【229】 ありがとう赤い彗星  (いぬいぬ 2005-07-16 05:36:00)


「・・・あれぇ?おかしいな、確かこの中に・・・」
ブツブツと呟きながら、祐巳がカバンの中をあさっている。
「どうしたの?祐巳」
「えっ?ああ、お姉さま。実は、家の鍵が見当たらなくて・・・」
『鍵?』
その場に居た全員の声が重なった。
時刻は夕方。薔薇の館での会議を終え、全員で下校している時であった。
「祐巳さま、確かにカバンに入れたんですか?」
乃梨子が冷静に聞いてくる。
「うん。家を出る時に、お母さんに『今日は私も出かけて帰りが遅くなるから』って言われて、その時に鍵を渡されてカバンの中にしまったから・・・」
「そうですか。では、その後、カバンから出した記憶は?」
乃梨子がさらに聞いてくる。筋道のしっかりした質問なので、その場にいた全員が、素直に二人の会話に耳を傾けている。
「う〜ん・・・鍵を出した覚えは無いなぁ」
祐巳も素直に乃梨子の質問に答えているが、まだ鍵のありかには辿り着いていない。
その時、不意に由乃が呟く。
「あれ?祐巳さん今日、体育の時間にハチマキ探して、カバンの中身をひっくり返してなかったっけ?」
「・・・そうだっけ?由乃さん良く覚えてるね」
「・・・・・・自分の行動を全く覚えてないのもスゴイけど・・・祐巳さんあの時、下着姿でウロウロしてたから、印象に残ったのよきっと」
「由乃ちゃん、その話をもう少し詳しく『じゃあ、更衣室じゃない?もしかしたら、職員室に落し物として届いているかも』・・・・・・・・・」
何やら血走った眼で問いかける祥子をさえぎるように、令が意見を言った。
令の言葉に、祐巳が「あっ」という表情になる。どんな時でも見事な百面相だった。
「それはそうと由乃ちゃん、更衣室での祐巳の様子を詳し『じゃあ、職員室に行ってみるべきかもしれないわね?祐巳さん』・・・・・・・・・・・・・」
今度は志摩子にさえぎられた祥子が、額に青筋を浮かべた。
祥子の様子には気付かず、祐巳は「そうだね」と同意する。
「じゃあ、ちょっと職員室へ行ってきます」
さっそく回れ右する祐巳に、祥子が優しく呼びかける。
「お待ちなさい。私も行くわ」
「え?でも、お姉さまにご迷惑をおかけする訳には・・・」
「馬鹿ね。困っている妹をほおっておける姉なんて、居やしないわよ?」
「お姉さま・・・」
とても嬉しそうな祐巳の肩に手を掛け、祥子は祐巳と共に歩き出した。
「ところで祐巳。今日、更衣室で『お待ちなさい!』・・・・・・・・・・・・・・・・・・今度は誰よ!」
もはや般若と化した祥子が振り向くと、そこには怪しい仮面を付けた怪しい人が、怪しい感じでたたずんでいた。
「・・・・・・・・・シャア専用ザク?」
乃梨子だけが呟いた。
そう、目の前に居る怪しい人物(声からして女のようである)は、赤い仮面を付けていたのだ。しかも通常の3倍で動くイカシタ奴を。
全員が不審の眼で見ていると、突然祐巳が、嬉しそうに声を上げた。
「あっ!赤い彗星の人!」
『・・・・・・・・・はい?』
祐巳と赤い彗星の人以外の声が重なった。
「祐巳さん・・・・・・赤い彗星の人ってナニ?」
由乃が恐る恐る問いかける。
実は乃梨子以外は、赤い彗星ことシャア専用ザクを知らなかったのだが、乃梨子とて同じ疑問を祐巳にぶつけたかったので、全員の問いたげな視線が祐巳に集まった。
「ナニって・・・赤い彗星の人は、ピンチの時に駆けつけてくれる正義の人だよ?」
「いや、だよ?とか言われても・・・」
思わず由乃が突っ込んだ。
「祐巳、あなた騙されて『祐巳ちゃん!どうやらお困りのようね!』・・・・・・おいコラ」
またも台詞をさえぎられた祥子が、もう視線だけで殺そうかというほどの視線を向けたが、赤い彗星は平然と次の台詞を言い出した。
