このお話は
【No:192】 カメラマンパンツ丸見えの悲劇 作者:くにぃ
【No:195】 蔦子女史曰く 作者:篠原さま
の続きとなっています。上記を未読の方はそちらを先にどうぞ。
「瞳子ちゃん」
お昼休み、瞳子はいつものようにミルクホールへと続く廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられ右肩をポンッと叩かれた。リリアンの生徒らしくなく反射的に「はい?」と返事をして振り返ると、右頬にムニッと食い込むものが。
「ごきげんよう、瞳子ちゃん」
「何なさるんですか一体」
食い込んだ人差し指をそのままに、祐巳さまは何事もないかのようにいつもの笑顔で挨拶してくるので、瞳子も負けじと平静を装い頬に指を食い込ませたまま応える。
【挿絵】
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⌒( ´∀`)σ)´д`)ξ
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「実はこの間の『SM妹大作戦』なんだけど、やっぱり蔦子さんにバレちゃってね」
「どこからツッコんだらいいのか分からないボケはやめてください。まずさし当たって指をどけてくださいまし」
「でも瞳子ちゃんのほっぺ、柔らかくてすべすべで気持ちいいから」
そう言うと祐巳さまは瞳子の頬に指の腹をグリグリと押しつけてくる。
「でもじゃありません! いい加減になさってください」
指を引く気配のない祐巳さまに根負けして、瞳子は自分から顔を離して祐巳さまに向き直った。
すると何を思ったか、祐巳さまはご自分の人差し指をじっと見ていたかと思うと、ペロッとひと舐めした。
「な、何なさってるんですか! 人前で恥ずかしいことしないでください!」
「瞳子ちゃんのほっぺってどんな味かなって思って」
まったくこの方と来たら、ご自分の立場というものを全く分かってらっしゃらないのだから。
瞳子はこめかみのあたりを押さえずにはいられなかった。
ふと気がつけば一年生に人気ナンバーワンの紅薔薇のつぼみと、その妹候補筆頭の周りには結構な人だかりが出来ている。
「と、とにかく場所を変えましょう」
耳まで真っ赤になった瞳子は祐巳さまの手をつかむとぐいぐい引っ張って人垣を抜け、中庭へ出ていった。
「なんだって祐巳さまはいつもいつも瞳子のペースを乱すことばかり……」
「あははー、ごめんね。瞳子ちゃんの反応が面白くて、つい構っちゃうんだよね」
「瞳子は祐巳さまのおもちゃではありませんわ! いい加減にしていただかないと本気で怒りますわよ!」
「平気。もう慣れたから」
微笑んでしれっと言い放つ祐巳さまに、瞳子は脱力を禁じ得ない。
「大体何なんですの。そのわざと誤解を呼ぶような作戦の名前は」
さっきの祐巳さまの問題発言(?)について瞳子が問いただすと、さも当たり前という風に祐巳さまは答える。
「えー、だって『笙子ちゃんをまんまと蔦子さんの妹にしよう大作戦』なんだからしょうがないじゃない」
「祐巳さまの命名センスの無さは今に始まったことではないから仕方ありませんが、それならそれでもう少し小声でお願いします。でないとリリアンかわら版に面白おかしく書かれてしまいますわ。ほら、今だってあそこに日出実さんが」
瞳子に促されて少し離れた立木の方に祐巳さまが視線を向けると、日出実さんは悪びれもせずにっこり笑ってペコリと頭を下げた。全く三奈子さまを筆頭に新聞部三姉妹は、抜け目がないというか何というか。
「あはは、ほんとだ。これからは気を付けるよ。」
「お願いしますよ、ほんとにもう。で、あれほど気を付けてくださいって申し上げましたのにやっぱりバレて、それでどうなさいました?」
「それがね、罰ゲームとして、この間の瞳子ちゃんと私のツーショット写真の公開許可を瞳子ちゃんから取ってこいって言われたの。瞳子ちゃん、蔦子さんに断ったんだって?何で?とってもきれいに撮れてるのに」
「なんでって、それは……。祐巳さまこそよろしいのですか。瞳子と一緒のところが人目に触れても」
「え? なんで? すごくきれいに撮れてるんだもん、全然平気だよ。ほら、蔦子さんから借りてきてるの。ね、素敵でしょ」
そう言って祐巳さまが差し出したのは、先日マリア様の前で祐巳さまと二人、敢えて蔦子さまのターゲットになった時の写真だ。
目を閉じて手を合わせ、いっしょにマリア様にお祈りする祐巳さまと瞳子の横顔。
先にお祈りを終えて、隣でまだお祈りをしている瞳子を見つめる祐巳さまの優しいまなざし。
自分をじっと見つめる祐巳さまに対して、赤くなり照れ隠しに怒っている瞳子。
二人並んで談笑しながら校舎に向かう祐巳さまと瞳子の後ろ姿。
確かに祐巳さまの言うとおり、どれもこれも素敵なものばかりだ。瞳子は今さらながらに蔦子さまのカメラマンとしての腕に感動した。
「この写真全部焼き増ししてちょうだいって言ったら、瞳子ちゃんの許可があればいいって言われたの。瞳子ちゃんと一緒の写真って今まで無かったからどうしても欲しいなって思って。それとも私と一緒の写真を人に見られるのはいや?もしかして私とのことで何か言われてるのを気にしてるの?だったら諦めるけど。瞳子ちゃんにつらい思いさせるのは私もつらいし」
さっきまでのふざけた態度から一転して、祐巳さまはまじめな顔で瞳子の顔をのぞき込んでくる。
「……祐巳さまは瞳子と一緒の写真が欲しいのですか?」
「もちろんだよ。瞳子ちゃんは私との写真はいらない?」
……ずるいです、祐巳さま。そんなことを言われたら瞳子がお断りできるはず無いじゃないですか。そんな瞳子の心なんか、祐巳さまはちっともお分かりになっていないくせに……。
ふーっとゆっくり息を吐いてから、瞳子は祐巳さまに言った。
「仕方ありませんわ。それでは祐巳さまのお顔を立てるためと思って、公開を許可しますわ」
なんで自分はこんな言い方しかできないのか。祐巳さまは包み隠さずお気持ちを話してくださったのに。
言ってしまった後で自己嫌悪に陥っていると、祐巳さまは瞳子の両手を取って言う。
「ありがとう、瞳子ちゃん。じゃあ今から早速写真部の部室に行こう。それで蔦子さんに二人分焼き増ししてもらおう」
「……瞳子も頂けるのですか?」
「私との写真、瞳子ちゃんももらってくれるよね」
祐巳さまは瞳子の手を取り写真部のあるクラブハウスへ駆けていく。そして瞳子が否定するなんて少しも疑うことなく、これ以上ないような笑顔で言う。そんな祐巳さまに一体誰が断ることなんか出来るだろう。
負けましたわ、祐巳さま。瞳子の完敗です。
「はい。喜んで」
瞳子も祐巳さまに負けないような笑顔で、そう応えるのだった。