注意
このSSを読む前に、「ヌルヌルしたモノ」を思い浮かべてください。
☆
「ごきげんよう、可南子ちゃん」
福沢祐巳は、マリア像に祈りを捧げる大きな背中を見つけ、小走りで駆け寄った。
「あ、祐巳さま。ごきげんよう」
ちょうどマリア像にお祈りを終えると同時に聞こえた懐かしい声に、細川可南子は微笑を称えて振り返った。
学園祭が終わって少し。
可南子がバスケ部に入り、祐巳と可南子の関係は、それぞれの道へと別れてしまった。
そのせいか、かなり気軽に接することのできる仲の良い先輩・後輩という関係になっていた。以前にはなかった、入道雲を運ぶ夏風のようにさわやかな「軽さ」というものを強く感じる。あるいはそれは余裕と呼ばれるものなのかも知れない。
「いいところで会ったよ。可南子ちゃんに聞きたいことがあったんだ」
「私に、ですか?」
ほがらかに微笑む祐巳に、可南子は「私で良ければなんでも聞いてください」と先を促す。
そして、祐巳は言った。
「可南子ちゃんは『ヌルヌルしたモノ』って聞いたら、何を連想する?」
「ぬ、ぬるぬる、ですか?」
「うん、ヌルヌル。ヌメヌメじゃないよ? ヌルヌルだよ?」
なんだかわけのわからない念押しまでされてしまった。どうやら聞き違いではないらしい。
可南子は少し悩んで、こう答えた。
「……タコ?」
「タコ? 海にいる?」
「は、はい。そのタコです」
こういう答えでいいのかどうか。可南子には祐巳の質問の意図がわからない。
「タコか……ふうん……タコねえ……」
祐巳はなんだか意味深に呟く。
「……なんだかズレたことを言いましたか?」
「あ、ううん。でもさ」
「でも?」
「タコって、どっちかと言うとニュルニュルって感じじゃない?」
「…………」
可南子は「祐巳さまのこの質問にはなんの意味があるんだろう。でも意味はなくても祐巳さまらしいなぁ」と感慨深く思っていた。
「ごきげんよう、由乃さん」
福沢祐巳は、自分より先に教室に来ていたおさげ髪の少女を見つけ、小走りで駆け寄った。
「あ、祐巳さん。ごきげんよう」
ちょうど鞄の中身を机に仕舞ったと同時に聞こえた親友の声に、島津由乃ははにかみながら振り返った。
学園祭が終わって少し。
演劇の練習に終われてその間は部活動に参加できなかった由乃は、最近あまり放課後の薔薇の館に行っていなかった。
そのせいか、気にしなくていいと言われているものの、やはり山百合会の仕事を仲間達に押し付けっぱなしになっている気がする。気にするなと言われているので、あまり言葉にも態度にも出さないけれど、ありがたいなと由乃はいつも感謝していた。
「いいところで会ったよ。由乃さんに聞きたいことがあったんだ」
「私に?」
ほがらかに微笑む祐巳に、由乃は「つまんない話じゃないでしょうね?」と先を促す。
そして、祐巳は言った。
「由乃さんは『ヌルヌルしたモノ』って聞いたら、何を連想する?」
「ぬ、ぬるぬる?」
「うん、ヌルヌル。ヌメヌメじゃないよ? ヌルヌルだよ?」
なんだかわけのわからない念押しまでされてしまった。どうやら聞き違いではないらしい。
由乃は少し悩んで、こう答えた。
「……アメーバ?」
「アメーバ? あの小さい生物?」
「う、うん。そのアメーバ」
こういう答えでいいのかどうか。由乃には祐巳の質問の意図がわからない。
「アメーバか……ふうん……アメーバねえ……」
祐巳はなんだか意味深に呟く。
「……何? なんか間違ってた?」
「あ、ううん。でもさ」
「でも?」
「アメーバって、どっちかと言うとアメアメって感じじゃない?」
「…………」
由乃は「祐巳さん、今日も快調にボケボケだなぁ」と感慨深く思っていた。
「ごきげんよう、令さま」
福沢祐巳は、廊下の先の方を歩く少年のような少女を見つけ、小走りで駆け寄った。
「あ、祐巳ちゃん。ごきげんよう」
