【2346】 しらんがな想像妄想膨らませてぐだぐだで終わる  (朝生行幸 2007-07-29 00:07:00)


 ぽかぽか陽気が降り注ぐ、薔薇の館二階会議室の窓際。
 窓枠にもたれて、猫のごとく『ふにゅう』とした表情の黄薔薇のつぼみ島津由乃。
 紅薔薇のつぼみ福沢祐巳も、テーブルにでろりんと上半身を投げ出し、『はにゃぁん』とお気楽極楽なご様子。
「い〜い天気ねぇ……」
「そーだね〜……」
 そんな二人を、まったりとした生暖かい目で見守るのは、白薔薇さま藤堂志摩子と、白薔薇のつぼみ二条乃梨子。
「平和だね、志摩子さん……」
「そうね……」
 乃梨子に相槌を打った志摩子も、『ほえ〜』とした顔付き。
 大して急ぎの仕事もないので、とりあえず紅薔薇さまと黄薔薇さまが来るまで、無意味にのんびりしていようと、皆の意見が一致した。
 そのままここは、妙に脱力した空気に、これでもかと言うぐらいに包まれているのだった。

「……あーるはれた〜ひーるさがり〜」
 唐突に、小声ながらも歌を歌いだした由乃。
 ちょっと音程がずれているが、そこは愛嬌と言ったところ。
「いーちーばーへつづくみち〜」
『にーば〜しゃーがーごーとごーと』
 乗せられたのか、祐巳まで一緒に歌いだす始末。
『こーうしーをのせーてゆく〜』
 ふと志摩子を見た乃梨子は、彼女が声には出さないものの、同じように歌を口ずさんでいるのに驚いた。
 それだけご機嫌なのか、それともこの三人には、乃梨子には窺い知れないシンパシーのような何かがあるのか。
 少なくとも乃梨子よりはよほど付き合いが長い三人だ、そんなこともあるのだろうと、無理矢理納得することにした。
「……ところで祐巳さん」
「……なに? 由乃さん」
「ドナドナってね、中国の歌だって知ってた?」
「え、そうなの? 私ずっと、ヨーロッパとかそっちの民謡だと思ってたけど」
「実は違うんだなぁ」
 乃梨子には、由乃の目が笑っているように見えたが、それが祐巳に対してしてやったりと思っているのか、それとも祐巳が冗談に食いついてきたので喜んでいるからなのかは判断できなかった。
「志摩子さん、本当なのかな?」
「さぁどうかしら? 最後まで聞いてみましょう」
 小声でやりとりする白薔薇姉妹をよそに、人差し指を立てて由乃が語るには。
「そもそもは、中国の春秋時代、魯の定公に仕えてた孔丘……って孔子のことね。所謂『子、曰く云々』ってやつの。彼が魯を去ったときの情景を歌ったものなの。身一つだったものだから、ちょっとした荷物しかなくて、仕方なく徒歩で移動していたとき、たまたま孔子を知ってた農民が、彼を国境まで牛を積んだ荷馬車に同乗させたんだけど、その様を見ていた人が、他の人に話していくうちに伝言ゲーム状態になっちゃって、孔子が奴隷として売られていく話に変わってしまったのね」
「ホント? どうも疑わしいんだけど」
 珍しく、疑いの眼差しを向ける祐巳。
「ホントよ。ちゃんと歌詞にもあるし、さっき祐巳さんも歌ってたでしょ。『荷馬車がごとごと孔子を乗せて行く』って」
「え、あれって『孔子』なの? 『子牛』じゃなくて?」
「意外かもしれないけど、事実なのよ」
「じゃぁじゃぁ、ドナドナってどういう意味なの?」
「漢字では『鈍拿』って書くのよ。ゆっくり上下に揺れ動く様を表現したオノマトペ……ってこれは擬音って意味だけど、なのよ」
「へ〜ぇ」
 祐巳すけ、感心することしきり。
「志摩子さん、信じる?」
「ふふ、由乃さんの目、完全に笑ってるわ」
 乃梨子は、完全に信じてしまっているらしい祐巳を尻目に、つまり大嘘ってことか、と心の内で思うのだった。

