「パラソルをさして」P123からいぬ風味に暴走してみました。
そんなに嫌なら、来なければ良かったのに。
梅雨も終わりの気配を見せ始めた頃。祐巳さまに手を引かれ薔薇の館に現れた瞳子を見て、私、二条乃梨子は少し呆れていた。
同じく薔薇の館にいた志摩子さんと由乃さまも、何だか複雑そうな顔で二人を見ている。
ニコニコと私達に向かって瞳子を「期間限定お手伝い」として紹介する祐巳さまとは対照的に、瞳子は体中から「嫌々ながら連れてこられました」というオーラを撒き散らしていたからだ。
「 さて、紹介も終わったことだし、さっそく仕事を・・・ 」
「 私は一向に構いませんわ 」
「 してもらおうかと思ったんだけど、実は今日って、そんなに仕事無いんだよね 」
「 はい?! 」
あ、軽くずっこけた。
瞳子は何だかヤル気満々な様子だけど、祐巳さまの言うように、今日はここ最近にしては珍しく、山百合会の仕事も特に急ぐようなものは無いのよね。
「 じゃあ、祐巳さまは何のために私を連れて来たんですか! 」
「 まあまあ、こんな日もあるって 」
お、今度はがっくりと肩を落とした。
前から思ってたけど、瞳子ってわりとオーバーアクションよね。本人に言わせると「 私は女優ですから 」なんだそうだけど。
「 こんな日もあるって・・・ そもそも祐巳さまが私を連れて来たのは、山百合会の仕事が忙しくて、人手が足りないからではなかったのですか?! 」
「 え? ・・・・・・ああ、うん。そうだね 」
今の祐巳さまの間って・・・
「 ・・・・・・まさか私を連れて来た目的を忘れていたんじゃないでしょうね? 」
「 あははは・・・ そんな訳無いじゃない 」
・・・忘れてたな、あの顔は。
「 祐巳さま? 」
「 あはは・・・は。いやぁ、例の“瞳子ちゃんと私は、別に仲が悪くはないんだぞ”キャンペーンのノリが抜けなくて・・・ 」
「 いつからキャンペーンになったんですか! 」
キャンペーンって何のことだろう?
相変わらず祐巳さまの行動理念は時々理解不能だ。
「 いや何かアレが楽しくなっちゃって、つい薔薇の館にもアピールしに来た気に・・・ って瞳子ちゃん、顔怖い 」
「 怖くて結構です 」
「 そんなこと言わずに。笑うとカワイイんだから、ホラホラ笑って 」
「 そ、そんなおだてには乗らな・・・ ほっぺたに触らないで下さい!! 」
祐巳さま、怖いもの知らずだなぁ・・・ 私なら間違っても苛立ってる瞳子のほっぺをフニフニいじくろうなんて思わないのに。
「 そんな耳が赤くなるほど照れなくても良いじゃない 」
「 こ、これは怒ってるんです! 」
「 え? なんで? 」
うわ、素で聞き返した。天然って恐ろしい生き物だな。
あーあー、瞳子も赤くなったままプルプル震え出しちゃった。
でも瞳子、祐巳さまの言動にいちいち怒ってたら、ここではやってけないと思うよ?
私も祐巳さまとはそんなに長い付き合いじゃないけど、何度あの頭に突っ込みを入れそうになったことか・・・
祐巳さまの場合、脳内の自分会議で出た結論を、前置き無しに私達に向けて放出するところがあるのよね。
だから、唐突すぎて、時々ついていけないことがあるし。
思うに、脳内だけで結論を出さずに、途中で私達に意見を求めてくれればもう少し・・・
「 もう嫌! 」
あ、とうとうキレた。
「 仕事が無いなら、帰らせていただきます! 」
「 え? ちょっと瞳子ちゃん、何も帰らなくても・・・ 」
いや、これは帰っても仕方ないと思いますよ祐巳さま。
仕事のために連れてこられたのに、仕事が無いなんて。
「 仕事が無いなら、私のすることも無いじゃないですか! だから帰ります! 」
「 まあまあ、そんなこと言わず、今日は顔見せってことで、みんなとお茶会でも・・・ 」
「 別に、山百合会のみなさんと仲良くするために来た訳じゃありませんから! 」
うわ、今の瞳子の一言で、由乃さまの表情が険しくなった。
「 こっちこそお断りよ! 」とでも言いたげだな。
まずいなぁ。このままじゃ収拾がつかないし、もう今日のところは瞳子に帰ってもらったほうが良いのかな?