ちょうどお手洗いから出ると同時に聞こえた後輩の声に、支倉令は余裕と威厳を感じさせる態度で振り返った。
学園祭が終わって少し。
令は剣道の大会が近いせいで、最近あまり放課後の薔薇の館に来ていなかった。昼休みもなんだかんだと忙しいので、こうして祐巳に会うのも久しぶりだった。
そのせいか、なんだか最上級生が下級生に仕事を任せっきりにしている事実に、少々体面が悪い気がする。大会が終わったらその辺のお礼とお詫びを兼ねて、お菓子でも作って持ってこようと決めていた。
「いいところで会えました。令さまに聞きたいことがあって」
「私に?」
ほがらかに微笑む祐巳に、令は「何? 祥子のこと?」と先を促す。
そして、祐巳は言った。
「令さまは『ヌルヌルしたモノ』って聞いたら、何を連想しますか?」
「ぬ、ぬるぬる?」
「はい、ヌルヌル。ヌメヌメじゃないですよ? ヌルヌルですよ?」
なんだかわけのわからない念押しまでされてしまった。どうやら聞き違いではないらしい。
令は少し悩んで、こう答えた。
「……水溶き片栗粉?」
「水溶き片栗粉? あの餡かけとかを作る?」
「う、うん。その水溶き片栗粉」
こういう答えでいいのかどうか。令には祐巳の質問の意図がわからない。
「水溶き片栗粉ですか……ふうん……水溶き片栗粉ねえ……」
祐巳はなんだか意味深に呟く。
「……なんか期待外れの答えだった?」
「あ、いいえ。でも」
「でも?」
「水溶き片栗粉って、どっちかと言うとドロドロって感じじゃないですか?」
「…………」
令は「ああ……確かにそうかも知れない」と感慨深く思っていた。
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
福沢祐巳は、お弁当の入った巾着袋を下げて薔薇の館へ向かうおかっぱ頭を見つけ、小走りで駆け寄った。
「あ、祐巳さま。ごきげんよう」
ちょうど薔薇の館の扉を開けると同時に聞こえた先輩の声に、二条乃梨子はクールな物腰で振り返った。
学園祭が終わって少し。
季節も校内の雰囲気も色々と落ち着いてきた昨今、昼休みも放課後も二人は顔を合わせ、他愛無い話をして、随分と親しくなっていた。
そのせいか、最近よく思う。もし自分の姉がこの先輩だったら自分は今頃どうしていただろう、と。別に自分の姉に不満があるわけではなく、様々な形の姉妹があることを知り、そのあり方について考えるようになっているのだ。恋人とも親友ともちょっと違う「姉妹」というリリアン独特の関係は、ここに入学するまで馴染みのなかった乃梨子も、ようやく冷静かつ客観的に見られるようになってきていた。
「いいところで会ったよ。乃梨子ちゃんに聞きたいことがあったんだ」
「私にですか?」
ほがらかに微笑む祐巳に、乃梨子は「なんでしょう?」と先を促す。
そして、祐巳は言った。
「乃梨子ちゃんは『ヌルヌルしたモノ』って聞いたら、何を連想する?」
「ぬ、ぬるぬる、ですか?」
「うん、ヌルヌル。ヌメヌメじゃないよ? ヌルヌルだよ?」
なんだかわけのわからない念押しまでされてしまった。どうやら聞き違いではないらしい。
乃梨子は少し悩んで、こう答えた。
「……乳液?」
「乳液? お風呂上がりとか洗顔後に塗る?」
「はい。その乳液です」
こういう答えでいいのかどうか。乃梨子には祐巳の質問の意図がわからない。
「乳液か……ふうん……乳液ねえ……」
祐巳はなんだか意味深に呟く。
「……質問の趣旨と違ってましたか?」
「あ、ううん。でもさ」
「でも?」
「乳液って、どっちかと言うとベタベタって感じじゃない?」
「…………」
乃梨子は「祐巳さまのボケっぷりに紅薔薇さまは付いて行けているのだろうか」と感慨深く思っていた。
「ごきげんよう、瞳子ちゃん」
福沢祐巳は、薔薇の館の二階ですでにお昼の準備をしていた縦ロールを見つけ、小走りで駆け寄った。
