(その1・マッサージはいかが?)
初夏の風が吹き渡る、平和な土曜の放課後。
の、はずなのに…薔薇の館から、およそ平和というよりは…ちょっとアレな声が聞こえてくる。
「あっ…真里菜さま…そこは…」
「我慢しなさい。すぐに痛みはなくなるわ」
「あっ…ああっ…効く…」
「ふふっ。美咲、いい顔ね」
「真里菜さま、私にもやらせて下さいよ。ほら美咲、ここはどう?」
「き、効く!最高ですわ、お姉さまっ!」
どうやら声の主は真里菜と智子と美咲ちゃんのようだが、これは聞き捨てならない。
真里菜も智子も、この佐伯ちあきを怒らせたら地獄を見ることが分かっていながら道楽三昧。
飛んで火に入る夏のなんとか…
久しぶりに世話薔薇総統の怒りの火が燃える。
ドアノブを握り締め、気合を入れなおす。
いざ、出陣!
「くぉるぅぁ〜!!!あんたら、何やって…え?」
「ごきげんようお姉さま。見てのとおり、マッサージですけど?」
「何興奮してんの、ちあき」
見ると、椅子の上に足を投げ出した姿勢で座る美咲ちゃん。
その足の裏のツボを、親指で押している真里菜。
智子に目をやると、美咲ちゃんの肩に両手をかけている。
要は肩をもんでいただけなのだ。
ああ、私としたことが…無駄にエキサイトして自滅だなんて。
世話薔薇総統、一生の不覚だわ!
「もう、美咲ったらまぎらわしい声出すからこうなるんでしょ?」
「すいませんお姉さま…どうしても足の裏とか弱くて…」
昨今流行の、足裏リフレ。
そして伝統の肩もみ。
恨みますよ、本当に…。
(その2・抱き枕)
「ん〜vv」
祐巳、さっきから何を抱いているの?
もう仕事は始まっていてよ。
「あっ、これですか?抱き枕です!」
それは知っているわ。なぜそんなものを学校に持ってきているの?
「昨日、通販で届いたんです。本当なら家においておくべきものでしょうけど、
なんかどうしても手放したくなくって」
…その抱き枕になりたいわ…いや、そうじゃなくって!
「ほら、お姉さまも抱いてみてください。シリコン入り抱き枕って気持ちいいんですよ」
………
もう、しょうがないわね。
一度だけよ?
『むにゅ』
………!!!
『むにゅ』
…………!!!!
『むにゅむにゅ』
……………!!!!!
こ、これは…これは確かに手放したくなくなるわね。
この絶妙な肌触り、そして抱いたときの安心感!
まるで母親の胸のような…
い、いけない、私としたことが…
早く仕事を進めなくては!
「祐巳」
なんとか興奮を鎮めながら、私は言った。
「なんですか?」
「これは学校に持ってきちゃだめよ」
「え〜…」
「とにかく、だめなものはだめ!」
「…分かりました」
ふふ、しょげてる顔もかわいいわね。
でも大丈夫よ祐巳。
これでもあなたのお姉さま、ちゃんと秘策は用意してあるのよ?
その夜。
私は系列グループの寝具メーカー担当者を呼び出した。
「祐巳さまとお嬢様の、等身大抱き枕…ですか?」
「ええ、来週までに2つお願い。私のは薔薇の館用、祐巳のは私の部屋用にね」
「失礼ですが、あれは特殊素材でできた特注品でして…通常3週間の納期を見込んでいただかないと…」
「と・に・か・く、作りなさい」
「…かしこまりました…」
これで仕事もはかどろうというものよね。
私は嬉々として眠りについた。
翌日。
なぜか祐巳の等身大抱き枕が、薔薇の館に7つもある。
まさか…
「いやあ、あんまり祐巳ちゃんが気持ちよさそうだったからねぇ。
昨夜小笠原の系列メーカーに発注したのよ」
「ああ、それで電話がつながらなかったのね?祥子のところのメーカーに何度電話してもだめだったもの」
「通常3週間とか言われたけど、そんなにかかったんじゃ禁断症状で死んじゃうからって言ったら、翌日にしてくれたわ」
聖さま、お姉さま、江利子さま…!
「…どうしてみんな考えることが同じなのかしら」
由乃ちゃん、あなたまで…!
「あら、私は手作りしましたわ」
志摩子、その器用さは別のところに生かしたほうがいいんじゃなくて?
「実は由乃に隠れて私も…」
…令、あなたまで…。
「あっ、本物が来た」
祐巳、今来ちゃだめ!
「ごきげんよう、皆さん…って、これ何!?」
次の瞬間、祐巳はあまりの驚きに、泡を吹いて気絶してしまった。
無理もない。
自分とまったく同じ姿をした抱き枕が、ずらりと7つ陳列されているのだから…。