「そう言えばさぁ……」
 しばらく妙に雰囲気の良い沈黙が続いていたが、それを破ったのは祐巳。
「このあいだ、スーパーに買い物に行って、いろんな缶詰を見てきたんだけど……」
「ふんふん」
 かなり適当な相槌を打つ由乃。
「私、ホテイの焼き鳥が好きなんだけど、結構種類があるんだよね」
「あぁ、私も好き。普通のたれ味が一番ね」
 他にも、たれ味辛口や塩味、はてはカレー味までがあることはあまり知られていない。
「あ、実は私も好きなんだ。志摩子さんは?」
「ええ、結構美味しいわね。私もたまに食べるわ」
 あれ一缶だけで、メシ二杯は食える人もいるだろう。
「まぁ、話は戻るけど、缶詰って、ラベルに絵が描いてあるよねぇ?」
「そうね、魚とか牛とか蟹とか」
「つまり、ラベルの絵は、中身のことだよね?」
「普通はそうね」
「でも、スゴイ缶詰を見つけてしまったの!」
「シュールストレミングってのは無しね」
「まだそれは食べ物だからともかく、もっと怖いものが売ってたの!」
「どんな?」
「聞いて魂消たらダメだよ? なんと、ラベルに犬や猫の絵が描いてあったの!」
 なんだか、本気で恐がっているような雰囲気の祐巳。
「それって、ただの犬猫用のエサなのでは……」
「どちらも食べられるそうだけど、流石に缶詰では、少なくとも日本には売ってないと思うわ」
 困った顔で、小声でツッコむ乃梨子に応じる志摩子。
「ふ〜ん、それで」
 妙に冷たく答える由乃だが、さもありなん。
「いえ、それよりももっと恐ろしい缶詰を発見したの。なんと、ラベルに赤ちゃんの絵が! これってつまり、中身は赤ちゃ……」
「ストップストップストップ! それ以上は言っちゃダメ! それに一応誤解を解いておくけど、それは多分粉ミルクのことだから」
「……あ、そっか。そうだよねぇ」
 憑き物が落ちたように、急に素に戻る祐巳。
 普通言われなくても分かるものだが。
「下手したらカーニバルだよね志摩子さん」
「え? どうしてお祭りなのかしら?」
「違う違う!」
 たまに祐巳なみの天然ボケをやらかす志摩子に、小声で否定する乃梨子。
 乃梨子の言葉に、誤解するのも仕方がない。
 いわゆる謝肉祭という意味でのカーニバルと、食人嗜好を指すカニバリズムは、語感が似ているゆえか、混同されることが多い。
 どうやら、流石の乃梨子もその辺りには疎いらしく、間違った認識のようだ。
「まぎわらしい話だねぇ」
「それを言うなら“まぎらわしい”でしょ。ま、でも確かに、食用は中身がラベルで、エサ用は食べる側がラベルってのも、考えてみれば変な話ね」
 もっとも、食料品売り場にエサ缶があったとしても、間違う人はまず居ないだろうが。
「でもさぁ、最近のエサ缶って、人も羨む豪華さだもんね。マグロだの牛肉だの、鳥ササミだの」
「案外、食べてみたら美味しかったりするかもね」
「うえ、いくら良い素材でも、エサ缶は食べたくないな」
 二人して、いや実は志摩子と乃梨子も嫌そうな顔しているところで。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 ようやく、紅薔薇さま小笠原祥子と黄薔薇さま支倉令が姿を現した。
「なによ、変な顔して。私たちが来るのが、そんなに嫌だったの?」
 祐巳たちの表情に、過敏な反応の祥子。
「お姉さま、違いますよ。余りにも良い天気だから、ドナドナを歌っていたら缶詰のラベルが犬猫だから、中身が豪華で食べたら美味しそうかもって話をしていただけです」
「……サッパリ要領を得ないんだけど」
 助けを求めようと、祐巳が周りを見回すも、由乃は令の影に隠れているし、志摩子と乃梨子はお茶の用意でシンクの前に並んでいる。
 つまり現状の祐巳は、孤立無援。
「ですからぁ……」

 必死で説明する祐巳を、相変わらず成長しないなぁと思うと同時に、それが祐巳の持ち味なんだろうなと、横目で見ながら思う由乃と志摩子なのだった。


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