「あ、祐巳さま。ごきげんよう」
ちょうどお湯が沸くと同時に聞こえた先輩の声に、松平瞳子は「なんだ、乃梨子さんが一緒か」と階段を登る足音で早々に見抜いていたので、ちょっと不機嫌そうな顔で振り返った。
学園祭が終わって少し。
黄薔薇姉妹が二人とも部活動を中心に動き出している今、少々人手不足なので、瞳子はいつかのように手伝いにと頼まれていた。
そのせいか、大好きな紅薔薇さまと、ついでにちょっぴり気になる先輩と一緒にいられる時間ができたのだから、ある程度の労力は惜しまないつもりだ。特にちょっぴり気になる先輩には、演劇部のことでちょこっとだけお世話にもなってしまったのだし、その恩返しもしたいところだ。借りなんて作りたくないし。
「いいところで会ったよ。瞳子ちゃんに聞きたいことがあったんだ」
「瞳子に?」
ほがらかに微笑む祐巳に、瞳子は「どうせつまらない用件でしょうけど、一応聞いてあげます」と先を促す。
そして、祐巳は言った。
「瞳子ちゃんは『ヌルヌルしたモノ』って聞いたら、何を連想する?」
「ぬ、ぬるぬる、ですか?」
「うん、ヌルヌル。ヌメヌメじゃないよ? ヌルヌルだよ?」
なんだかわけのわからない念押しまでされてしまった。どうやら聞き違いではないらしい。
瞳子は少し悩んで、こう答えた。
「……ベビーローション?」
「ベビーローション? お肌をツルツルプリプリに保つ?」
「は、はい。そのベビーローションです」
こういう答えでいいのかどうか。瞳子には祐巳の質問の意図がわからない。
「ベビーローションか……ふうん……ベビーローションねえ……」
祐巳はなんだか意味深に呟く。
「……なんです? 文句があるならおっしゃってください」
「あ、ううん。でもさ」
「でも?」
「ベビーローションって、どっちかと言うとタプタプって感じじゃない?」
「…………」
瞳子は「祐巳さまは一回使うのにどれだけの量を必要とするのかしら」と感慨深く思っていた。
「ごきげんよう、志摩子さん」
福沢祐巳は、公孫樹並木でほくほくしながら銀杏を拾うふわふわ巻き毛の少女を見つけ、小走りで駆け寄った。
「あ、祐巳さん。ごきげんよう」
ちょうど切りの良いところまで拾ったと同時に聞こえた親友の声に、藤堂志摩子はビニール袋の端を結びながら振り返った。
学園祭が終わって少し。
志摩子は色々な意味で平和だった。可愛い妹がいる、大切な親友がいる、仲間がいる。おまけに銀杏も拾える。
そのせいか、少しは平和をおすそ分けした方がいいんじゃないか、と考える。具体的に何をするかまでは考えていないが、とりあえず銀杏を少し分けてみようか、などと画策していた。最近の志摩子は銀杏を中心とした銀杏による生活で銀杏のためだけに生きているような銀杏漬けの毎日を送っていた。リリアンのミス・銀杏とは彼女のことだ。
「いいところで会ったよ。志摩子さんに聞きたいことがあったんだ」
「私に?」
ほがらかに微笑む祐巳に、志摩子は「なぁに? 銀杏が欲しいの?」と先を促す。
そして、祐巳は言った。
「志摩子さんは『ヌルヌルしたモノ』って聞いたら、何を連想する?」
「ぬ、ぬるぬる?」
「うん、ヌルヌル。ヌメヌメじゃないよ? ヌルヌルだよ?」
なんだかわけのわからない念押しまでされてしまった。どうやら聞き違いではないらしい。
志摩子は少し悩んで、こう答えた。
「……私と乃梨子の関係?」
「志摩子さんと乃梨子ちゃんの関係? いつも甘々でラブラブの?」
「え、ええ。その私と乃梨子の関係」
こういう答えでいいのかどうか。志摩子には祐巳の質問の意図がわからない。
「志摩子さんと乃梨子ちゃんの関係か……ふうん……志摩子さんと乃梨子ちゃんの関係ねえ……」
祐巳はなんだか意味深に呟く。
「……もしかして、祐巳さんから見るとヌルヌルって感じじゃないかしら?」
