【228】 支倉令騒がしき日々  (いぬいぬ 2005-07-16 03:04:46)


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※このSSは、有馬菜々がリリアン高等部一年生で、由乃の妹になっているという設定です。
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「お久しぶりです。令さま」
「うん、久しぶりだね菜々ちゃん。元気だった?」
「ええ、とても」
日曜の朝、支倉令と有馬菜々は、お互いに笑顔で挨拶を交わした。
(そういえば、二人っきりで合うのって初めてだっけ)
ふと、令は思い返してみる。やはり二人だけというのは、初めてのはずだ。
そもそも、何故二人でこうして挨拶を交わしているのかと言うと、土曜日に由乃が剣道部の練習中に足をくじいてしまい、心配した菜々が、こうして日曜の朝からお見舞いに来ているのだった。
「ねえ令ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど。菜々のこと迎えに行ってあげてくれないかな?電車の駅からなら、家まで一本道だけど、菜々はバスで来るっていうから、口ではうまく道順を説明できなかったのよ」
そんな由乃のお願いを快く引き受けた令は、菜々の道案内として日曜の朝から少し家から離れたバス停まで来ていたのである。
「じゃあ、由乃が待ってるから、さっそく行こうか?」
「はい、宜しくお願いします」
丁寧にお辞儀してくる菜々を微笑ましく思いながら、令は軽やかに家へと歩き出した。
(あまり話した事なかったけど(仲が悪いのではなく、いつも間に由乃が居た)、礼儀正しくて良い娘だな♪)
支倉令の足取りは軽かった。・・・そう、この時はまだ軽かったのであった。

挨拶も済んで歩き出してしまうと、二人の会話が途切れた。別に気まずい沈黙という訳ではなかったが、なんとなく令は、「お婆様と孫」の関係を楽しんでみたくなり、会話のきっかけをさがしていた。
(さて、何の話題を振ろうか?剣道の話題なら・・・いや、議論が白熱して、会話を楽しむって感じじゃ無くなっちゃうわね・・・うーんと・・・当たり障り無い所で、最近のリリアンの事でも聞いてみようかしら?)
孫との会話にも気を使ってしまう辺り、やはり令は、根っからの苦労人と言えよう。これもひとえに、姉と妹のおかげ(?)かも知れない。
令は菜々に話しかけようと、左側に顔を向ける。
(あれ?!居ない?)
先ほどまで左側を歩いていた菜々の姿が無かった。
「こちらです」

びっくう!!

右耳に至近距離から囁かれた言葉に、令は心臓がバクンと強く跳ねる程驚いた。
「な・・・何時の間に?」
「失礼しました。先ほどから何やらお考えになっているようなので、つい・・・」
「つ、ついって・・・」
無邪気に微笑みかけてくる菜々に、令も文句など言えなくなってしまった。
思えばこの時に気付くべきだったのである。菜々の笑顔に重なる、懐かしいデ・・・いや笑顔を。
結局、「まあ良いか」と令は再び歩きだした。
会話のきっかけを失い、そのまま無言で並び歩くうちに、再び令は、会話のきっかけを探し始めてしまう。やはり苦労人、気を使う事が身に染み付いている。
「ホギャアッ!ホンギャアッ!」
思考に埋没していて反応が遅かったが、令はハっと顔をあげ、なんとなく、赤ちゃんの泣き声のする方向へ顔を向けた。
令の視線の先には公園があり、泣き声は、その中のベンチの横の乳母車から聞こえているらしかった。乳母車から少し離れて、母親らしき茶髪の女性が、携帯電話で楽しそうに話し込んでいた。
(どうしよう・・・注意したほうが良いのかな?でも、目の届く範囲に居るし、余計なお世話だと言われちゃうかな?)
苦労人令が、気弱なシミュレーションを脳内展開していると、視界の中に菜々が歩いて入ってくる。
(あ、菜々ちゃん)
ただそれだけが令の頭の中に浮かんでいた時、菜々は通り過ぎざまナチュラルに乳母車を押し始め、そのまま歩き去ろうとしている。
(・・・・・・・・・)
令は、その自然な姿に反応が出来なかったが、
(ええっ!?ちょ・・・菜々ちゃん!?)
事実が脳細胞に浸透すると、慌てて菜々の居る公園へと歩き出した。それに一瞬遅れ、携帯電話の女性も慌てて立ち上がると、菜々に向けて声を荒げた。
「ちょっと!アンタ何やってんのよ!」
凄い剣幕だった。やはり彼女が母親らしい。
一方菜々は、キョトンとした顔で振り返り、不思議そうに呟いた。
「あの、この子が放置されて泣き叫んでいたので、とりあえず警察に連れて行って、相談しようかと・・・」
母親が何か言いかけたが、それをさえぎるように、菜々がハっと何かに気付いたような
顔で、逆に母親に問いかける。
「そうだ!この子を泣いたまま放置していたお母さんを見ませんでした?もしかして何か、大切な自分の子を放置してもおかしくないような緊急事態があったのかも・・・」
あくまで真剣な顔で、菜々は問いかけた。その真剣な表情に気おされるように、母親は少し顔を赤らめながら、「私よ」と呟いた。
「えっ?」
心底不思議そうに、菜々が問い返す。
「・・・だから、私がその子の母親よ」
菜々とは視線を合わさず、気まずそうに吐き捨てる。「泣いたまま放置」は事実だし、「緊急事態」は友達とのくだらないお喋りだったからだ。
それを聞き、菜々は慌てた様子で勢い良く頭を下げる。
「すみません!てっきりお母さんがいなくて泣いているものだと思い込んでしまって」
素直に謝られ、母親は益々気まずくなってしまい、「いいわよもう・・・」と、明後日の方向を向いたまま呟き、乳母車を押して、歩き去って行った。頭を下げたままの菜々を残したまま。
丁度その時、令は菜々のもとに辿り着いた。
そう、辿り着いてしまったのだ。辿り着かなければあるいは、その時の菜々の表情を見ずに済み、後々まで残る菜々への苦手意識も生まれなかったのかも知れない。
しかし、事実はとても残酷で、支倉令は見てしまったのだ。お辞儀していた菜々が、ゆっくりと上げた顔に浮かぶ、無邪気な笑顔を。
(この娘!・・・)
そして見た瞬間に、気付いてしまったのだ。
(あの母親にキツイ嫌味をぶつけた挙句、反論を押さえ込んだの?!)
そしてもう一つ、あの無邪気な笑顔が、自分の掘った落とし穴に落ちた人間を見る子供と同じ種類の笑顔だという事にも気付いてしまったのだった。
「・・・令さま?」
固まっている令に、菜々は不思議そうに問いかけた。
令は我に返ったが、とっさには言葉が出て来ない。
「申し訳ありません。“つい”寄り道してしまいました。それでは参りましょうか」
「ああ・・・うん」
もはや令は、完全に年下の菜々に飲まれていた。

