【2231】 堂々と行き当たりばったり  (篠原 2007-04-12 04:43:25)


 この世界に悪魔が跳梁跋扈するようになって数ヶ月が過ぎ、世界は徐々に安定を取り戻し始めていた。
 無論、悪魔の存在もそのままに。



 『真・マリア転生 リリアン黙示録』 【No:2174】から続きます。



 祐巳は3年生に進級して、紅薔薇さまと呼ばれる存在になっていた。
 リリアンにおける肩書きは絶対的な力の象徴だ。
 3人の薔薇さまを頂点に、その妹たる蕾、蕾の妹という学園全体の中核をなす薔薇ファミリーは別格とされ、以下、各委員会、部活の部長クラス、各クラスの委員あたりまでがいわゆる幹部級と呼ばれ、一般生徒達から一目置かれる存在となっていた。
 もっとも現在は新年度が始まって間もないということもあり、蕾の妹は存在していない。
 そして新年度早々、菜々はなんのドラマも波乱もなく黄薔薇の蕾となっていた。
 年度が変わる前に紅薔薇さまが松平瞳子にロザリオを渡したという話は伝わっていたから、これで3人の薔薇さまに蕾が揃い、体制が整ったと見られていた。

 志摩子を中心としたロウの勢力は、治安と平等、弱者の保護を謳って人を集め、数の上で優勢を占めていた。
 その上で、選ばれた人々による理想世界、千年王国の建国を目指していた。

 由乃を筆頭としたカオスの勢力は、人と悪魔とが共に歩む自由で活気のある、そして刺激的な世界を目指していた。
 それは弱肉強食の理でもあり、能力主義の一面があったので、自分の力に自信のあるものが多く集まっていた。
 数の上では劣勢でも個々の戦闘力は高いものが多く、戦力的にはロウの勢力と互角に近いと見られていた。

 そして祐巳は、未だどちらの勢力にも属さずにいた。
 3人目の薔薇さまである祐巳がどちらに付くかで大勢は決まると見られており、その動向を注目しているものも少なくなかった。


 そんな状況の中で、当初から中立を宣言していた新聞部がカオスの勢力に襲撃され、壊滅した。
 陣頭に立ったのは黄薔薇さまこと島津由乃。
 戦いにおいては『超攻撃型』と言われる黄薔薇ファミリーの面目躍如というべきか。
 ちなみに、白薔薇は『防御型』といわれているが、これはたぶんに黄薔薇の『超攻撃型』との対比として使われている部分が大きい。
 そして紅薔薇は『バランス型』と呼ばれていた。バランス型といえば聞こえは良いが、ようは特徴が無いということだ。これも超攻撃型、防御型に対してというよりは、白、黄にあわせて無理につけられた感がなくもない。
 ともあれ、この襲撃の結果、山口真美、高知日出実は行方不明に。
 隣でいち早くそれを察知した写真部は地下に潜った。
 武嶋蔦子、内藤笙子は各地に出没しては写真を撮っているという噂は流れるものの、その所在は不明である。
 この暴挙の理由については、菜々と由乃が姉妹になった時の会話が瓦版で公開されていたことに腹を立てたからとも噂されたが、真偽のほどはさだかでない。

 以下リリアン瓦版より抜粋


  「菜々、このロザリオ気に入ってたわよね?」
  「はい」
  「今私の妹になればもれなくこのロザリオが付いてくるけど」
  「なります」


 実際にこういった会話が交わされたのか、確かなことは伝わっていない。また、菜々の回答は「なります」ではなく「是非ください」だったという噂もあるが、やはり真偽の程はさだかでない。
 わかっているのは、中立を宣言していた勢力が潰されたという事実だ。
 これにより、大勢がはっきりするまで様子を見ようとしていた日和見主義者達の動きが激しくなったのも事実である。
 同時に、どちらにも賛同できずにいた者達は身の危険を感じ、追い詰められるように身を寄せ合うようになり、あるいはまた別の拠り所を求めた結果、やはりどちらにも属していない祐巳の下へ身を寄せようとするものが増えていった。
 新聞部襲撃の理由として、中立の勢力が第3勢力になるのを嫌って潰しておいたのではないかという見方をするものもいたが、だとすれば逆効果になったともいえる。