「 失礼します! 」
そう言って扉を開けて帰ろうとする瞳子の手を、祐巳さまの手がぐっとつかんだ。
「 仕事をするって言っても、一人でする訳じゃないんだよ? 」
瞳子の手をつかんだままそう言った祐巳さまの目は、今まで見たことが無いほど真剣な光を宿していた。
今の祐巳さまの表情は・・・ 何と表現すれば良いのか解からないけど、何処か逆らえないような雰囲気、威厳のようなものに満ちている。
失礼ながら、さっきまでヘラヘラ笑っていたのと同一人物とは思えないほどだ。
「 薔薇の館で仕事をするためには、ここにいるみんなと協力してやらなくちゃいけないの。だから、お茶会とかでみんなと打ち解けるのも、大切なことなんだよ? 」
確かに。
機械的に書類を書いているだけが仕事じゃないから、ある程度のチームワークみたいなものは必要だものね。
瞳子も祐巳さまの言葉に納得したのか、扉にかけた手を下ろした。顔は不機嫌なままだけど・・・ って、ついでに顔が赤いままなのはなんでだろう?
「 解かりました。祐巳さまがそうおっしゃるなら、今日は山百合会のみなさんと・・・ 」
「 良かった! じゃあ、席は私の隣りで良いよね? 」
さっきまでの真面目な顔は何処へいったんだというほど嬉しそうな顔で、祐巳さまは瞳子の手を引き、テーブルのほうへと連れてくる。
「 ちょっと祐巳さま! 」
「 あ、乃梨子ちゃんの隣りのほうが良い? 」
いえ、私にまかされても困ります。
今日の瞳子は何だか落ち着きが無いみたいだし。
「 そうじゃなくて・・・ 」
「 何? 」
「 手を引いてもらわなくとも、自分で歩けますから。子供じゃあるまいし 」
祐巳さまに手を引かれて案内されるのが子供じみてて恥ずかしいのか、また瞳子の顔が赤くなってる。
・・・てゆうか、嫌ならその手を振り払えば良いのに。
まだそんなに長い付き合いじゃないけれど、瞳子は嫌なものははっきりと拒否するほうかと思ってたんだけどなぁ?
「 あ、ごめん、手をつなぐの嫌だった? 」
「 い、嫌じゃありません!!! 」
うお! さすが演劇部、すごい声量だわ・・・
「 そ、そんなに大きな声出さなくても聞こえるってば 」
「 ・・・・・・・・・すいません 」
何であんなにムキになって大声を出したんだろう?
今日は何だか落ち着きが無くて、いつもの瞳子らしくないなぁ。
まあ良いか。とりあえず瞳子の分のお茶を淹れて・・・
「 あ、乃梨子ちゃん、私がやるからいいよ 」
「 でも・・・ 」
「 今日の瞳子ちゃんは私が連れてきた“お客さま”みたいなものだから、私がするから 」
「 そうですか、それじゃあ・・・ 」
祐巳さまの言葉に、私はおとなしく椅子に座りなおした。
「 さ〜て、それじゃあさっそく・・・ あ、そうだ、瞳子ちゃん 」
「 はい? 」
「 行こうか 」
「 へ? ・・・な! なんでまた手を・・・ って何処へ連れていく気ですか! 」
・・・また祐巳さまの脳内で何かが議決されたみたいね。
祐巳さまはニコニコ顔で瞳子の手を引いたまま歩き出した。
「 ど、何処へ行く気ですか! 」
「 やっぱり手をつなぐの嫌? 」
「 嫌じゃありません!! 」
「 うわ! 声大きいってば 」
「 す、すいません、度々大声を・・・ って、そうじゃなくて! 何処へ連れて行く気ですか! 」
「 へ? ああ、一緒にお茶淹れようかと思って 」
何でまた一緒に・・・
「 何故一緒に? 」
お、瞳子と考えてることがシンクロしちゃった。
「 瞳子ちゃんもここへ来るようになれば、自分でお茶を淹れることもあるでしょう? どうせだから今、カップとか色々な物の置き場所とかも教えようかと思って 」