「あ、ううん。でもさ」
「でも?」
「志摩子さんと乃梨子ちゃんの関係って、どっちかと言うとガチガチって感じじゃない?」
「…………」
志摩子は「祐巳さん、ガチガチって堅そうなイメージがあるけれど、私も乃梨子もそんなに石頭ではないのよ……とでも言った方がいいのかしら?」と感慨深く思っていた。
「ごきげんよう、お姉さま」
福沢祐巳は、放課後の一番最後に堂々と重役出勤してきた自身の姉を見つけ、小走りで駆け寄った。
「ああ、祐巳。ごきげんよう」
ちょうど駆け寄ってくる妹の姿が可愛く見えると同時に聞こえた妹の声に、小笠原祥子は「タイが曲がっていてよ」と祐巳の襟元を撫でた。
学園祭が終わって少し。
山百合会による演劇という大仕事が終わり、祥子の心配は祐巳の妹のことが大半を占めるようになっていた。
そのせいか、「ああ、祐巳は私から離れて行くのね……」などと少々欝になることがある。困った時も、悲しい時も、楽しい時も喜ばしい時も祐巳は自分と一緒に居てくれたけれど、祐巳に妹ができたら、きっとその時間も減ってしまうに違いない。まあ来年になったら自分もここを去ることになるのだから、しょうがないことだとはわかっているのだが。
「いいところで会えました。お姉さまに聞きたいことがあって」
「いいところって、何かあったのかしら?」
ほがらかに微笑む祐巳に、祥子は「とりあえず座りましょう」と先を促す。
そして、祐巳は言った。
「お姉さまは『ヌルヌルしたモノ』って聞いたら、何を連想しますか?」
「ぬ、ぬるぬる?」
「はい、ヌルヌル。ヌメヌメじゃないですよ? ヌルヌルですよ?」
なんだかわけのわからない念押しまでされてしまった。どうやら聞き違いではないらしい。
祥子は少し悩んで、こう答えた。
「……ボディビルダー?」
「ボディビルダー? って……ヌルヌルしてるんですか?」
「祐巳も見たことくらいあるのではなくて? コンテスト前に油を塗っているじゃない。……詳しくは知らないし、油でもないかも知れないけれど」
こういう答えでいいのかどうか。祥子には祐巳の質問の意図がわからない。
「ボディビルダーですか……ふうん……ボディビルダーねえ……」
祐巳はなんだか意味深に呟く。
「……何? 不服なの?」
「あ、いいえ。でも」
「でも?」
「ボディビルダーって、どっちかと言うとギトギトでテカテカって感じじゃないですか?」
「…………」
祥子は「それは油まみれになるのだから、ギトギトでテカテカにもなるわよ」と感慨深く思っていた。
「そういう祐巳はどうなの? というか、その質問になんの意味があるのかがわからないわ」
黄薔薇姉妹は不在で可南子はバスケ部。残りの三人である志摩子、乃梨子、瞳子が「そうそう、その質問の意図が気になる」とうなずいていた。
「別に大した意味はないんです。ちなみに私のヌルヌルしたモノは『ナマコ』でした」
ナマコ。なんだか非常に祐巳らしい。
「実はフィーリングカップル8対6です」
「フィーリング……カップル?」
「はい」
と、祐巳はポケットから生徒手帳を出す。
「ほら、この間茶話会を開いたじゃないですか。私は残念ながら妹を見つけることができませんでしたけど。で、そもそも何から始めればいいのかを考えまして。その結論として、まず感覚や発想が似ていると少なくとも気は合うんじゃないかと思って連想ゲームを思いつきました」
祐巳の言い分に「まあ、うなずけないこともないかな」という顔をする一同。「ヌルヌルしたモノ」の連想が同じなら気が合う、というほど単純ではないだろうけれど、何かが始まるきっかけにはなるかも知れない。
「でも、いくらなんでもリリアンでいきなりそんなことを始めると問題があると思いまして。それで試験的に弟の祐麒に頼んで、花寺の生徒会で同じ質問をしてもらったんですけど――」