数分後、二人は無事に島津家に到着した。玄関に、片方だけ松葉杖をついているが、笑顔の由乃が出て来る。
「いらっしゃい菜々。良く来てくれたわね」
「おはようございますお姉さま。おかげんはいかがですか?」
「まだちょっと痛いけど、あなたが来るのに座ってなんかいられないじゃない?さ、上ってちょうだい」
「はい、お邪魔します」
由乃はぐったりとした令に気付かず、嬉しそうに菜々を迎え入れた。
一方の令は、たかだか数分の道程で、人生における、なんだか嫌なターニングポイントを越えてしまい、疲労困憊であった。
いそいそと由乃に歩み寄る菜々を無言で見ていると、突然菜々が「えい」と、ややマヌケとも言える声と共に、由乃の杖を蹴り払う。
「うわっ!!」
突然の事に、由乃はバランスを崩すが、寄り添った菜々が、そっと由乃の腕を取り支える。
きっとした顔で、由乃が菜々に、何事か文句を言おうとするのを封じ込むように、菜々が絶妙のタイミングで言った。
「紅薔薇様に教わったんです」
少し気恥ずかしそうな菜々の表情に、由乃も文句を忘れ、「え?」と問い返す。
「“妹は支え”だって」
少し頬を染めて菜々に呟かれては、由乃も怒るに怒れない。
「ご迷惑でしたか?」
少し悲しげな表情になり、菜々が聞いてくる。
「・・・もう、しょうがないわね」
苦笑いしつつ、由乃は素直に菜々に重心を預けた。

三人で由乃の部屋に落ち着くと、喉の渇きを覚えた令が飲み物を取りに、台所へと向かう。すると、「お手伝いします」と菜々が当然のようについてきた。
正直、一人になりたかった令だが、無下に断る理由も見当たらず、「あぁ、うん・・・じゃあ行こうか・・・」と力無く呟き、菜々と連れ立って、島津家の台所へと向かった。
台所に辿り着いた令は、自分の得意とするテリトリーに菜々を迎え入れた事に安堵感を得たのか、今のうちに菜々の優位に立たなければならないと(無駄な事を)思い立ち、そっと菜々へと話しかけた。
「ダメじゃない菜々ちゃん。いきなり杖を取るなんて・・・」
必死で真剣な表情を作る令に、菜々は無邪気な笑顔で答えた。
「・・・好きな人って“つい”虐めたくなりますよね?」
なんの疑問も無く、そう問いかけて来た菜々の笑顔に、令は奈落に落ちるような感覚を覚えた。
(助けて、お姉さま・・・いや、来たら来たで、お姉さまが二人になったみたいな事態に・・・私はどうすれば?)
どうやら、江利子と由乃に挟まれていた騒がしき日々が、支倉令の許にまたやって来そうである。
(お姉さまが、興味の対象に対して“待ち”を基本とするカウンター型なら、菜々ちゃんは、興味の対象に向けて踏み込んで行くインファイター型?)
そんな、どうでもいいような考察にふける令は、騒がしき日々がリリアン全体を巻き込む事になるなど、当然、この時は気付いていなかった。


いや、気付いても止められやしないんだけども。



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