だから、そういう“途中経過”を話してくれないと解かりませんってば。
「 ああ、そういうことでしたか・・・ 」
「 うん、そう 」
「 祐巳さま、行動に移る前に、そういった“理由”を話してもらわないと 」
「 そうかな 」
ほら、瞳子からも突っ込みが入った。
「 突然手をつながれたら、セクハラかと思いますわ 」
まあ、セクハラかどうかは別として、何の前置きも無しに手をつながれたら驚くよね。
「 セクハラ? ・・・セクハラって言うのは 」
何だろう、あの祐巳さまのイヤな笑顔。
「 こういうことを言うんじゃないかなっと(がばっ) 」
「 にぁぁぁぁぁぁっ?! な・な・な・な・何をするんですか祐巳さま! 」
「 セクハラ 」
うわ・・・ 確かに、後ろからいきなり抱きつくのはセクハラだわ。
それにしても、いくらスキンシップ過多な女子高といえども・・・
「 ほ・ほ・ほ・ほっぺたにほっぺたをグリグリ押し付けないで下さい!! 」
「 んふふふふ。良いではないか、良いではないか 」
あれはさすがにやり過ぎでは?
「 は、放して下さい! 」
「 え〜? 何で? 」
「 な、何でって・・・ こんな破廉恥な・・・ 」
「 破廉恥とは失礼な 」
いや、それは破廉恥と言われても仕方ないと思いますけど。
「 これは私が先代白薔薇さまから受け継いだ、由緒あるリリアン流のスキンシップで・・・ 」
「 そんな白薔薇さまがいますか!! 」
そうですよ祐巳さま!
いくらなんでも、言って良い嘘と悪い嘘がありますよ!
まったくもう、志摩子さんからも何か言って・・・ って、あれ?! 何でうつむいて頭を抱え込んでるの?! 志摩子さん!!
ねえ、否定しようよ!
「 ・・・・・・確かに聖さまそっくりだわ 」
聖さまって誰ですか由乃さま?!
「 いやだ、もしかしてアレってうつるのかしら? 」
うつるって何ですか? 由乃さま!
え? ひょっとして何かの病気?!
て言うか何で志摩子さんと由乃さまはそんな生暖かい目で祐巳さまを見てるの?
「 乃梨子 」
「 え? 何、志摩子さん 」
「 そんな“訳が解からない”って顔をしないで。聖さまについては、いずれ説明するから、今は“以前、そういう困った人がいた”とだけ覚えておいてちょうだい 」
「 え?! 実在したの?! あんな感じのセクハラ大魔王! 」
「 セク・・・ 聖さまは決して悪い人ではなかったのよ? 」
「 ・・・・・・セクハラについては否定しないんだ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
何で顔をそむけるの志摩子さん。
「 乃梨子ちゃん 」
「 何ですか? 由乃さま 」
「 ・・・・・・あんなモンじゃなかったから 」
いや、真顔でそんなこと言われましても。
・・・・・・・・・もう深く追求するのはよそう。その聖さまとやらのことは。
「 いいかげん放して下さい! 」
「 せっかくだからこのままお茶淹れてみる? 」
「 何をバカなことを! 」
って、まだやってたのか、あの二人。
それにしても瞳子のやつ、嫌ならなんで祐巳さまを振り払わないんだろう?
「 ほら、私がポットに水入れるから、瞳子ちゃんがスイッチ入れて・・・ 」
「 祐巳さまの左手が邪魔ですわ! 」
「 じゃあ、瞳子ちゃんが水入れて・・・ 」
「 それなら何とか・・・ 」
あれ?嫌がるどころか・・・
「 カップは戸棚の上のほうのガラス扉のところね 」
「 ここですか? 」
「 ううん、右じゃなくて左のほう 」
何か順応し始めてる?
