一応、ホラーです。
【No:2339】―今回。
「えっ、志摩子さんが?」
翌日、薔薇の館に顔を出した祐巳は、志摩子さんが事故にあったことを聞かされ驚いていた。
「それで様態は?」
今朝、志摩子さんの様子を見てきたという乃梨子ちゃんに全員が詰め寄る。
乃梨子ちゃんは、顔を真っ青にしている。
志摩子さんも心配だが、乃梨子ちゃんも心配だ。
「それが外傷は擦り傷程度なのですが……」
「意識が無いの?」
「意識がないというか、眠っているんです」
「眠っている?」
「はい、穏やかな寝息を立てて」
志摩子さんの事は心配だが、一先ず大丈夫そうなので安心する。
「それじゃ、今日は早めに切り上げてお見舞いに行きましょう」
祐巳の提案に、皆賛同する。
手早く山百合会の仕事を終わらせ、もう起きているかも知れないということでお見舞いを買って志摩子さんのいる病院に向かう。
「それにしても不思議なことって続くのね」
そう言って由乃さんは、祐巳の上に浮いている幽霊の舞ちゃんを見る。
「舞さん、そこに居るのですか?」
「居るよ」
菜々ちゃんの質問には祐巳が応える。
「志摩子さまのこともそうですが、舞さんのことも考えないと」
「案外、その女が志摩子さまを祟ったのかも知れませんわ」
「瞳子」
舞ちゃんと対立している瞳子は挑発するように、幽霊の舞ちゃんを睨む。祐巳は、証拠もなく瞳子が人(?)を疑うようなことをして欲しくなく。瞳子を窘めるが、瞳子はそれも気に入らないようだ。
まぁ、瞳子としては妹の自分の方を庇って欲しいのだろう。気持ちは分かる。
「ひっどーい、瞳子」
もっとも一方の幽霊の舞ちゃんの方はこたえていないようで、なんだか怒ったマネをして……。
「そんな事を言うヤツは、こうだ!!」
――ぐるん!!
「きゃぁぁぁぁ!!!背中が見えますわ!!」
瞳子の首を百八十度曲げた。
昨日は祐巳自身がやられたので見ていなかったが、これは実際に見ると相当怖い。
「ゆ、祐巳さま!!」
「わぁ、瞳子!!こっちに来ないで!!」
「酷いですわぁぁぁ!!!」
しばらく騒がしい。
「はぁはぁ」
「い、息が……瞳子、怖いよ」
「祐巳さまこそ、可愛い妹になんて仕打ちですか、思わずロザリオ返したくなりましたわ」
こんな事で破局もバカらしい。
「さて、こんな所でバカをやっていても仕方がないよね。菜々ちゃん、乃梨子ちゃんを起して」
「はーい」
瞳子の首が回った瞬間、乃梨子ちゃんは昨日と同じように気を失っていた。
どうにか意識を取り戻した乃梨子ちゃんの手を引き、病院へと急ぐ。
……それにしても舞ちゃんは怨霊ではないにしても、騒動の元凶ではあるよね。
病院に着き、志摩子さんの病室に入る。
「本当に眠っているわね」
安らかな寝息を立てて、志摩子さんは眠っていた。
「なんだか眠れる森の美女って感じ?」
何だか微笑んでいるようにも見える穏やかな寝顔。
「寝てるよ、志摩子」
志摩子さんを上から覗き込んでいた、幽霊の舞ちゃんがそんな事を言った。
「本当?」
「うん、このままでも二・三日で起きると思うけれど、起してみる?」
「えっ?起せるの?」
祐巳は、幽霊の舞ちゃんの姿が見えない乃梨子に今の話を伝える。
「ぜひ!!」
乃梨子ちゃんは即答だった。祐巳たちとしても、起こせるのなら起して欲しいので賛同したのだが……。
「ポ、ポルターガイスト!?」
志摩子さんが眠る病院のベッドがガタガタと揺れ、時には浮き上がる。
「す、凄い!!」
幽霊の舞ちゃんが見えない乃梨子ちゃんと菜々ちゃんには、映画のような光景が見えているようだが、幽霊の舞ちゃんが見えている。
祐巳、瞳子、由乃さんの三人には、幽霊の舞ちゃんがベッドの端を持って揺らしたり。幽霊なのにはぁはぁと息を切らしてベッドを持ち上げたりしている。
余りにもお間抜けな姿。
「ポルターガイストというのは、そういう事なのですの?」
「そうよ」
幽霊の舞ちゃんの言葉に、祐巳たちは呆れるしかなかった。
「舞ちゃん、もういいよ。たぶん、無理だから」
「はぁはぁ、そ、そう?」
息を切らせる幽霊というのは様にならないと思った。
「止めてしまうのですか?」
「う、うん、たぶん無理だから」
「でも、このままでは志摩子さんが」
「それは大丈夫、確実に明後日には目を覚ますから」
「だって」
祐巳は、幽霊の舞ちゃんの言葉を乃梨子ちゃんに伝える。ただ、今の姿を見ていた祐巳としては少々不安もあるのだが。
それは言わない。
「志摩子さまもそうですが、そろそろ祐巳さまも、その女の事をどうにかしないと」
確かに、幽霊の舞ちゃんの事も考えてあげなければいけない。
「そうだね」
祐巳は、少し怒った顔の瞳子の頭をナデナデした。
「ちょ、ちょっと祐巳さま!!」
瞳子ちゃんの顔は真っ赤だった。
――ザァァァァ。
変な音で目を覚ます。
寝ぼけた頭で目を開くと、部屋が明るかった。
「なんでしょう?」
せっかく楽しい夢を見ていたというのに。
夕方、志摩子さまをお見舞いに行ったとき、あの女の事を祐巳さまに忠告したとき。祐巳さまは、瞳子の頭を嬉しそうに撫でてくれた。
大変な志摩子さまには申し訳ないが、瞳子は嬉しかった。
「お姉さま」
口にしてみる。
それだけで心臓が飛び出てきそうだ。
だから、まだそう呼べない。
ならば、せめて夢の中だけでもと、夢を見ていたというのに、この音は何なのだろう?
「テレビ?」
点けたまま眠ってしまったのだろうか?
瞳子は、手元にあるはずのリモコンを探す。
見当たらない。
「仕方ありませんわね」
瞳子は、仕方なくベッドから下りて、テレビに向かう。
――ブン。
突然、テレビに小さな池が映った。
「何ですの?」
覗きこむ。
――バッシャ!!
テレビの中の家から手が伸びてきて、瞳子を掴んだ。
声も出ない。
そして、池の中から出てきたのは、祐巳さまだった。
見慣れたツインテールに、いつもの笑顔。
「ゆ、祐巳さま?」
何が何だか分からない。
「ひっ!?」
祐巳さまの首がゆっくりと回る。
一回。
二回。
三回。
何度も何度も。
そして……。
「いやぁぁぁぁ!!!!!!」
夜の松平邸に悲鳴が響き、祐巳が小さく呟く。
「邪魔をしないで、あと一日なのだから」
その顔は、祐巳ではなかった。
夏だ、バイトだ、ホラーだ。で、ホラーです。
ホラーでも、まぁ、スプラッではなく怪談を目指していますので、ドロドロは少なくしたいですね。
読んでくださった方に感謝。
『クゥ〜』