「鍵を失くして、お困りのようね?」
「すごーい!どうして分かるんですか?」
「・・・・・・・・・ストーカー?」
思わず乃梨子が突っ込みを入れる。
「ふっ・・・こんな事もあろうかと、更衣室のロッカーの中であなたを見守っていたのよ」
「・・・・・・違った。タチの悪いストーカーだ」
明らかに乃梨子の台詞は聞こえているはずなのに、赤い彗星は、平然としている。
この時、乃梨子は、先ほどまでキリングマシーンと呼んでも過言ではないくらいのオーラを纏っていた祥子が、静かになっているのに気付いた。
しかも、よくよく見てみると、祥子だけではなく、祐巳と乃梨子を除く全員が、呆然と赤い彗星を見つめていた。
「?みなさん、どうしたんですか?」
「まさか・・・・・・・・・・・・」
令が絶句している。
「あの、もしかしてあなたはよ『もう安心して、祐巳ちゃん!鍵ならココにあるわよ?』・・・・・・・・・」
肩口で切りそろえた髪の、結構スタイルの良い赤い彗星に向かい、志摩子が何か問いかけようとしたが、赤い彗星が無駄に高いテンションと共にさえぎる。
「すごーい!ありがとう!赤い彗星の人!」
祐巳は何の疑問も無く喜んでいた。
「えっと・・・・・・もしかして、蓉『良いのよ祐巳ちゃん。これは私の義務なんだから』・・・・・・・・・・」
今度は令の言葉をさえぎりつつ、なにやら気取った仕草で自分の黒髪をかき上げている赤い彗星。
性犯罪者のくせに、ヤケに偉そうだ。
「何時壊れたんだろう?・・・・・・昔はあんなに立派な人だったのに」
心底嫌そうに、由乃が呟いた。
「正体知ってるんですか?!由乃さま」
「いや、知ってるってゆうか、気付いちゃったってゆうか・・・・・・・」
ゲンナリした顔で返事をする由乃。そして乃梨子は気付いた。祐巳と自分を除く薔薇の館のメンバー全員が、ゲンナリした表情で、赤い彗星を見ている事を。
「え?みんな知ってるんですか?」
その時、祥子が沈痛な面持ちで囁いた
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お姉さま」
「えっ?誰ですって?」
囁きが小さすぎて、乃梨子には聞こえなかったらしい。
置いてけぼりな乃梨子と、何も言葉を発しなくなってしまったメンバーをよそに、赤い彗星は、最後までテンション高いまま宣言した。
「それじゃあね!祐巳ちゃん!私は何時でもあなたの事を見守っているからね!あ、くれぐれもあなたの部屋のコンセントの中を触っちゃダメよ?」
「・・・うわ。ストーカー続行宣言かよ。しかも、盗撮か盗聴してるクサイよ」
道端に落ちている犬の糞を見るような目で、乃梨子は呟いた。
まあ、実際は両方やっているうえに、たまに屋根裏に忍んでいたりする訳だが・・・・・・
今度も明らかに聞こえている乃梨子の呟きを完全に無視して、赤い彗星は去って行った。
「ありがとー!赤い彗星の人ー!」
祐巳は本当に嬉しそうに手を振っているが、正直この場にいる全員が、祐巳の将来に不安を持った。
・・・まあ、まっとうな心配であろう。
祐巳以外のメンバーは、赤い彗星の消えた方向を向いたまま、呆然と立ちつくしていた。
乃梨子は最後まで、赤い彗星の人が誰なのかわからなかったが、とりあえず志摩子さんには害は無いと判断する事にした。
ふと、乃梨子は浮かんだ疑問を口にする。
「みなさん、あの変態の正体に気付いたみたいですけど・・・・・・・・・昔からあんなにヒドいキ○ガイだったんですか?」
さすがにキチ○イは言い過ぎだろうと、全員が乃梨子のほうに振り向くと、そこに乃梨子の姿は無く、シャア専用ザクの仮面だけが、ポツンと落ちていた。

・・・・・・やはり赤い彗星には、全て聞こえていたらしい。


一つ戻る   一つ進む