「 ちょっと祐巳さま! 茶葉はどこですか! 」
「 ああ、そこの白い引き出しに・・・ 違う、もう一段下 」
・・・二人羽織かよ。
あの二人、いがみ合ってるように見えるけど、絡み合ったまま上手いこと手分けしてお茶淹れ始めちゃったよ。
「 瞳子ちゃん、お砂糖もう一杯・・・ いや、二杯入れて 」
「 祐巳さま、どれだけ甘党なんですか! 」
瞳子も文句言いながら、素直に砂糖入れてあげてるし。
何だかあの二人、口調は喧嘩腰みたいに聞こえるけど、あれはまるで・・・
「 まるで夫婦漫才ね 」
私の思考と重なるように、隣りから呟く声が聞こえた。
「 ・・・由乃さまもそう思いますか? 」
「 思うって言うか、見たまんまじゃない 」
呆れた様子で言う由乃さま。
「 心配して損したわ 」
「 ・・・心配とは? 」
私は、半ば予想が付いていたにもかかわらず、由乃さまに聞いてみた。
「 いえ、別にたいしたことじゃないわよ 」
「 瞳子と紅薔薇さまのことですか? 」
「 ・・・知ってたか 」
「 クラスメイトですから 」
実は私も瞳子と祐巳さまの姿を見た時、少し不安になったのだ。
たぶん、由乃さまと同じ理由で。
由乃さまは観念したように溜息をつき、話し始めた。
「 祐巳さんと祥子さまの不仲があの子のせいだって噂があったからね。今日、祐巳さんがニコニコしながらあの子を連れて来たのを見た時は、我が目を疑ったわよ 」
なるほど、やっぱり最初に複雑そうな顔で二人を見ていたのはそのせいか。
私も最初に二人を見た時、喧嘩でも始めやしないかと不安だったのよね。
「 志摩子さんも? 」
私が問いかけると、志摩子さんはうなずいた。
「 ミルクホールで言い争っていたという噂もあったから 」
それは噂ではなく事実らしいけれど。
「 私は最初、ここなら邪魔者も入らずに、あの子と決着が付けられるから連れて来たのかと思ったわよ 」
「 決着? 」
「 拳で 」
「 拳でって・・・ 」
・・・この人、本当に黄薔薇の蕾か?
って言うか、そもそもリリアンの生徒が「拳で完全決着」なんて発想するか?!
「 いくら何でも、殴り合いは無いでしょう・・・ 」
そう言う私に、何故か由乃さまは「フフン」と笑いながら聞いてきた。
「 仮に、乃梨子ちゃんと志摩子さんの間に、あの子が割り込んできたとしたら? 」
う、それは・・・
「 しかも、乃梨子ちゃんに対して挑戦的な態度で、志摩子さんを独り占めしようとする気満々に見えたら? 」
手が出ない。とは言い切れないかも・・・
む、何をそんなにニヤニヤしているんですか由乃さま。
「 やあね乃梨子ちゃん、たとえばの話だってば。そんなに深刻な顔しなくても良いじゃない 」
くっ・・・ 由乃さま、明らかに楽しんでますね?
「 乃梨子、私は乃梨子以外の人を妹にする気は無いから、心配しないで 」
「 志摩子さん・・・ 」
解かってるよ志摩子さん。私だって、志摩子さん以外の人なんて!
「 ・・・・・・あー、はいはい、お二人が仲が良いのは解かったから。見つめ合って二人の世界に入り込まないでくれる? 」
チッ。今、良いところだったのに・・・
「 まあ、心配するだけ無駄だったってことよね 」
由乃さまはそう言いながら、再び祐巳さまに視線を・・・ って、いつの間にかお茶を淹れ終わって、二人でトレイを持って運び始めてる?!
「 祐巳さま、もっと歩調を合わせて下さい! 」
「 いやでも、前が見えないし・・・ 」
・・・離れて、二人別々に歩けば良いんじゃないの?
