四時限目の体育の授業が終わり、当番の乃梨子は瞳子と二人でバレーのネットやボールを片づけていた。
「ふーっ、やっと終わった。早く着替えてお昼にしよ」
「そうですわね」
そう言って二人は更衣室へ急ぐと、他に誰もいないのをいいことにシャツとスパッツを大胆に脱いで、ロッカーに掛けてある制服に手を伸ばす。
乃梨子はワンピースの制服をズボッと無造作にかぶり、ロッカーの扉の鏡で髪やタイの乱れを直していると、鏡の片隅に、反対側の列でまだモタモタしている瞳子の後ろ姿に奇妙なものを見つけ、思わず振り返った。そして失礼とは思いつつ、ついまじまじとかわいいお尻に見入ってしまった。
「いやですわ、乃梨子さん。女の子同士とはいえ、少しは遠慮してくださらないと」
気配に気づいて、瞳子は振り向いて言う。
「ああ、ごめん。それより瞳子、それって……」
「なんですの? ……ハッ!」
乃梨子の曖昧な問い掛けに怪訝な顔で応えた瞳子だが、突然気づいて両手でお尻を押さえてしゃがみ込んでしまった。瞳子、今さら遅いよ。
顔を上げ、真っ赤になってにらみ付けてくる瞳子。
「……見ましたわね」
「ええと、ちょっとだけ」
「嘘ですわ。絶対しっかり見ましたわ!」
「なんだろうって思って、つい……」
「やっぱり見たのですね!」
「ごめん。でもいいじゃない、パンツくらい。女の子同士なんだし。着替えの時は普通に見てるし」
「でもこれは……」
「結構かわいかったよ。瞳子の気持ちもよく分かったし」
「瞳子の気持ちってなんですの?」
「え? それはやっぱり……祐巳さまラブ?」
その言葉にいきり立った瞳子は、お尻を見られないようにこちらを向いて立ち上がった。いつまでもそんなカッコでいないで、いいから早く制服を着なって。
「なんでそうなるんですの! 瞳子はただ単にこのイラストがお気に入りというだけで、祐巳さまとは何の関係もありませんわ!」
「いやでも、その絵で祐巳さまと無関係って、それちょっと無理があるんじゃないの? だってそれってツインテールのタヌ……」
「あーあー聞こえなーーい! アメンボアカイナアイウエオーー!」
両手で耳をふさぎ、突然発声練習を始める瞳子。
「それにしてもよくそんなパンツ売ってたね。あ、もしかしてお手製?」
茶化すように言うと、瞳子はムキになって反論してくる。
「ほっといてくださいまし! 乃梨子さんには関係ありませんわ!」
「けなげだねえ。夜中に自室でこっそりとパソコン使って熱転写用紙に印刷して、アイロンプリントしてる瞳子の姿が目に浮かぶよ」
腕組みしてうんうんと一人うなずく乃梨子に、瞳子は疑惑の目を向けてくる。
「……妙に具体的ですわね。もしかしてそれってご自分のことじゃないんですの?」
「なんでそれをーー!ってそんなわけないじゃない」
ノリツッコミでかわそうとした乃梨子だが、一瞬の表情の変化を見逃す瞳子ではない。
「そうですの。じゃあ……。見せていただきますわ!!」
「きゃあっ!何するのよ!!」
いきなり襲いかかる瞳子にそのまま向かい合っていればよかったのに、背中を見せて逃げてしまったのは動揺ゆえか。瞳子は乃梨子の後ろからスカートのすそをつかむと、腰の上まで高々とめくり上げて乃梨子のパンツを白日の下に晒したのだった。
……そして二人の間には沈黙が訪れた。
「……乃梨子さん」
「な、何よ」
「ウサミミのロサ・ギ……」
「あーあー聞こえなーーい! 色即是空、空即是色!」
両手で耳をふさぎ、突然仏教の教義を叫び始める乃梨子。
耳まで真っ赤になった乃梨子に、瞳子は追い打ちを掛けるように笑って言う。
「随分マニアックですわね」
「うるさいわね! 別にいいでしょっ!」
「白薔薇さまに対する乃梨子さんのお気持ち、よーく分かりましたわ」
そう言ってからかう瞳子に、しかしよく考えれば圧倒的リードが同点に追いつかれただけで、まだ逆転はされていないことに気づいた乃梨子は言い返した。
「誰かにしゃべったりしたら、どうなるか分かってるでしょうね」
「分かってますわ。乃梨子さんこそ」
「じゃあここはお互い何も見なかったということで」
「そういたしましょう」
こうして人に言えない恥ずかしい秘密を共有することで、図らずも絆の深まった二人だった。