がちゃSレイニーシリーズ外伝 『多重スール狂想曲』 【No:2268】の続き
「ふられたか」
その背中が図書館に消えたのを確認して、沙羅は苦笑とともに呟いた。
まあ、予想通りではあったけれど。
沙羅は3年になるまで妹を待たなかった。別に主義というわけではない。端的に言ってしまえば縁が無かったということなのだろう。過去、妹にしたいと思ったコがはいなかったわけでもない。ただ、そのコには既に姉がいた。去年の話だ。
だからこんな状況でなければ言うことは無かったろう。
リリアン瓦版が火をつけたこの騒動は、正直どうかと思わないでもないけれど、それに敢えてのってしまった自分がいる。
それでも、決断するまでにそれなりの時間を必要とした。それで行動が昼休みになってしまったのだけれども。
この騒ぎに乗じてというのは、情けないとは思ったし、ずるいとも思ったけれど、一度でいいから自分の想いを伝えておきたかったのだ。
もっともこの時点では多少落ち着いてきているような気もしていた。 朝は本当に酷い騒ぎだったが、否定的な意見も出ているらしいし、間が悪いとも言える。
相手にとってはいい迷惑だったかもしれない、とは思いつけたのは断られた時だ。
断られて残念、とは言ったけれど、もしOKされていたら、それはそれで困惑したかもしれない。
自分の申し出に対しては、どうやらあまり好い感情は持たれなかったようだが、まあそれも予想の範囲内だ。いっそ諦めもつくし。
ちょっと予想外だったのは、自分の受けた精神的ダメージが意外に大きいらしいことだ。
姉がいるのを知っていて申し込んだのがわかった時に一瞬浮かんだあのうんざりしたような表情。あれはたぶん嫌悪だった。
それが、思ったよりキツかった。
だから逃げるように話を切り上げたのだ。
「はあ」
ひとつ、ため息をついて歩き出す。
そして、数歩で立ち止まる。
私は何をしてるのだろう。
沙羅は目の前の光景に頭を抱えた。
一人の少女が泣いていた。
最初は、見なかったことにして通り過ぎようと思った。たぶん、普段ならそうしていただろう。
………一瞬、お仲間だろうか、なんて思ってしまった。それが、なんとなく足を止めてしまった理由だ。
ふと、気配を感じたのか、偶々なのか、泣いていた少女が顔を上げてこちらを向いた。
目があった。
ビクリ、とするのがわかった。
目があってから無視するのはさすがに気まずい。
「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
「大丈夫?」
そのまま立ち去ろうとする少女に、沙羅は思わず声をかけていた。
「な、なんでもないですから」
泣いていたのだ。なんでもないわけはないだろう。
けれど、それを他人にとやかく言われるのは嫌かもしれない。
沙羅は逡巡する。
そしてかける言葉が思いつかず、なんとなく頭を撫でた。
これも、後から考えればわけのわからない行動だ。やはり普通の状態ではなかったのだろうと思う。
(しまった!?)
止まりかけていた涙が再び溢れ出すのが見えて、沙羅はひたすらうろたえた。
その少女の話を要約すればそれはとても単純なことだった。
周りの雰囲気にのせられて、以前から憧れていたひとに妹にしてもらおうとアタックして、かなり手酷くふられたらしい。
「そう」
ろくに慰めの言葉も思いつかずに、沙羅はもう一度そのコの頭を撫でた。
なんというか、そんなふうに見上げてくる目を見てしまうと、さっき自分もふられたばかりだというのに、妹にしてしまおうかなどと素っ頓狂な考えが浮かんできてあわてて打ち消した。
どうやら本当に普通の状態ではないらしい。傷を舐めあうような関係はごめんだ。
話して、スッキリしましたというその少女と別れて、沙羅は教室に向かった。
それにしても、やっぱりお仲間だったわけだ。当たっても嬉しくはないけれど。
自分でもそれにのっておいてなんだが、みんな熱に浮かされているなと思った。
下級生から申し込むのは本来ならかなり異例なことなのだが、それすら今回はほとんど問題にされていないようだ。
しかし、この騒ぎで誕生するスールも多いだろうと思っていたが、断られる人も結構多いのだろうかと、今更ながらに思う。
有名人は軒並み追いかけられてはいたが、それは逃げているということでもある。追いかけている側は調子に乗っているが、断られることを考えているのだろうか。
そしていざ申し込まれる側にまわったら、意外と躊躇するのだろうか。派手な騒ぎとは裏腹に、受け入れる人間は意外に少ないのかもしれない。
予鈴が鳴った。
そういえば、お昼ご飯食べてなかったな。
空を見上げて、沙羅はぼんやりと思った。
せめて授業の間はお腹が鳴ったりしませんように。