「 そうだ、こうすれば前が見える 」
そう言いながら、祐巳さまが瞳子の肩越しに、ひょっこりとご自分の顔を出す。
「 や、見えた見えた 」
「 だから! ほっぺたにほっぺたを押し付けるなと言ってるじゃありませんか!! 」
「 だって、こうしないと前見えないじゃない! 」
二人とも、あの二人羽織を止める気は全く無いみたいだな。
祐巳さまはともかく、瞳子は何を意地になっているんだか・・・
「 あれが祐巳さんの持ち味よね 」
由乃さまがふっと笑いながら言った。
「 気が付くと、あの“何だか良く解からないペース”に巻き込まれてる 」
ああ、なるほど。
ものの見事に巻き込まれてますね、今の瞳子は。
「 たとえいがみ合っていても、祐巳さんはいつまでも根に持ったりしないから 」
志摩子さんもそう言いながら、いつの間にか笑顔で祐巳さまを見ていた。
「 そうそう。だから、こっちがいつまでも怒ってるのも馬鹿馬鹿しくなって、いつのまにか和んじゃって・・・ 気が付くと祐巳さんペースなのよね 」
確かに祐巳さまが何かを引きずって、いつまでもイライラしてるなんてところは見たことが無いかな。
なんだろう、こういうの“器が大きい”って言うのかな。
まるで水か空気のように、尖った何かを受け止めてしまえる“何か”が、祐巳さまの中には確かにある。
「 それにしても、あの子もしかして・・・ 」
ん? 何ですか? 由乃さま。
「 あら、由乃さんもそう思う? 」
志摩子さん? 「 由乃さん“も”」って何が?
「 思うっていうか・・・ キャラが被ってるせいかしらね。気付いた 」
だから何がですか?
「 私達みたいな性格は、本当に嫌いな相手には、あんなふうにいちいち突っかかったりしないもの 」
・・・由乃さまの言いたいことが今ひとつ解からない。
志摩子さんは解かってるみたいだけど。
「 乃梨子はどう思う? 」
「 えっと・・・ 何のこと? 」
志摩子さんの問いに、私は正直に聞き返してみた。
すると、志摩子さんには珍しく、いたずらっぽい微笑みで私の耳元に囁いた。
「 瞳子ちゃんが、祐巳さんのことを好きかも知れないってこと 」
「 ああ、瞳子が・・・・・・ って、え?! 」
まさか、瞳子が祐巳さまを・・・
「 何をそんなに驚いているんですの? 」
「 うわっ! と、瞳子・・・ 」
いつの間にか二人羽織で帰還してたのか。
瞳子の向こう側には、ニコニコと紅茶をすする祐巳さまの顔も見える。
「 ? さっきからいたじゃありませんか。おかしな乃梨子さん 」
おかしなのはアンタの髪型・・・ いや待て、そんな突っ込みを入れてる場合じゃないぞ?
え? 瞳子が?
そう言われてみれば・・・ いやでも・・・
え〜?
ミルクホールで祐巳さまを罵ってたっていう瞳子が?
「 ・・・何をジロジロ見ているんですか? 」
「 いや別に・・・ 」
いかん、あんまり注視し過ぎて瞳子に不審がられてしまった。
私は視線を一度瞳子から外して、今度は気付かれないように瞳子を観察してみた。
「 祐巳さま、そんなにお砂糖を淹れた紅茶が美味しいんですか? 」
「 うん、瞳子ちゃんの淹れてくれた紅茶、美味しいよ 」
「 そ、そういう意味で聞いたんじゃありません!! 」
あ、顔真っ赤になった。
なるほど。あれは好きな人に誉められて“照れて”いるのか。
私はまた、祐巳さまの唐突な発言についていけずにイライラして“怒って”るのかと思ってたわ。
「 祐巳さま、あまり甘いものばかり好んでいては虫歯になりますわよ? 」
「 む〜。そんなこと、いちいち言われなくても解かってるもん。私だって子供じゃないんだから 」
お、拗ねた祐巳さまの顔を見て、一瞬和んだ顔になった。
そうと解かって見ていれば、意外と面白・・・ いや、解かり易いわね、瞳子。
「 本当に解かってますか? 甘いものには“太る”というオマケも付いて・・・ 」
「 瞳子ちゃんの、そういうズケズケとものを言うところ、嫌い 」
あ、青くなった。
「 ・・・・・・・・・・・・き、嫌いで結構ですわ! 」
おお、何とか立て直したわね。さすが自称リリアンの看板女優。
「 そもそも、私がはっきりと言うのは祐巳さまの・・・ 」
「 私の? 」
なんだろう? 今度は固まっちゃったよ。
・・・ああ、そうか。たぶん“祐巳さまのお体が心配だからです”って続けたいんだろうなぁ。
「 な、なんでもありませんわ! 」
「 ? 変な瞳子ちゃん 」
う〜ん・・・ どうやら由乃さまと志摩子さんの予想は当ってるみたいだけど・・・
「 あ、そう言えば1年生の子からクッキーもらったんだった 」
「 私の話、聞いてましたか?! 」
なんだか、瞳子の気持ちだけが豪快に空回りしているような・・・
「 ん、美味しい! このチョコクッキー! 」
「 祐巳さま、食べかすがこぼれてます! 」
「 はい、瞳子ちゃんもあ〜ん 」
「 (かぷっ モッシャモッシャ ゴクン )もう少し、紅薔薇のつぼみとしての自覚を持ってもらわないと・・・ ほら! またこぼして! 」
・・・・・・・・・。
い、今、躊躇無く祐巳さまの手からクッキー食べたわよね?
