※ちょいとイメージを壊してます。ご注意を。
飢えた女生徒たちが一斉に吶喊するお昼休みのミルクホールは、将に修羅場。
それもそのはず、ここは高等部の生徒のみならず、中等部の生徒も利用する。
食という欲望に駆られた彼女らは、この時だけは淑女の仮面をかなぐり捨て、手柄のみを求める兵卒と化するのだ。
ましてや滅多に利用しない我等が紅薔薇のつぼみ福沢祐巳からすれば、この戦場はオットロシイだけの場所でしかない。
ともあれ、このままグズグズしていれば、売り切れてしまうのは時間の問題だし、空腹を抑えるのも限界に近い。
覚悟を決めた祐巳は、とにかく一番人数が少ないであろう列の最後尾に並ぶことにした。
「あ、瞳子ちゃん?」
「あら祐巳さま、ごきげんよう」
なんとか最前列まで辿り着いた祐巳の前には、何故か売り子の格好をした──と言っても、エプロンと三角巾を纏っているだけだが──演劇部所属の松平瞳子が立っていた。
「ごきげんよう。どうして瞳子ちゃんが?」
「ご存知なかったのですか? 演劇部の部員が持ち回りでお手伝いしてますのよ」
「そうだったんだ、初耳だよ」
「はぁ……」
仮にも先輩に対し、あからさまに溜息を吐く。
「祐巳さまは、一応とりあえずは次期薔薇さまになられる方なのですから、つぼみとはいえ、各部の最低限の動向ぐらいは把握なさっていただかないと……」
「あははは……」
困った顔で、苦笑いしながら誤魔化す祐巳。
「まぁその話は後回しにしまして、何になさいます?」
「あーそうそう、パンを買いに来たんだったよ。えーとね……」
瞳子の姿を見た途端にもうお腹いっぱい、のような表情をした祐巳だったが、本来の目的を思い出し、残りがだいぶ少なくなったケースを覗き込みながら、どれにしようかな、と選び出す。
「あんぱん一つ……、あ、つぶあんねこしあんじゃないよ」
「はい」
紙袋に、ひょいと放り込む瞳子。
「それと、チョココロネね」
「あの祐巳さま、申し訳ありませんが、コロネは売り切れてしました」
「え? うそ」
「うそじゃありませんわ。一番人気なので、結構売れるのが早いのです」
「またまたぁ、そんな冗談言っても誤魔化されないよ。二つも残ってるじゃない」
「はぁ?」
隣のケースも覗いてみても、コロネは一つも残っていない。
「ほら早く、まだ並んでいる人がいるんだから、迅速迅速」
そう急かされても、ケースにはコロネのコの字も見当たらない。
隣の売り子さんも気になっていたようで、二人して探しても見付からず、困った顔で目を見合すばかり。
「あーもう、これのことだってば!」
言うなり祐巳は、瞳子の縦ロールを、ガッシと掴んだ。
「……え?」
「袋に……、えっと、袋に……、あれ? 袋に……、入らないな。えーいコンチクショウ!」
リリアンの乙女らしからぬ悪態を吐きながら、痛い痛いと主張する瞳子を無視して、彼女の縦ロールを、ぐいぐい引っ張る。
「とっとと入れやクソッタレ!? ワシに逆らうんかコラァ!? いてまうぞワレ!?」
「痛いゆーとるやろがワレ!? ちょー待ったれやンダラァ!? 止めんかオンドリャァ!?」
突然ブチ切れたつぼみと瞳子の下品な言い争いに、周りの生徒が一斉に後退った。
「独り占めすんなボケェ!? 二個も喰うな強欲かオメェは!?」
「喰えるもんなら喰ってみさらせアホォ! こんなんどこが美味いねん!」
こんどは一転掴み合いに発展し、どったんばったん暴れまくる。
「だいたいお前が……!」
「アンタがはっきりしないから……!」
「素直に言うことを……!」
「決めるのは私の意思で……!」
「はい、そこまで」
何故かまったく別の話題で言い争う二人を、冷静に止める人物が一人。
「可南子ちゃん?(さん?)」
片手で襟首を掴んで、二人を猫のようにぶら下げたのは、バスケ部員細川可南子その人。
所在なくプラプラ揺れる祐巳と瞳子という、傍から見ればかなりマヌケな構図。
「何ですか、仮にも生徒会役員と売り子が、中等生や下級生も見てる中で、ギャーギャーと恥ずかしい。品位を疑われますよ?」
「瞳子ちゃんが悪いんだよ。コロネを独り占めして」
「だーかーら、これはコロネじゃありませんってば!」
引っ張られ過ぎたのか、瞳子の縦ロールは伸びきっており、だらーんと垂れている。
「って、あれ? コロネがなくなってる。……どこに隠したの瞳子ちゃん?」
「はぁ………」
溜息しか出てこない瞳子。
彼女は、ぶら下がったまま髪のリボンと留めを外し、バサリと首を一振りした。
その途端、ややキツメのソバージュといった髪型に変わり、普段の可愛らしい雰囲気から、妙に大人っぽい雰囲気に変化する。
「さぁ、どこにコロネが……って、あれ?」
祐巳に向き合ったところ、彼女は何故か顔を赤らめて、呆然と瞳子を見詰めていた。
「どうかなさって……?」
遠巻きに二人(三人?)を見ていたギャラリーたちも、上気したような顔をしながら艶っぽい目で瞳子を見詰めている。
何気なく可南子に目をやると、何故か彼女も妙に熱い視線を送っていた。
「えーと、その、あれ?」
「瞳子ちゃん!」
「ははははい!?」
突然名を呼ばれて、慌てて返事した瞳子に対し祐巳は、
「私のい『キャーーーーーーー!!!!!!!!』」
何かを言いかけたが、ギャラリー(+可南子)の大歓声にかき消され、瞳子の耳に届かなかった。
見慣れていないせいか、やたらめったら一目を引く姿に変貌した瞳子。
松平の血なのか、天性の才能なのかは分からないが、女優──自称ではあるが──に恥じない容貌を、惜しげもなく晒すことになってしまった。
それ以降、上級生のみならず、同級生からもスールの申し込みをされるはめに。
今日も、
「待って瞳子さん、私の妹にー!」
「どうして私が、可南子さんの妹にならなければいけないのですかー!?」
「そこをなんとかー!」
「なりませんー!」
予想もしていなかった展開に、瞳子は逃げ惑うだけだった。