 由乃の新聞部襲撃は、祐巳にとってもかなりショックなことだった。
「危険な状態ですね」
 瞳子は祐巳のもとへ集まってくる人々の受け入れには難色を示した。
 今はまだ勢力と呼べるようものではないし、2つの勢力ともに祐巳を自分の側に引き込もうという動きもあるが、ヘタに人が集まり過ぎて第3勢力と化すような動きになれば脅威とみなされ新聞部のように潰されるのがオチだ。だから人を集めるなら一気に、簡単には潰されないだけの勢力にまで拡大しなければ危険なだけで意味がない。その上で、どちらかに付けばもう一方を圧倒できる程度の勢力になるのが望ましいのだが。
「でも、ほってはおけないよ」
 自分を頼ってきた人間を見捨てることなどできないというのは、祐巳にしてみれば当然のことだ。
 受け入れを打診してきた人々を迎えに行くかどうかで、今、祐巳と瞳子の意見がわかれていた。
「危険というだけでなく、罠という可能性だってあるんです」
 無所属の人々を炙り出して叩こうとしている可能性だって否定はできない。
 罠でなくとも、情報を聞きつけて妨害に動くものが出る可能性も少なくはない。
 瞳子の懸念は尽きなかった。
 むろん、最終的に決定を下すのは祐巳なのだが、祐巳がお気楽過ぎるせいなのかどうなのか、瞳子は自然と様々な可能性や危険性を提示する役回りとなっていた。
 可南子はこの手の議論にはあまり自分から積極的には加わらない。求められれば意見も言うが、祐巳の決定に従う、というのが可南子の基本方針だったからだ。
 決定に至るまでに様々に議論はされるが、大抵は祐巳が最初に示した方針に落ち着くことが多かった。
 ことが決まれば有効な方策を考えるのも瞳子で、参謀的な役割といってよかった。
 そしていざ行動を起こすとなれば、まず動くのは膨大な戦闘経験によって紅薔薇ファミリーの斬り込み隊長とまで呼ばれるようになっていた可南子の役目だった。
 祐巳や瞳子がフォローにまわることもあるが、人々を受け入れるということは、それに対する責任も発生する。だから祐巳自身は、以前3人で動いていた時程自由には動きにくくなっていた。


 一方で、組織というのはある程度以上に大きくなって体制が整えば、トップが常にいなくてもそれなりに回っていくものらしい。それがトップの意図した動きであるかどうかは別としてだが。
「祐巳さんたちに動きが?」
「紅薔薇さまの意図かどうかはわかりませんが、ロウにもカオスにも属していない人達が集まってきているのは事実のようです」
 乃梨子の言葉に志摩子は思案顔になった。
「できれば祐巳さんにはロウの力になって欲しいのだけれど」
 由乃の行動は、祐巳を引き込む口実になるかもしれないと思っていた志摩子だが、このままではそうも言っていられなくなるかもしれない。
「由乃さんは?」
「今のところ特には。でも同じ情報は得ているでしょうから、動く可能性はあると思います」
 新聞部が壊滅したこと自体は、実のところ志摩子にはどうでもいいことだった。いや、個人的に安否を気にかける人もいないではないが、結局のところロウでないのだから立場的には由乃とさして変わらないのだ。
 だが、それがもたらす影響は無視できない。これ以上由乃に好き勝手に動かれるのも問題だった。
 やはりここは動くべきだろう。志摩子は立ち上がった。
「志摩子さん」
「紅薔薇さまの動向は、決定打になりかねないわ」
 乃梨子の反対を封じるように、志摩子は言葉をおし被せた。
「今は、動く時よ」
「……はい」


「なんだかあわただしくなってきたわね」
 由乃は他人事のように呟いた。
 そもそものきっかけが自分だという自覚があるのかどうか、菜々は半ば呆れながらも笑ってしまう。
「白薔薇にも動きがあるようですが、どうしますか?」
「そうねえ………とりあえず祐巳さんの勧誘は続けたいんだけど、いろいろ邪魔な動きがあるみたいだし」
 だからそれは自業自得です。そう思った瞬間ちろりと視線を向けられて、菜々は慌てて思考を切り替える。
「由乃さまらしくもない。邪魔なものは蹴散らせばよいだけではないですか?」
「なるほどね」
 由乃は笑った。
 状況が良くないなら状況を動かせばいいのだ。
 立ち上がって菜々を振り返ると、由乃は楽しげに言った。
「じゃあ、いってみようか」


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