それなのに、祐巳さまにお説教始めてるし・・・
なんだっけ? 確かこういう両極端な状態の人物を表す言葉があったような・・・
「 ・・・・・・うっとうしいわね、このツンデレバカップルは 」
ああ、そうだ。ツンデレだ。・・・って由乃さま、心底イヤそうに吐き捨てましたね。
まあ、私もちょっと見ててウザいなと思い始めてますけど。
しかし、瞳子はツンデレ確定で良いとして、瞳子の本音にまるで気付いてなさそうな祐巳さま相手のアレを、はたしてカップルと呼んで良いものなのか・・・
「 あ、クッキーより先に紅茶が無くなっちゃった 」
「 もう! あとさき考えずにがぶがぶ飲むからですわ! 」
「 だって美味しかったんだもん 」
「 仕方ありませんね、紅茶のおかわりを淹れてきますから、少し待っていて下さい! 」
「 ありがとう、瞳子ちゃん 」
「 べ、別に祐巳さまのためではありませんからね?! 私もおかわりが欲しかったから、ついでですついで! 」
「 そっか。でも嬉しいよ 」
「 だ、だから祐巳さまのためでは・・・・・・ 」
・・・・・・・・・ああ、もう見てるのも馬鹿らしくなってきたから、バカップルで良いや。
なんか祐巳さまのほうも、瞳子ヒートアップさせるようなこと言い出すし。別にそんな気は無いんだろうけど。
もう好きなように突っ走りなさい瞳子。
私は遠くから生暖かく見守らせてもらうから。
・・・さて、瞳子はしばらくほっとくとして、と。
「 由乃さま 」
「 どうしたの? 急に声をひそめたりして 」
だって、これは瞳子に聞かれる訳にはいかないし。
「 実はお願いがあるんですよ 」
「 お願い? 」
そう、切実なお願いなんです。
そのためにはやはり、ここにいるみなさんのご協力がいる訳で・・・
「 瞳子の扱いなんですけどね 」
「 扱い? 」
「 ええ。瞳子は祐巳さま専属のお手伝いってことで、私達は一切関与しないって方針で行きませんか? 」
「 は? 」
私の言いたいことが解からないかなぁ・・・
ああ、もう直接言ったほうが良いか。
私はスッと瞳子を指差し、こう言った。
「 アレといっしょに仕事がしたいですか? 」
私の指に導かれるように、由乃さまは瞳子を見る。
その視線の先では、瞳子が「 もう! だらしないですわね! 」なんて怒ったフリをしながら、祐巳さまの口についたクッキーの食べかすを丁寧にハンカチで拭いていた。
それを見た由乃さまは、甘いモノを食べ過ぎて胸焼けしたような顔になった。
「 ・・・・・・解かった。令ちゃんにもそう伝えとくわ 」
良し! これで「バカップルといっしょに黙々と仕事」なんていう軽い拷問は無くなったわ!
「 二人だけにしてあげるのね? 素敵な提案だと思うわ、乃梨子 」
「 そうでしょう? 」
私と由乃さまの会話を隣りで聞いてた志摩子さんは、何か微妙に勘違いしてるけど、あえて訂正はすまい。それで瞳子と祐巳さまを隔離できるのなら。
まとわりつくようにうっとうしいのは、この時期の梅雨らしい天気だけでたくさんだもの。