「「ちょっと待て」」
全員の声が重なった。
祐巳の発言が止まったことを確認した上で、祥子が皆を代表して訊ねた。
「ゆ、祐巳……色々言いたいことがあるのだけれど、その前に一つだけ、真っ先に答えて頂戴」
「は、はあ、なんでしょう? というかみんなどうしたの? なんか顔が怖いんだけど……」
「いいから答えなさい――それで、その……もしかして……フィーリングが合った人が、いたの……?」
「あ、はい。二人合ってました」
「「なにい!?」」
リリアンの乙女にあるまじき言葉遣いで、全員の声が重なった。
「それで結果がですね――」
「ゆ、祐巳! 待ちなさい!」
「はい?」
「わ、私は? 私はもしかして、誰かとフィーリングでカップルになっているの?」
「お姉さまですか? いえ、合ってませんよ。危なかったですね。高田君辺り言いそうですよね、ボディビルダーなんて。個人的に二アピンだとも思いますし、掠ってますよ」
アハハと気楽に笑う祐巳に、祥子は本当にホッとした。掠っているのは直撃ではないのでノーカウントだ。そう決めた。
そして、もはや他人事だとわかった瞬間に、この「知らない間にフィーリングカップル8対6」の観戦を決め込むことにした。
「今後何かの参考になるでしょうし、皆で結果を聞きましょうか」
一番キモを冷やしていた祥子が露骨に手のひらを返すと、「うわずるいなぁオイ」と誰もが心の中で毒づいた。
「それじゃ言いますよ。まずは」
誰もが強く祈っていた。「どうか私は合っていませんように」と。特に身体作りが趣味の人とか、やけに大きくて神経の図太い双子の人達とかは、リリアンで純粋培養されたお嬢様にはちょっとキツイ。。
「まずは私の弟の祐麒なんですけど、この場にいない可南子ちゃんと同じでした」
「「ええっ!?」」
祐麒も可南子もいない場所で、あまり関係のない人達が先に結果を得る。なんだかあんまりな構図である。
だが、これも仕方ない。いくらリリアンの生徒でも、やはりこういう話は好きなのだ。「あの可南子ちゃんと祐麒さんがねぇ」と祥子ですらニヤニヤ笑って、きっと頭の中で二人を並べて見ている。
「ちなみに祐麒と可南子ちゃんは、タコって答えてます」
「「タコ?」」
まあ、確かに生ならヌルヌルしているし、スーパーの鮮魚コーナーに刺身として並んでいるほどありふれたモノではある。
「私はタコはニュルニュルだと思いますけどね。それでもう一組が」
ニュルニュルはどうだろう、と一同は声に出さずに考えていた。
「瞳子ちゃんと」
「えっ!?」
名前を出された瞳子はビクッと震え、その他の者は瞳子と祐巳に注目した。不安げな色が拭えなかった皆の目が、今はもう好奇心と期待で輝いている。「高田来いっ、薬師寺兄弟来いっ」と。
「――アリスでした」
「「アリスかよ」」
瞳子を除いた全員ががっかりしたように呟き、瞳子は逆に肩を撫で下ろした。アリスなら別にいいや、と思ってしまう。たぶん瞳子以外の誰が同じ立場になっても同じ反応だったことだろう。
「二人の連想は『ベビーローション』です。私はタプタプだと思いますけど」
皆は「祐巳は一度にどれだけの量を使うのだろう」と首を傾げた。
「ちなみに小林君は『ねるねる○るね』、高田君は『プ○テインの牛乳割り』、薬師寺兄弟は『おろした山芋』と答えています。私はね○ねるねるねはグニュグニュで、プロテ○ンはデロデロで、おろした山芋はカユカユだと思いますけど」
なんだか突っ込みどころがいっぱいだ。特にねるねるねる○。
「あ、欄外で柏木さんも一方的に答えたみたいですよ。聞いてもいないのに」
パタン、と生徒手帳を閉じ、祐巳は言った。
「でも、そんなことはどうでもいいですよね」
「そうね」
「そうですわね」
「ええ、そうね」
「柏木さんってどなたですか?」
――黄薔薇姉妹のいない薔薇の館は、今日も平和だ。