減るので一緒にゴハンを食べるだけ。言ってみれば、普段放課後に行っている写真撮影の延長に過ぎないではないか。
 いつものように写真を撮って、現像して、その出来を品評などしながら、アルバムに貼り付けていく。その撮影を特別に日曜日にするだけのことで、これをデートとは普通、呼ばないだろう。
 だから、蔦子は首を振ってから答えた。
「……デートなんかより、ずっと楽しいこと、かな」
 それはもう、絶対確実に間違いのない事実だった。


   †  †  †


 日曜日に制服姿でリリアン女学園の門をくぐるのは、運動部員でない蔦子にとっては、非常に珍しい体験だ。それこそ、今回のテニス部のように、特別な要請でもない限り、日曜日に学校へ来ることなんてない。
 門を入ったところで蔦子は時計を確認し、首から提げた愛機の設定をチェックする。昨夜のメンテナンスもバッチリだし、設定も問題ない。もちろん、フィルムもしっかり入れた。笙子ちゃんからもらったフィルムを。
 今日回るのは、テニス部を皮切りに陸上部やバスケ部やラクロス部などの、日曜日も活動している運動部。笙子ちゃんにもらったフィルムも、大いに消費することになるだろう。
 けれど、このフィルムで最初に撮る写真は既に決まっている。
 もうすぐ来るだろう笙子ちゃんが「ごきげんよう」と挨拶をする、その笑顔。
 笙子ちゃんが乗っていると思われるバスが、バス停に止まるのを確認して、蔦子はカメラを両手に構える。何人かの制服姿の生徒たちの中に、笙子ちゃんの姿を見つけ、蔦子の口許には自然と笑みが浮かんだ。


 さて、デートよりもずっと楽しい一日の始まりだ――



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